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幕末剣士、現代へ
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喉が焼かれるような熱気。
取り囲む炎。
そんな辺り一面火の海の中で響く――あの声。
「…姫!姫っ!」
見上げると、わたしを庇うようにして立つ…だれかの背中。
黒髪に近い濃紺の短髪。
秘色色の着物に、錆浅葱色の袴をはいた男の子。
ここがどこなのか。
この男の子がだれなのかは…わからない。
でも、1つだけ言えることがある。
それは、この場面で終わるということ。
…その先がどうなるのか。
続きが気になるけれど、それは知ることはできない。
なぜなら、――これは夢だから。
ゆっくりと目を開ける。
スズメが戯れる声。
カーテンの隙間から差し込む太陽の光。
いつもと変わらない朝の始まり。
「またあの夢…」
わたしはむくっとベッドから体を起こす。
数年前から、さっきと同じ夢を何度も見る。
火の手が迫る昔のお屋敷のような建物の中で、袴姿の男の子がわたしに背中を向ける。
そして、なぜかわたしはその男の子から『姫』と呼ばれている。
――という不思議な設定の夢だ。
初めは、1年に1回ほどしか見なかった。
それが半年に一度、数ヶ月に一度と増えていき…。
最近は、毎月1回はその夢を見るようになった。
だけど、いつも夢は同じ場面で始まり、同じ場面で終わる。
夢に出てくる男の子の顔を見てみたいのだけれど、そこで目が覚めてしまうのだ。
「都美~!朝ごはんできてるわよ~」
「はーい!」
1階からお母さんの声が聞こえる。
わたしは、クローゼットを開けるとハンガーにかかった制服を取り出した。
紺色の襟に紺色のスカート。
赤いリボンのセーラー服。
これが、わたしが通う神代中学の制服だ。
パジャマから制服に着替えると、部屋を出た。
わたしの名前は、高倉都美。
ごくごく普通の中学2年生。
だけど、他とは少し違うところといえば――。
わたしは、社家の娘だということ。
わたしの家は、夜月神社という小さな神社の敷地内にある。
お父さんが神主、おじいちゃんが宮司だ。
決して大きくはない神社だけれど、この辺りで初詣といえば、みんなうちにきてくれる。
わたしはそんな夜月神社の娘として、厳しくものびのびと育てられた。
わたしの家は日本家屋で、1階に下りると8帖の居間には楕円形の座卓を囲むようにして、家族のみんなが集まっていた。
湯呑みに入った熱いお茶をすするおじいちゃん。
そのお茶を人数分の湯呑みに急須から注ぐおばあちゃん。
新聞を読むお父さん。
朝ごはんを並べるお母さん。
テレビをつける、弟の朔。
これが、わたしの家族だ。
一見普通の6人家族のように見えるけど、これまた他とは少し違うところがある。
それは、みんな霊感を持っているということ。
家が神社という家系だからだろうか…。
そんな家系に引き合わされるように、お嫁にやってきたおばあちゃんもお母さんにも霊感がある。
当然、まだ小学5年生の弟の朔にも。
高倉家は、代々みんな霊感を持っているんだそう。
――しかし、その中でも例外なのはわたし。
わたしには霊感がない。
わたし以外の家族は、物心ついたときから霊を見たり、霊と会話ができるらしいけど、わたしにはそれらがさっぱり。
でもどちらかというと、わたしは幽霊とかが苦手だから見えなくてよかったと思っている。
わたしは普通の人と同じで、特殊な能力なんてなく、平凡な日々を過ごす。
ずっとそう思っていたし、わたしもそれを望んでいた。
だから、まさかわたしの中にあんな力が宿っていただなんて――。
そんなの、考えたこともなかった。
「おはよー、都美!」
「七海、おはようっ」
