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22 庭園での再会
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誘拐事件から10日ほどが経った。ギレット公爵と令嬢のマレーネは別々の貴族牢に入れられて沙汰を待っている状態だ。
今回の誘拐事件をマレーネ一人では無理だと判断した騎士団が、首謀者がギレット公爵、実行犯がマレーネとの見方をしたので、ギレット公爵も聞き取りの為に拘束される事になった。
そして王都の公爵邸を調べたところ、税金の一部に不正が見つかり、そちらの調査も始まったので、誘拐事件に関わっていなくても、公爵は暫く牢から出られなくなった。
王妃から国王へ貴族牢ではなく、せめて自宅謹慎に留めておいて欲しいと執り成しがあったのだが、事件の指揮を取っている王太子がそれを許さなかった。
これまで事件の被害者としての聴取と後処理の関係で、クリフォードはずっと忙しくしていたが、今日になってようやくクリフォードの予定の中にフィリアとのお茶会の時間を入れる事が出来た。
フィリアはクリフォードと久し振りに会える事が嬉しくて、最近作ったばかりの青地に黄色い花柄の刺繍を入れたデイドレスを着る。
そして街でクリフォードに買ってもらったペンダントを着けて馬車で離宮に向かった。
しかし離宮に着いてフィリアを迎えてくれたのは侍女服姿のアンナだった。
「大変申し訳ないのですが、主は今寝込んでいまして…急な体調の変化だったので伯爵家に急ぎで使いを出したのですが、すれ違ってしまったようです」
アンナは気まずそうに謝る。
「クリフォード様のお加減を教えて。どうしてもお会いになれないの?」
「ええ、……それが、大した事は無いのですが、今はお眠りになっていまして…」
普段はテキパキしているはずのアンナのなのだが、今日は珍しく歯切れが悪い。
(何か問題でもあったかしら?)
そう思っていたところでイーサンが奥から息を切らしてやってきた。
今日のイーサンは非番だったのだろうか、クリフォードのような白シャツにスラックス姿だった。
「フィリア様、主からお会い出来ないお詫びに本宮の庭園を案内しろと申し伝えられています」
「そうなの?クリフォード様は眠っていらっしゃるのよね?」
「え、ええ、……そのっ、お眠りになる前にそのようにおっしゃっていました。俺すぐに着替えてきますので、少しお待ち下さい」
そう言うとイーサンは使用人部屋がある方へ急ぎ足で去って行った。
「今日はアンナもイーサンも変ね」
「申し訳ございません。ただ今こちらは普段から人手不足な上に、先日の誘拐事件の件で来客も多く、慌ただしくしているのです。フィリア様には私共のこのような見苦しい姿をお見せしてしまい、大変申し訳ございません」
そう言って深々と頭を下げるものだから、フィリアはそれ以上何も言えなかった。
「いいのよ。私もクリフ様にお会い出来ると思って叶わなかったから、少し棘のある言い方になってしまったわね」
「いえいえ、フィリア様はいつもお優しく、主も毎日のようにフィリア様にお会いしたいと申しております」
「まあ、そうなの?」
フィリアは胸が弾み、頬に熱を感じて両手を頬に当てた。
「それはもう、近頃は穏やかだったクリフォード様の表情が日に日に無くなり、以前のように無口になっていきますので、私共も一日でも早くフィリア様にお会いして頂きたいと願っておりました」
