白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都

文字の大きさ
29 / 31

29 危機

しおりを挟む
【ローゼリアside】

「別に貴女に恨みがあるわけではありませんが、こちらにも事情がありましてね」

 ローゼリアは無意識に後ずさろうとしたが、騎士に手を掴まれていたので動く事ができなかった。

 騎士は冷めた笑いを浮かべる。

「どんな手を使ってでもいいから廃妃にしろと言われているんですよ。そういえば殿下とは白い結婚なんですってね。傷物の体となるのと、人前に出れなくなるほどの傷を顔に付けるられるのと、どちらにしましょうか? 先方はあなたの顔を傷つけたがってましたがねえ」

 そう言いながら騎士は空いている方の手を使い、懐からナイフを取り出すと鞘を地面に落とした。月の光に反射されたナイフは騎士の手に握られ、白い光を放っていた。

「私に何かしたら、あなたもただではすまないわ」

 こんな時でもローゼリアは怯んだ様子を見せなかった。

「いいですねえ、そういう気の強いところ。どちらが楽しい事になりますかねえ? いっその事、両方にしましょうか?」

 騎士はローゼリアの様子を伺うようにゆっくりとそう告げる。

 さすがのローゼリアも姿勢こそ崩さなかったが、幾分青い表情を浮かべている。

「あー! そちらにいらっしゃいましたかあ、妃殿下。探してしまいましたよ」

 ローゼリアの背後から声を掛けられたので首だけで振り向くと、この場にはそぐわないへらへらとした調子でオレク・シャンデラが現れたのだった。

「そちらはお知り合いの方ですかあ? 駄目ですよ、こんな人気のないところに男性と二人でいては。緊急時であっても誤解されちゃったらマズイでしょう?」

 ゆっくりとしゃべりながらも、騎士の手にナイフを認めたオレクは目を細める。

「う、うるさいっ」

 突然のオレクの登場に騎士はうろたえているようだった。

「どこの誰に頼まれたか知らないけど、あんたもフォレスターの騎士なら、エーヴェルトが怖くないの? その人に何かしたら死ぬよりも恐ろしい目に遭わされるぜ」

「お、お前、俺の事を知ってっ……」

 騎士が言葉に詰まった。彼は夜会用の服を着てこの場にいるので、一見するとただの招待客にしか見えないはずだった。初対面の相手に自分が誰なのかを指摘されて焦っている様子だった。

「まあ、一応? フォレスターの騎士たちも気を付けて見ておけって言われてたから、アンタらの顔は急いで覚えたんだよね。俺って剣が得意じゃないから体を張れとまでは言われてないけど、さすがにここまできたら出ないとまずいかなって思ってさ。あ、一応言っておくけれど俺はエルランドに貴族籍があるから、ここで俺に何かしたら国際問題になるから気を付けてね」

 そう言ってオレクは人好きのする笑みを浮かべる。

「あー、あと夜会で出た酒の中で変わったものがあったでしょう? あれ、ウチの領地で作ってる蒸留酒なんだ。果実水と混ぜてかなり薄めたんだけれど美味しかった?」

「何テメエ訳のわからない事を言ってるんだ、こっちには人質がっ……うがっ!」

 騎士が喋っている途中で、耳元でひゅんと音がしたと思ったら騎士がローゼリアの手を離してナイフを持っていた自分の手を押さえたのだった。

「妃殿下っ、こっちだ!」

 騎士がローゼリアの手を離したところで、すかさずオレクがローゼリアの元へ走り出して距離を詰めると、手首を掴んでローゼリアごと騎士との距離を取った。

「ふう、人質奪還成功」

 そう言いながらオレクはローゼリアの前へ出て背に庇う。

「くっ……!」

 騎士は腕に怪我をしたらしく、前腕部から血を流している。

 暗闇から再び、ひゅん、ひゅんと続けざまに音がして、騎士の背後の木に矢が次々と刺さっていく。

「ひぃっ、頼むっ、殺さないでくれっ」

 自分が不利な状況を悟った騎士は、矢を避けるために地面に蹲って命乞いをしており、先ほどまでローゼリアに見せていた余裕はすっかり消えていた。

「おい、遅過ぎだってば。……時間稼ぎをするにも限界ってものがあるだろうが」

 オレクが背後の暗闇に向かって声を掛けると、草を踏む足音が聞こえてエーヴェルトが姿を見せた。エーヴェルトは弓に矢をつがえたまま騎士へと近づいていく。

「よくやった、オレク。……マウロ・ブルーニ、主家を裏切るとは良い度胸をしているな」

「申し訳ありませんっ! 命だけはっ! どうかっ……、ぐあぁ!」

 顔に何の感情も乗せないままエーヴェルトは躊躇いもなく矢から手を離した。いい音を出して解き放たれた矢は、今度はマウロの右の上腕部に刺さっていた。当たりどころが悪ければ彼はもう剣を握れないだろう。

