上 下
6 / 13

第六話 不機嫌と先輩

しおりを挟む
 
 夏休みが明けてからの一週間、俺は真白先輩と過ごした時間を思い出していた。先輩の変化に、特に気付かなかった自分が悔しい。
 強いて言うなら、休み明けに少し大人びて見えたくらいだったが、先程グラウンドを駆けていった先輩の後ろ姿は、むしろ年相応に見えた。

「人が変わったみたいって、つまりどういうことだよ」

 俺の知らない先輩を、保科は知っているのかと思うと少しだけ口調が強くなってしまった。保科は特に気にしていない様子で、スマホを触りながら言った。

「先輩って基本優しいっていうじゃん。私は直接話したことないけど、遠くから見てても分かるくらいに出来た人って感じで」
「それで、笑い上戸で案外面白い人なんだよな」
「マウントはいいから。…………で、最近どうも先輩が急に固まるらしくて」
「…………固まる?」
「そう、動かなくなって誰が喋りかけても機嫌悪そうに黙り込んじゃうんだって」
「たまたま具合が悪かったとかじゃないの」

 真白先輩だって人間だ。競争で負ければライバル心を燃やすって自分で言ってたくらいだし、たまに機嫌の悪い日くらいあるだろう。俺がいつか先輩に試合で勝ったら、もしかしたら嫉妬心のある顔を見せてくれるかもしれないと思うと、少しだけ楽しみにしているのはナイショの話だ。

「それが、ちょっと不思議なんだよね」

 それまで保科の話を聞いていた月島が、ポツリと言った。気になって、月島に視線を向けると丸い頬にぽっと赤い色乗せて俺から目を逸らした。

「不思議って、何が?」
「……黒野先輩、自覚がないらしくて。ほんの数分誰からの言葉も反応しなくって、しばらくしたら呆然と周りを見渡していつもの先輩に戻るんだって」
「しかも、授業中に先生に当てられた時でも」
「え、真白先輩的にそれって大丈夫なの」

 まさか、授業にまで影響を及ぼしているとなると困っているに違いない。悩み事?いや、そんな素振りはなかったと思うけど。そもそも一緒にいる時間が短いから、気付いてないだけかもしれない。
 もしも何か悩みがあるなら、相談相手にくらいなりたいのに。

「ほんの数分の出来事だし、みんな深くは考えてないけど……普段の黒野先輩を知ってる人からしたら確かに噂にはなるかもね」
「何か考え事してるだけかもしれないけどね」
「真白先輩が考え事か……。気にはなるけど俺にはそんな素振り見せないし、聞いても教えてくれないかもな」


 そうこう話しているうちに、あっという間に自習時間の半分は過ぎていた。
 慌てて問題集に取り掛かりながら、浮かぶのはいつもの笑い上戸で冗談が好きな、綺麗な先輩の顔。

 ───先輩が怒っているところなんて、俺は見たことないけど。

 あとで部活の時に、連絡先のついでに先輩にそれとなく聞いてみよう。解きかけの問題集を閉じて、俺は今度こそ目を閉じて眠った。










しおりを挟む

処理中です...