6 / 35
6.隣の温度、ちょっぴり甘く
しおりを挟む
「お邪魔します」
「どうぞ」
隣の部屋に入った瞬間、ふわっと新しい香りが広がる。
ダンボールがいくつか残ってて、まだ生活感が薄い。
同じ間取りなのに、なんか全然違う。
リビングの端にある引き戸の前で、瑞樹が振り返る。
「ここなんだ」
試しに動かしてみると――最後のところでカチッと閉まらず、微妙な隙間が残ってしまう。
「あー……なるほど、これか……」
俺が屈んでレールを覗き込むと、瑞樹も隣にしゃがみ込んできた。
思ったより近い。視界の端に横顔が入ってきて、心臓が跳ねる。
「どう? 直せそう?」
「ああ、戸車がちょっとズレてるだけだな。調整すればすぐ」
ドライバーを取り出してネジを少しずつ締めていく。
作業に集中しようとするけど、すぐ隣からの視線がやたら気になる。
「へぇ、そうやって直すんだ」
興味津々に覗き込まれて、思わず手元がぶれそうになった。
その顔が近い。近すぎる。
「器用なんだね。涼太くんって」
「……っ」
吐息が耳にかかって、ぞくっとする。思わず手元がブレそうになった。
「……まあ、基本的なことだけど」
「俺、全然わかんないから尊敬する」
「そんな、大げさだって」
「いやいや、すごいよ。もし俺がやったら、絶対ドライバー落として終わるもん」
……例えが雑だけど、真剣に褒めてるらしい。
「それはさすがに……」
「マジで。この前も家具組み立てようとして、ネジ全部バラバラにしちゃったし」
「え、それマジでヤバくないか……?」
「ヤバいでしょ? 最終的に知り合いに泣きついた」
瑞樹が恥ずかしそうに笑う。その笑顔がまた――
……でも、瑞樹はこんな風に距離が近いのも、ただの男同士の会話だから気にしてないんだろう。変に意識してるのは、俺だけだ。
数分後。引き戸はスッと軽やかに閉まるようになった。
「よし、これで――」
立ち上がろうとした瞬間、足が痺れてバランスを崩した。
「うわっ……!」
「危ない!」
瑞樹の手が、俺の腕をしっかりと掴んでいる。その温度が服越しでもはっきりわかる。
「……大丈夫?」
心配そうな表情。でも、その顔がすぐ目の前にあって――
「う、うん……」
「……足、痺れた? 立てる?」
瑞樹の手が、腕から肩に移動する。
支えてくれてる。ただそれだけなのに、この手の温かさに変な意識をしてしまう。
「……いや、大丈夫」
そう言って離れようとしたけど、瑞樹の手がまだ肩に残ってる。
「本当に? 無理してない?」
瑞樹が下から覗き込むように見てくる。
「……本当に、大丈夫だって」
ようやく離れて、お互い立ち上がる。
でも、さっきの距離感が頭から離れない。
腕と肩に残る温度も、まだ消えない。
「ほ、ほら、これで閉まるよ」
話を逸らすように、引き戸をスライドさせる。
「本当だ、ちゃんと閉まる!」
瑞樹は子供みたいに何度も開け閉めしては、声を弾ませる。
「すごい! 完璧じゃん。涼太くん、マジで天才!」
「天才って……そこまで大げさな……」
「大げさじゃないって! 俺、本気で感動してる」
瑞樹がキラキラした目で見てくる。
「あ、ありがとう……」
照れて視線を逸らすと、瑞樹がくすっと笑った。
「涼太くん、照れてる?」
「て、照れてねーよ!」
「照れてるよ。顔赤いもん」
「赤くないって!」
「嘘つき」
瑞樹がニヤニヤしながら言う。もう、恥ずかしいって……!
「でも、マジでありがとう。俺じゃ絶対できなかった。何かお礼させてよ」
「お礼なんていらねぇって」
「んー……でも」
瑞樹が少し考え込んでから、パッと顔を上げた。
「じゃあさ、今度、ご飯でも行こうよ。お礼に奢るから」
「え……」
思わず固まる。まさか引っ越し挨拶からご飯に発展するとは。
「迷惑だった?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃ、決まり! 都合のいい日、教えて」
にこっと笑って言い切る瑞樹。
あまりに自然体で、断るタイミングを完全に持っていかれた。
「……うん」
「やった。楽しみにしてる」
――楽しみ、か。
瑞樹にとっては、ただの隣人との食事。
でも俺は、なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
「どうぞ」
隣の部屋に入った瞬間、ふわっと新しい香りが広がる。
ダンボールがいくつか残ってて、まだ生活感が薄い。
同じ間取りなのに、なんか全然違う。
リビングの端にある引き戸の前で、瑞樹が振り返る。
「ここなんだ」
試しに動かしてみると――最後のところでカチッと閉まらず、微妙な隙間が残ってしまう。
「あー……なるほど、これか……」
俺が屈んでレールを覗き込むと、瑞樹も隣にしゃがみ込んできた。
思ったより近い。視界の端に横顔が入ってきて、心臓が跳ねる。
「どう? 直せそう?」
「ああ、戸車がちょっとズレてるだけだな。調整すればすぐ」
ドライバーを取り出してネジを少しずつ締めていく。
作業に集中しようとするけど、すぐ隣からの視線がやたら気になる。
「へぇ、そうやって直すんだ」
興味津々に覗き込まれて、思わず手元がぶれそうになった。
その顔が近い。近すぎる。
「器用なんだね。涼太くんって」
「……っ」
吐息が耳にかかって、ぞくっとする。思わず手元がブレそうになった。
「……まあ、基本的なことだけど」
「俺、全然わかんないから尊敬する」
「そんな、大げさだって」
「いやいや、すごいよ。もし俺がやったら、絶対ドライバー落として終わるもん」
……例えが雑だけど、真剣に褒めてるらしい。
「それはさすがに……」
「マジで。この前も家具組み立てようとして、ネジ全部バラバラにしちゃったし」
「え、それマジでヤバくないか……?」
「ヤバいでしょ? 最終的に知り合いに泣きついた」
瑞樹が恥ずかしそうに笑う。その笑顔がまた――
……でも、瑞樹はこんな風に距離が近いのも、ただの男同士の会話だから気にしてないんだろう。変に意識してるのは、俺だけだ。
数分後。引き戸はスッと軽やかに閉まるようになった。
「よし、これで――」
立ち上がろうとした瞬間、足が痺れてバランスを崩した。
「うわっ……!」
「危ない!」
瑞樹の手が、俺の腕をしっかりと掴んでいる。その温度が服越しでもはっきりわかる。
「……大丈夫?」
心配そうな表情。でも、その顔がすぐ目の前にあって――
