―まひる家長男は異世界迷子の『カミサマ』だった事案について―

スガヤヒロ

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異世界へ

寸寸梵論―ズタボロ―

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 第一村人の侵入を許し、ひとりビビる俺。
 白無垢にいたってはどこ吹く風だ。
 
 異界渡り云々。
 白無垢に過分な評価をされている。
 やはり頼りにされているだろうか?
 
 問答中も、鼻水ずびずびの俺を?
 正直、白無垢の方が心霊に対して相性いいよな気がするよ。
 俺より背たかいしね。

「お前様は落ち着いて思案してから動く術を身に着けるべきやっしゃッ」
 
 そんなこと考えている間にも白無垢のお叱りを受ける。

「あの時みたいに、わき目もふらんと行かはったら痛い目みるおすのにッ」
 
 ん? あの時?
 ふむ、あれかな?
 俺が盛大に転んだ時かな?

 どうやら一部始終を見られていた様子。

 ずっと、正門で待っていたみたいだし。
 俺が地面に吸い込まれるところとか。
 ライトが宙を舞うところとか。

 なにより、コート汚れてるしね。
 そりゃ、バレる……。

 そのあとも、慎重さを欠くとどうなるのか? 
 という御高説を白無垢から受けたまわり。
 
 やっとのことでしめくくられる。
 
 「―――わかりますやろ?」

 「ははは」

 あんま聞いてなった。

 「はぁ…もういいどす。お前様はお前様おすよってに」
 「すみません」

 苦笑いしかでない。

 すると、白くしなやか指がのびてくるなり俺の目元を拭う。

「きぃつけよしや」

 と、微笑む白無垢。
 お母さんかッ!
 と、ツッコミたくなったがぐっとこらえる。
 靴下に泥でもついてたかな?
 
 まぁ、白無垢でさえ、得体のしれないという第一村人の存在。
 ここにいないであろうがきんちょの安否がわかるのに、正体を掴めないと言う。
 だからこそ、俺を慮っていたのだ。

 そこにビビッて飛び出していく俺をどう思うか。
 白無垢的には危うい奴にみえるだろう。

「どうも」

 軽く首肯して、謝意を伝える。

「ああそうだ、この家屋だけでも戸締りしたいんで、先部屋もどってていいですよ?」
「いやどすッ。うちもお前様の御傍にいるさかいに。よろしおすな?」

 と、玄関に向う道中。プイっと拗ねられた。

 ツンとした鼻先の横顔のまま、目だけ向けてくる。

 相当、俺への不信感をお持ちの様だ。
 当時の俺は何をしたっていうんだ……。
 
 ただ戸締りをするだけだというのに。

 「…はい」

 そういうと、俺からランタン型ライトを自然に取り上げ、
 カラカラ、と玄関に入っていく。

 初めから、何かと手伝ってくれていた白無垢。
 今まで、親しい異性どころか、友人もいない。

 何かを人にさせる。
 というのになれてないんだよなぁ。

 白無垢の申し出がなきゃ、たぶん頼むことはなかった。
 この事態に協力していくなら、頼み事も必要になってくる。

 白無垢を着た、謎の美女。
 ただでさえ距離を測りかねているのに、
 協力を頼んでいくことを思うと頭を抱えたくなるな。

 コミュ障には頭が痛い問題だった。


「さて、じゃあ、右周りにいきましょうッ」

 中庭を持つ家屋は回廊状になっている。
 外側、内側と戸締りする箇所がおおい。

 すでに換気も十分すぎるほどだ。
 隙間風が温まった室内を冷やしたら意味がない。

 本格的に深夜にさしかかろうとしているし。

 さっさとやってしまおう。

 白無垢に先導を頼み、俺は戸を閉めていく。
 
 時折、目を細めながら辺りを見回す白無垢にビクビクしながら回廊を回る。

「し、白無垢さん。どうなんですか?いるんでしょう?」
「ん~、敷地内におらへんうようなったようどす……。」
 
 まじかよ。
 なんでいないんだよ。逆に怖いわッ。
 もう、なんでも怖い。
 もしかして奴も、帰りたいのか?
 いやだよ。
 連れてけないないよ。
 てか、異界渡りが何なのかわかんないよ。
 怖いし。
 
