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side 神谷 拓実(たくみ)①
1.通りすがりに心、奪われました
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俺は、神谷 拓実。都内にある大手映像制作会社の社長をしてる。
秘書は雇ってない。スケジュール管理も資料作成も、できる範囲は自分でやる主義だ。
もちろん手が回らない時は、信頼できる部下に任せるけど――
まあ、それなりに回ってる。多分。
今日も朝からバタバタしてて、気づいたら時計の針は16時を回っていた。
「神谷社長、あの件、僕がやりますよ」
「……いや、大丈夫。俺がやる」
つい、いつもの癖でそう返してしまう。
人に任せるの、得意じゃないんだよな。
社長って立場になってから、頼られることは増えたけど――
不思議なもんで、それに反比例するみたいに、“誰かに頼る”のがだんだん難しくなってきた。
「社長、たまには人に甘えてくださいよ。余計なことまで背負いすぎですって」
以前、若手社員にそんなことを言われたっけ。
あの時は笑って流したけど、実はちょっと刺さってた。
……甘える、ね。
できるもんなら、とっくにやってる。
コーヒーをひと口。立ち上がって、窓際に歩く。
ビルのガラスに、沈みかけた空と、自分の疲れた顔が映っていた。
ふと――思い出す。
あの夜のこと。
――駅前のベンチで、眠ってたあいつ……遥。
コンビニの帰り道、なんとなく駅前を通ったとき、視界に入った。
うずくまるように座ってる男。顔はよく見えなかったけど、どう見ても普通じゃない空気だった。
最初は酔っ払いかと思った。
「……ちょっと、おにいさん?」
声をかけると、ゆっくり顔を上げた。
疲れ切った目。けど、その奥にあるものが妙に気になった。
なんていうか――無防備すぎて、ほっとけなかった。
「寝てたけど、大丈夫?」
なるべく柔らかい声で言うと、彼は少し戸惑いながらも答えた。
「……あ、俺……疲れてただけ。ごめん、声かけてくれてありがとな」
その瞬間、なにかが引っかかった。
ただの偶然だったのに、俺はその場を離れられなくなってた。
「俺も座っていい?」
「ああ、どうぞ」
隣に腰を下ろして、さりげなく様子をうかがう。
なんか、限界きてる感じがした。顔色も悪いし、目の奥が焦げてるような疲れ方。
「……で、なんかあったの? 悩み事とか」
訊いた瞬間、表情が一瞬だけ曇った。
「……まあ、ちょっとな」
そう答えたあいつは、どこか諦めたみたいな声だった。
こんなふうに誰かに話しかけられるのを、ずっと待ってたんじゃないかって思えるくらい。
レジ袋から缶チューハイを取り出して、ひとつ差し出す。
「そうだ、酒飲める?」
「……ありがと。ちょっとだけ、もらう」
肩の力が抜けてく様子を見て、なんとなく安心する。
こいつ、多分めちゃくちゃ繊細で、でも自分を押し込めてきたんだろうなって――そういう匂いがした。
「えっと、お前、名前は?」
「俺? 拓実。開拓の“拓”に、“実る”でタクミ。そっちは?」
「……遥」
“はる”
その名前を聞いた瞬間、ちょっと驚いた。
柔らかくて、どこか遠くまで続いていきそうな響き。
「“遥”って響き、柔らかくて優しそうでいいじゃん。字も、なんか綺麗だし」
心からそう思ったし、自然に口に出てた。
会話の流れで、遥の恋人の話になった。
最初は普通に話してたけど、だんだんと表情が変わっていくのが分かった。
「……でも気づいたら、相手の顔色うかがって、機嫌損ねないように、って……」
それって、たぶん、かなりしんどい状態だよな。
何も言わずに聞いてると、遥が少しだけ目を伏せて言った。
「……俺、自分が我慢してれば、うまくいくと思ってた。でも……酷いこと言われたり、されると……」
聞いてて、正直腹が立った。遥にじゃなくて、そんな顔させる相手に。
「俺だったら、大事な人にはそんな顔させないけどな。やっぱ、笑っててほしいし」
素直な本音だった。俺が惹かれてるのかもしれない、なんてことをこの時はまだ認めたくなかったけど。
遥は少し戸惑ったあと、小さく笑った。
それが、思った以上に――可愛くて。
「お、やっと笑ったじゃん。……かわいい顔」
言ってから「やべ」って思ったけど、遥のツッコミは意外と軽くて、空気が少し和らいだ。
帰ろうとする遥の表情を見て、思わず声が出た。
「……遥、本当に、大丈夫か?」
返事を待たずに、気づいたら――抱きしめてた。
ふわっと香る匂い、少し固まる身体。
でも、逃げなかった。
「なんかさ……気になっちゃって。お前のこと」
ごまかすつもりで軽く言ったけど、本音だった。
スマホを忘れて連絡先も交換できず、ちょっとだけ残念そうな顔をした遥。
でも、その夜は、ふたりで笑って、少しだけ肩の荷を下ろしたみたいな顔をしてくれた。
ほんの偶然だった。
でも――あれは間違いなく、心に焼きついた夜。
まさか、あんなふうに一瞬で人を気にする日がくるなんてな。
