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08:憤り
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執務室の奥の扉から、寝室へと移動する二人を見送る。トレイシーは、信頼できる使用人に声をかけ、医局へと遣いを出したり、指示を出している。
カーティスが隣の部屋から戻ってきた。
「トレイシー様、殿下を寝かせてきましたよ。ちょっと呼吸がしづらそうですね……今回のは」
「カーティス、調理場に行って話を聞いてきてくれ」
「わかりました、配膳係は?」
「頼めるか?」
「もちろんですよ」
「私にも何かやれることはありませんか?」
トレイシーは、はっと思い出したようにエルシーに目を向ける。
これまでのやりとりから、ライナスが毒を盛られたことにはすでに気づいている。皆が動いているのに、見ているだけなんてできないとエルシーは見つめ返した。
カーティスは、急ぎ足で扉に向かいながら、トレイシーに提案する。
「事態が事態ですし、クルック嬢は、殿下の看病でどうですかね?」
トレイシーが頷くと、カーティスは、じゃ!と右手を挙げて、執務室を出て行った。
「……では、殿下を任せます。私はここで、みなの連絡を待ち、状況を整理しなければなりませんから」
「分かりました」
カーティスやフィルのように情報や手がかりを集めようと思っても、エルシーはまだ王城の中や使用人がどこにいるかなど、詳しくわかっていない。下手に動き回る方が迷惑になるのだ。
何もできないことを申し訳なく思いながら、少しでもできることをしようと、エルシーは寝室に足を踏み入れた。
ベッドに向かうと、ライナスが目を閉じて、荒い呼吸をしている。先ほどよりも、症状が進行しているように見えた。
「殿下、エルシーです」
「……エルシー、驚かせ、てしまい、ましたね……」
「無理に話さなくていいです……」
呼吸がしづらいのか、途切れ途切れに話すライナスを押し留めながら、そばの椅子に腰掛けた。
「……こんなのは、慣れて、ます」
「え?」
「これでは、死にません、から……」
「……殿下、本当にこれ以上はもう話さなくていいですから。何かあれば教えてください」
ライナスは少しだけ微笑むと、目をまた閉じた。顔にかかった髪を退けてやると、お礼を言われる。ひどく時間が過ぎるのがゆっくりに感じた。
青白くなった顔に、本当に命を狙われていたのだと、強く実感させられる。このまま、間に合わずにライナスが目の前で死んでしまったらと考えると、思わず体が震えた。
――死ぬのは、怖い。
「しつれ~い」
突然寝室の入り口から気の抜けるような男の声が聞こえ、びくっとエルシーは肩を震わせる。視線を向けると、そこには使用人姿の男性が立っていた。髪色はブラウンで前髪が長く、目元が隠されている。手には、荷物を持っていた。
「殿下、何回目です~?」
「……早いな……、アルフ……」
「この服に着替えるのも慣れてきましたよ~。隠密気分~」
話しながら近づいてきたアルフは、ベットのそばまで来ると身を屈めて、ライナスの腹部を服越しに触る。
エルシーはその様子を見ながら、ライナスが医局のアルフにと言っていたのを思い出す。この男性が医局の者だと理解し、邪魔にならないよう席を立った。
「あ~、御令嬢、そのままで~」
「でも、邪魔じゃ……」
「すぐにできますから~」
荷物を広げて、何やら液体を混ぜたり、粉末を入れたりし始めたアルフを横目に、エルシーはまた腰掛ける。
「殿下、薬できましたよ~。あ、せっかくだから、御令嬢にやっていただきましょ~。僕は戻ります~」
はい、と、謎の液体の入った細いガラスの入れ物を渡され、エルシーは戸惑う。アルフは言葉通り、本当にそのまま部屋を出て行ってしまった。
ライナスが申し訳なさそうに、エルシーを見ている。
「殿下、飲めますか……?」
黙って少しだけ口を開いたライナスの口元に、液体の入った入れ物を近づけて傾けた。焦らず、少しずつ、ゆっくりと。
液体は順調に減って、入れ物は空になった。
「全部飲めましたね……」
「これで、大丈夫、です……」
「よ、よかった……」
エルシーの体から力が抜ける。薬が間に合ってよかった。助かってよかった。
「……ね……、毒は、怖く、ないですよ……」
微笑むライナスに、エルシーは正気なのだろうかと信じられない気持ちになる。
先ほど、アルフは何回目かと聞いていた。素早い解毒薬の作成といい、おそらく彼もスキル持ちなのだ。今日のように今まで何度もライナスを救ってきたのだろう。
でも、運が悪ければ?
毒の周りが早く、間に合わなかったら?
――もし、スキルが上手く使えなかったら?