学校へ着くと、昇降口で同じクラスの七海といっしょになった。
菅七海。
ポニーテールがよく似合う、明るくて活発な性格。
小学校から仲のいい、わたしの一番の友達だ。
七海と話しながら、教室へと向かう。
「おはよう、高倉」
するとその途中で、後ろからだれかに声をかけられた。
振り返ると、わたしよりも頭1つ分以上背の高い黒髪短髪の人――。
「古関先輩!おはようございます」
それは、わたしよりも1つ上の3年生の古関先輩だった。
「今日の部活、手伝ってほしいことがあるから、いつもより少し早めにこられるかな?」
「はい!大丈夫です」
「よかった。じゃあ、また部活で」
先輩はそう言うと、軽く手を挙げて爽やかに微笑んだ。
古関先輩は、わたしがマネージャーをしている剣道部の部長だ。
神代中学の剣道部は、毎年全国大会に出場している強豪校。
そこの部長を務める古関先輩は、言うまでもなく剣道は強いし、リーダーシップもあって頼りがいもある。
それに加えて頭もいいし、顔も整っているし、古関先輩は学校一番のモテ男子だ。
だけど鼻にかけることはなく、謙虚で真面目。
わたしにとって古関先輩は、すごく憧れる存在だ。
「朝から古関先輩に話しかけられるとか、めちゃくちゃラッキーじゃん!」
「そんなことないよ、七海。部活の連絡事項を伝えにきてくれただけだよ」
古関先輩のいちファンの七海は隣で興奮している。
「それでも、先輩と話すチャンスがあるなんてうらやましい!あたしも剣道部のマネージャーになればよかったなー」
「なに言ってるの。七海はテニス部のエースでしょ!」
わたしの言葉に、七海はおどけたように舌をペロッと出す。
幼い頃からテニスを習っている七海は、中学でもテニス部に入ると決めていた。
大会でも優秀な成績を収めていて、次期女子テニス部の部長候補だ。
そんな七海と違って、わたしはあまり運動が得意なほうではない。
かと言って、文化系の部活でも興味があるものがなかった。
そこで、剣道部のマネージャーに入ることに。
高倉家の男子は代々剣道を教わっていて、わたしも小さいときに朔といっしょに少しだけ教えてもらって馴染みがあったから。
そして、去年剣道部に入部し、今年で2年目になる。
2年生はわたしだけだけど、3年生が1人、1週間前に新しく入部した1年生2人といっしょにマネージャーの仕事をしている。
「そういえば、都美は今年のゴールデンウィークもとくに出かける予定はないの?」
「ウチはないね~。七海は北海道に行くんだっけ?」
「うん!お土産買ってくるね~」
「ありがとう」
神社のこともあるから、家族で旅行に行ったことがあまりない。
おじいちゃん、おばあちゃんといっしょに住んでいるから帰省することもない。
だから、ゴールデンウィークやお盆休みは、いつも家でのんびりと過ごしていた。
…それが。
まさかあんなことが起きるだなんて、思ってもみなかった。
それは、ゴールデンウィーク初日を迎える朝方のこと。
この日は、なぜか朝の5時に目が覚めてしまった。
今日から連休だし本当はもっと寝たかったけれど、目をつむってもなかなか眠れなかった。
なので、仕方なく起きることに。
それなら、早起きして朝ごはんでも作って、お母さんたちをびっくりさせよう。
そう思って、わたしは1階へと下りた。
当然のことだけど、だれもいない1階は暗かった。
まずは雨戸を開けようと、縁側へ向かう。
少々立て付けの悪い雨戸を力いっぱい横へ押すと、雲のかかった空が見えた。
今日の天気はくもりで、空が少し白んでいるのがわかるくらいの明るさ。
だからこそ、すぐ目にとまった。
ウチの庭である神社の敷地内には似つかわしくない、赤紫色の光を――。
神社の御神木である大きな桜の木。
その幹にぽっかりと空いたうろが、なぜか赤紫色にぼんやりと光を放っている。
