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【第2章】最悪で最高のライバル
3.ビジネスと感情
慧のマンション。
エレベーターで最上階まで上がる。
ドアが開くと、慧が待っていた。
「京介」
その呼び方。
さっきの懇親会とは、いっこうに重ならない。
優しくて、柔らかくて――距離が、近い。
「……慧」
名前を呼んだ瞬間、部屋に引き込まれた。
ドアが閉まる音と同時に、抱きしめられる。
「っ……!」
「ごめん、我慢できなかった」
慧の腕がさらにぎゅっと絡みつく。
「やっと、二人きりになれた」
……あ。
温かい。
背中に伝わる体温が、変に落ち着く。
今頃になって、安心するなんて俺もどうかしてる。
「今日、京介がいるって知らなくて……びっくりした」
「……俺もだよ」
慧がECHOのCEO。
さっきまで壇上に立っていた男と、今こうして抱き合ってる現実が、いまだに噛み合わない。
「……プレゼン、すごかったな」
「京介に見られてると思ったら、めちゃくちゃ緊張した」
「そうは見えなかったけど」
「演技。内心、ドキドキだった」
「……まあ、あるよな。そういうの」
そう返したら、慧が少し困ったみたいに笑った。
「俺さ、ちゃんと言ってなかったよね。ECHOのCEOだって」
「……ああ」
「ごめん。言おうとは思ってた。でも、タイミング逃しちゃって」
視線が真っ直ぐ俺に向く。
「あの夜、仕事の話より……京介と一緒にいることの方が、大事だったから」
「俺もステラの専務だって、言ってなかった」
「ああ。知った時、正直びびった」
「うち、祖父がレコード会社を作って、父が継いで……で、気づいたら俺もこの道だからな」
「そっか。音楽一族なんだね」
「……まあな」
音楽一族、か。
そう言われると、なんだか重い感じがする。
「……今は?」
「今はビジネス。作る側じゃなくて、売る側。でもまあ、それも悪くないかな」
嘘だ。
本当は、もっと音に触れていたかった。
でも今さら言ったところで、何も変わらない。
そう思って黙っていると、慧が俺を見て、くすっと笑った。
「でも、今日正体がわかって逆によかったかも」
「なんで?」
「だって、ちゃんとお互いの立場がわかった上で、これからどうするか決められるから」
そうだ、ECHOとステラは敵対企業。
慧とは競合相手。
なのに、こうして目の前にいると、つい忘れそうになる。
さっきまで抱きしめられていた腕の温度が、まだ残っているせいかもしれない。
「なぁ京介。懇親会での話、本気だよね?」
慧が顔を上げて、俺を見つめてくる。
その目は真剣だ。
「……ああ。お前のとこの技術は、本当にすごいと思う。でも勝てない」
慧の表情が少しだけ曇った。
ごめん。でも、これは言わなきゃいけない。
「ECHOが本番の配信権を取るのは、正直――ほぼ不可能だと思う」
慧が拳を握った。
その手が、ほんの少し震えているのがわかった。
「不可能って、決めつけないで」
「決めつけてるわけじゃない。現実を言ってるんだよ」
「じゃあ京介は、俺に諦めろって言いたいの?」
その目がまっすぐ俺を見つめている。
「……いや」
俺は一瞬だけ視線を外した。
言葉を選ぶ、その数秒がやけに重い。
「諦めろとは、言ってない」
「え?」
「ただ、現実を知っておいてほしかったから」
慧は一度視線を落として、また真っ直ぐに俺を見た。
「でも、俺は戦う」
「……慧」
「絶対に、SONIC WAVEの配信権を取る。そして、音楽業界を変える」
正直言うと、ECHOの技術は想像以上だ。
遅延0.3秒。本当にできてるなら革命だ。
いや、できてるんだろう。
慧がそう言うなら。
「あのさ、慧」
「……何?」
「ステラも配信には力入れてるけど、正直技術面ではちょっと後れ取ってる。だから――」
俺はテーブルに手を置き、視線を上げた。
逃げも、冗談もなしだ。
「一緒にやらないか?」
「……一緒に?」
「そう。SONIC WAVEの配信、ECHOとステラで共同でやる」
「共同……って」
「ECHOが技術を提供して、ステラがアーティストとブランドを出す。互いの強みを活かせば、完璧な配信が実現できる」
言い切って、慧を見る。
慧は何も言わず、ただ俺の目をじっと見つめていた。
「それに、投資家も安心するだろ。ECHOだけだとリスクが高いと思われてる。でも、ステラが組めば……」
「待って」
慧が言葉を遮った。
「それって、ECHOをステラの下請けみたいにするってことだよね?」
「下請けとは言ってないだろ」
「でも、ステラがメインでECHOはサポート。そういう構図だよね」
まあ、図星だ。
慧がテーブルに、強く手を置いた。
「俺は……そんなつもりで、ECHOを立て直したんじゃない」
「慧……」
「俺は音楽業界を変えたい。誰かの下につくんじゃなくて、自分たちで道を切り開きたい。だから、断る」
「……そうか」
しばらく沈黙が流れた。
気まずい。でも、引くわけにはいかない。
これは仕事だ。感情とは別だ。
「慧。一つ、聞いてもいいか?」
「……なに」
「なんでそこまで音楽に……ECHOに、こだわるんだよ」
慧が少し目を細めた。
