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第一章
その18
しおりを挟む「やっ、だ、何言ってんですか~‼︎オスカーさんってば小説の読みすぎなんじゃないですかぁ?もしかして小説家志望?」
………ありえないくらいに目を泳がせながらエマは大袈裟に肩をすくめる仕草をしてみせた。麻痺毒のキャンディが効いているのか、動きはへにょへにょしていて呂律も怪しくなっている。
………俺とて未だ半信半疑だが、あのエマの持つ道具の説明がつかない。
東方大陸にある未知の道具……というには余りに奇怪すぎる。使用方法はおろか、材質も今までに見たことのない………。
「………消えた?」
今の今まで鏡の如く己の顔が映っていた黒い板は、まるで墨を流したように一瞬で真っ黒に染まってしまった。所有者以外に使用させないよう呪の類がかかっているのかもしれない。
「あー‼︎もーバッテリー切れちゃったじゃないですかー‼︎」
恨めしげな声をあげると絵麻は……。
「こ、これは写真撮ったり……色々できるとっても貴重な道具なんです!それに他人の『コレ』の中身を見ることは、他人のパンツの中を覗くことと同じですから‼︎スカートじゃないですよ、パンツの中‼︎誰にだって見られたくない変な顔で写ってる写真の一枚や二枚あるはずです!」
恋人にも見せないし、夫婦間だってお互い見たりしません!と鼻息荒く捲し立ててエマは、ふにゃふにゃになった身体を何とか動かし、俺から黒い板を奪い返すとポシェットの中に急いで仕舞った。
パンツの中……は、恋人や夫婦なら見るだろ…。
「と、とにかく私は異世界人なんかじゃないですから!勘違いしないでください!私のお姉ちゃんも異世界人じゃないです!」
怪しい。限りなく………怪しい。
………異世界から来た、という話も最初は荒唐無稽だと思ったが、言われてみれば納得できる部分も少なくない。
見慣れないエマの服装、使用方法の分からない持ち物……。エマの持ち物については、保護した時に全て検分したつもりでいた。あの黒い板は何に使うものか分からず、触って確認したが先ほどのように光ったり音が出たりはしなかった筈だ……。
真珠の宝飾品についてもそう、だ。真珠の一粒、二粒を荷抜けさせるのとは訳が違う。高級そうな箱に入った粒の揃った真珠の首飾りと耳飾り……ブローチだけでも、庭付きの家が簡単に買えてしまうだろう。あれほどのものをいかにも迂闊そうなエマに任せるだろうか……?もしかしてアレは本当にエマが異世界から持ち込んで姉に渡そうとしているものなのでは……。
極め付けが先ほど立ち寄った店、だ。あのもじもじとした店主の店のメニュー表は大陸の共通言語と帝国語、ご丁寧に東方大陸の言語まで含めた3種類で表記されていた。にも関わらず………。
『えっと、コレ……なんて書いてあるんでしょうか……?』
エマは全くメニュー表が読めていなかった。識字率が低い地域から来たのかと思っていたが…………。もしかして本当に……そう、なのか……?
異世界人が我々より高い文明を持ち、世界を行き来できるならば、コイツは本当に異世界に嫁いだ姉にプレゼントを異世界から届けに来て迷子になった……?
