クールな幼なじみが本気になったら

中小路かほ

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幼なじみが本気になったら

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「…失礼します」


わたしは、おそるおそる部屋のドアを開ける。


林間学習の部屋割りは6人部屋。

だけど、ここはそれよりも少し狭い少人数用の部屋の造りとなっている。


その畳に敷かれた布団の上で、りっくんは1人横になっていた。


「…りっくん?」


返事のないりっくんにゆっくりと歩み寄ると、静かに眠っていた。


赤い頬。

荒い息づかい。


そんなりっくんに、なにもしてあげることができないのがもどかしい。


せめてもの思いで、額に乗った濡れタオルを冷たいものに替えて、早くよくなりますようにと心の中で祈るしかなかった。


「…んっ。あれ…、しずく…?」


タオルを替えるタイミングで、りっくんが目を覚ました。


「…ごめん。起こしちゃった…?」

「ううん、大丈夫…」


りっくんは力なく微笑んでくれる。


「今、新しいタオルに替えたところだから、わたしそろそろ行くね」

「…なんで?」

「だって、りっくんだって1人でゆっくりしたいだろうし…」


そう言って、りっくんの横で正座していた体勢を崩そうとしたら、わたしの腕をりっくんがつかんだ。


「…いやだっ。行かないで、しずく」


りっくんの熱を帯びて潤んだ瞳に訴えかけられる。

そんな弱々しい声でお願いされたら、行くに行けないよ…。


わたしは、もう一度りっくんのそばに座り直した。


「でも、さっきまでいっしょにいて、りっくんの体調に気づけないなんて…。わたし、幼なじみ失格だね…」


そもそも、りっくんが体調を崩す原因になったのもわたしだし…。

わたし、りっくんに迷惑かけてばかりだ…。


落ち込んで、曲げた膝に顔を埋めて塞ぎ込む。


自分の至らなさを考えたら、急に目の奥がじわりと熱くなる。

それが涙となって、下を向いているせいで零れそうになる。


自然と震える肩。


その肩に、体を起こしたりっくんがそっと手を置いた。


「『幼なじみ失格』だって?」


わたしはうつむいたまま頷く。


「なに言ってんだよ。しずくは、『幼なじみ』じゃねぇよ」

「…え?」


わたしがキョトンとして顔を上げると、りっくんは優しく微笑んだ。


「しずくは、俺の『彼女』だろ」


りっくんは、わたしの頬に熱い手のひらを添える。


「熱出した俺の看病をしてくれてる。それだけで、彼女として十分すぎるくらいじゃんっ」

「りっくん…」

「…って、勝手に『彼女』って言っちゃったけど。…いいよな?そういうことで」


芽依とは和解した。

妨げるものは、もうなにもない。


だから、わたしはくしゃっと笑って頷いた。

りっくんも安心したように頬を緩めた。


こうしてわたしたちは、正式に付き合うことになった。



…ピピピピピッ!


りっくんの脇に挟んでいた体温計が鳴る。


「「38度2分…」」


そのデジタルな数字を見て、2人して肩を落とす。


「先生からもらった薬飲んだのに、全然下がらないね」

「でも、初めよりは1度以上は下がったから心配すんなって」

「明日には、平熱に戻っていたらいいんだけど…。せっかくの林間学習だったのに、こんなことになっちゃって…ごめんね」

「しずく、もう『ごめん』はいいって。謝るの禁止な?」


そう言われたら、『でも』も『ごめん』も言えなくなってしまった。

仕方なく、わたしはぎこちなく頷く。


「それに、謝るのは俺のほうだ」

「…どうして、りっくんが?」


わたし、りっくんになにもいやなことなんてされていないのに。


「俺は、しずくのことだけを見ているつもりでいた。…けど、実はしずくがクラスの女子から無視されていたなんて…全然知らなかった」


…りっくん、そんなことを。


おそらく芽依に聞いたのだろう。


「それは、りっくんが違うクラスなんだから仕方ないよ…!」

「だったとしても、篠田さんのことをしずく1人に任せたのがいけなかったんだっ…。俺も力になっていれば…」


りっくんは、キュッと唇を噛みしめる。


「だから、俺のほうこそ…ごめんな。こんな頼りない彼氏で」

「そんなことないよ…!りっくんはわたしにとって、もったいないくらいのいい彼氏だよ!」

「…そんなに?ありがとう」


恥ずかしそうにはにかむりっくんがかわいい。


「じゃあ、これでおあいこだから、もうこの話は終わりっ」


そう言って、りっくんはわたしの髪をくしゃっと撫でた。


とは言っても、りっくんの林間学習の大切な時間を潰してしまったと思ったら、申し訳なさで心の中がモヤモヤする。


りっくんが熱を出さなければ、今頃は大部屋でみんなと枕投げをしたりして、盛り上がっていたかもしれないのに…。


そんな責任を感じるわたしの顔をりっくんが覗き込む。

見ると、こんな状況だというのに、いたずらっぽく笑っていた。


「むしろ俺は、こうなってラッキーだと思ってるけど」

「…どうして?」

「だって、普通にしてたらしずくといっしょに部屋で過ごすなんて、絶対できないじゃん」


クラスも違うし、そもそも男女別々の部屋。

りっくんとは、どうがんばったって同じ部屋になることはない。


「こうして同じ部屋で、しずくがそばで看病してくれるなら、俺は熱が出てよかったって思ってる」

「もうっ…、りっくんてば」


高熱だっていうのに、そんな冗談なんか言っちゃって。


「だけど、しずく。寝るときには女子部屋に戻れよ?」

「…えっ。でも、夜中にまた熱が上がったら大変――」

「俺だって子どもじゃないんだから、そんなことくらいで死ぬかよ」

「けどっ…」


こんな状態のりっくんを1人で残すのは不安だ。


そう思っていたら――。


「…だったら」


隣にいたりっくんが小さく呟く。


そして、急にりっくんに抱き寄せられたかと思ったら、そのまま布団の上に押し倒されてしまった。


「俺と一晩同じ部屋で過ごすってことは、どうなっても知らないよ」
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