…こんな光景、今までに見たことがない。
さらに驚いたことに、その光の中に影が見える。
取り囲む炎。
そんな辺り一面火の海の中で響く――あの声。
「…姫!姫っ!」
見上げると、わたしを庇うようにして立つ…だれかの背中。
黒髪に近い濃紺の短髪。
秘色色の着物に、錆浅葱色の袴をはいた男の子。
ここがどこなのか。
この男の子がだれなのかは…わからない。
でも、1つだけ言えることがある。
それは、この場面で終わるということ。
…その先がどうなるのか。
続きが気になるけれど、それは知ることはできない。
なぜなら、――これは夢だから。
ゆっくりと目を開ける。
スズメが戯れる声。
カーテンの隙間から差し込む太陽の光。
いつもと変わらない朝の始まり。
「またあの夢…」
わたしはむくっとベッドから体を起こす。
数年前から、さっきと同じ夢を何度も見る。
火の手が迫る昔のお屋敷のような建物の中で、袴姿の男の子がわたしに背中を向ける。
そして、なぜかわたしはその男の子から『姫』と呼ばれている。
――という不思議な設定の夢だ。
初めは、1年に1回ほどしか見なかった。
それが半年に一度、数ヶ月に一度と増えていき…。
最近は、毎月1回はその夢を見るようになった。
だけど、いつも夢は同じ場面で始まり、同じ場面で終わる。
夢に出てくる男の子の顔を見てみたいのだけれど、そこで目が覚めてしまうのだ。
「都美~!朝ごはんできてるわよ~」
「はーい!」
1階からお母さんの声が聞こえる。
わたしは、クローゼットを開けるとハンガーにかかった制服を取り出した。
紺色の襟に紺色のスカート。
赤いリボンのセーラー服。
これが、わたしが通う神代中学の制服だ。
パジャマから制服に着替えると、部屋を出た。
わたしの名前は、高倉都美。
ごくごく普通の中学2年生。
だけど、他とは少し違うところといえば――。
わたしは、社家の娘だということ。
わたしの家は、夜月神社という小さな神社の敷地内にある。
お父さんが神主、おじいちゃんが宮司だ。
決して大きくはない神社だけれど、この辺りで初詣といえば、みんなうちにきてくれる。
わたしはそんな夜月神社の娘として、厳しくものびのびと育てられた。
わたしの家は日本家屋で、1階に下りると8帖の居間には楕円形の座卓を囲むようにして、家族のみんなが集まっていた。
湯呑みに入った熱いお茶をすするおじいちゃん。
そのお茶を人数分の湯呑みに急須から注ぐおばあちゃん。
新聞を読むお父さん。
朝ごはんを並べるお母さん。
テレビをつける、弟の朔。
これが、わたしの家族だ。
一見普通の6人家族のように見えるけど、これまた他とは少し違うところがある。
それは、みんな霊感を持っているということ。
家が神社という家系だからだろうか…。
そんな家系に引き合わされるように、お嫁にやってきたおばあちゃんもお母さんにも霊感がある。
当然、まだ小学5年生の弟の朔にも。
高倉家は、代々みんな霊感を持っているんだそう。
――しかし、その中でも例外なのはわたし。
わたしには霊感がない。
わたし以外の家族は、物心ついたときから霊を見たり、霊と会話ができるらしいけど、わたしにはそれらがさっぱり。
でもどちらかというと、わたしは幽霊とかが苦手だから見えなくてよかったと思っている。
わたしは普通の人と同じで、特殊な能力なんてなく、平凡な日々を過ごす。
ずっとそう思っていたし、わたしもそれを望んでいた。
だから、まさかわたしの中にあんな力が宿っていただなんて――。
そんなの、考えたこともなかった。
「おはよー、都美!」
「七海、おはようっ」
学校へ着くと、昇降口で同じクラスの七海といっしょになった。
菅七海。
ポニーテールがよく似合う、明るくて活発な性格。