そこへちょうどイーサンが文官服に着替えてやってきた。
クリフォードの侍従であるイーサンは、王宮内の人事では文官に当たる。離宮では私服と思われる服を着ている事も多いが、内宮へ行くために正装したようだ。
「お待たせしました。参りましょう」
離宮から内宮へ馬車で移動する。今日はこの間とは違ってイーサンは御者の隣に座っている。王宮内は安全だから、馬車の中まで護衛はいらないということらしい。
フィリアがこの庭園へ来るのは子供の時に一度来たきりなので二度目だ。王宮内には庭園がいくつかあるが、この庭園へは王族の許可が無いと入れない。
ランドルフと初めて会ったのも王族専用の庭園だったが、こことは違う庭園で、あちらは木が多く植えられているので、屋外でのお茶会でよく使われる庭園だった。
フィリアの記憶ではこちらの庭園は、花を愉しむ為にたくさんの花が植えられていた覚えがある。
ランドルフの過去の恋人達に、花の庭園へ一緒に連れて行ってもらった、あの庭園は素晴らしかった、と何度も自慢話をされたが、フィリアは結局一度もランドルフにこちらの庭園へ連れて来てもらった事は無かったし、興味も無かった。
しかし、今日は本人はいなくともクリフォードに誘われて来ている。一緒に見る事が出来なくても、次に会った時に庭園の話をクリフォードとするかもしれないと思うと、これまで興味の無かった庭園も違ったものに見えてくる。
イーサンが庭園の入り口に立つ騎士に許可証のようなものを見せている。王族と一緒に来たのならそのまま入れるのだが、そうでない場合は手続きが必要らしい。
フィリアはガラス扉の向こう側に少しだけ見える庭園の景色に胸を高鳴らせた。
(この庭園でクリフ様は私を見初めて下さったのよね)
出来れば次に来る時はクリフォードと二人で歩きたい。フィリアはそう思った。
(眠っていらっしゃってもひと目でいいからお会いできないかしら)
手続きも終わり、庭園に入るとすぐに赤いバラのアーチがフィリアを出迎えてくれた。
アーチを抜けてすぐがバラ園になっていて、色とりどりのバラの花が色をごとに植えられていた。バラの花々の終わりには生垣が植えられていて、バラのスペースとの仕切りになっている。
生け垣の向こうにはどんな景色が広がっているのか、フィリアの心は期待で華やいでいた。
(次にお会いしたら、クリフ様がどの辺りで前王妃さまといらっしゃったのか聞いてみようかしら)
フィリアの表情は自然と緩んだものになっている。イーサンはフィリアの後ろを歩いているので、今の緩みきった表情を見られる心配は無い。
生垣の向こう側に誰かがいるのがちらりと見えた。一瞬見えた姿は見事な金髪の持ち主で、フィリアにはランドルフだとすぐに分かった。
隣にはフィリアの知らない金髪の女性を連れている。罪を犯したマレーネは貴族牢に入れられているので、新しい恋人なのだろうか?
フィリアは振り返ってイーサンを見る。イーサンは気まずい表情を浮かべていた。
「……今日は帰りましょうか?」
(来たばかりだけど仕方ないわね。この見事なバラ達を見せてもらえただけでも良かったと思うことにしましょう)
「そうね。今日は仕方ないわね」
フィリアは踵を返して、入ってきたばかりの入り口へ向かったら、後ろから聞き慣れた怒鳴り声がした。
「お前っ!ここは王族専用の庭だ!部外者の立ち入りは禁止されているのに入るとは不敬だっ」
(何て運が悪いのかしら。見つかってしまったわ)
「……お前はもしかしてポナーかっ?」