……正直、自分でもびっくりだよ。
と、その時――
コンコン、と控えめなノックの音が社長室に響いた。
秘書は雇ってない。スケジュール管理も資料作成も、できる範囲は自分でやる主義だ。
もちろん手が回らない時は、信頼できる部下に任せるけど――
まあ、それなりに回ってる。多分。
今日も朝からバタバタしてて、気づいたら時計の針は16時を回っていた。
「神谷社長、あの件、僕がやりますよ」
「……いや、大丈夫。俺がやる」
つい、いつもの癖でそう返してしまう。
人に任せるの、得意じゃないんだよな。
社長って立場になってから、頼られることは増えたけど――
不思議なもんで、それに反比例するみたいに、“誰かに頼る”のがだんだん難しくなってきた。
「社長、たまには人に甘えてくださいよ。余計なことまで背負いすぎですって」
以前、若手社員にそんなことを言われたっけ。
あの時は笑って流したけど、実はちょっと刺さってた。
……甘える、ね。
できるもんなら、とっくにやってる。
コーヒーをひと口。立ち上がって、窓際に歩く。
ビルのガラスに、沈みかけた空と、自分の疲れた顔が映っていた。
ふと――思い出す。
あの夜のこと。
――駅前のベンチで、眠ってたあいつ……遥。
コンビニの帰り道、なんとなく駅前を通ったとき、視界に入った。
うずくまるように座ってる男。顔はよく見えなかったけど、どう見ても普通じゃない空気だった。
最初は酔っ払いかと思った。
「……ちょっと、おにいさん?」
声をかけると、ゆっくり顔を上げた。
疲れ切った目。けど、その奥にあるものが妙に気になった。
なんていうか――無防備すぎて、ほっとけなかった。
「寝てたけど、大丈夫?」
なるべく柔らかい声で言うと、彼は少し戸惑いながらも答えた。
「……あ、俺……疲れてただけ。ごめん、声かけてくれてありがとな」
その瞬間、なにかが引っかかった。
ただの偶然だったのに、俺はその場を離れられなくなってた。
「俺も座っていい?」
「ああ、どうぞ」
隣に腰を下ろして、さりげなく様子をうかがう。
なんか、限界きてる感じがした。顔色も悪いし、目の奥が焦げてるような疲れ方。
「……で、なんかあったの? 悩み事とか」
訊いた瞬間、表情が一瞬だけ曇った。
「……まあ、ちょっとな」
そう答えたあいつは、どこか諦めたみたいな声だった。
こんなふうに誰かに話しかけられるのを、ずっと待ってたんじゃないかって思えるくらい。
レジ袋から缶チューハイを取り出して、ひとつ差し出す。
「そうだ、酒飲める?」
「……ありがと。ちょっとだけ、もらう」
肩の力が抜けてく様子を見て、なんとなく安心する。
こいつ、多分めちゃくちゃ繊細で、でも自分を押し込めてきたんだろうなって――そういう匂いがした。
「えっと、お前、名前は?」
「俺? 拓実。開拓の“拓”に、“実る”でタクミ。そっちは?」
「……遥」
“はる”
その名前を聞いた瞬間、ちょっと驚いた。
柔らかくて、どこか遠くまで続いていきそうな響き。
「“遥”って響き、柔らかくて優しそうでいいじゃん。字も、なんか綺麗だし」
心からそう思ったし、自然に口に出てた。
会話の流れで、遥の恋人の話になった。
最初は普通に話してたけど、だんだんと表情が変わっていくのが分かった。
「……でも気づいたら、相手の顔色うかがって、機嫌損ねないように、って……」
それって、たぶん、かなりしんどい状態だよな。
何も言わずに聞いてると、遥が少しだけ目を伏せて言った。
「……俺、自分が我慢してれば、うまくいくと思ってた。でも……酷いこと言われたり、されると……」
聞いてて、正直腹が立った。遥にじゃなくて、そんな顔させる相手に。
「俺だったら、大事な人にはそんな顔させないけどな。やっぱ、笑っててほしいし」
素直な本音だった。俺が惹かれてるのかもしれない、なんてことをこの時はまだ認めたくなかったけど。
遥は少し戸惑ったあと、小さく笑った。
それが、思った以上に――可愛くて。
「お、やっと笑ったじゃん。……かわいい顔」
言ってから「やべ」って思ったけど、遥のツッコミは意外と軽くて、空気が少し和らいだ。
帰ろうとする遥の表情を見て、思わず声が出た。
「……遥、本当に、大丈夫か?」
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でも、逃げなかった。
「なんかさ……気になっちゃって。お前のこと」
ごまかすつもりで軽く言ったけど、本音だった。
スマホを忘れて連絡先も交換できず、ちょっとだけ残念そうな顔をした遥。
でも、その夜は、ふたりで笑って、少しだけ肩の荷を下ろしたみたいな顔をしてくれた。
ほんの偶然だった。
でも――あれは間違いなく、心に焼きついた夜。
まさか、あんなふうに一瞬で人を気にする日がくるなんてな。
……正直、自分でもびっくりだよ。
と、その時――
コンコン、と控えめなノックの音が社長室に響いた。
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