即興小説集

南澤久佳

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リカちゃんボイス

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リカちゃんボイス


声が低いと聞き取りにくいらしい。特に女子。

クラブ活動のミーティングなどで発言をしても何も言っていないとか無口で怖いとか声を出していないのに口だけ動かしていて気持ち悪いなどと罵られることがある。声は確かに小さいかも知れない。でも話してはいるのだ。己の声が大変に聞き取りにくいらしいと気づいたのは最近だ。
「よっちゃんの声はねぇ耳をすりぬけちゃうんだよぉ」
身長180センチのいかり肩で首も太く木彫りの熊の置物が人間になったみたいな俺とは対照的な幼馴染。身長148センチでアニメ声で華奢でおめめぱっちりリカちゃん人形が人間になったみたいな容姿の優子がいう。幼馴染なんだから俺がこんな取り返しのつかないコミュ障になる前に忠告して欲しかった。
「わたしはぁ幼馴染だからぁわかんなかったんだよぉ」
語尾を甘くゆらがす話し方なのになぜかすっと耳に入る優子の声。声優なりたいそうでそれなりに勉強しているらしい。アニメに出てくるみたいな声はよくいじめの対象にもなったのだが優子はめげなかった。こういった価値観の転換の有無が俺と優子の命運を分けたのだろう。なんだっけ。パラダイムシフトとかなんとか。
明るい声できゃらきゃら笑う優子がお昼のお弁当の残りのサンドイッチを小さな口に放り込む。ごっくん。漫画の擬音の文字がその横顔に貼り付いている。「よっちゃん食べないならちょうだい」木彫りの熊の抱えた弁当にリカちゃん人形が食らいつく。お母さんの手作りの大好きな唐揚げがたっぷり入った弁当だったが今日ばかりは喉を通らない。だまって差し出すと優子は一瞬目を丸くしたがそのままかぶりついた。
木彫りの熊は教室の窓の外に目をやってため息をついた。
「なにいってるんだかわからないし気持ち悪い」
憧れの先輩の部活の朝練の後に思い切って告白した結果が上記のセリフだ。
精一杯の思いを込めたつもりだった。
だけど。うつむいて下腹を圧迫して喉が開いておらず早口でいつもの数倍聞き取りにくかったのだ。
先輩は発声が肝となる演劇部の部長で俺は舞台装置を作る裏方で。演技指導こそされないものの装置の打ち合わせでの会話がかみ合わないことを叱られたことはあった。顔を上げてお腹に力を込めて背筋を正して。先輩は逐一アドバイスをくれていたのに俺はちゃんと聞いていなかった。
告白を受けて先輩はラジカセを取り出すとこれに向かってアイウエオを言ってみろとよく通る声で命令した。優子とはまったく違うハスキーな女性には珍しいしゃがれた声。先輩は女子生徒にとても人気がある。
ラジカセに録音された熊の声は発声した本人ですらも「アイウエオ」と聞き取れない有様だった。
「何が言いたいのかわからなかったから答えようがないけれど」
先輩は長い髪をばさりと後ろに払うと背筋を伸ばして大きく口を開き俺の目の中を覗き込むようにしていった。
「伝えたいことがあるなら伝わるように努力しなさい。それをしないなら伝えなかったのと同じことよ」
木彫りの熊はがっくりと膝をついた。

「よっちゃぁん泣かないでぇ」
「泣いてない」
「泣いてるよぉ」
「優子が悪いんだ優子は俺の言ってることわかってくれるからだから」
「はいはい」
この期に及んで優子にあたっている自分が情けなくて涙がこぼれた。そうじゃない。そうじゃない。人に自分の言葉が伝わっていないと気づいていたのに。伝わっていないから努力しろと言われていたのに。声が低いのは自分のせいじゃないとかお母さんや優子はわかってくれるとか。言い訳ばかりして逃げ回っていた結果がこれなのだ。振られてすらいない。自分が先輩を好きだということも伝わらなかったなんて。ひどすぎる。
「優子ぉ俺も声優になるぅ」
「えっどうしたのぉいきなり」
「発声よくしたいからぁ」
「あらまぁ悪くないんじゃないその発想」
涙混じりの熊の鼻声を優子はよく聞き取ってくれる。語尾が甘く伸びているのに聞き取りやすくて落ち着く声はお母さんみたいだ。
「声優になるのは大変だよぉ」
「頑張るぅ」
ずびずび鼻をすする俺の頭を優しく撫でながら優子は最後のからあげを口に放り込んだ。
「一個くらい残してくれよぉ」
「何言ってるんだかわかんないなぁ発声わるくて」
「ひどいよぉ」

食いしん坊のリカちゃんはその後からあげ代と称して長いこと熊のボイストレーニングに付き合ってくれた。 
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