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【3】
「ゴミ拾い登校の結果、どうですか?」
下駄箱の前で役員が申告の調査をしている。役員である百瀬のニコニコとした顔を朝から見るのは、悪い気分ではない。問題は、その視線のすぐ目の前を通らなければいけないということだ。
『……鬱だ』
スーパーの袋で代用したゴミ袋の中には、空き缶4つとアイスの蓋が1つ。顔を伏せて、適当な委員に申告すればいいだけだが―――――……。
『……やっぱりあの百瀬だった……』
一昨日ゲーセンで見た顔と、やはり完全に一致している。あの後、家に帰ってから別人であってくれとずっと祈っていたが、やはりゲーセンで会った百瀬郁美は、自分と同じクラス、生徒会役員の百瀬郁美だ。同姓同名なんて夢のまた夢だ。
はあ、とひとつため息を吐いて、髪の毛をくしゃくしゃにし、伊達眼鏡を押し上げた。覚悟を決める。
ゴミ袋ごと、整美委員が持っている大きな袋に入れて、一番近くの男子に申告する。
「空き缶4つ、アイスの蓋1つ」
「はい、はいっと……おつかれーです」
適当に流してくれた。ありがたい。
朝から大仕事をやり終えた解放感をため息に出そうと、息を吸った―――――時だった。
「あ、待ってください」
「!?」
吸った息に咽そうになった。ちら、と振り返ると、百瀬の顔が半径1m。
「え、えっと……何か……」
ゲーセンで会った時のようなおっとりした顔からは少しかけ離れた、しっかりした役員の顔が、すぐ近くに来て―――――苦笑しながら、肩に少し触れる。
「おっきい埃が……すみません、呼び止めて」
「え、ぁ、ぅん……」
間抜けな返事をすると、ニコッと百瀬は笑って、手に持っていた大袋に埃を入れた。
「ご協力、ありがとうございます」
小さく頭を下げて、百瀬はさっきの場所に戻っていく。
強張っていた全身を無理やり解かして、下駄箱まで早足で向かう。上履きを履いて、百瀬が360度どこにも見当たらないのを確認すると、ようやく咽ないで息が吐けた。
「…………怖」
これから学校で百瀬を見かけるたび、ゲーセンで彼女と会うたびにこれが続くと思うと、気が気ではない。
あのゲーセンに行くのが憂鬱――――――と、勝一が思っている期間は、意外と短い物だった。
いつも通り『IS』になって、勝一が坂戸町のゲームセンターに着くと、『マジカル・パレット』の台の前には不機嫌そうな顔でタダシが待っていた。
「……何してるのさ。大学ってそんな暇なの? バイトは? 萎えたんじゃなかったの?」
「2時半で共振回路の実験も終わったわ。再来週まで深夜バイトやし、ちょーっと足を伸ばしたくなっただけや」
「……暇人」
「うっせぇわ。大体お前やって中学生女子にゲーム教えるなんて、随分暇な真似しとるやないか!」
「まだ言ってんの?」
呆れ交じりにぼやいて、勝一は買っておいたジュースのペットボトルの蓋を開ける。
「確かに人に教える、教えないなんて、お前の勝手やけど……せやけどなァ……お前みたいなトップランカーがあんなド初心者に手解きするなんてェ……」
「もういいじゃん……」
面倒くさそうに言って、オレンジジュースを飲みながら百瀬を待つ。15分も待たない内に、女の子の声がゲーセンに響いた。
「すみません、待っててくださって!」
制服ではないが、百瀬だ。
一瞬びくりと肩が跳ねたが、目を合わせてもまったく気付く様子がない。
『……今朝、あんなに近かったのに』
また、半径1mに来た。なのに、今も、あの時と同じように勝一が誰かわかっていない。
『……よっぽど天然なんだな』
「あの……どうしました?」
「や、別に……」
なんでもない、とぼやいて、カラフルに自己主張している台に100円を滑り込ませ、百瀬に椅子に座るよう指差す。大人しく、百瀬は座って画面を見つめた。
「うちにあるのと……同じですね」
「家で練習しとったらええやろ……」
「や、やってるんです! でもいつもゲームオーバーしちゃって……」
「基本押さえれば、上手くなるって。そこの黄色いボタン押して」