「殿下お久し振りでございます。ポナーです」
それだけ言うとフィリアはランドルフにカーテシーをした。
(ランドルフ様は多分、私の事は家名でしか覚えていないわね)
「ラン様ぁ、この方、どなたぁ」
ランドルフに腕を絡めている令嬢が見下したようにフィリアを見る。
「こいつはポナーの娘だ」
「あー、あの枯葉令嬢ね。お一人でいらっしゃるなんてかわいそう。ふふふっ」
ランドルフの頬には、令嬢に付けられたと思われる紅が付いていた。王族専用の庭園で、この二人は何をしていたのだろうか。
フィリアの気持ちとは裏腹に、庭園は何事も無かったかのように、鳥のさえずりが聞こえる。
ランドルフはフィリアの顔をじっと見つめる。フィリアは気持ち悪さに吐き気を催してきたが、王宮の庭園を汚す訳にはいかないので、ひたすら我慢をする。
「お前、少し見ない間にマシになったな」
「………」
「少しは喋ったらどうだ?」
「………」
「おい、そこの後ろにいるお前、さっきから何をしようとしているっ!私に背を向けるとは不敬だぞっ!」
ランドルフはフィリアの後ろに控えていたイーサンを怒鳴りつけた。
フィリアからはイーサンが見えなかったので、何をしようとしていたのか分からないが、もしかしたら入り口に立っている騎士に助けを求めようとしてくれたのかもしれない。
入り口までイーサンの足ならば数歩で行ける。そしてドアを開ければ二人の騎士が控えている。
「申し訳ありません。本日は主に言い遣ってお嬢様と共に参ったのですが、今しがた殿下が立入禁止だとおっしゃったので、許可証を取りに行こうと思っておりました」
「何だと?誰の許可を得ている?」
「第二王子殿下でございます」
「ああ、クリフォード兄上か。気弱で気鬱、病で寝込みがちの上に、弟の俺とさえ会話が成り立たない。大方兄上の看病の気晴らしにでも来たのだろう。……おい、あの兄上と一緒ではつまらないだろう。今なら俺の愛人にしてやってもいいぞ」
そう言ってランドルフはフィリアの手首を掴む。
「なっ…」
「いやーん、ランさまぁ、私の事は正妻にしてくださるのですよねぇ」
ランドルフの恋人が、フィリアを掴んでいない方の腕を自分の体に押し付ける。
フィリアは2人の様子を冷ややかな気持ちで見ていた。
「……離していただけますか」
「は?今、何と申した?」
「ですから、その手をお離しになって下さいと申しているのです」
「お前っ!俺にそのような口をきくとは不敬だぞ!」
美しい顔を歪めるランドルフを、フィリアは真っ直ぐに見つめる。
「私はクリフォード様の婚約者です。クリフォード様の事を悪く言うお方とは一緒にいたくありません」
「貴様っ!生意気にも言い返すようになるなんてっ、何て女なんだっ」
ランドルフはフィリアの手首を離し、怒りの感情のまま、その手を頭上に振り上げる。
「おやめくださいっ!」
イーサンが慌ててフィリアを下がらせると、ランドルフとフィリアの間に入って膝をついて頭を下げた。
「主は本日は伏せっております。どうかっ、今日のところはお見逃し下さいっ!」
「いいのよ、イーサン」
「いえ、私の事はお気が済むまで罰をお与えになって構いませんから、お嬢様のことはどうかお見逃し下さいっ」
このままではイーサンが罰せられてしまう、そう心配になったフィリアだったが、ランドルフの背後の生垣から、背の高い男性が足音も立てずに近付いてくる姿が目に入った。ランドルフと隣の令嬢は背にしているので気付いていない。
(ん?少し前にも同じ事が無かったかしら?)