「う、うん……」
「……足、痺れた? 立てる?」
瑞樹の手が、腕から肩に移動する。
支えてくれてる。ただそれだけなのに、この手の温かさに変な意識をしてしまう。
「……いや、大丈夫」
そう言って離れようとしたけど、瑞樹の手がまだ肩に残ってる。
「本当に? 無理してない?」
瑞樹が下から覗き込むように見てくる。
「……本当に、大丈夫だって」
ようやく離れて、お互い立ち上がる。
でも、さっきの距離感が頭から離れない。
腕と肩に残る温度も、まだ消えない。
「ほ、ほら、これで閉まるよ」
話を逸らすように、引き戸をスライドさせる。
「本当だ、ちゃんと閉まる!」
瑞樹は子供みたいに何度も開け閉めしては、声を弾ませる。
「すごい! 完璧じゃん。涼太くん、マジで天才!」
「天才って……そこまで大げさな……」
「大げさじゃないって! 俺、本気で感動してる」
瑞樹がキラキラした目で見てくる。
「あ、ありがとう……」
照れて視線を逸らすと、瑞樹がくすっと笑った。
「涼太くん、照れてる?」
「て、照れてねーよ!」
「照れてるよ。顔赤いもん」
「赤くないって!」
「嘘つき」
瑞樹がニヤニヤしながら言う。もう、恥ずかしいって……!
「でも、マジでありがとう。俺じゃ絶対できなかった。何かお礼させてよ」
「お礼なんていらねぇって」
「んー……でも」
瑞樹が少し考え込んでから、パッと顔を上げた。
「じゃあさ、今度、ご飯でも行こうよ。お礼に奢るから」
「え……」
思わず固まる。まさか引っ越し挨拶からご飯に発展するとは。
「迷惑だった?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃ、決まり! 都合のいい日、教えて」
にこっと笑って言い切る瑞樹。
あまりに自然体で、断るタイミングを完全に持っていかれた。
「……うん」
「やった。楽しみにしてる」
――楽しみ、か。
瑞樹にとっては、ただの隣人との食事。
でも俺は、なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
30
あなたにおすすめの小説
え、待って。「おすわり」って、オレに言ったんじゃなかったの?!【Dom/Sub】
水城
BL
マジメな元体育会系Subの旗手元気(はたて・げんき、二十代公務員)は、プチ社畜。
日曜日、夕方近くに起き出して、その日初めての食事を買いに出たところで、いきなり「おすわり」の声。
身体が勝手に反応して思わずその場でKneelする旗手だったが、なんと。そのcommandは、よその家のイヌに対してのモノだった。
犬の飼い主は、美少年な中学生。旗手は成り行きで、少年から「ごほうび」のささみジャーキーまで貰ってしまう始末。
え、ちょっと待って。オレってこれからどうなっちゃうの?! な物語。
本を読まない図書館職員と本が大好きな中学生男子。勘違いな出会いとそれからの話。
完結後の投稿です。
【完結・BL】今をときめく大型新人の専属マネージャーになることになったわけだが!【タレント×マネージャー】
彩華
BL
俺の名前は高橋夏希。
芸能事務所で、マネージャー業を行っている。毎日忙しく働いているわけだが、ある日突然。今話題の人気タレント・吹雪の専属マネージャーを任命されてしまい……!?
という感じで、緩くタレント×マネージャーBLです
今回は健全の予定ですが、場合によってはRを完結後に別にするかもしれません。
お気軽にコメント頂けると嬉しいです。宜しくお願い致します。
■表紙お借りしました。有難うございます
【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!
ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。
そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。
翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。
実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。
楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。
楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。
※作者の個人的な解釈が含まれています。
※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
課長、甘やかさないでください!
鬼塚ベジータ
BL
地方支社に異動してきたのは、元日本代表のプロバレー選手・染谷拓海。だが彼は人を寄せつけず、無愛想で攻撃的な態度をとって孤立していた。
そんな染谷を受け入れたのは、穏やかで面倒見のいい課長・真木千歳だった。
15歳差の不器用なふたりが、職場という日常のなかで少しずつ育んでいく、臆病で真っ直ぐな大人の恋の物語。
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった
ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)
「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」
退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて…
商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。
そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。
その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。
2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず…
後半甘々です。
すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる