【完結】隣の“ひゅーが” 。―ベランダとH系配信の隙間で恋してる―推しが“隣に”住んでました。

砂原紗藍

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30.すれ違いの夜

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「とりあえず、乾杯!」
「お疲れー」
「じゃ、いただきます」

グラスが軽く触れ合い、澄んだ音が部屋に響いた。
炭酸の泡が弾ける音を聞きながら、俺はぼんやりと瑞樹の横顔を見ていた。

――なんで、こいつは俺に絡んできたんだろう。

「“リョウ”のファンだった」とか言ってたけど、どうせ話のネタか、暇つぶしのひとつだ。
隣人が配信者だって知って、ちょっと面白がってるだけ。
そう思えば納得がいく。

……けど。

仮に瑞樹が男女どっちでもいけるタイプだったとしても、俳優で、顔も良くて、仕事も順調で。
モテないはずがない。
彼女くらいいただろうし――。

なのに、なんで俺なんかと。
都合のいい“遊び相手”ってやつか?

そんなことを考えてるのに、目の前の瑞樹は無防備に笑っていて。
その笑顔がやけに眩しく見えた。

後片付けを一緒にすることになって、瑞樹は真剣な顔で皿を洗っている。
袖をまくった腕。指先に伝う水。
濡れた前髪の隙間から覗く横顔は、やけに整っていて――思わず目が離せなかった。

ファンが見たら、発狂もんだな。
こんな姿、俺だけが見てるなんて。

「なに、ニヤついてんの?」

突然声をかけられて、ドキッとした。

「べ、別に。真面目な顔して皿洗ってる俳優、レアだなーと思って」
「これくらい普通でしょ」

ちょっと拗ねたように唇を尖らせて、また皿を洗い始める。

「ねぇ、涼太くん」
「ん?」

瑞樹の声のトーンが、少し変わった。
真剣な響き。

「相談があるんだけど」
「相談……? 何、俺で良ければ聞くけど」
「俺さ、今までに何人か女性と付き合ったことはあるけど――」

……やっぱりな。
グラスを拭く手が、止まった。
胸の奥が、ギュッと締め付けられる。

「うん……で?」

声が、少しかすれた。

「俺、女の子、ダメみたい」
「……え?」

驚いて隣を見ると、瑞樹は俺の方を見ずに、スポンジを動かしながら淡々と続けた。
その横顔が、いつもより真剣で――ドキドキが止まらない。

「今、恋してるんだ」
「恋? マジで?」

瑞樹が”恋”。
その言葉だけで、胸の奥がざわついて、息が苦しくなる。

「その相手がさ、男なんだけど」
「……うん」

時が、止まった。
次の瞬間、手からグラスが滑り落ちた。
カシャン! と甲高い音が響く。

「おい! 大丈夫?!」
「あぁ……」

床に散らばった欠片を見つめながら、俺の中で何かが冷えていくのを感じた。

――好きな人が、いる。

瑞樹が慌ててしゃがみ込む。
距離が、近い。でも、心は遠い。

「涼太くん、指! 切ってるじゃん!」
「平気だって」

ぶっきらぼうに答えると、瑞樹が不思議そうな顔をした。

「怒ってる?」
「別に」
「嘘。明らかに機嫌悪いじゃん」

瑞樹の手が、俺の手を掴む。
温かい。でも、それが余計に腹立たしい。

「……なぁ、瑞樹」
「ん?」
「好きな人いるくせに、俺にちょっかい出すなよ」

吐き捨てるように言うと、瑞樹の動きが止まった。

「え……?」
「俺のリスナーかファンか知らねぇけど、面白半分で遊ばれるの、マジで迷惑なんだけど」

声が、震えた。
悔しくて、情けなくて。

「ちょ、待って。涼太くん、何言って――」
「もういいよ」

瑞樹の手を振りほどいて立ち上がり、俺は背を向けた。

「涼太くん!」

瑞樹の声が、背中に突き刺さる。

「帰ってくれ。今日は、もう疲れた」
「待って、話を聞いて!」
「聞きたくない」

冷たく言い放つと、瑞樹が息を呑む気配がした。

「……俺、何か悪いこと言った?」
「悪いことしかしてねーよ」

振り返ると、瑞樹が困惑した顔で立っていた。

「好きな人がいるなら、最初からそう言えよ。俺、勘違いしちまったじゃねーか」
「勘違い……?」

瑞樹の目が、見開かれる。

「まさか、涼太くん――」
「もういい。帰れ」

俺は背を向けて、リビングを出た。
瑞樹の「待って」という声を無視して、自分の部屋に逃げ込む。

ドアを閉めた瞬間、膝から力が抜けた。

――バカだな、俺。

期待なんて、するんじゃなかった。
リビングから、物音がする。
しばらくして、玄関のドアが開く音。

「……涼太くん」

小さな声が聞こえた。

「誤解だから。ちゃんと話させて」
「……」
「明日、また来る。絶対、話すから」

そう言って、ドアが閉まる音がした。

じんじんと痛む指を見つめながら、瑞樹の優しい手を思い出して――胸が苦しくなった。

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