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【第五章】甘やかされて、愛されて
8.好きって顔、してる?
薄く、まぶたが重い。
畳の匂いがする。
気づけば、俺は布団に寝かされていた。
……えっとここ、どこだっけ?
ゆっくり目を開けると、見慣れない天井に木目の走った板張り。
ん? 和室……?
あ、思い出した。
酔って倒れかけて、涼に抱き上げられて……
「起きた?」
すぐそばから声がしてハッとする。
視線を横にずらすと、涼が布団の脇に座っていた。
膝を立てて、当たり前みたいな顔で俺を見てる。
もしかして、ずっとここにいてくれたのかな。
「……涼」
出した声が思いのほか、掠れてる。
「水、飲む?」
頷くと、すぐに背中に手を回される。
上体を起こして支えてくれる手つきが、すごく優しい。
「ゆっくりね」
「ん……」
少しずつ流し込まれる水が、やたらおいしく感じた。
さっきまで世界がぼやけてたのに、体の中に透明な線が通っていくみたいだ。
「颯太、体調はどう?」
「大丈夫……」
そうだった。俺が無理したから、涼を怒らせちゃったんだ。
意識が落ちる直前も、呆れられたかもしれないって怖かったのを思い出した。
「あのさ……涼、ごめ……」
言いかけたその瞬間、涼の指先がそっと唇に触れた。
「謝らなくていいよ。心配しただけだから」
優しくて真っ直ぐな目。
……怒って、ない?
「涼」
「ん?」
「怒ってないの?」
涼は一瞬だけ目を細めて、それからちょっと呆れたみたいに笑った。
「何言ってるの、怒るわけないよ」
ぽん、と頭を撫でられる。
大きな手のひらが、何度もゆっくり髪を梳く。
「ほんとに?」
まだ少し不安が抜けないまま聞くと、涼は身をかがめて、額をこつんと合わせてきた。
「うん。むしろ、偉いなって思ってた」
「え……?」
「頑張って気を遣って、ちゃんと場に馴染もうとしてたんだよね」
低くて甘い声がすぐ近くで落ちた。
指先が頬に触れて、親指でそっと撫でられる。
「でもね、無理はしちゃ駄目」
次の瞬間、ぐっと抱き寄せられた。
胸に顔が押しつけられて、シャツ越しに体温が伝わる。
心臓の音が近くて、息が止まりそう。
「颯太が思ってるより、俺は颯太のことが大事だから。忘れないで」
耳元ではっきりと言われる。
安心と恥ずかしさと、さっきの不安の名残が混ざって、また視界が滲む。
「……涼」
「心配するのも守るのも当たり前。甘やかすのも、愛すのも、全部俺がやりたくてやってる」
その声を聞いた途端、張っていた糸が切れたみたいに力が抜けた。
だめだよ、こういうの弱いんだってば。
「颯太、そんな顔で見ないで」
「え? どんな顔?」
「俺のことが好きって顔」
知ってる。
そう言って笑う涼が、たまらなく好きなのは事実だから。
「……だって、ほんとに好きだし……」
なるべく小さな声とともに、唇を寄せた。
そんな俺を待っていたかのように、唇が重なった。
「可愛すぎるね」
頬を包まれて、涼からまたキスを落とされた。
「ほんと、早く連れて帰りたいな」
「もう帰るじゃん……」
「そういう意味じゃないよ」
うん、分かってる。けど、分からないふりをする。
だって恥ずかしいじゃん。
抱き寄せられて、また顔を涼の胸に押しつけられる。
「涼、くるしぃ……」
「可愛い。颯太大好きだよ」
こんなふうに大事にされていいのかと未だに思う。
それでも、その腕の中はあまりに安心できて、抵抗する気力が溶けていく。
「おーい、おふたりさん。聞こえてるぞー」
襖の向こうから仁さんの声がして、はっとして身体を離す。
涼に抱きとめてもらうのも、こうして絶妙なタイミングで邪魔が入るのも、もう何度目だろ……。
涼は名残惜しそうに笑っただけで、特に慌てもしない。
「そろそろ入っていいかー?」
「ちょっとまって」
「ちょっとまって」