 「…大丈夫おすか?」
 「え? えぇ。平気ですよ?」

 とっさに取り出したスマホで119を押しそうになった所で声をかけられる。
 危うく無駄な電力消費を強いられるところだった。
 第1村人め。俺に何をさせよとしたのか、後悔させてやるっ。

 白無垢に見守られながら回廊の戸締りを終える。

 特に、鍵など掛かってないので入ってこようと、思えば入って来れるのだが。

 気がかりは、桃を剥いた包丁と、皮を入れたビニール袋が、なくなっていたことだ。

 奴だ。第一村人の可能性が高い。

  包丁を、何に使うというのか? それを持って、何処にいったのか。

  怖すぎるわ。

  すッ、とスマホを構えそうになるのを、強靭な精神力で抑える。
 くっ、俺の右手が疼く・・・・・ッ。

 小皿とコップを回収し、ストーブのある部屋に戻ろうとした時だった。

 バシャッ!

 と、玄関の外で大きな音がする。
 濡れたビニールシートが落ちてきたような?
 水系の音と何か地面を強く打つような音だ。

 カラン、カラン・・・ッラン・・・n・・ッ・・・・。

 静寂。

 息もつかせず、金属質のものが硬質なものに当たって跳ね回る音がつづく。
 
 白無垢を見遣る、白無垢も俺を見返していた。

 途端に、きょどる白無垢。
 
 何だ!?どうしたッ!?

 染まった貌が落ち着きを取り戻していき、ほっ息を吐く。

 しかし、視線が定まらないまま、

「何の音やっしゃろ?」

 と、のたまう。

 いつものやつだった。
 ビビらせないでほしい。

「ちょっと、ライト貸して下さい。見てみます」

 白無垢を伴い、土間に降りて格子戸に手をかける。

「開けますよ?」

 誰に問うた訳ではないが、

「よろしおす」

 と、白無垢も誰となく答える。

 からからから……。

 玄関の先に黒いものが横たわる。
 光のはしに照らし出す、それは表面がぬめっとしており、僅かに濡れているようだ。

 ゆっくりと、ライトを掲げ上げていくと、

 それは魚だった。
 途轍もなく巨大な魚。
 無数の手鰭をもち、胴長の体がのたうつように地面に横たわる。

 傷口がズタズタになっており、無理やり頭を切り取られたようだ。

 そして、先程から反射する物。

 それは包丁だった。

 それは、見慣れたもの。ただし・・・・・・。

 刃がボロボロになっており、相当な力で握られていたのか、
 持ちて部分まで金属製のそれが握り潰されている。

 あれで無理やり、鱗に突き立てたのだろう。

 誰がやったのか?

 包丁とビニール袋以外になくなったものがある。

 それは第一村人だ。

 奴が包丁を持ち出し、何処かで巨大魚の頭を切り取って、敷地内に放り投げた。

 全部、奴1人の力なのだろうか?
 ざっと目視で8メートルはある。
 ふとい所で胴回りも車のタイヤくらいあるな……。

 これを水中より捉え、殺し、ここまで運ぶ。

 …俺、奴に接触してるんだよなぁ。

 本当、何もなくてよかったあぁぁぁ!?

 絶対、瞬コロだよね?
 
 前言を撤回させていただく。
 後悔させてやる?
 とんでもないッ。
 無謀無策で挑んでも、逆にこっちが後悔するハメになる。

 安堵から溜息を吐き、呼気を整える。

 魚に近付き過ぎて、生臭ささ、と滔々とうとうと流れ出す血の臭いで吐き気をもよした。

 オェ…、取り敢えず、距離とっとこう。

 それにしても、どうすんだよこれ?

 奴はどうしたかったんだ?

 魚の死骸があるってことは敷地内にいるのかな?

 第一村人の行動について思案してると。

「どないしましょ? 食べはりますか?」
「……」

 TA・BE・RU? Why? 

 何故そうなるの?

