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外伝小話

マリエルと吟遊詩人

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「お嬢さん、お一人ですか?」

「はい?」

マリエルの目の前には大きなリュートを背負う、孔雀の様な羽根付きの帽子を目元まで深く被り、トレンチコートの様な外套を羽織った男が居た。
すらっとした体型と、帽子の隙間から覗く穏やかな視線、少し長い明るい金髪。
端麗な顔付きといい、いかにも自分は吟遊詩人だと主張している様であった。

「そうそう、誰かの事を想っている様な、横顔が素敵なお嬢さん、ぜひ一曲、如何ですか?」

「…私、お金を払うほど詩人の詩に、それほどは興味が無いのですが…」

「私の演奏にお代はいりませんよ。いや、このお店には相当お世話になっていてね、朝食頼んだ人にサービスで一曲弾かせ貰っているのです。」

「…そう、無料なら…それじゃ一曲、お願いします」

「ええ、喜んで、貴女の為に奏でる曲は"悠久のプレリュード"是非ご静聴ください。」

微笑むマリエルに気を良くした吟遊詩人は、背負ったリュートをその繊細で力強い指で弾き出す、二、三度、ポロンポロンと試しにリュートをゆっくり鳴らすと、そのすぐ後で彼の演奏が始まった。

「へぇ…」

詩はなく、音だけで奏でる音律
穏やかでいて、力強い音、静寂な様でいて強い想いや激情を秘めた様な、まるで、今のマリエル自身を表している様な、そんな旋律
吟遊詩人は彼自身の想いを込める様に、リュートの音色を見せ全体へと響かせる。
長い様で短い演奏が終わると、店中に拍手が起こった、マリエル自身も自然と拍手をしていた。

「…お嬢さん、僕の曲は如何でしたか?」

「とても素敵でした…ただ…」

「ただ?」

「詩はないのですか?少し物足りない感じがして。」

マリエルの問いに吟遊詩人は恥ずかしそうに頬を染めて言う。

「詩は、つまるところ、有るには有るのです。ですが…僕自身が造った詩はどうにも下手くそ…まあ、聞くに絶えないらしくて…かと言って、先人達の造った詩を扱うにはどうにも気が引けまして…。」

マリエルは意地悪そうに吟遊詩人に微笑む。

「…へえ、尚更、貴方の詩、聴いてみたいですね。」

「うーん…しかし…。」

悩む吟遊詩人にマリエルは更に追撃をする。

「…例えばお店のモノ、何か頼めば唄ってくれますよね?…んー…それとも、今、来店している方々に一品、私が何か奢りましょうか?」

出し渋る吟遊詩人の詩をマリエルは是が非でも聴いてみたくなっていたのだ。辱める、と言うよりは恥ずかしがる、端正な顔立ちの男を彼女はもっとみてみたくなっていたのだ。
ある種のストレス解消なのだろうか。

「…そこまで言われては、仕方ありません…わかりました、貴女の為に、唄いましょう。」

「まあ、嬉しい、とても楽しみです、是非よろしくお願いします。」

「では聴いて下さい…ある、少年の恋慕を。」

吟遊詩人の奏でる旋律はとても美しく良いメロディなのだが、いかんせん詩が下手くそに感じた。彼には詩に関するセンスが致命的にない…いや、勉強不足なのだとマリエルは感じた。言葉選びが感情的になりすぎている、その様に彼女は感じていた。
しかし、それでも、彼の唇から紡がれる言の葉の一つ一つはマリエルの心を捉えて離さない。
歌の内容は、一人の少年が幼い頃出会った、ある少女に恋心を抱き、その後、お互いに成長した時に再開を果たし。その時の想いを告白する、そして二人は遂には結ばれると言う恋愛詩であった。

(まるで…アリスティアお嬢様とジークハルト王子の事を思い出させる詩ですね…。)

マリエルは目を瞑って、静かに吟遊詩人の詩を聴いていた。周囲の客にしてみれば、実に拙い一曲、しかし、マリエルにとって、吟遊詩人の奏でるこの詩は、自分が見てきた昔の情景をとても懐かしく想い出させるものだった。
詩が終わった後、吟遊詩人に賞賛の拍手を贈ったのはマリエルだけであった。

「…気に入って頂けましたか?」

「…ええ、貴方の言った通り、確かに、詩は下手でしたね。」

「そうですか…」

「…しかし、私の大切な人を想い出すぐらいに情熱を感じました、この詩は間違いなく、私にとって素晴らしい詩でしたよ。」

「…喜んでいただけた様で何よりです。」

マリエルは微笑むと吟遊詩人は息を大きく吐いた。彼もまた緊張している様であった。
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