何と近づいてきたのは王太子のフレデリックだった。今日は側近は連れずに一人でこちらへ向かってくる。フレデリックは足を大きく振り上げると、何も言わずにランドルフの背に蹴りを入れた。
「うがっ!!」
「きゃあぁ!」
ランドルフと令嬢が一緒に地面に転んだ。
「貴様ぁ!!……って兄上っ!!」
フレデリックの顔からは表情が消えていて、一目で怒っているのが分かった。
「お前、いつからそこまで偉くなった?」
静かで低い声には、この場にいる誰もが逆らえないピリピリとした圧を感じる。
「ドアの前にいるヤツらを呼んできて、このバカを連れて行け」
「御意っ!」
イーサンは土下座の姿勢から跳ねるように一瞬で立ち上がり、ドアへ走ってすぐに騎士を連れてきた。
「弟と連れの令嬢が転んでしまったようだから、侍医のところへ連れていってくれ」
フレデリックが騎士達にそう指示をすると騎士たちは、驚いて立ち上がれないままのランドルフの肩を支えて立ち上がらせる。
騎士達に連れて行かれる時に、ランドルフが小さな声で「偽物のクセにっ…」と呟いていた声は誰にも聞こえなかった。
「酷い目にあったな」
二人が去った後、フレデリックは足に付いた土を払っているイーサンに言った。
「呼んだのに随分遅かったじゃないですか。時間稼ぎをするのが大変でしたよ。もしかして耳が悪くなりました?」
「すぐに来たのだが、アイツをうっかり殺してしまいそうだったから、そこの生垣の影で気持ちを落ちつけていた」
「うわっ、危なっ。あの人相手に全力で行く気だったんですか!?」
「アイツの事は昔から消したいと思っていたからな」
「さすがに消したら駄目ですって。あと、フィリア様が絡むとヤバい奴になるのは直した方がいいですよ」
(この方は…あの方よね?)
「それと俺、危険手当とか欲しいです。さっきのアレ、一歩間違えると物理的に首が飛んでましたから」
「その時は首を飛ばした事にして、影として雇ってやるから安心しろ」
「ここで一度しか使えない最終手段を使わせる気なんですか?俺まだ社会的に死にたくないです」
「………」
フレデリックとイーサンが、何も言えずに固まったままのフィリアを見る。
「殿下、俺もういいと思うんです。フィリア様も分かってしまわれたと思います」
「俺もいい加減早くこれを終わらせたい。……とりあえず執務室へ行く」
フレデリックはフィリアを見ると、にっこり笑った。
「ポナー伯爵令嬢、お話ししたい事があるので、私たちについてきて下さい」
※お気に入りの登録がアルファポリスさんだけで100を越えました。
ありがとうございます!
今回の誘拐事件をマレーネ一人では無理だと判断した騎士団が、首謀者がギレット公爵、実行犯がマレーネとの見方をしたので、ギレット公爵も聞き取りの為に拘束される事になった。
そして王都の公爵邸を調べたところ、税金の一部に不正が見つかり、そちらの調査も始まったので、誘拐事件に関わっていなくても、公爵は暫く牢から出られなくなった。
王妃から国王へ貴族牢ではなく、せめて自宅謹慎に留めておいて欲しいと執り成しがあったのだが、事件の指揮を取っている王太子がそれを許さなかった。
これまで事件の被害者としての聴取と後処理の関係で、クリフォードはずっと忙しくしていたが、今日になってようやくクリフォードの予定の中にフィリアとのお茶会の時間を入れる事が出来た。
フィリアはクリフォードと久し振りに会える事が嬉しくて、最近作ったばかりの青地に黄色い花柄の刺繍を入れたデイドレスを着る。
そして街でクリフォードに買ってもらったペンダントを着けて馬車で離宮に向かった。
しかし離宮に着いてフィリアを迎えてくれたのは侍女服姿のアンナだった。
「大変申し訳ないのですが、主は今寝込んでいまして…急な体調の変化だったので伯爵家に急ぎで使いを出したのですが、すれ違ってしまったようです」
アンナは気まずそうに謝る。
「クリフォード様のお加減を教えて。どうしてもお会いになれないの?」
「ええ、……それが、大した事は無いのですが、今はお眠りになっていまして…」
普段はテキパキしているはずのアンナのなのだが、今日は珍しく歯切れが悪い。
(何か問題でもあったかしら?)