「食べる…んです、か?」
「お美味しいそうやし……」
「いやいや、包丁ボロボロですし、身も切り分けられませんよ?あれ、一つしか有りませんから……」

 厳密には、釣り具箱に簡素な包丁が入っているのだが、ここは言わない。

 やめときましょう。
 ほんとッ。お願いッ。

「なら問題ないどす」

 はんなり、とそういう白無垢。
 優美な所作で握りつぶされた包丁を拾い上げる、
 
「でも、それは……」

 と、制しようとした瞬間だった。

 握りつぶされた包丁が白無垢の手から染み出す様に黒色に変色し、
 20㌢ほどだった刃渡りが1メートルはあろうかという黒刀に変じた。

 変じてしまった。

 ぬらっと、闇の中で怪しく煌めく黒刀。

「でわ!」

 もう、問題は何も無い。
 と言わんばかりに巨大魚の前に立つと、上段に黒刀を構える。

 すっと、黒刀の重さにのみ身を任せ振り降ろされる。

 先程までの、握りつぶされた包丁のままなら鱗に刃を入れるのは難しいはず。

 しかし、現実は違った。

 何者の抵抗をも許さないとばかりに、断たれる巨大魚。
 雪面に刃先が吸い込まれるように止まる。
 最初からそこを目指し、そこに至るまで、何もなかったようなやいばの冴え。

「ねっ」

 と、振り向きざまにコテン、と小首を傾げ微笑む白無垢。

 返り血が頬に跳ね、白無垢を着た美女の笑みは、狂気をはらんでいた。

 一緒に返り血を浴びた礼装はシミひとつ残さず、血の一滴までその表面を滑り落ちる。

 今日1で、怖かった。

 耳元で電波が届かない事を告げるアナウンスを聞きながら、俺は震えていた。

 日が沈み極寒。雪のなかだったという事もあるだろう。

 しかし、それは細胞レベルの悲鳴だった。
 生きろッ! そう本能が叫びをあげる悲鳴。

 「なかなかでっしゃろ?」

 頬を手の甲で拭うしぐさで俺に問いかける。

 「…えぇ」

 満足そうにすると、タイヤの様な切り身を片手で鷲掴みに近づいてくると、

「これはお返しします。」

 そういって、黒刀を差しだしてくる。

「元々、お前様のモノどすよ?」

 受け取るのを渋っていると、そう言葉を添える。
 方言の「どす」が、やくざモンの獲物「ドス」にしか聞こえない。

 黒刀を見やる。
 つばさやもない。
 抜き身の刃のみの刀。

 クルっと黒刀を逆手にもち、サクッと雪面にさした白無垢。
 好きにしろ、と言うことだろうか?

 まぁ、この状況で調理器具の損失は避けれたのだ。
 そう、これは包丁。調理器具。
 なにも忌避するようなものじゃない。

「…そうですね。包丁は必要ですし」
「ふふ、そうどす」

 狂気に満ちた状況下で断るという選択肢がない中、なんとか受け取る口実を見つけた。

 黒刀の刃の無い部分を持つ。
 ひんやり。としなかった。冷たそうなのに。
 白無垢が持っていたにもかかわらず、人肌の温もりもない。

 白無垢が寒暖に耐性をもているからかな?
 もう、これらの事実に黒刀生成を見せられてから、もはや疑いようがないわけで。

 ぐぅッ、と黒刀を引き抜く。
 力を込めすぎて、振り上げてしまった。

 白無垢が咄嗟に切り身を盾にするが、あっさり切り裂く。
 それでも、肉を通過する際に、軌道がそれ白無垢に怪我をさせずにすんだ。

 「うわッ…!?すみませんッ!大丈夫ですか!?」
 「へぇ。平気おす。きぃつけよしや」

 と、平然としていた。
 こういところも、白無垢の底の見ない部分だ。

 片手で鷲掴みにした輪切りを、さっと胸の前に構えていたけど、
 そんなに軽そうにみえないんですが……。

 とりあえず、ホッと胸をなでおろす。

 力を込めすぎたわけじゃない。
 黒刀が極端に軽い。まるで羽のような軽さだ。

 叩ききるのにある程度重量が必要だと思うんだけど、切れ味の鋭さで補助してる感じかな?

 さらっとなんでもないように造ってしまうんだな……。

 ふむ、折角だし名前をつけよう。

「黒刀ズタボロ…? かなぁ?」
「…ズタボロ? どすか?」
「はい。この包丁の名前です」
「包丁の?」
「魚をズタズタにして、包丁がボロボロになりましたから。」
「なんや、シャレがきいてはりますなぁ。」

 感心したように微笑む白無垢。

 自分でもいい名前を着けたと思う。
 中二病罹患者の冴えが、渡るなぁ。

「ほな、さばいてしまいましょ」
「え?」

 やっぱ、食べるんですね……。

 こうして、今日「黒刀寸寸梵論ズタボロ」が生まれた。
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