「あ、ハイ。よ、よろしくお願いします!」
生真面目な顔で、Startボタンを押す。画面はぴかぴか光って、モード選択画面に移った。
「『マジカル・ドロップ』は、連鎖を組んで、スコアを出しながら城を目指すゲーム。スコアの高さと、城に辿りつく速さが鍵。対戦だと相手のオジャマする事も含めて、早く大きい連鎖を組めなきゃいけない。わかった?」
「れ、連鎖ってなんですか……?」
「…………」
初歩的すぎる質問に、勝一の眉間に皺が寄る。
「……えっと……連鎖は……連鎖」
「え?」
「……消したら……次が、また消えて……」
「え……? っと……?」
「~~~~……たとえば、これや!」
「きゃ!」
痺れを切らしたタダシが、百瀬の横から手を伸ばし、レバーを動かして赤いカラーボールを並べる。次に黄色。緑。
「これで、赤が消えるやろ?」
斜めに並んだ赤のボールが消えると、上に積んであった緑が横一直線に並び、消える。
「あ……」
「赤と緑が連鎖式に消えるやろ? これで、連鎖や」
「すごい、すごい!」
百瀬が目を輝かせ、タダシを褒める。ちょっと口元がニヤけるのを抑えながら、タダシは少し目を逸らした。勝一はタダシに向かって呆れたようにジト目を向けているが、そんな事には気付かず、百瀬は一人ではしゃいでいる。
「私、ずっとひとつの色だけ消していました! でも、この『連鎖』をすると、こんなに下の数字が伸びるんですね! キャラもすごく進んでる……!」
空の城に向かうキャラが、大きくジャンプしたのが、いまだに目に焼き付いているらしく、まつ毛が長い目元をぱちぱちさせながら、百瀬ははしゃいだ。
「これ、どうやってやるんですか?」
「考えて……配置すればいいんじゃない?」
「か、考えて? えっと……」
一生懸命考えて、慣れない手つきでレバーを操る。
「それだと、置いただけやと、消す前に消えるやろ?」
「あ、そっか……赤が消えた後、横一直線か斜めに並ぶようにすればいい……んですか?」
「そうそう」
「じゃあ……」
カチカチ、とレバーが動く。
赤が連動する。
百瀬の目が真剣になっている。
「こ、これ、赤はどうやれば……」
「縦に置けばいいんじゃないかな」
「あ、はい!」
ころころと変わり、すぐにはしゃぐ。隣から時々指示をすると、困ったり、考えたり、泣きそうになったり、笑ったり。
後ろから時々タダシもちらちらと画面を見る。
『……変な奴ら』
ぼんやりと思いながら、勝一も画面を眺めていた。ひとつの単純なパズルが出来上がり――――赤の綺麗なボールをレバーで操作し、配置すると、消える。
「あ」
嬉しそうな声に呼応するように、別の色が『連鎖』する。目が輝く。
「あ……! あ、あの! あの! 今!」
「いや、見てたって」
キラキラ輝いた目が、勝一の目と合う。タダシの目とも合う。一瞬タダシはニヤけた後に、思い直して顔を引き締めた。
「んじゃ、『連鎖』も教えたからなァ。これで弟くんにも勝てるわ。良かったなァ。んじゃ、これ―――――」
「次、3連鎖で」
「は、はいっ!」
「おいコラァぁああ!」
「なんだよ、タダシさん……」
「だぁああああああ、お前は……っ」
「なんだかんだでタダシさんも楽しそうじゃん」
「な、なわけあるかいな!」
「だから、もういいって、そういうの」
必死になってパズルに奮闘する百瀬を眺める。口元を、ジュースを飲んで隠した。
「……ゲームって、楽しくなきゃ」
「…………ったく」
「あ、」
「ん?」
泣きそうな声に画面に目を戻すと、さっきの連鎖はどこへやら。バラバラな色がどんな組み合わせも見せず、画面にいっぱいになって―――――窒息していた。
「あ、ああああああ……」
パズルは崩れ、ゲームオーバーの画面。
「……まあ、そういうゲームだから」
「勝手に自滅するんやったら、確かに弟くんでも勝てるかもなァ」
「ううっ……あれ?」
涙目になる百瀬の前に、アルファベットがずらりと並ぶ。
「これって……?」
「ネームエントリー画面やな。最近、『マジパレ』やるような奴も少なかったさかい、店舗記録に残れるで。モチベーション上がるわな」