そう思っていたところでイーサンが奥から息を切らしてやってきた。
今日のイーサンは非番だったのだろうか、クリフォードのような白シャツにスラックス姿だった。
「フィリア様、主からお会い出来ないお詫びに本宮の庭園を案内しろと申し伝えられています」
「そうなの?クリフォード様は眠っていらっしゃるのよね?」
「え、ええ、……そのっ、お眠りになる前にそのようにおっしゃっていました。俺すぐに着替えてきますので、少しお待ち下さい」
そう言うとイーサンは使用人部屋がある方へ急ぎ足で去って行った。
「今日はアンナもイーサンも変ね」
「申し訳ございません。ただ今こちらは普段から人手不足な上に、先日の誘拐事件の件で来客も多く、慌ただしくしているのです。フィリア様には私共のこのような見苦しい姿をお見せしてしまい、大変申し訳ございません」
そう言って深々と頭を下げるものだから、フィリアはそれ以上何も言えなかった。
「いいのよ。私もクリフ様にお会い出来ると思って叶わなかったから、少し棘のある言い方になってしまったわね」
「いえいえ、フィリア様はいつもお優しく、主も毎日のようにフィリア様にお会いしたいと申しております」
「まあ、そうなの?」
フィリアは胸が弾み、頬に熱を感じて両手を頬に当てた。
「それはもう、近頃は穏やかだったクリフォード様の表情が日に日に無くなり、以前のように無口になっていきますので、私共も一日でも早くフィリア様にお会いして頂きたいと願っておりました」
そこへちょうどイーサンが文官服に着替えてやってきた。
クリフォードの侍従であるイーサンは、王宮内の人事では文官に当たる。離宮では私服と思われる服を着ている事も多いが、内宮へ行くために正装したようだ。
「お待たせしました。参りましょう」
離宮から内宮へ馬車で移動する。今日はこの間とは違ってイーサンは御者の隣に座っている。王宮内は安全だから、馬車の中まで護衛はいらないということらしい。
フィリアがこの庭園へ来るのは子供の時に一度来たきりなので二度目だ。王宮内には庭園がいくつかあるが、この庭園へは王族の許可が無いと入れない。
ランドルフと初めて会ったのも王族専用の庭園だったが、こことは違う庭園で、あちらは木が多く植えられているので、屋外でのお茶会でよく使われる庭園だった。
フィリアの記憶ではこちらの庭園は、花を愉しむ為にたくさんの花が植えられていた覚えがある。
ランドルフの過去の恋人達に、花の庭園へ一緒に連れて行ってもらった、あの庭園は素晴らしかった、と何度も自慢話をされたが、フィリアは結局一度もランドルフにこちらの庭園へ連れて来てもらった事は無かったし、興味も無かった。
しかし、今日は本人はいなくともクリフォードに誘われて来ている。一緒に見る事が出来なくても、次に会った時に庭園の話をクリフォードとするかもしれないと思うと、これまで興味の無かった庭園も違ったものに見えてくる。
イーサンが庭園の入り口に立つ騎士に許可証のようなものを見せている。王族と一緒に来たのならそのまま入れるのだが、そうでない場合は手続きが必要らしい。
フィリアはガラス扉の向こう側に少しだけ見える庭園の景色に胸を高鳴らせた。
(この庭園でクリフ様は私を見初めて下さったのよね)
出来れば次に来る時はクリフォードと二人で歩きたい。フィリアはそう思った。
(眠っていらっしゃってもひと目でいいからお会いできないかしら)
手続きも終わり、庭園に入るとすぐに赤いバラのアーチがフィリアを出迎えてくれた。
アーチを抜けてすぐがバラ園になっていて、色とりどりのバラの花が色をごとに植えられていた。バラの花々の終わりには生垣が植えられていて、バラのスペースとの仕切りになっている。
生け垣の向こうにはどんな景色が広がっているのか、フィリアの心は期待で華やいでいた。
(次にお会いしたら、クリフ様がどの辺りで前王妃さまといらっしゃったのか聞いてみようかしら)
フィリアの表情は自然と緩んだものになっている。イーサンはフィリアの後ろを歩いているので、今の緩みきった表情を見られる心配は無い。
生垣の向こう側に誰かがいるのがちらりと見えた。一瞬見えた姿は見事な金髪の持ち主で、フィリアにはランドルフだとすぐに分かった。
隣にはフィリアの知らない金髪の女性を連れている。罪を犯したマレーネは貴族牢に入れられているので、新しい恋人なのだろうか?
