白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都

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29 危機

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【ローゼリアside】

「別に貴女に恨みがあるわけではありませんが、こちらにも事情がありましてね」

 ローゼリアは無意識に後ずさろうとしたが、騎士に手を掴まれていたので動く事ができなかった。

 騎士は冷めた笑いを浮かべる。

「どんな手を使ってでもいいから廃妃にしろと言われているんですよ。そういえば殿下とは白い結婚なんですってね。傷物の体となるのと、人前に出れなくなるほどの傷を顔に付けるられるのと、どちらにしましょうか? 先方はあなたの顔を傷つけたがってましたがねえ」

 そう言いながら騎士は空いている方の手を使い、懐からナイフを取り出すと鞘を地面に落とした。月の光に反射されたナイフは騎士の手に握られ、白い光を放っていた。

「私に何かしたら、あなたもただではすまないわ」

 こんな時でもローゼリアは怯んだ様子を見せなかった。

「いいですねえ、そういう気の強いところ。どちらが楽しい事になりますかねえ? いっその事、両方にしましょうか?」

 騎士はローゼリアの様子を伺うようにゆっくりとそう告げる。

 さすがのローゼリアも姿勢こそ崩さなかったが、幾分青い表情を浮かべている。

「あー! そちらにいらっしゃいましたかあ、妃殿下。探してしまいましたよ」

 ローゼリアの背後から声を掛けられたので首だけで振り向くと、この場にはそぐわないへらへらとした調子でオレク・シャンデラが現れたのだった。

「そちらはお知り合いの方ですかあ? 駄目ですよ、こんな人気のないところに男性と二人でいては。緊急時であっても誤解されちゃったらマズイでしょう?」

 ゆっくりとしゃべりながらも、騎士の手にナイフを認めたオレクは目を細める。

「う、うるさいっ」

 突然のオレクの登場に騎士はうろたえているようだった。

「どこの誰に頼まれたか知らないけど、あんたもフォレスターの騎士なら、エーヴェルトが怖くないの? その人に何かしたら死ぬよりも恐ろしい目に遭わされるぜ」

「お、お前、俺の事を知ってっ……」

 騎士が言葉に詰まった。彼は夜会用の服を着てこの場にいるので、一見するとただの招待客にしか見えないはずだった。初対面の相手に自分が誰なのかを指摘されて焦っている様子だった。

「まあ、一応? フォレスターの騎士たちも気を付けて見ておけって言われてたから、アンタらの顔は急いで覚えたんだよね。俺って剣が得意じゃないから体を張れとまでは言われてないけど、さすがにここまできたら出ないとまずいかなって思ってさ。あ、一応言っておくけれど俺はエルランドに貴族籍があるから、ここで俺に何かしたら国際問題になるから気を付けてね」

 そう言ってオレクは人好きのする笑みを浮かべる。

「あー、あと夜会で出た酒の中で変わったものがあったでしょう? あれ、ウチの領地で作ってる蒸留酒なんだ。果実水と混ぜてかなり薄めたんだけれど美味しかった?」

「何テメエ訳のわからない事を言ってるんだ、こっちには人質がっ……うがっ!」

 騎士が喋っている途中で、耳元でひゅんと音がしたと思ったら騎士がローゼリアの手を離してナイフを持っていた自分の手を押さえたのだった。

「妃殿下っ、こっちだ!」

 騎士がローゼリアの手を離したところで、すかさずオレクがローゼリアの元へ走り出して距離を詰めると、手首を掴んでローゼリアごと騎士との距離を取った。

「ふう、人質奪還成功」

 そう言いながらオレクはローゼリアの前へ出て背に庇う。

「くっ……!」

 騎士は腕に怪我をしたらしく、前腕部から血を流している。

 暗闇から再び、ひゅん、ひゅんと続けざまに音がして、騎士の背後の木に矢が次々と刺さっていく。

「ひぃっ、頼むっ、殺さないでくれっ」

 自分が不利な状況を悟った騎士は、矢を避けるために地面に蹲って命乞いをしており、先ほどまでローゼリアに見せていた余裕はすっかり消えていた。

「おい、遅過ぎだってば。……時間稼ぎをするにも限界ってものがあるだろうが」

 オレクが背後の暗闇に向かって声を掛けると、草を踏む足音が聞こえてエーヴェルトが姿を見せた。エーヴェルトは弓に矢をつがえたまま騎士へと近づいていく。

「よくやった、オレク。……マウロ・ブルーニ、主家を裏切るとは良い度胸をしているな」

「申し訳ありませんっ! 命だけはっ! どうかっ……、ぐあぁ!」

 顔に何の感情も乗せないままエーヴェルトは躊躇いもなく矢から手を離した。いい音を出して解き放たれた矢は、今度はマウロの右の上腕部に刺さっていた。当たりどころが悪ければ彼はもう剣を握れないだろう。