「ネームって……私の名前ですか?」
「せやけど、好きな名前でええわ」
「好きな?」
「あのな……ペンネームとか芸名みたいになァ……」
「時間」
「ええ!? あ……えっと、えっと……」
レバーをぎこちなく動かしかけるまでに、残り時間あと20秒。
少し考えて、勝一がレバーを取る。
「え、あの……」
「いいから」
すごいスピードで、正確にレバーが動く。そして、4文字で出来た名前が浮かび上がる。
MOMO
「……『モモ』?」
「そう」
「私、郁美ですけど……」
「ゲームの世界は、現実じゃないんだから。適当でいいからさ。今日から、ゲーセンでのあんたは『モモ』。……それでいいなら、だけど」
「モモ……」
目が、さっき連鎖した時と負けず劣らずキラキラする。
「……せやかてモモって安直やな」
「うっさい」
「私、モモって名前、好きです!」
「あ……良かった……」
「これが私の……ここでの名前……」
表情を明るく綻ばせ、百瀬ことモモは笑う。
「なんだか、私の居場所みたい」
「…………あ、そう」
「そういえば、お二人はなんていう名前なんですか?」
勝一が答える前に、タダシが身を乗り出して言う。
「よく訊いてくれたわな! 俺はスノウやで!」
「え、タダシさんじゃなかったんですか!?」
「ぉおおおぃいい!?」
「さっきこの人が……そう呼んでたから…………」
「だぁあああ、おまああああ!」
「いいじゃん。スノウって顔じゃないし……」
「いっぺんシメたろか、お前……」
苦い表情でタダシは勝一を睨んだ。
「じゃあ、えっと……」
「……『IS』」
「いず?」
「……アルファベットのIとSで、イズ」
「カッコイイですね!」
「スノウも割とカッコイイはずなんやけどな……」
ブツクサとまだぼやいているタダシの隣で、モモはニコリとまた笑う。
「じゃあ、改めまして、イズさん、タダシさん……」
いつの間にか、モモの手には100円玉が握られていた。
「よろしくお願いします!」
「……」
憂鬱なモンでもない。ちょっとだけ、そんな気がした。
「ゴミ拾い登校の結果、どうですか?」
下駄箱の前で役員が申告の調査をしている。役員である百瀬のニコニコとした顔を朝から見るのは、悪い気分ではない。問題は、その視線のすぐ目の前を通らなければいけないということだ。
『……鬱だ』
スーパーの袋で代用したゴミ袋の中には、空き缶4つとアイスの蓋が1つ。顔を伏せて、適当な委員に申告すればいいだけだが―――――……。
『……やっぱりあの百瀬だった……』
一昨日ゲーセンで見た顔と、やはり完全に一致している。あの後、家に帰ってから別人であってくれとずっと祈っていたが、やはりゲーセンで会った百瀬郁美は、自分と同じクラス、生徒会役員の百瀬郁美だ。同姓同名なんて夢のまた夢だ。
はあ、とひとつため息を吐いて、髪の毛をくしゃくしゃにし、伊達眼鏡を押し上げた。覚悟を決める。
ゴミ袋ごと、整美委員が持っている大きな袋に入れて、一番近くの男子に申告する。
「空き缶4つ、アイスの蓋1つ」
「はい、はいっと……おつかれーです」
適当に流してくれた。ありがたい。
朝から大仕事をやり終えた解放感をため息に出そうと、息を吸った―――――時だった。
「あ、待ってください」
「!?」
吸った息に咽そうになった。ちら、と振り返ると、百瀬の顔が半径1m。
「え、えっと……何か……」
ゲーセンで会った時のようなおっとりした顔からは少しかけ離れた、しっかりした役員の顔が、すぐ近くに来て―――――苦笑しながら、肩に少し触れる。
「おっきい埃が……すみません、呼び止めて」
「え、ぁ、ぅん……」
間抜けな返事をすると、ニコッと百瀬は笑って、手に持っていた大袋に埃を入れた。
「ご協力、ありがとうございます」
小さく頭を下げて、百瀬はさっきの場所に戻っていく。
強張っていた全身を無理やり解かして、下駄箱まで早足で向かう。上履きを履いて、百瀬が360度どこにも見当たらないのを確認すると、ようやく咽ないで息が吐けた。
「…………怖」
これから学校で百瀬を見かけるたび、ゲーセンで彼女と会うたびにこれが続くと思うと、気が気ではない。
