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『起立』『気をつけ』『礼』の3つを右耳から左耳に流しながら、勝一はだるそうに今日を終えた。
みんなぞろぞろと教室を出て行ったり、先生に呼び出されたり、仲の良い友達と話し始める。その中で、ちらりと、前列の女子を見た。
百瀬郁美が委員会仲間と、何か話している。昨日、一昨日に引き続き、同じそれを見てほっとした。
『正解だったんだ』
自分があのゲームセンターを去ったのも、彼女に何も言わなかったのも。
よくよく考えればこれ以上付き合っていれば付き合っている分、ここにいる自分がISであるという認識に結び付く日もあるに決まっている。
勝一も立ち上がって、教室を後にした。下駄箱を過ぎて、家の近くの角を曲がって、駅に向かう――――が、電車には乗らず、東口から西口に向かう。駅をはさんだ別の区が広がるのを横目に、勝一はあたりを見回して汚いトイレに入った。
隠していたパーカーと帽子で『IS』になると、トイレから出て一直線に5分歩いた。
着いたのは『Happy Tower』なんていう、さびれた4階建ての細長いゲームセンター。入るとそこにはUFOキャッチャーがずらりと並んでいる。
階段で上がった先の2階には音楽ゲームやレースゲームが、3階には格闘ゲームやシューティンングゲームが。
パズルゲームがある4階に勝一がようやく辿りつくと、見覚えのある背中が『マジカル・パレット』の台に座っていた。
「職務怠慢かよ……」
小さく呟くと、その背中が大きく飛び上がり、振り返った。ディーラーのような黒と青のベストに小さなイヤホンマイクと『雪村格』と書かれた名札を胸に付けたタダシが、目を丸くしていた。
「バイト中なのに……遊んでるとか……」
そう。タダシのバイト先はここだ。ちょっとだけ軽蔑したような勝一に向かって、彼は叫ぶ。
「なんやっ、おま、イズ、驚かしとんやないわ!」
「そっちが勝手に驚いただけじゃん」
ため息を吐いて、勝一は隣に座った。タダシが組んでいた連鎖はモモとは比べ物にならない程大きい物だった。相当頑張っていたのか、ざっと数えると10は続いていた。
「よっぽど暇なんだね」
「まー、メンテも終わったし、棚卸しも終わったし、今日は平日の中途半端な時間やからなァ……」
「だからって給料泥棒はよくないと思うけど」
「う、うっせぇわ。安い給料でコキ使われてるんや、こんくらいの役得、ええと思っても――――」
「どうだか」
「ホンッッッマ、可愛げないわーお前……可愛げつったら、よかったんか?」
「いいって言ったじゃん」
モモが弟に挑むと言ったあの日、もうあのゲームセンターにはしばらく行かないと決めた。これでもう会わなくて済む。
逆に言えば、もう『モモ』には会えない。
「……いつまでやってんのさ」
「もう終いや。お前も新台やりたいんやろ?」
「そうだけど」
「……じゃあ、行こか」
「タダシさんも来るのかよ」
「ホンッッッマ、可愛くないわなァ!」
『マジカル・パレット』をちょっと名残惜しむかのように立ち上がったタダシを一瞥して、勝一が足を階段に向かって進めた矢先だった。
階段の影から、人が飛び出してきた。
まさかこんなさびれたゲームセンターの4階まで頑張って来るなんて――――しかも、こんなに急いで。
完全に不意を突かれて、思わずのけぞると、相手も驚いて壁にぶつかった。
「きゃっ!」
「!?」
「おい、大丈夫なんか、イ……ズ……」
「…………」
最初に会った時の驚きなんて比じゃない。
「なん……で……」
ぽかんと呆ける勝一の前で、モモが顔を上げる。
「モモちゃんやないか!」
「イズさん! タダシさん!」
嬉しくてたまらない、というような顔が驚きの代わりと言わんばかりに、彼女の顔に飛び出してくる。
「どうして……あんた……」
「ネットで調べました! あそこから半径20kmのゲームセンター、もう4件目だったんですからね? 昨日と今日は委員会までサボっちゃって……ずっと……」
探していました、と言おうとして言葉が詰まっている。顔をちょっと覗きこむと、また泣き出しそうな顔をしていた。
「っ、私、お礼を言いに来ました! 弟には勝てましたし、また対戦してくれるって……私、嬉しくって、嬉しくって、本当にお二人には感謝しきれません」
「おーそりゃあええわ」
「ん、じゃあ、帰ればいいじゃん」
「違います! 私、私……」
ちょっと恥ずかしそうに、またモモが表情を変える。
「……何?」
「げ、ゲーム……好きだったんです」
「はい?」
「私って、実はゲーム好きだったんです! お二人に会って初めて知りました! こんなすごい世界があって、私みたいなどん臭いのでも、勝ちたいって思える……いつもと違う、私がいる、ゲームが、好きなんです」
「……えっと……」
「もっと二人といたいですし、ゲームもやりたくって……お願いです!」
いつかとは違って、勝一の頭が警鐘を鳴らす前に、モモは言った。頭を下げて、勝一の手を握りしめて。
「私、この世界に入ります……イズさん……教えてください、師匠になってください!」
今度こそわけがわからない。
「……師匠、ってなんだよ」
真っ先に飛び出てきた疑問を口に出すと、それまでずっと笑いを堪えていたタダシが、後ろで吹き出した。じっと睨むと、タダシは腹を抱えながら言う。
「ええやないか! 俺はあの時止めたで? ……こうなることも想定の範囲内やわ! どぅわははははは! ざまあみろって事や!」
「だって……なんで、俺、師匠って……」
「くっくく……ええやん、うちのゲーセンの常連が一人増えるだけやろ?」
「……もう、タダシさんは黙ってろって」
はぁ、とため息を吐いて、モモと向き合う。一生懸命なモモの顔は、教室にいた百瀬郁美と全く同じ顔。
当たり前だ。同じ人物だ。
自分がある意味、最も恐れなければいけない。
「そりゃ、ゲームを楽しみたいなら止めないけど、俺じゃなくたって……」
「イズさんがいいです」
「?」
ニコッと笑って、モモは言う。
「私に名前をくださったのは……私に本当のゲームを教えてくださったのは……師匠ですから」
「…………」
どうせここ以外に拠点にしているゲームセンターもないし、あったとしてもどうせまた見つけられる。
もう勝手にしてくれ、と無言に込めると、それを理解したらしく、モモは目を輝かせた。
「私、頑張りますね、師匠!」
「はい……はい……」
何をだよ、と冷静に突っ込んだり、一方でこれからモモに正体がバレるかどうかの瀬戸際にいる羽目になるのかと落ち込んだり、さらにどこか一方では、なんとなく、彼女がそう言うのが嬉しかったり、心が忙しい。せわしなく感情が動いているのがわかる。
「…………」
「?」
「……はー……行くよ、モモさん」
「はいっ!」
「俺も忘れんなや」
「タダシさんは仕事しろって」
「うっせぇ!」
「ふふふ……」
「はー……」
カバンから取り出したぬるいオレンジジュースを飲む。ちょっと甘く、酸っぱいそれは、勝一の喉をどこか心地よく潤していった。
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