「本当は頭を射抜きたかったが、ローゼリアに荒事はあまり見せたくないからな」

「エーヴェルト兄さん、子どもの頃から弓の的は外さなかったよね」

 新たに声がした方を見たら、エーヴェルトの後ろからルードヴィグも姿を見せる。

「ルードヴィグ様、もっと早くエーヴェルトを連れてきて下さいよ。ここで妃殿下が傷のひとつでも付けられたら、俺までとばっちりを受けるんじゃないかってビクビクしてたんですよお」

「お前が普段から鍛えないのが悪い」

 オレクにそう冷たく言い放つと、エーヴェルトはマウロの腕をひねりあげて彼の腕を後ろ手に紐で縛る。マウロがぎゃぁと痛々しい声を上げても紐を緩めることはしなかった。

「ローゼリア、こいつは賭け事が好きで借金を抱えていた。それを知っていて招待客の中に名前を入れたのか? 今回直前に招待状を送った者の中には、家庭や自身に問題を抱えている者が何人もいた。執務室では僕もロゼが誰を指名したのか確認をしなかったから、帰宅して追加で招待した者たちの名前を知って驚いたよ」

「さあ、そうでしたかしら? フォレスターの騎士の管理は私の仕事ではありませんから偶然ですわ。敵と内通している者が見つかってようございましたわね。それに大広間を出る時にシャンデラ様と目が合いましたの。この騎士が庭から出られると嘘を吐いている事には気付いていましたが、何かあっても助けていただけると思っていましたわ」

「ロゼ、囚われたお前を遠目に見た時、僕は自分の心臓が止まってしまうかと思ったんだよ。……待て、その首の傷は何だ?」

 暗がりの中ではあったが、ローゼリアに近付いた事で先ほどマリーナに首を絞められた痕にエーヴェルトは気付いたようで声が鋭くなった。

 オレクがエーヴェルトの肩越しにローゼリアの首を除き込んできた。

「うわっ、痛そう。やっぱり痕がついてたんだ。さっき大広間で赤いドレスを着た女に、ネックレスを強奪されそうになってたんだ。……あ、俺たちは距離が遠過ぎたし、助けに行こうと思ったら先にそこの騎士が助けたから踏み留まったんだっ! それにあの時はルードヴィグ様もそばにいたからっ! 俺たちは基本、妃殿下を見守っているだけでいいって言ってたじゃないかっ!」

 エーヴェルトはルードヴィグとオレクをそれぞれ睨みつけてから、舌打ちをした。

「実は火事は起きていなかった。……敵はおそらく混乱に乗じてロゼを傷つける事が狙いだったのだろう」

 そう言ってエーヴェルトは縛られたままうつ伏せに地面に横たわっているマウロを足で軽く小突いた。

「王太子妃殿下を襲った罪は重く、連座もあるかもしれない。妻と子を巻き込みたくなかったら今回の事を洗いざらい正直に話すんだな」

 こうしてマウロは尋問を受けてすぐに自分の雇い主が王妃である事を簡単に話したのだった。

 賭け事で膨らんだ借金の返済と、妻の働き先の紹介に目がくらんでの犯行であった。

 しかしローゼリアがマウロの顔を知っている以上、事を起こしたらただで済むわけはなく、依頼を受ける事を渋っていたマウロに王妃は、ローゼリアを害する事が上手くいったら匿ってやると言っていた。しかし、王妃の頭の中では実行犯の彼は最初から捨て駒として切り捨てるつもりでいたのだった。

 王妃は国王がかつてローゼリアの祖母に懸想していた事を未だに根に持っていて、祖母に顔が似ているローゼリアの顔をふた目と見れないようにしたかったのだと、尋問を受けた王妃付きの侍女が話していた。

 実際に火事は起きていなかったし、ローゼリアも怪我をしなかった。これはたまたま助けが早かったからであったが、国王は長年王妃として国に尽くしてきた事を加味して王妃のした事は伏せて、病気療養を理由に王妃を国の西部にある離宮へと送る事としたのだった。

 山脈に近い西部の離宮は長年使われていなかった為、古い建物だけがあるだけの状態だった。寂れた場所で周りには何も無く、冬の寒さも厳しい。華やかな王都で長年暮らしていた王妃にとっては辛い環境となるだろう。そして王妃はもう二度と社交界へは戻れない。王妃の生家も代替わりしており、現当主夫人と相性の悪い王妃が巻き返すような事はもう無いだろう。

 マリーナは王太子妃に暴行を働いたとして、貴族としての籍を抜かれた上で、北にある修道院へとすぐに送られた。彼女が大好きだったドレスもアクセサリーも無い修道院での生活に彼女がどのくらい耐えられるのかは分からない。そしてマリーナの教育を怠ったとしてアンダーソン伯爵は子爵へと降格となり、領地も一部取り上げられたのだった。
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