あのゲーセンに行くのが憂鬱――――――と、勝一が思っている期間は、意外と短い物だった。
いつも通り『IS』になって、勝一が坂戸町のゲームセンターに着くと、『マジカル・パレット』の台の前には不機嫌そうな顔でタダシが待っていた。
「……何してるのさ。大学ってそんな暇なの? バイトは? 萎えたんじゃなかったの?」
「2時半で共振回路の実験も終わったわ。再来週まで深夜バイトやし、ちょーっと足を伸ばしたくなっただけや」
「……暇人」
「うっせぇわ。大体お前やって中学生女子にゲーム教えるなんて、随分暇な真似しとるやないか!」
「まだ言ってんの?」
呆れ交じりにぼやいて、勝一は買っておいたジュースのペットボトルの蓋を開ける。
「確かに人に教える、教えないなんて、お前の勝手やけど……せやけどなァ……お前みたいなトップランカーがあんなド初心者に手解きするなんてェ……」
「もういいじゃん……」
面倒くさそうに言って、オレンジジュースを飲みながら百瀬を待つ。15分も待たない内に、女の子の声がゲーセンに響いた。
「すみません、待っててくださって!」
制服ではないが、百瀬だ。
一瞬びくりと肩が跳ねたが、目を合わせてもまったく気付く様子がない。
『……今朝、あんなに近かったのに』
また、半径1mに来た。なのに、今も、あの時と同じように勝一が誰かわかっていない。
『……よっぽど天然なんだな』
「あの……どうしました?」
「や、別に……」
なんでもない、とぼやいて、カラフルに自己主張している台に100円を滑り込ませ、百瀬に椅子に座るよう指差す。大人しく、百瀬は座って画面を見つめた。
「うちにあるのと……同じですね」
「家で練習しとったらええやろ……」
「や、やってるんです! でもいつもゲームオーバーしちゃって……」
「基本押さえれば、上手くなるって。そこの黄色いボタン押して」
「あ、ハイ。よ、よろしくお願いします!」
生真面目な顔で、Startボタンを押す。画面はぴかぴか光って、モード選択画面に移った。
「『マジカル・ドロップ』は、連鎖を組んで、スコアを出しながら城を目指すゲーム。スコアの高さと、城に辿りつく速さが鍵。対戦だと相手のオジャマする事も含めて、早く大きい連鎖を組めなきゃいけない。わかった?」
「れ、連鎖ってなんですか……?」
「…………」
初歩的すぎる質問に、勝一の眉間に皺が寄る。
「……えっと……連鎖は……連鎖」
「え?」
「……消したら……次が、また消えて……」
「え……? っと……?」
「~~~~……たとえば、これや!」
「きゃ!」
痺れを切らしたタダシが、百瀬の横から手を伸ばし、レバーを動かして赤いカラーボールを並べる。次に黄色。緑。
「これで、赤が消えるやろ?」
斜めに並んだ赤のボールが消えると、上に積んであった緑が横一直線に並び、消える。
「あ……」
「赤と緑が連鎖式に消えるやろ? これで、連鎖や」
「すごい、すごい!」
百瀬が目を輝かせ、タダシを褒める。ちょっと口元がニヤけるのを抑えながら、タダシは少し目を逸らした。勝一はタダシに向かって呆れたようにジト目を向けているが、そんな事には気付かず、百瀬は一人ではしゃいでいる。
「私、ずっとひとつの色だけ消していました! でも、この『連鎖』をすると、こんなに下の数字が伸びるんですね! キャラもすごく進んでる……!」
空の城に向かうキャラが、大きくジャンプしたのが、いまだに目に焼き付いているらしく、まつ毛が長い目元をぱちぱちさせながら、百瀬ははしゃいだ。
「これ、どうやってやるんですか?」
「考えて……配置すればいいんじゃない?」
「か、考えて? えっと……」
一生懸命考えて、慣れない手つきでレバーを操る。
「それだと、置いただけやと、消す前に消えるやろ?」
「あ、そっか……赤が消えた後、横一直線か斜めに並ぶようにすればいい……んですか?」
「そうそう」
「じゃあ……」
カチカチ、とレバーが動く。
赤が連動する。
百瀬の目が真剣になっている。
「こ、これ、赤はどうやれば……」
「縦に置けばいいんじゃないかな」