期せずしてふたり、声が揃った。
あまりにもぴったりだったから、顔を見合わせて笑った。
「……今開けるから」
涼が襖を開き、仁さんが顔を覗かせる。
「颯太くん、体調どう?」
「大丈夫です。心配かけてすみません」
「いや、謝らなくていいって。酒すすめたおじさん達、ちゃんと反省してたぞ。あと子どもたち、颯太のこと心配してた」
思わず目を伏せた。
何も言えないまま、自分の浅はかさを思い知る。
こうして和室を借りちゃったことも思い出し、申し訳なさが先に立つ。
「なんか、ほんと色々ごめんなさい!」
「いや、なんで颯太くんが謝るのさ。正人おじさん、掛水家で一番の厄介者だったから。今日はすっきりしたよ。それも含めて全部、颯太くんのおかげ!」
「でも、こうして部屋まで用意してもらっちゃって……ありがとうございます」
「それ、涼が兄さんに“ここ使わせて”って真顔で頼んでた」
視線を向けると、涼は悪びれもせず肩をすくめた。
「当たり前。颯太は大事な人なんだから」
その言い方が自然すぎて、また何も言えなくなる。
「颯太、帰れそう?」
涼に優しく問われて、少しだけ考えてから頷いた。
「……帰りたい」
「うん。じゃあ帰ろう」
褒めるでも茶化すでもなく、ただ受け止める声。
その穏やかさにまた胸が緩む。
荷物をまとめようとした時、廊下から足音がして俊さんが顔を出した。
「颯太くん」
「……あ、はい」
「今日は本当にありがとう。素晴らしい人だね、颯太くんは」
その言葉が、思っていた以上に嬉しかった。
横で涼が当たり前のように微笑む。
「兄さん、颯太は俺の自慢なんだよ」
もう、またそういうことを平気で言う……。
でも否定する気にはなれなかった。
「うん。料理も本当に美味しかった。涼が羨ましいよ」
「ありがとうございます。涼さんにはいつも大事にしてもらってて……だから、毎日美味しいご飯作ってあげたくなるんです」
微笑む涼の隣で、俊さんも笑った。
あんまり感情を出さなそうな人なのに。
笑うと涼によく似てるな。穏やかで、優しい顔だ。
「涼のこと、よろしく頼むよ」
「え、あっ……はい」
守られる側だと思っていたのに、いつの間にか並んで立つ前提で話されている。
でもいつか本当に、涼を支えられたら……どんなにいいかな。
「じゃあ、また」
「うん。ありがとう」
「お疲れ様」
挨拶を済ませタクシーに乗り込むと、涼が俺の手を握ってきた。
「颯太」
「なに?」
「今日、ありがとう。颯太がいてくれて、本当によかった」
その言葉に、胸がいっぱいになった。
「こちらこそ。ありがとう、涼」
夜の道路が窓の外を静かに流れていく。
その手の温度だけが、ずっと続いていた。
畳の匂いがする。
気づけば、俺は布団に寝かされていた。
……えっとここ、どこだっけ?
ゆっくり目を開けると、見慣れない天井に木目の走った板張り。
ん? 和室……?
あ、思い出した。
酔って倒れかけて、涼に抱き上げられて……
「起きた?」
すぐそばから声がしてハッとする。
視線を横にずらすと、涼が布団の脇に座っていた。
膝を立てて、当たり前みたいな顔で俺を見てる。
もしかして、ずっとここにいてくれたのかな。
「……涼」
出した声が思いのほか、掠れてる。
「水、飲む?」
頷くと、すぐに背中に手を回される。
上体を起こして支えてくれる手つきが、すごく優しい。
「ゆっくりね」
「ん……」
少しずつ流し込まれる水が、やたらおいしく感じた。
さっきまで世界がぼやけてたのに、体の中に透明な線が通っていくみたいだ。
「颯太、体調はどう?」
「大丈夫……」
そうだった。俺が無理したから、涼を怒らせちゃったんだ。
意識が落ちる直前も、呆れられたかもしれないって怖かったのを思い出した。
「あのさ……涼、ごめ……」
言いかけたその瞬間、涼の指先がそっと唇に触れた。
「謝らなくていいよ。心配しただけだから」
優しくて真っ直ぐな目。
……怒って、ない?
