獣の国

真鉄

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獣の国

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  べろべろと顔を舐められる感触に意識が浮上した。祖母のうちで飼われている室内犬がこうやってよく舐めてきたものだが……。目を開けると、金色の瞳と視線がかち合った。目を見開き、身をすくませる。蓮は人間の中では上背もあるし、身体も鍛えている方だが、目の前の犬はひと回り、いや、ふた回りは大きく見えた。

  目の前の小山のように巨大な獣人は、白と黒と茶色が斑らに混じり合った複雑な色味の毛皮を全体に纏っていた。口元から腹にかけては真っ白で、特に胸元はふさふさと濃く生えていたが、逆に腹部の毛は密度が薄く、薄ピンク色の凹凸のはっきりした腹筋が透けて見えていた。口吻は長めで精悍なその顔つきからして、犬ではなく狼なのかもしれない。

「目ェ覚めたか。人間ってのは本当に美味えんだな。噂通りだ」

  牙を剥いて笑う巨大な狼を前に、蓮は恐怖に怯え、がくがく震えて目を彷徨わせた。狼は覆いかぶさるように布団の上に寝かされていた蓮の上にうずくまっており、どこにも逃げる隙はなかった。狼は怯える蓮を見てくつくつと笑う。

「安心しろよ、取って食いやしねえよ。お前は大事なお宝だからな」

  狼の指が蓮のTシャツの首元にかかった。手の形は人間と似ていたが、指は短くいかにも不器用そうで、全体的に短い毛に覆われていた。掌には皺があるだけで、太い指先はつるりとしている。爪はないのかと安堵した瞬間、指の先端から鉤爪がぬうと頭を出し、いとも簡単にTシャツを引き裂いていく。こんな爪で引っ掻かれたら、人間の皮膚など一発で引き裂かれてしまうだろう。全身を冷や汗が伝う。

「お前ら人間ってのは、違う世界から来たんだってな。こんな盗賊に拾われちまって可哀想になぁ」

  言葉とは裏腹に狼は楽しげに笑った。そして、鋭い牙の並んだ大きな口を開けると長い舌をだらりと垂らした。――食われる。恐怖に強く目を瞑ると、頰から耳にかけてをべろりと舐め上げられた。濡れたあたたかいベルベットのような感触だった。ひどく獣臭い息がかかる。

「……ううっ」

「お前はな、これから傾城屋に売られんだ。人間は天然の回春剤だっつってな、高く買い取ってくれんのさ。その前に、噂のほどを確かめねえといけねえだろ?」

  ケイセイヤだのカイシュンザイだの、蓮には全く意味の分からない単語を並べ、狼は目を細めて得意げに笑った。

「人間ってのは俺らと違って年中発情してんだってな。お前らが垂れ流してる匂いにつられてその気になっちまうのさ。……ああ、確かに、こいつはいい匂いだ」

  狼は蓮の両腕を掴み上げると頭上でまとめ上げ、片手で押さえ込んだ。鼻先で真っ二つに引き裂いたTシャツをめくり、脇の下に鼻先を突っ込んで鼻を鳴らした。蓮の身体に動揺が走る。ハツジョウ。――発情。ということは、狼はこれから自分を犯し、その後、売春業者に売るつもりなのか。一気に血の気が引き、蓮は力の限り抵抗した。

「ふっ、ざけんなよ! 」
「力で勝てると思ってんのかよ。ええ?」
「離せっ、くそっ……! この化けモンっ……!」
「ああ?」

  ぎり、と手首を万力のような力で締め上げられ、蓮は痛みに喘いだ。この狼はただ掴んでいるだけなのだ。爪すらも立てられていないこの状況で、既に力では敵わないことが身をもって知らされた。さらに追い討ちをかけるように狼が嘲笑う。


「この世界じゃなぁ、お前の方が化けモンなんだよ。分かってんのか」


  何も言えず、蓮はただ喘ぐ。狼の言葉が真実なのかどうか、それは分からない。もしかしたら、ただ嘘を言っているだけかもしれない。だが、自分にとって都合のいい解釈を心から信じることができず、目の端から涙をこぼしながら蓮は子供のようにしゃくりあげた。

「こんなの嘘だ……。夢だぁ……。帰りたい……」

  狼の熱い舌が涙を舐め取る。そのまま耳殻の形をなぞり、耳元で低い声で囁いた。

「夢でも何でもねえよ。諦めな。せめて気持ちよくしてやるぜ」

  濡れた舌が耳の穴に侵入し、蓮はびくりと身を震わせた。ぴちゃぴちゃ、ぞりぞりと濡れた音が脳をかき乱す。狼の優しげな声に一縷の望みをかけて蓮は訴えた。

「ア、アンタとは見た目が違うから、見て分かんないのかもしれないけど、俺ほら、男、っつかオス! オスだから! な、犯すとかさ……無理だろ? な?」
「ンなこと知ってるよ。安心しな。ここじゃ人間はオスメス関係なく需要があんのさ」

――それに、俺がメスにしてやるから安心しな。

  低く艶やかな声で囁かれ、背筋に悪寒が走った。首を振って逃れようとする蓮の頭を押さえ込み、狼は大声で木戸に向かって呼ばった。

「コクブ! コクブはいるか!」
「――ヤシロ様、お呼びで?」

  木戸を引いて現れたのは黒犬だった。ヤシロと呼ばれた狼はニヤリと口端を上げ、顎をしゃくった。

「お前がこいつを見つけたんだってな。褒美にご相伴に与らせてやるからこいつの手を押さえてな」

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