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「またぁ?」
いい加減うんざりしたような口調で、百瀬海斗は睨むように姉の目を見た。大体いつもと同じような、責任感で固められた目をしている。
「今度こそ、勝つんだから!」
「ねーちゃん、前もそう言って負けたじゃん……別にいいけどさあ……」
ようやくたどり着いた9面でセーブする弟の隣に座る。久しぶりにここに座って、ゲームセンターとは違う画面を見た。
「もう……一カ月、かな」
「まーね。よく飽きないよな、ねーちゃんも」
「海斗ほどじゃないよ」
「そうだけどさあ」
「じゃあ、やろう」
「はいはい」
どうせいつもと同じように、適当に4連鎖を打てば勝手に自滅して、オジャマをなんとかしている間に自分はゴールという手順だ。中学生の癖に学習しない姉の手口はもうわかっている。
「いくよ」
「ん」
いつもと同じ――――か、と思うゲームが始まった。
『黒いのが落ちてきても、落ち着いて、余裕があったら、黒いボールの上で連鎖を組めばいい』
海斗が平然とした顔で、ぽちぽちと適当に連鎖を組み始めている。いつも降らせてくる量は5連鎖。だがそれには、まだ時間がある。
海斗の連鎖が、あとは緑が2つ。
今――――
右側に用意しておいた3連鎖を解いた。
「げ!?」
海斗の画面に、突然黒いボールが介入してくる。
「あー何すんだよ、ねーちゃん! あとちょっとだったんだぞ!?」
「えへへ、ごめん……」
心の中でちょっと悪戯っぽく舌を出して、実はずっと計っていたことを謝り、真ん中の高度メーターを見てみると、空の城まであと半分。
だが、ちら、と弟の画面を見て、絶望した。
もう、自分が降らせたオジャマの大部分を崩していた。
『あ―――――』
また、負ける―――――いつもの負け画面のビジョンが濃くなり、黒いボールみたいに、視界を埋め尽くしていく―――――とき、
『大丈夫だって、』
対戦する、と宣言した、5時間前のISの言葉。
『俺は、割と強いから。モモさん、俺に勝ってるから、俺より強いでしょ』
気休めであり、実際にそんな事あり得ないのもわかっているのに。
『すごい』
真っ青な負け画面のビジョンが、ISに勝った時の真っ赤な画面のビジョンに変わる――――と、目の前に青のボールが降ってきた。
「!」
レバーですぐさま操作した直後、海斗の画面で同様に緑ふたつが接続された連鎖が始まる。
「はい、おわりー」
いつもその台詞を聞くと、いつだって大量の黒いボールが降って来て、海斗のキャラは隣で空の城に辿りつく。だが、今日は違うのがわかった。
モモのキャラクターが、大きく飛び上がる。
「え」
そんな声、自分が出したい。ぽかんとしている海斗とモモの前で、海斗のキャラクターよりも先に、モモのキャラクターの方が早く―――――早く―――――
ピロリーン♪
ISと対戦した時に聞いた、あの軽快な音をテレビが発す。このテレビが、このゲームが、自分を祝福する事が出来たなんて信じられない。
「うっそだろー!?」
それは海斗も同じだったらしく、驚いて目を白黒させている。
「ねーちゃん、なんで……」
「……しゃめ……」
「は?」
「しゃ、写メ撮らなきゃ! 写メ!」
「ちょ、やめろよはずかしーなー!」
「お姉ちゃんに負けて、ねえ、悔しい!?」
「く、悔しくねーし! ちょっと手を抜いた俺にたまたま勝てただけでそんなに喜ぶねーちゃんが恥ずかしいだけだし!」
強がって早口になる海斗に向かって、モモはニコッと笑った。
「でも、勝ちは勝ち、だよね?」
「……今度こそぼっこぼこにしてやんだからな」
「……うん!」
「何にやにやしてんだよ!」
「えへへ……内緒」
「ほら、練習すんだから、あっちいけって!」
「うん!」
「にやにやすんなー!」
そう言われても、緩んだ頬は緩みっぱなしだった。
弟との、次の対戦の約束が出来た――――それだけで、涙が出そうになる。
『明日、ゲームセンターで……二人にお礼しなきゃ』
勝たせてくれた、あの二人に――――
しかし次の日、モモがいつものゲームセンターに行くと、そこにタダシとISの姿はなかった。
ぴかぴか光る『マジカル・パレット』の台だけが、動けない機械の体を携えてモモを迎えるだけであった。
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