いや、まさかそんな馬鹿げた話があるわけが………。しかし……。
エマを見るとぐんにゃりと力の抜けた身体を俺に預け、怯えの色を瞳に滲ませながらも無理に笑顔を浮かべている。その様子は悪戯がバレたときのジークのようで……。
………本当に厄介な犬を拾ってしまった。
密輸の組織を炙り出す、なんて面倒は元々御免だったんだ。ただの迷い犬を預かる程度のことで済むならそれに越したことはない。
「………お前がどこの何者か、などということには対して興味がない。お前が密輸に関係していないなら尚更、な。……無論、誰かに話そうという気もない。お前はただ姉に結婚祝いを届けに来ただけ、だろう?」
「は、はい!」
コイツの話を全て信じた訳じゃない。しかし……しばらくはコイツの書いた物語を暇つぶしにするのも悪くないと、そう思っただけだ。
しかし……これでヴォルグの細君・クレアとエマが無関係だ、とはっきりしたな。ヴォルグの妻は帝国語も東方大陸の言葉も読み書きできていた。それに彼女は同じ『忌鬼(おにならず)』のドーメイ伯爵夫人と同郷だったはずだ。バウシュタインに赴任する少し前に『クレアは伯爵夫人の茶会に呼ばれることになって随分と緊張しているようだ』とヴォルグが話していた。
万が一の可能性を考えて彼女にエマのことを聞いてみようかとも思ったが……、ただ無意味に亡くなった妹を思い出させるだけならば止めておいた方がいいだろう。
エマはあの黒い板を耳に押し当て、何かを聞いていた様に思えた。男の声が微かに漏れ聞こえて……。
会話している様にも思えたが……、いや、まさかな……。
未だ麻痺が抜けていないのか、へちょんと座り込んだエマを見つめ笑顔を作ると、エマは条件反射の如くふにゃ、と赤子が親を見つけた時のように無邪気に微笑んだ。
……駄目だ、こんな産まれたての雛のように警戒心の無い奴が犯罪に役立つ訳がない……。
わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でると、不安げな瞳で俺を見上げて………。
「オスカーさん………。あの……私……、オスカーさんの職業、なんとなく……気づいてます。でも、黙ってますから………。その……………。」
気付いている……?あぁ、ランバートとの会話から……何か察したのかもしれないな。まぁ、元々バレて困るようなものでもないが……、コイツにとってみれば迷子になって頼れるのは………たった一人、俺だけ………。
潤んだエマのチョコレート色の瞳から目を逸らせずにいる。
あぁ、本当に駄目だ。コイツに肩入れしすぎるのは良くない。良くないと分かっているが………あの日、救えなかったジークの代わりに,今度はコイツを助けてやりたいと、そう思ってしまった。
「……お前が俺を裏切らない限り、俺はお前の味方でいてやる」
そうして死ぬまでの長い暇つぶしの中で、俺は再び………犬を飼うことを決めたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
うーん、これって……限りなくアウトに近いセーフ………?
何だか、まだふわふわする身体を引きずりながらオスカーさんの後ろを着いて歩く。
多分異世界人だと完全にバレてしまっているだろうけれど、オスカーさんは特段何を聞いてくるわけでもなく黙って歩き続けている。いや、その方がありがたいんだけど……もしかして私にあんまり興味ない………?
「あの……これ、私……何のクスリ飲まされたんですか……?中毒性とか……」
「…………知らなくていい。害はない」
うっわ、もう……アレじゃん!ヤバいやつじゃん!
ばさっと疑問を切り捨てられ、それ以上オスカーさんには何も聞けなくなってしまった。うぅ、汐さんはオスカーさんを頼れって言っていたけど、本当に大丈夫なのかな……。
あっ、しまった!汐さんにオスカーさんが本当は何の仕事してる人なのか確認すればよかった!
汐さんの口ぶりから多分、貿易商ってのは嘘、なんだろうし………。
そういえば、忘れ物も……何だったんだろう……?パニックで色々聞き逃しちゃったな。今度電話するときまでに話したいこと紙に書いておかないと……。
とりあえず今後しないといけないことは、お姉ちゃんが迎えに来てくれるまでにスマホを『こくいんし?』で充電しておいて……、そうしたら念のために毎日教会に立ち寄ってみよう。もしかしたら何かの拍子でお姉ちゃんか汐さんに電話が繋がるかもしれないし……。
こっそりお姉ちゃんに会ったらオスカーさんに異世界人だってバレちゃったことを伝えて、それからは……。
どう………しよっかな………。
未だ、日本に戻れなくなったのだ、という実感はなくて………。この先の未来、を考える余裕もない。けれど……。
「……どうした。疲れたか?」
細そうな身体に見合わず、オスカーさんは怪力だ。ひょいと簡単に私をお姫さま抱っこで持ち上げて……。
「………あれだけ食う割にお前は随分軽いな。」
ふふっ、と笑う顔が尊い。めっちゃいい匂いする。かっこいい、優しい、ちょー好き……。結婚して……。
「………元気そうだな。自分の足で歩くか?」
全部口に出してしまっていたらしい。オスカーさんは呆れながらも抱っこし続けてくれて……。オスカーさんの胸に顔を預けると、ふわりと香る煙草の匂いに何故だか泣きたくなった。
「安心しろ。運搬代も給料から天引きしておいてやる。」
………んん⁉︎
そういえば……仕事……?
オスカーさんに抱き抱えられたまま、昨日は暗くて良くわからなかったホテルの外観を見上げた。
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いや、どう見てもラブホテル……。
ここは貿易商が定宿にするホテルじゃない……。
「今日から早速働いてもらうからな。」
………オスカーさんの無慈悲な死刑宣告がいつまでも私の頭の中で反響し続けていた。
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