その目は、今の俺には鋭くて逃げられない。
エレベーターで最上階まで上がる。
ドアが開くと、慧が待っていた。
「京介」
その呼び方。
さっきの懇親会とは、いっこうに重ならない。
優しくて、柔らかくて――距離が、近い。
「……慧」
名前を呼んだ瞬間、部屋に引き込まれた。
ドアが閉まる音と同時に、抱きしめられる。
「っ……!」
「ごめん、我慢できなかった」
慧の腕がさらにぎゅっと絡みつく。
「やっと、二人きりになれた」
……あ。
温かい。
背中に伝わる体温が、変に落ち着く。
今頃になって、安心するなんて俺もどうかしてる。
「今日、京介がいるって知らなくて……びっくりした」
「……俺もだよ」
慧がECHOのCEO。
さっきまで壇上に立っていた男と、今こうして抱き合ってる現実が、いまだに噛み合わない。
「……プレゼン、すごかったな」
「京介に見られてると思ったら、めちゃくちゃ緊張した」
「そうは見えなかったけど」
「演技。内心、ドキドキだった」
「……まあ、あるよな。そういうの」
そう返したら、慧が少し困ったみたいに笑った。
「俺さ、ちゃんと言ってなかったよね。ECHOのCEOだって」
「……ああ」
「ごめん。言おうとは思ってた。でも、タイミング逃しちゃって」
視線が真っ直ぐ俺に向く。
「あの夜、仕事の話より……京介と一緒にいることの方が、大事だったから」
「俺もステラの専務だって、言ってなかった」
「ああ。知った時、正直びびった」
「うち、祖父がレコード会社を作って、父が継いで……で、気づいたら俺もこの道だからな」
「そっか。音楽一族なんだね」
「……まあな」
音楽一族、か。
そう言われると、なんだか重い感じがする。
「……今は?」
「今はビジネス。作る側じゃなくて、売る側。でもまあ、それも悪くないかな」
嘘だ。
本当は、もっと音に触れていたかった。
でも今さら言ったところで、何も変わらない。
そう思って黙っていると、慧が俺を見て、くすっと笑った。
「でも、今日正体がわかって逆によかったかも」
「なんで?」
「だって、ちゃんとお互いの立場がわかった上で、これからどうするか決められるから」
そうだ、ECHOとステラは敵対企業。
慧とは競合相手。
なのに、こうして目の前にいると、つい忘れそうになる。
さっきまで抱きしめられていた腕の温度が、まだ残っているせいかもしれない。
「なぁ京介。懇親会での話、本気だよね?」
慧が顔を上げて、俺を見つめてくる。
その目は真剣だ。
「……ああ。お前のとこの技術は、本当にすごいと思う。でも勝てない」
慧の表情が少しだけ曇った。
ごめん。でも、これは言わなきゃいけない。
「ECHOが本番の配信権を取るのは、正直――ほぼ不可能だと思う」
慧が拳を握った。
その手が、ほんの少し震えているのがわかった。
「不可能って、決めつけないで」
「決めつけてるわけじゃない。現実を言ってるんだよ」
「じゃあ京介は、俺に諦めろって言いたいの?」
その目がまっすぐ俺を見つめている。
「……いや」
俺は一瞬だけ視線を外した。
言葉を選ぶ、その数秒がやけに重い。
「諦めろとは、言ってない」
「え?」
「ただ、現実を知っておいてほしかったから」
慧は一度視線を落として、また真っ直ぐに俺を見た。
「でも、俺は戦う」
「……慧」
「絶対に、SONIC WAVEの配信権を取る。そして、音楽業界を変える」
正直言うと、ECHOの技術は想像以上だ。
遅延0.3秒。本当にできてるなら革命だ。
いや、できてるんだろう。
慧がそう言うなら。
「あのさ、慧」
「……何?」
「ステラも配信には力入れてるけど、正直技術面ではちょっと後れ取ってる。だから――」
俺はテーブルに手を置き、視線を上げた。
逃げも、冗談もなしだ。
「一緒にやらないか?」
「……一緒に?」
「そう。SONIC WAVEの配信、ECHOとステラで共同でやる」
「共同……って」
「ECHOが技術を提供して、ステラがアーティストとブランドを出す。互いの強みを活かせば、完璧な配信が実現できる」
言い切って、慧を見る。
慧は何も言わず、ただ俺の目をじっと見つめていた。
「それに、投資家も安心するだろ。ECHOだけだとリスクが高いと思われてる。でも、ステラが組めば……」
「待って」
慧が言葉を遮った。
「それって、ECHOをステラの下請けみたいにするってことだよね?」
「下請けとは言ってないだろ」
「でも、ステラがメインでECHOはサポート。そういう構図だよね」
まあ、図星だ。
慧がテーブルに、強く手を置いた。
「俺は……そんなつもりで、ECHOを立て直したんじゃない」
「慧……」
「俺は音楽業界を変えたい。誰かの下につくんじゃなくて、自分たちで道を切り開きたい。だから、断る」
「……そうか」
しばらく沈黙が流れた。
気まずい。でも、引くわけにはいかない。
これは仕事だ。感情とは別だ。
「慧。一つ、聞いてもいいか?」
「……なに」
「なんでそこまで音楽に……ECHOに、こだわるんだよ」
慧が少し目を細めた。
その目は、今の俺には鋭くて逃げられない。
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