トップランカーの戦場 1

二ノ宮翼

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 【4】
 カラフルなボールを積み上げる。空の城へと向かう。自分の分身である小さなキャラクターが、必死になって一緒にパズルを組みあげ、解く。
 だが、しかし、軽快な音と共に、あちら側の対戦画面で大きく花火が散る。自分の画面では空の城へと向かう階段が崩れ、キャラクターが空中を落下した。
 テレビの前で、弟が――――百瀬海斗がため息を吐く。
「やっぱ、ねーちゃん弱いや」
 体の震えを抑えて、勢いよくモモは否定した。
「そ、そんな事ない! もう一回、今度は……」
「もういいや」
 小学生のくせに、あっさりとした口調は確かな質量を持っていて―――――
「もう、ねーちゃんとバトルしないよ」
「えっ……――――……や、私―――――っ!?」
 手を伸ばしかけると、コントローラーを持ったままの状態で世界があの空の城のように崩れる。
「ねーちゃんとはさ―――――」

 そこで、目が覚めた。
「あ、あ……」
 カエルの形の目覚ましが鳴る前で、時間はまだ6時。世界は目覚めたばかりで、まだまだ眠いという気配が舌が、モモは既にこれ以上ない程目が覚めていた。
「…………」
 ぎゅ、と布団の端を握りしめる。
「……私、強くなるから」