フィリアは振り返ってイーサンを見る。イーサンは気まずい表情を浮かべていた。
「……今日は帰りましょうか?」
(来たばかりだけど仕方ないわね。この見事なバラ達を見せてもらえただけでも良かったと思うことにしましょう)
「そうね。今日は仕方ないわね」
フィリアは踵を返して、入ってきたばかりの入り口へ向かったら、後ろから聞き慣れた怒鳴り声がした。
「お前っ!ここは王族専用の庭だ!部外者の立ち入りは禁止されているのに入るとは不敬だっ」
(何て運が悪いのかしら。見つかってしまったわ)
「……お前はもしかしてポナーかっ?」
「殿下お久し振りでございます。ポナーです」
それだけ言うとフィリアはランドルフにカーテシーをした。
(ランドルフ様は多分、私の事は家名でしか覚えていないわね)
「ラン様ぁ、この方、どなたぁ」
ランドルフに腕を絡めている令嬢が見下したようにフィリアを見る。
「こいつはポナーの娘だ」
「あー、あの枯葉令嬢ね。お一人でいらっしゃるなんてかわいそう。ふふふっ」
ランドルフの頬には、令嬢に付けられたと思われる紅が付いていた。王族専用の庭園で、この二人は何をしていたのだろうか。
フィリアの気持ちとは裏腹に、庭園は何事も無かったかのように、鳥のさえずりが聞こえる。
ランドルフはフィリアの顔をじっと見つめる。フィリアは気持ち悪さに吐き気を催してきたが、王宮の庭園を汚す訳にはいかないので、ひたすら我慢をする。
「お前、少し見ない間にマシになったな」
「………」
「少しは喋ったらどうだ?」
「………」
「おい、そこの後ろにいるお前、さっきから何をしようとしているっ!私に背を向けるとは不敬だぞっ!」
ランドルフはフィリアの後ろに控えていたイーサンを怒鳴りつけた。
フィリアからはイーサンが見えなかったので、何をしようとしていたのか分からないが、もしかしたら入り口に立っている騎士に助けを求めようとしてくれたのかもしれない。
入り口までイーサンの足ならば数歩で行ける。そしてドアを開ければ二人の騎士が控えている。
「申し訳ありません。本日は主に言い遣ってお嬢様と共に参ったのですが、今しがた殿下が立入禁止だとおっしゃったので、許可証を取りに行こうと思っておりました」
「何だと?誰の許可を得ている?」
「第二王子殿下でございます」
「ああ、クリフォード兄上か。気弱で気鬱、病で寝込みがちの上に、弟の俺とさえ会話が成り立たない。大方兄上の看病の気晴らしにでも来たのだろう。……おい、あの兄上と一緒ではつまらないだろう。今なら俺の愛人にしてやってもいいぞ」
そう言ってランドルフはフィリアの手首を掴む。
「なっ…」
「いやーん、ランさまぁ、私の事は正妻にしてくださるのですよねぇ」
ランドルフの恋人が、フィリアを掴んでいない方の腕を自分の体に押し付ける。
フィリアは2人の様子を冷ややかな気持ちで見ていた。
「……離していただけますか」
「は?今、何と申した?」
「ですから、その手をお離しになって下さいと申しているのです」
「お前っ!俺にそのような口をきくとは不敬だぞ!」
美しい顔を歪めるランドルフを、フィリアは真っ直ぐに見つめる。
「私はクリフォード様の婚約者です。クリフォード様の事を悪く言うお方とは一緒にいたくありません」
「貴様っ!生意気にも言い返すようになるなんてっ、何て女なんだっ」
ランドルフはフィリアの手首を離し、怒りの感情のまま、その手を頭上に振り上げる。
「おやめくださいっ!」
イーサンが慌ててフィリアを下がらせると、ランドルフとフィリアの間に入って膝をついて頭を下げた。
「主は本日は伏せっております。どうかっ、今日のところはお見逃し下さいっ!」
「いいのよ、イーサン」
「いえ、私の事はお気が済むまで罰をお与えになって構いませんから、お嬢様のことはどうかお見逃し下さいっ」
このままではイーサンが罰せられてしまう、そう心配になったフィリアだったが、ランドルフの背後の生垣から、背の高い男性が足音も立てずに近付いてくる姿が目に入った。ランドルフと隣の令嬢は背にしているので気付いていない。
(ん?少し前にも同じ事が無かったかしら?)