「あ、はい!」
ころころと変わり、すぐにはしゃぐ。隣から時々指示をすると、困ったり、考えたり、泣きそうになったり、笑ったり。
後ろから時々タダシもちらちらと画面を見る。
『……変な奴ら』
ぼんやりと思いながら、勝一も画面を眺めていた。ひとつの単純なパズルが出来上がり――――赤の綺麗なボールをレバーで操作し、配置すると、消える。
「あ」
嬉しそうな声に呼応するように、別の色が『連鎖』する。目が輝く。
「あ……! あ、あの! あの! 今!」
「いや、見てたって」
キラキラ輝いた目が、勝一の目と合う。タダシの目とも合う。一瞬タダシはニヤけた後に、思い直して顔を引き締めた。
「んじゃ、『連鎖』も教えたからなァ。これで弟くんにも勝てるわ。良かったなァ。んじゃ、これ―――――」
「次、3連鎖で」
「は、はいっ!」
「おいコラァぁああ!」
「なんだよ、タダシさん……」
「だぁああああああ、お前は……っ」
「なんだかんだでタダシさんも楽しそうじゃん」
「な、なわけあるかいな!」
「だから、もういいって、そういうの」
必死になってパズルに奮闘する百瀬を眺める。口元を、ジュースを飲んで隠した。
「……ゲームって、楽しくなきゃ」
「…………ったく」
「あ、」
「ん?」
泣きそうな声に画面に目を戻すと、さっきの連鎖はどこへやら。バラバラな色がどんな組み合わせも見せず、画面にいっぱいになって―――――窒息していた。
「あ、ああああああ……」
パズルは崩れ、ゲームオーバーの画面。
「……まあ、そういうゲームだから」
「勝手に自滅するんやったら、確かに弟くんでも勝てるかもなァ」
「ううっ……あれ?」
涙目になる百瀬の前に、アルファベットがずらりと並ぶ。
「これって……?」
「ネームエントリー画面やな。最近、『マジパレ』やるような奴も少なかったさかい、店舗記録に残れるで。モチベーション上がるわな」
「ネームって……私の名前ですか?」
「せやけど、好きな名前でええわ」
「好きな?」
「あのな……ペンネームとか芸名みたいになァ……」
「時間」
「ええ!? あ……えっと、えっと……」
レバーをぎこちなく動かしかけるまでに、残り時間あと20秒。
少し考えて、勝一がレバーを取る。
「え、あの……」
「いいから」
すごいスピードで、正確にレバーが動く。そして、4文字で出来た名前が浮かび上がる。
MOMO
「……『モモ』?」
「そう」
「私、郁美ですけど……」
「ゲームの世界は、現実じゃないんだから。適当でいいからさ。今日から、ゲーセンでのあんたは『モモ』。……それでいいなら、だけど」
「モモ……」
目が、さっき連鎖した時と負けず劣らずキラキラする。
「……せやかてモモって安直やな」
「うっさい」
「私、モモって名前、好きです!」
「あ……良かった……」
「これが私の……ここでの名前……」
表情を明るく綻ばせ、百瀬ことモモは笑う。
「なんだか、私の居場所みたい」
「…………あ、そう」
「そういえば、お二人はなんていう名前なんですか?」
勝一が答える前に、タダシが身を乗り出して言う。
「よく訊いてくれたわな! 俺はスノウやで!」
「え、タダシさんじゃなかったんですか!?」
「ぉおおおぃいい!?」
「さっきこの人が……そう呼んでたから…………」
「だぁあああ、おまああああ!」
「いいじゃん。スノウって顔じゃないし……」
「いっぺんシメたろか、お前……」
苦い表情でタダシは勝一を睨んだ。
「じゃあ、えっと……」
「……『IS』」
「いず?」
「……アルファベットのIとSで、イズ」
「カッコイイですね!」
「スノウも割とカッコイイはずなんやけどな……」
ブツクサとまだぼやいているタダシの隣で、モモはニコリとまた笑う。
「じゃあ、改めまして、イズさん、タダシさん……」
いつの間にか、モモの手には100円玉が握られていた。
「よろしくお願いします!」
「……」
憂鬱なモンでもない。ちょっとだけ、そんな気がした。
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