「強くなる、言うて……んでもってぇ?」
 対戦画面に進んだモモを前に、タダシは肩をすくめて苦笑した。
「んな事言うたって、ようやくちょっと連鎖組めるようになったから言うて、次のステップ、早すぎるんやない?」
「そ、そんな事ないです!」
「なんだかんだ言うて、モモちゃんの弟、8面まで行っとるんやろ?」
 モモが見たというステージの情報を総合させると、5連鎖以上できないと厳しいと噂の8面まで進んでいるらしい。モモの最大連鎖はもう3回一緒に練習して4連鎖。
「もうちょい連鎖組めるようになってからでも、ええんとちゃうの?」
「だって……私……」
 そう言ったところで、またモモが俯く。この伏し目ももう見慣れてしまった。
「レバー」
「え?」
「持って」
「な!?」
 タダシが驚愕する視線の元で、勝一がモモの隣に座る。
「いいいいいイズが……た、たたたた対戦……? しかも、の、野良試合……!? しかも、モモちゃん相手ぇえええ!?」
 トップランカーとの野良試合なんて。全国誰もがその権利を喉から手が出る程欲しがるはず――――しかも、ISは大会にも出なければ、対戦も滅多にしない。どんなゲームでも対戦をすれば『名勝負』と言われる程なのに。タダシが愕然とするのも無理はなかった。
 だが、そんな心情はよそに、勝一はタダシの大声に眉をひそめるだった。
「タダシさん、落ち着けよ……」
「の、野良試合ってなんですか……?」
「その辺でテキトーにやってる対戦」
 そう言って、勝一はいつものように華麗にレバーを操作する。そのさばきだけで金が儲かりそうだ。
「俺と、対戦すればいいよ」
「え、い、いいんですか!?」
「ええんか!?」
「なんでタダシさんまで……ものすごく手加減する。最大で5連鎖しか出さない。だから、モモさんも落ち着いてやればいいよ」
「は、はい……」
 おっかなびっくり、というように、弟の勝負でしか見たことがない画面に進む。小さなキャラクターが二体、どちらが先に空の城へ着くかの競争。
「基本はなんとか出来てるんだから」
「はい……」
「縦、横、斜め、連鎖組んでいる最中、少しだけこっちの画面見て」
「え?」
「俺の画面」
 少しだけ、モモが勝一の画面に目を走らせると、既にカラフルなボールで連鎖のパズルがほぼ出来上がっていた。
「も、もうですか!?」
「これを見て、あとは俺がどうすればパズルは完成すると思う? 連鎖になると思う?」
「だってもう、赤いボールが来れば――――」
「そう。赤がこなきゃ、勝てない」
 勝一が静かに言う。ゲームセンターの雑音に紛れてしまいそうだったが、モモの耳にはよく聞こえた。
「赤が……こなければ……?」
「対戦にあたって、大きい連鎖を組む時の弱点は、相手にオジャマをされた時」
「オジャマ……って、前に少し大事だって言っていたやつですか?」
「そう。連鎖してみて」
「はい」
 用意していた小さな二連鎖のパズルを解くと、キャラがジャンプする―――と共に、勝一の画面に真っ黒なボールが少量現れた。
「あ、これ!」
「見慣れてるやろなァ。なんせ、弟に毎日やられてるしなァ」
 タダシに笑われた通り、弟と戦う時はいつだってこの黒いボールが邪魔をして、連鎖を途切れさせる。
 黒いボールは勝一の画面の中で、赤のボールが埋まる予定だった場所を埋めていた。
「こうすると、俺はもう用意していた連鎖を使えない」
「あ……!」
「スコアを出すための戦い方と、バトルに勝つための戦い方は違うんだ。スコアを出したければ、とにかく大きい連鎖をしなきゃいけないから、こんな風に余計な連鎖は使えないけど……勝つためだろ?」
「……はいっ」
「じゃあ、やってみてよ」
 こくり、とモモは頷き、手順を踏む。
 だいぶ見慣れてきたカラフルなボールで連鎖を組む。そろそろどこをどうすれば連鎖になるかわかりはじめてきた。
「俺の画面を少し見て」
「はい」
「何が必要?」
「…………えーっと」
「緑がふたつ」
「はい」
「残りが一色でふたつくらい……ちょうどいまくらいの時に連鎖をしてオジャマをすればいいよ」
「はい」
「相手を見切って」
「はい」
「俺の画面を見て」
「はい」
「自分でも連鎖を、なるべく早く組んで」
「はい」
「…………」
 隣で眺めているタダシには退屈極まりない流れである。階下の自動販売機で人数分ジュースを買ってきても二人はずっと同じ場所にいた。人が待ち始めたらすぐに場所を譲るルールだが、誰もいない。
 最初の頃は少し、ISという存在を珍しそうに眺める目もあったが、流石に飽きたのか、みんないなくなっていた。
『そりゃそうやろな』
 最近プレイヤー人口が減ってきているこの『マジカル・パレット』だ。予想できる展開である。
 ぎこちなくレバーを動かして、ボールを操作するモモは、いっそいじらしさを感じさせるものである。
『イズもよく付き合ってられるわな』
 プルタブを起こして炭酸を喉に入れる。あまり冷房の効いていない少し暑いゲームセンターで、心地の良い風のような爽快感を与えてくれた。
 二人ももう一時間近くああしている。まだ冷たい缶ジュースを持って、近づいた。
「……おーい、モモちゃん、イズー」
「タダシさん、待って」
「あん?」
 普段、自分が『待て』という事が多いのに。タダシの違和感に答えるように、二人の前の画面には大量のボールの海が広がっていた。あまりの量にタダシが愕然とする。
「な……!?」
 しかも片方にはタダシにもわかる簡単な仕組みの連鎖がある。ただの連鎖ではない。簡単ではあるが、大きい――――最低でも7つは繋がっていそうな連鎖である。わずかに残された余白の空間でいまだにおっかなびっくりな風に操作されているボールで、理解した。
 あの大連鎖は、モモの物だ。
「赤が……赤、がっ」
 赤いボールが降り、斜めに既に繋がっているボールの上に乗った。その途端、モモの画面で赤いボールが光り、パズルが解かれる。連鎖式に青、緑、ピンク――――とどんどん続いて行く。
 勝一も用意していた5連鎖で対応しようとするが、明らかに力量に差があり過ぎる。
 画面に9の文字が浮かんだ時、モモの連鎖が終わり―――――キャラクターが空の城で飛び跳ねた。
『You Win!』
「…………」
 モモと一緒に、タダシが絶句する。
「ごめん、タダシさん」
「え、ぉ、あー」
 一番好きなジュースを取って、勝一は呆けているモモとタダシの前で、大きく伸びをした。
「おめでとう、モモさんの勝ちだよ」
「あ……ぁ……」
 真っ赤な顔になって、モモは蚊の鳴くような声で呟く。
「……ぁりがとう……ございます……」
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