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「うがっ!!」
「きゃあぁ!」
ランドルフと令嬢が一緒に地面に転んだ。
「貴様ぁ!!……って兄上っ!!」
フレデリックの顔からは表情が消えていて、一目で怒っているのが分かった。
「お前、いつからそこまで偉くなった?」
静かで低い声には、この場にいる誰もが逆らえないピリピリとした圧を感じる。
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イーサンは土下座の姿勢から跳ねるように一瞬で立ち上がり、ドアへ走ってすぐに騎士を連れてきた。
「弟と連れの令嬢が転んでしまったようだから、侍医のところへ連れていってくれ」
フレデリックが騎士達にそう指示をすると騎士たちは、驚いて立ち上がれないままのランドルフの肩を支えて立ち上がらせる。
騎士達に連れて行かれる時に、ランドルフが小さな声で「偽物のクセにっ…」と呟いていた声は誰にも聞こえなかった。
「酷い目にあったな」
二人が去った後、フレデリックは足に付いた土を払っているイーサンに言った。
「呼んだのに随分遅かったじゃないですか。時間稼ぎをするのが大変でしたよ。もしかして耳が悪くなりました?」
「すぐに来たのだが、アイツをうっかり殺してしまいそうだったから、そこの生垣の影で気持ちを落ちつけていた」
「うわっ、危なっ。あの人相手に全力で行く気だったんですか!?」
「アイツの事は昔から消したいと思っていたからな」
「さすがに消したら駄目ですって。あと、フィリア様が絡むとヤバい奴になるのは直した方がいいですよ」
(この方は…あの方よね?)
「それと俺、危険手当とか欲しいです。さっきのアレ、一歩間違えると物理的に首が飛んでましたから」
「その時は首を飛ばした事にして、影として雇ってやるから安心しろ」
「ここで一度しか使えない最終手段を使わせる気なんですか?俺まだ社会的に死にたくないです」
「………」
フレデリックとイーサンが、何も言えずに固まったままのフィリアを見る。
「殿下、俺もういいと思うんです。フィリア様も分かってしまわれたと思います」
「俺もいい加減早くこれを終わらせたい。……とりあえず執務室へ行く」
フレデリックはフィリアを見ると、にっこり笑った。
「ポナー伯爵令嬢、お話ししたい事があるので、私たちについてきて下さい」
※お気に入りの登録がアルファポリスさんだけで100を越えました。
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けれど彼らは知らなかった。
王家の華やかな暮らしも、王太子の立場も、社交界での信用も、その多くがヴァルモン公爵家――そしてエルシェナの存在によって支えられていたことを。
静かに婚約破棄を受け入れたその日から、エルシェナはすべてを止める。
王宮に流れていた便宜も、信用も、優先も。
さらに継母イザベルの不正、義妹セラフィナの虚飾、王太子の浅はかさを、一つずつ白日のもとへ晒していく。
奪ったつもりでいた義妹も、捨てたつもりでいた王太子も、家を食い潰していた継母も――
やがて名誉も立場も未来も失い、二度と這い上がれない生き地獄へ落ちていく。
これは、すべてを奪われかけた本物の公爵令嬢が、
自分を踏みにじった者たちへ救済なき断罪を下す物語。
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