「怖くないなんてこと、ないです……」
「え……?」
「殿下は、スキルを信用しすぎです!!」
エルシーは、怒っていた。ライナスに対してなのか、自分に対してなのか、分からない。
目の前で人が死にかけたことに自分が思っていた以上に衝撃を受けて、気持ちが落ち着かなくなっていたのかもしれない。
ライナスは、手を伸ばし、入れ物を持ったまま膝に置かれたエルシーの手に触れる。
「なぜ……、そう、思うのです……? ちゃんと……理由を…、話して、くれませんか……?」
ライナスは、エルシーが最後に自分で届けてくれた手紙の内容を思い返していた。
その手紙には、ライナスのためにできることをするが、積極的にスキルを使用させないでほしい、と書いてあったのだ。
理由は書かれていなかったが、筆跡がその部分だけ少し乱れているように感じ、気になっていた。
今ならその理由を聞き出せるのではないか。ライナスはエルシーを見つめ、薬が効くまでの間、話をするように促した。
カーティスが隣の部屋から戻ってきた。
「トレイシー様、殿下を寝かせてきましたよ。ちょっと呼吸がしづらそうですね……今回のは」
「カーティス、調理場に行って話を聞いてきてくれ」
「わかりました、配膳係は?」
「頼めるか?」
「もちろんですよ」
「私にも何かやれることはありませんか?」
トレイシーは、はっと思い出したようにエルシーに目を向ける。
これまでのやりとりから、ライナスが毒を盛られたことにはすでに気づいている。皆が動いているのに、見ているだけなんてできないとエルシーは見つめ返した。
カーティスは、急ぎ足で扉に向かいながら、トレイシーに提案する。
「事態が事態ですし、クルック嬢は、殿下の看病でどうですかね?」
トレイシーが頷くと、カーティスは、じゃ!と右手を挙げて、執務室を出て行った。
「……では、殿下を任せます。私はここで、みなの連絡を待ち、状況を整理しなければなりませんから」
「分かりました」
カーティスやフィルのように情報や手がかりを集めようと思っても、エルシーはまだ王城の中や使用人がどこにいるかなど、詳しくわかっていない。下手に動き回る方が迷惑になるのだ。
何もできないことを申し訳なく思いながら、少しでもできることをしようと、エルシーは寝室に足を踏み入れた。
ベッドに向かうと、ライナスが目を閉じて、荒い呼吸をしている。先ほどよりも、症状が進行しているように見えた。
「殿下、エルシーです」
「……エルシー、驚かせ、てしまい、ましたね……」
「無理に話さなくていいです……」
呼吸がしづらいのか、途切れ途切れに話すライナスを押し留めながら、そばの椅子に腰掛けた。
「……こんなのは、慣れて、ます」
「え?」
「これでは、死にません、から……」
「……殿下、本当にこれ以上はもう話さなくていいですから。何かあれば教えてください」
ライナスは少しだけ微笑むと、目をまた閉じた。顔にかかった髪を退けてやると、お礼を言われる。ひどく時間が過ぎるのがゆっくりに感じた。
青白くなった顔に、本当に命を狙われていたのだと、強く実感させられる。このまま、間に合わずにライナスが目の前で死んでしまったらと考えると、思わず体が震えた。
――死ぬのは、怖い。
「しつれ~い」
突然寝室の入り口から気の抜けるような男の声が聞こえ、びくっとエルシーは肩を震わせる。視線を向けると、そこには使用人姿の男性が立っていた。髪色はブラウンで前髪が長く、目元が隠されている。手には、荷物を持っていた。
「殿下、何回目です~?」
「……早いな……、アルフ……」
「この服に着替えるのも慣れてきましたよ~。隠密気分~」
話しながら近づいてきたアルフは、ベットのそばまで来ると身を屈めて、ライナスの腹部を服越しに触る。
エルシーはその様子を見ながら、ライナスが医局のアルフにと言っていたのを思い出す。この男性が医局の者だと理解し、邪魔にならないよう席を立った。
「あ~、御令嬢、そのままで~」
「でも、邪魔じゃ……」
「すぐにできますから~」
荷物を広げて、何やら液体を混ぜたり、粉末を入れたりし始めたアルフを横目に、エルシーはまた腰掛ける。
「殿下、薬できましたよ~。あ、せっかくだから、御令嬢にやっていただきましょ~。僕は戻ります~」
はい、と、謎の液体の入った細いガラスの入れ物を渡され、エルシーは戸惑う。アルフは言葉通り、本当にそのまま部屋を出て行ってしまった。
ライナスが申し訳なさそうに、エルシーを見ている。
「殿下、飲めますか……?」
黙って少しだけ口を開いたライナスの口元に、液体の入った入れ物を近づけて傾けた。焦らず、少しずつ、ゆっくりと。
液体は順調に減って、入れ物は空になった。
「全部飲めましたね……」
「これで、大丈夫、です……」
「よ、よかった……」
エルシーの体から力が抜ける。薬が間に合ってよかった。助かってよかった。
「……ね……、毒は、怖く、ないですよ……」
微笑むライナスに、エルシーは正気なのだろうかと信じられない気持ちになる。
先ほど、アルフは何回目かと聞いていた。素早い解毒薬の作成といい、おそらく彼もスキル持ちなのだ。今日のように今まで何度もライナスを救ってきたのだろう。
でも、運が悪ければ?
毒の周りが早く、間に合わなかったら?
――もし、スキルが上手く使えなかったら?
「怖くないなんてこと、ないです……」
「え……?」
「殿下は、スキルを信用しすぎです!!」
エルシーは、怒っていた。ライナスに対してなのか、自分に対してなのか、分からない。
目の前で人が死にかけたことに自分が思っていた以上に衝撃を受けて、気持ちが落ち着かなくなっていたのかもしれない。
ライナスは、手を伸ばし、入れ物を持ったまま膝に置かれたエルシーの手に触れる。
「なぜ……、そう、思うのです……? ちゃんと……理由を…、話して、くれませんか……?」
ライナスは、エルシーが最後に自分で届けてくれた手紙の内容を思い返していた。
その手紙には、ライナスのためにできることをするが、積極的にスキルを使用させないでほしい、と書いてあったのだ。
理由は書かれていなかったが、筆跡がその部分だけ少し乱れているように感じ、気になっていた。
今ならその理由を聞き出せるのではないか。ライナスはエルシーを見つめ、薬が効くまでの間、話をするように促した。
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