小学校から仲のいい、わたしの一番の友達だ。
七海と話しながら、教室へと向かう。
「おはよう、高倉」
するとその途中で、後ろからだれかに声をかけられた。
振り返ると、わたしよりも頭1つ分以上背の高い黒髪短髪の人――。
「古関先輩!おはようございます」
それは、わたしよりも1つ上の3年生の古関先輩だった。
「今日の部活、手伝ってほしいことがあるから、いつもより少し早めにこられるかな?」
「はい!大丈夫です」
「よかった。じゃあ、また部活で」
先輩はそう言うと、軽く手を挙げて爽やかに微笑んだ。
古関先輩は、わたしがマネージャーをしている剣道部の部長だ。
神代中学の剣道部は、毎年全国大会に出場している強豪校。
そこの部長を務める古関先輩は、言うまでもなく剣道は強いし、リーダーシップもあって頼りがいもある。
それに加えて頭もいいし、顔も整っているし、古関先輩は学校一番のモテ男子だ。
だけど鼻にかけることはなく、謙虚で真面目。
わたしにとって古関先輩は、すごく憧れる存在だ。
「朝から古関先輩に話しかけられるとか、めちゃくちゃラッキーじゃん!」
「そんなことないよ、七海。部活の連絡事項を伝えにきてくれただけだよ」
古関先輩のいちファンの七海は隣で興奮している。
「それでも、先輩と話すチャンスがあるなんてうらやましい!あたしも剣道部のマネージャーになればよかったなー」
「なに言ってるの。七海はテニス部のエースでしょ!」
わたしの言葉に、七海はおどけたように舌をペロッと出す。
幼い頃からテニスを習っている七海は、中学でもテニス部に入ると決めていた。
大会でも優秀な成績を収めていて、次期女子テニス部の部長候補だ。
そんな七海と違って、わたしはあまり運動が得意なほうではない。
かと言って、文化系の部活でも興味があるものがなかった。
そこで、剣道部のマネージャーに入ることに。
高倉家の男子は代々剣道を教わっていて、わたしも小さいときに朔といっしょに少しだけ教えてもらって馴染みがあったから。
そして、去年剣道部に入部し、今年で2年目になる。
2年生はわたしだけだけど、3年生が1人、1週間前に新しく入部した1年生2人といっしょにマネージャーの仕事をしている。
「そういえば、都美は今年のゴールデンウィークもとくに出かける予定はないの?」
「ウチはないね~。七海は北海道に行くんだっけ?」
「うん!お土産買ってくるね~」
「ありがとう」
神社のこともあるから、家族で旅行に行ったことがあまりない。
おじいちゃん、おばあちゃんといっしょに住んでいるから帰省することもない。
だから、ゴールデンウィークやお盆休みは、いつも家でのんびりと過ごしていた。
…それが。
まさかあんなことが起きるだなんて、思ってもみなかった。
それは、ゴールデンウィーク初日を迎える朝方のこと。
この日は、なぜか朝の5時に目が覚めてしまった。
今日から連休だし本当はもっと寝たかったけれど、目をつむってもなかなか眠れなかった。
なので、仕方なく起きることに。
それなら、早起きして朝ごはんでも作って、お母さんたちをびっくりさせよう。
そう思って、わたしは1階へと下りた。
当然のことだけど、だれもいない1階は暗かった。
まずは雨戸を開けようと、縁側へ向かう。
少々立て付けの悪い雨戸を力いっぱい横へ押すと、雲のかかった空が見えた。
今日の天気はくもりで、空が少し白んでいるのがわかるくらいの明るさ。
だからこそ、すぐ目にとまった。
ウチの庭である神社の敷地内には似つかわしくない、赤紫色の光を――。
神社の御神木である大きな桜の木。
その幹にぽっかりと空いたうろが、なぜか赤紫色にぼんやりと光を放っている。
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