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外伝小話

マリエルとオルフェス※微表現有り注意

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吟遊詩人は少し照れ臭そうにしながら
羽根付き帽子を脱ぎ、マリエルに語る
彼の顔をどこかで見た様な気もしたのだが、マリエルはそれを思い出せなかった。

「…実は、この詩は僕の、大切な弟の様な存在の…まあ、そこまで言うのは少し烏滸がましいのですが、その方の幸せを想って詩を作りました。」

「なるほど…つまり…貴方も寂しいと?」

「そこまで…わかりますか?」

「…詩を聴いていて、貴方も私と同じ様な気がしましたから」

マリエルは吟遊詩人に妖艶に微笑む、彼女自身、少し彼と遊んでもいい、そう考えていた。

「…ええ、そうかも知れません、そういえば、詩うばかりで名乗るのを忘れていましたね。
私の名はオルフェス・エドゥス、お嬢さんの名前を教えて頂けますか?」

「マリー…。マリー・アウルム」

マリエルは咄嗟に偽名を口に出す、万が一自分が一時の過ちを起こしても、次期イスト王妃になる、アリスティアやジークハルトに迷惑がかからない様にする為であった。

「…僕の顔を見て言い寄って来ない女性は初めてです。貴女となら…」

「あら、貴方はそんなに女性にモテるのですか?」

「ええ、僕はこんなに寂しがりやでも、大変モテるのです」

満面の笑顔のオルフェスの透き通った瞳には、マリエルはアリスティアの元で数多の人々を見てきた人間でもある。
そこには、人間の何かドロドロとした嫌なモノも実際目の当たりにしてきた。しかし、彼からは今の言葉に嘘を一切感じられなかった。寂しがりやなのも多分事実だろう。

「…でしたら…オルフェス…。ならば、取り敢えず、寂しがりやな私を、今日一日、楽しませてもらえますか?」

「ええ、それでは、僕と同じ様に寂しげな目をするマリー…この後も、僕とお付き合い願い下さい。」

「…ええ、是非喜んで。」

吟遊詩人オルフェスの誘いにマリエルは笑顔で乗った。
それは、単純に気まぐれだったのかもしれない。
しかし、同じ様な寂しさを共有するオルフェスに何かを感じていたのだった。

オルフェスは不思議な事に店で曲を披露する吟遊詩人なのに、彼の詩を聴いた人からは一切の料金を取らなかった。

それよりも自分の詩を聴いてくれた客達に何か一品奢ったりなど、なんとも羽振りの良い不思議な男だった。

オルフェスは色々な事を知っていて、彼の話に耳を傾けるマリエルは、吟遊詩人とのデートの間何も退屈しなかった。

オルフェスはイスト王城にも出入りしている様な、そんな、話の内容も伺えたが、その事に対してマリエルは深くは追及しなかった。

街で一時のデートを楽しんだ後、オルフェスが所有する、楽器だらけの自宅に訪れると。

流れるまま、浴室で湯に潜り、マリエルはオルフェスと寝台で身を重ね、二人は貪る様な情事に至る。

それは愛とかそう言うものでは無いけれど、少し欠けてしまったマリエル自身の何かを埋めようともがいた結果なのかも知れない。

二人は相性が良過ぎたのが、マリエル自身、このままオルフェスの元に留まる事も、満更嫌では無いとも思えた。
しかし、マリエルの脳裏にはアリスティアのあの輝く様な笑顔が今も思い出されていた。

「オルフェス…私、こんな事は久しぶりでしたが…とても良かったですよ」

しかし、そう言うもののマリエルは寝台から立ち上がって着替えを始めた。

「マリー、君さえ良かったらずっとここに居てもいいのですよ?…僕は君との出会いに運命を感じているのだから。」

なんとも、ロマンティクな言い回しにマリエルは微笑む。

彼女はワンピースを着込んだ後、名残惜しそうなオルフェスの頬に軽く口付けをして微笑えんだ。

「…もしも、今後、私と貴方との運命があると言うならば、一つ賭けをしましょう。」

「なんだい?」

「もしも、もしも私と貴方が、あのお店以外の何処かで出会ったならば、私は貴方だけの女になってあげますよ、オルフェス、その時にはまた…じっくりと、楽しみましょう」

「…マリー…僕はその賭けにのったよ。」

マリエルは微笑みを残してオルフェスの家を後にする、この時の空は黎明前であった。
そして、この後に、マリエルとオルフェスの二人は意外な場所で運命的な再開するのだが、それはまた別の話である。

翌日になって、アリスティアとジークハルトが従者領のマリエルの部屋へと訪れた。
二人がニコニコと満面の笑顔を浮かべてマリエルに手渡した少し立派な小箱の中には、白金の細工で霞草が見事にあしらわれたペンダントが入っていた。

「お、お嬢様…これを私に…?」

「マリエルには何時もお世話になっているから…」

「…ううっ…グスッ」

「マリエル、どうしたの…?」

アリスティアのサプライズプレゼントにマリエルの涙腺は決壊を起こしていた。
マリエルは驚いていた、アリスティアを抱き寄せ、胸に抱く。

「ちょっと!?マリエル!?」

「私、お嬢様に一生ついて行きますから。」

「ちょっと大袈裟じゃ無い!?」

「そんな事ないですよ、お嬢様」

涙を流しながらアリスティアを抱くマリエルの姿、ジークハルトは二人のその姿を微笑んで見守っていた。
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