「涼」
「ん?」
「怒ってないの?」
涼は一瞬だけ目を細めて、それからちょっと呆れたみたいに笑った。
「何言ってるの、怒るわけないよ」
ぽん、と頭を撫でられる。
大きな手のひらが、何度もゆっくり髪を梳く。
「ほんとに?」
まだ少し不安が抜けないまま聞くと、涼は身をかがめて、額をこつんと合わせてきた。
「うん。むしろ、偉いなって思ってた」
「え……?」
「頑張って気を遣って、ちゃんと場に馴染もうとしてたんだよね」
低くて甘い声がすぐ近くで落ちた。
指先が頬に触れて、親指でそっと撫でられる。
「でもね、無理はしちゃ駄目」
次の瞬間、ぐっと抱き寄せられた。
胸に顔が押しつけられて、シャツ越しに体温が伝わる。
心臓の音が近くて、息が止まりそう。
「颯太が思ってるより、俺は颯太のことが大事だから。忘れないで」
耳元ではっきりと言われる。
安心と恥ずかしさと、さっきの不安の名残が混ざって、また視界が滲む。
「……涼」
「心配するのも守るのも当たり前。甘やかすのも、愛すのも、全部俺がやりたくてやってる」
その声を聞いた途端、張っていた糸が切れたみたいに力が抜けた。
だめだよ、こういうの弱いんだってば。
「颯太、そんな顔で見ないで」
「え? どんな顔?」
「俺のことが好きって顔」
知ってる。
そう言って笑う涼が、たまらなく好きなのは事実だから。
「……だって、ほんとに好きだし……」
なるべく小さな声とともに、唇を寄せた。
そんな俺を待っていたかのように、唇が重なった。
「可愛すぎるね」
頬を包まれて、涼からまたキスを落とされた。
「ほんと、早く連れて帰りたいな」
「もう帰るじゃん……」
「そういう意味じゃないよ」
うん、分かってる。けど、分からないふりをする。
だって恥ずかしいじゃん。
抱き寄せられて、また顔を涼の胸に押しつけられる。
「涼、くるしぃ……」
「可愛い。颯太大好きだよ」
こんなふうに大事にされていいのかと未だに思う。
それでも、その腕の中はあまりに安心できて、抵抗する気力が溶けていく。
「おーい、おふたりさん。聞こえてるぞー」
襖の向こうから仁さんの声がして、はっとして身体を離す。
涼に抱きとめてもらうのも、こうして絶妙なタイミングで邪魔が入るのも、もう何度目だろ……。
涼は名残惜しそうに笑っただけで、特に慌てもしない。
「そろそろ入っていいかー?」
「ちょっとまって」
「ちょっとまって」
期せずしてふたり、声が揃った。
あまりにもぴったりだったから、顔を見合わせて笑った。
「……今開けるから」
涼が襖を開き、仁さんが顔を覗かせる。
「颯太くん、体調どう?」
「大丈夫です。心配かけてすみません」
「いや、謝らなくていいって。酒すすめたおじさん達、ちゃんと反省してたぞ。あと子どもたち、颯太のこと心配してた」
思わず目を伏せた。
何も言えないまま、自分の浅はかさを思い知る。
こうして和室を借りちゃったことも思い出し、申し訳なさが先に立つ。
「なんか、ほんと色々ごめんなさい!」
「いや、なんで颯太くんが謝るのさ。正人おじさん、掛水家で一番の厄介者だったから。今日はすっきりしたよ。それも含めて全部、颯太くんのおかげ!」
「でも、こうして部屋まで用意してもらっちゃって……ありがとうございます」
「それ、涼が兄さんに“ここ使わせて”って真顔で頼んでた」
視線を向けると、涼は悪びれもせず肩をすくめた。
「当たり前。颯太は大事な人なんだから」
その言い方が自然すぎて、また何も言えなくなる。
「颯太、帰れそう?」
涼に優しく問われて、少しだけ考えてから頷いた。
「……帰りたい」
「うん。じゃあ帰ろう」
褒めるでも茶化すでもなく、ただ受け止める声。
その穏やかさにまた胸が緩む。
荷物をまとめようとした時、廊下から足音がして俊さんが顔を出した。
「颯太くん」
「……あ、はい」
「今日は本当にありがとう。素晴らしい人だね、颯太くんは」
その言葉が、思っていた以上に嬉しかった。
横で涼が当たり前のように微笑む。
「兄さん、颯太は俺の自慢なんだよ」
もう、またそういうことを平気で言う……。
でも否定する気にはなれなかった。
「うん。料理も本当に美味しかった。涼が羨ましいよ」
「ありがとうございます。涼さんにはいつも大事にしてもらってて……だから、毎日美味しいご飯作ってあげたくなるんです」
微笑む涼の隣で、俊さんも笑った。
あんまり感情を出さなそうな人なのに。
笑うと涼によく似てるな。穏やかで、優しい顔だ。
「涼のこと、よろしく頼むよ」
「え、あっ……はい」
守られる側だと思っていたのに、いつの間にか並んで立つ前提で話されている。
でもいつか本当に、涼を支えられたら……どんなにいいかな。
「じゃあ、また」
「うん。ありがとう」
「お疲れ様」
挨拶を済ませタクシーに乗り込むと、涼が俺の手を握ってきた。
「颯太」
「なに?」
「今日、ありがとう。颯太がいてくれて、本当によかった」
その言葉に、胸がいっぱいになった。
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