「本当は頭を射抜きたかったが、ローゼリアに荒事はあまり見せたくないからな」

「エーヴェルト兄さん、子どもの頃から弓の的は外さなかったよね」

 新たに声がした方を見たら、エーヴェルトの後ろからルードヴィグも姿を見せる。

「ルードヴィグ様、もっと早くエーヴェルトを連れてきて下さいよ。ここで妃殿下が傷のひとつでも付けられたら、俺までとばっちりを受けるんじゃないかってビクビクしてたんですよお」

「お前が普段から鍛えないのが悪い」

 オレクにそう冷たく言い放つと、エーヴェルトはマウロの腕をひねりあげて彼の腕を後ろ手に紐で縛る。マウロがぎゃぁと痛々しい声を上げても紐を緩めることはしなかった。

「ローゼリア、こいつは賭け事が好きで借金を抱えていた。それを知っていて招待客の中に名前を入れたのか? 今回直前に招待状を送った者の中には、家庭や自身に問題を抱えている者が何人もいた。執務室では僕もロゼが誰を指名したのか確認をしなかったから、帰宅して追加で招待した者たちの名前を知って驚いたよ」

「さあ、そうでしたかしら? フォレスターの騎士の管理は私の仕事ではありませんから偶然ですわ。敵と内通している者が見つかってようございましたわね。それに大広間を出る時にシャンデラ様と目が合いましたの。この騎士が庭から出られると嘘を吐いている事には気付いていましたが、何かあっても助けていただけると思っていましたわ」

「ロゼ、囚われたお前を遠目に見た時、僕は自分の心臓が止まってしまうかと思ったんだよ。……待て、その首の傷は何だ?」

 暗がりの中ではあったが、ローゼリアに近付いた事で先ほどマリーナに首を絞められた痕にエーヴェルトは気付いたようで声が鋭くなった。

 オレクがエーヴェルトの肩越しにローゼリアの首を除き込んできた。

「うわっ、痛そう。やっぱり痕がついてたんだ。さっき大広間で赤いドレスを着た女に、ネックレスを強奪されそうになってたんだ。……あ、俺たちは距離が遠過ぎたし、助けに行こうと思ったら先にそこの騎士が助けたから踏み留まったんだっ! それにあの時はルードヴィグ様もそばにいたからっ! 俺たちは基本、妃殿下を見守っているだけでいいって言ってたじゃないかっ!」

 エーヴェルトはルードヴィグとオレクをそれぞれ睨みつけてから、舌打ちをした。

「実は火事は起きていなかった。……敵はおそらく混乱に乗じてロゼを傷つける事が狙いだったのだろう」

 そう言ってエーヴェルトは縛られたままうつ伏せに地面に横たわっているマウロを足で軽く小突いた。

「王太子妃殿下を襲った罪は重く、連座もあるかもしれない。妻と子を巻き込みたくなかったら今回の事を洗いざらい正直に話すんだな」

 こうしてマウロは尋問を受けてすぐに自分の雇い主が王妃である事を簡単に話したのだった。

 賭け事で膨らんだ借金の返済と、妻の働き先の紹介に目がくらんでの犯行であった。

 しかしローゼリアがマウロの顔を知っている以上、事を起こしたらただで済むわけはなく、依頼を受ける事を渋っていたマウロに王妃は、ローゼリアを害する事が上手くいったら匿ってやると言っていた。しかし、王妃の頭の中では実行犯の彼は最初から捨て駒として切り捨てるつもりでいたのだった。

 王妃は国王がかつてローゼリアの祖母に懸想していた事を未だに根に持っていて、祖母に顔が似ているローゼリアの顔をふた目と見れないようにしたかったのだと、尋問を受けた王妃付きの侍女が話していた。

 実際に火事は起きていなかったし、ローゼリアも怪我をしなかった。これはたまたま助けが早かったからであったが、国王は長年王妃として国に尽くしてきた事を加味して王妃のした事は伏せて、病気療養を理由に王妃を国の西部にある離宮へと送る事としたのだった。

 山脈に近い西部の離宮は長年使われていなかった為、古い建物だけがあるだけの状態だった。寂れた場所で周りには何も無く、冬の寒さも厳しい。華やかな王都で長年暮らしていた王妃にとっては辛い環境となるだろう。そして王妃はもう二度と社交界へは戻れない。王妃の生家も代替わりしており、現当主夫人と相性の悪い王妃が巻き返すような事はもう無いだろう。

