リスタート・ショコラ―拾われた俺、溺愛されてます―世界でいちばん甘い場所は、あなたの隣。

砂原紗藍

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キャラメル・ノワール “隠れた痛み、微かな甘み”

5.助手として、恋の予感として

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翌朝、目が覚めると柔らかい光が部屋に差し込んでいた。
高級な寝具の感触に一瞬戸惑う。

「あ、そっか……」

――ここは透さんの家なんだ。

ゆっくり起き上がると、すでに部屋の外からコーヒーの香りが漂ってきた。

着替えて髪を整えてリビングに出ると、透さんがキッチンに立っていた。

やっぱりかっこいい……かも。

スーツではなく、白いシャツにスラックス。
その姿が妙に新鮮で、思わず見惚れてしまう。

「お、おはよう……」
「おはようございます。よく眠れましたか?」

穏やかな声が朝に溶けていく。

「あ、うん、久しぶりにぐっすり寝られた」
「それは良かった」

透さんの手には包丁。まな板の上には、色とりどりの野菜が並んでいる。

「朝食、作ってるの?」
「ええ。簡単なものですけど、いいですか?」
「えっ、俺の分まで?」
「当然ですよ。しばらく一緒に暮らすわけですから」

その言い方が自然で、照れくさくなる。
フライパンでベーコンを焼き、卵を割る。
その手つきが無駄なくて、見ていて気持ちいい。

「料理、できるんだね」
「一人暮らしが長いので。探偵の朝は意外と地味なんですよ。こう見えて健康第一です」

ふと、透さんが俺の寝癖を直すように、そっと手を伸ばした。
指先が頭に触れると、思わず胸が跳ねる。

「っ……な、」
「どうぞ、座っていてください。コーヒーはブラックで大丈夫ですか?」
「あ、うん……。地味どころか、なんかホテルみたい」

数分後、テーブルには完璧な朝食が並んでいた。
ふわふわのスクランブルエッグ、カリッと焼けたベーコン、トースト、サラダ、そしてコーヒー。

「……すごい」
「口に合うといいんですが」

一口食べると、思わず声が出た。

「美味しい……!」
「よかった」

透さんがふっと笑う。
その笑顔に、胸の奥がまた跳ねた。

――この人、完璧すぎる。

穏やかな会話を交わしながら、ふたりで朝食を取った。
静かで、落ち着いていて、不思議と心が安らぐ時間だった。

透さんが食後のカップをテーブルに置く。

「さて――そろそろ本題に入りましょうか」

空気が少し引き締まる。
彼はタブレットを取り出し、画面を開いた。

「まず、最初のターゲットは『フルール』。高級食材の卸会社で、西条のレストランに主要食材を納めています」
「……あそこ、かなり評判いい店だね」
「ええ。ただ、西条と不正な取引をしている可能性が高い」

透さんの声は落ち着いていた。

「今日は『フルール』に行きます。環には助手の“パティシエ”として同行してもらいます」
「助手……?」
「ええ。食材の目利きができる専門家として」

透さんの目が真剣になる。

「西条がどんな取引をしているのか、直接確かめます」
「でも、俺が行って大丈夫なの?」
「大丈夫です」

透さんがそっと俺の手に触れた。
その温もりに、ドキリとする。

「あなたの実力を見せる場でもありますから」
「でも、俺、もう三年も現場を離れてて……」

不安を隠せずに言うと、透さんは柔らかく笑った。

「腕は、簡単に錆びませんよ」
「……透さん、信じすぎじゃない?」
「あなたのことは、もう見極めたつもりです。でなければ、ここに連れてきません」

穏やかな声なのに、言葉はまっすぐだった。
思わず胸の奥が熱くなる。

「……分かった、やってみる」
「それでいい。私が、あなたを守りますから」

低く、確かな声。
その言葉に、不思議と安心感が広がった。

透さんは立ち上がり、ジャケットを手に取った。

「準備ができたら出発しましょう。環のスーツはクローゼットにあります。サイズは昨日のうちに合わせておきました」
「えっ!? もう用意したの?」
「ええ。あなたが来ると決めた時点で」

その完璧さに思わず苦笑いが漏れる。

本当に、抜け目ない人だな……。

俺は息を整えて、スーツに袖を通す。
隣にいる透さんが、それを静かに見つめていた。
その眼差しに背筋が自然と伸びる。

鏡に映る自分の姿が、少しだけ昔の“俺”に戻っていた。
けれど今の俺の隣には――あの頃にはいなかった人がいる。


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