 マリーナは王太子妃に暴行を働いたとして、貴族としての籍を抜かれた上で、北にある修道院へとすぐに送られた。彼女が大好きだったドレスもアクセサリーも無い修道院での生活に彼女がどのくらい耐えられるのかは分からない。そしてマリーナの教育を怠ったとしてアンダーソン伯爵は子爵へと降格となり、領地も一部取り上げられたのだった。
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

ここだけの話だけど・・・と愚痴ったら、婚約者候補から外れた件

ひとみん
恋愛
国境防衛の最前線でもあるオブライト辺境伯家の令嬢ルミエール。 何故か王太子の妃候補に選ばれてしまう。「選ばれるはずないから、王都観光でもしておいで」という母の言葉に従って王宮へ。 田舎育ちの彼女には、やっぱり普通の貴族令嬢とはあわなかった。香水臭い部屋。マウントの取り合いに忙しい令嬢達。ちやほやされてご満悦の王太子。 庭園に逃げこみ、仕事をしていた庭師のおじさんをつかまえ辺境伯領仕込みの口の悪さで愚痴り始めるルミエール。 「ここだけの話だからね!」と。 不敬をものともしない、言いたい放題のルミエールに顔色を失くす庭師。 その後、不敬罪に問われる事無く、何故か妃選定がおこなわれる前にルミエールは除外。 その真相は? ルミエールは口が悪いです。言いたい放題。 頭空っぽ推奨!ご都合主義万歳です!

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 第18回恋愛小説大賞で、『奨励賞』をいただきましたっ! ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚
恋愛
「白い結婚でいい。 平凡で、静かな生活が送れれば――それだけで幸せでしたのに。」 婚約破棄され、行き場を失った伯爵令嬢アナスタシア。 彼女を救ったのは“冷徹”と噂される公爵・ルキウスだった。 二人の結婚は、互いに干渉しない 『白い結婚』――ただの契約のはずだった。 ……はずなのに。 邸内で起きる不可解な襲撃。 操られた侍女が放つ言葉。 浮かび上がる“白の一族”の血――そしてアナスタシアの身体に眠る 浄化の魔力。 「白の娘よ。いずれ迎えに行く」 影の王から届いた脅迫状が、運命の刻を告げる。 守るために剣を握る公爵。 守られるだけで終わらせないと誓う令嬢。 契約から始まったはずの二人の関係は、 いつしか互いに手放せない 真実の愛 へと変わってゆく。 「君を奪わせはしない」 「わたくしも……あなたを守りたいのです」 これは―― 白い結婚から始まり、影の王を巡る大いなる戦いへ踏み出す、 覚醒令嬢と冷徹公爵の“運命の恋と陰謀”の物語。 ---

婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」  大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。  けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。  王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。  婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。  だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

もう演じなくて結構です

梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。 愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。 11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。   感想などいただけると、嬉しいです。 11/14 完結いたしました。 11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。

【受賞&本編完結】たとえあなたに選ばれなくても【改訂中】

神宮寺 あおい
恋愛
人を踏みつけた者には相応の報いを。 伯爵令嬢のアリシアは半年後に結婚する予定だった。 公爵家次男の婚約者、ルーカスと両思いで一緒になれるのを楽しみにしていたのに。 ルーカスにとって腹違いの兄、ニコラオスの突然の死が全てを狂わせていく。 義母の願う血筋の継承。 ニコラオスの婚約者、フォティアからの横槍。 公爵家を継ぐ義務に縛られるルーカス。 フォティアのお腹にはニコラオスの子供が宿っており、正統なる後継者を望む義母はルーカスとアリシアの婚約を破棄させ、フォティアと婚約させようとする。 そんな中アリシアのお腹にもまた小さな命が。 アリシアとルーカスの思いとは裏腹に2人は周りの思惑に振り回されていく。 何があってもこの子を守らなければ。 大切なあなたとの未来を夢見たいのに許されない。 ならば私は去りましょう。 たとえあなたに選ばれなくても。 私は私の人生を歩んでいく。 これは普通の伯爵令嬢と訳あり公爵令息の、想いが報われるまでの物語。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 読む前にご確認いただけると助かります。 1)西洋の貴族社会をベースにした世界観ではあるものの、あくまでファンタジーです 2)作中では第一王位継承者のみ『皇太子』とし、それ以外は『王子』『王女』としています →ただ今『皇太子』を『王太子』へ、さらに文頭一文字下げなど、表記を改訂中です。  そのため一時的に『皇太子』と『王太子』が混在しております。 よろしくお願いいたします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 誤字を教えてくださる方、ありがとうございます。 読み返してから投稿しているのですが、見落としていることがあるのでとても助かります。 アルファポリス第18回恋愛小説大賞 奨励賞受賞

処理中です...