負けず嫌い

真鉄

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  そんな感じで始まった二日目だったが、俺はずっとむらむらしっぱなしだった。玉がぱんぱんに張っている感じがして堪らない。話しかけられても上の空で、ただただ、あー抜きてえ、ぶっ放してえ、としか考えられず、終いには語尾が「オナりてえ」になるほどだった。

  夕飯も食い終わり、ぼんやりとした時間がひどく長く感じた。抜きてえ。オナりてえ。発散してえ。飢餓感とでもいうのだろうか。したいとかしたくないとか、もうそういった次元の問題ではないのだ。まだ二日目だというのに。

  ああ、抜きてえ。ちんぽ握りしめて、上下にめいっぱいしごいて、いっぱいあふれてきた先走りを全体に塗りつけて、敏感な鈴口をたまに撫で回してみたり、カリを指の輪でくちゅくちゅ、くちゅくちゅ――。

  ついに我慢が限界に達した俺は、無言ですっくと立ち上がった。

「おっ?  どうした?  負けを認めるか?」

  ニヤニヤと笑いかけるコーイチを睨みつけ、俺は毅然とした態度でこう宣言した。

「そこら辺、走ってくる」
「……は?」
「こうなったら体力使い果たしてそれどころじゃなくなってやる!  畜生オナりてえ!」

  俺の目は完全に座っていたと思う。この性的飢餓状態をごまかすには、もう脳内でドーパミンをどばどば出して気を紛らわせるしかない。どすどすと玄関に向かい、忙しなく靴を履く俺の背中に何か柔らかい物が投げつけられた。着替えの入った俺のリュックだった。

「じゃあついでに銭湯行こうぜ」

  ぽかんとする俺の足をコーイチが軽く蹴る。少し玄関ドアのほうによろけた俺の横で、コーイチも靴を履き始めていた。

「今のお前を野に放ったら強姦とかしかねねーしな」
「しねえし!  オナニスト舐めんなコラァ!」
「もしくは野外オナ」
「……し、しねえし……」

  そこは断言しろよと笑いながら、同じくリュックを背負ったコーイチが俺の傍を通り抜けてドアを開けた。陽は落ちたとは言えまだまだ蒸し暑い夜気が頬を撫でる。俺は拳を握り、気合いを入れた。

「よっしゃ、俺についてこい」
「お前、この辺の地理知ってんの」
「迷ったらお前がナビな」
「マジかよ」

  マンションの前の道で屈伸し、アキレス腱を伸ばす。まともに走るのは高校の頃以来だ。大分錆びついてるだろうなあ。足首をぐるぐると回し、俺はその場で足踏みを始めた。見ると、コーイチも慣れた様子で準備運動をしている。

「お前、何か運動やってた?」
「長距離」
「ほーん」

  なるほど、そう言われてみれば、いかにも体脂肪率の低そうなコーイチの細身の身体は長距離向きだ。一年の頃からつるんでいるのに意外とこういう話はしなかったなあ。

「マジか、俺、短距離」
「へー」
「……久々だから息切れんだろうなぁ」
「あーね」

  目を見合わせて笑い合うと、俺たちは夜の街をゆっくりと流し始めた。ぬるい夜気に包まれ、仕事帰りのサラリーマンやいちゃつくカップルの間をすり抜け、走る。ただひたすら同じリズムで足を運ぶ。喉の奥が熱く、息が切れ始める。短距離とはまた違うつらさと、それを上回る楽しさが胸を弾ませていた。

  いつから走るのが嫌いになったのだろう。人より早く走ることができるのが誇らしくて――でも上には上がいて。結局俺は、平均よりちょっと足が速いという程度の人間でしかない、という現実をゴールする度に突きつけられた。

  子供の頃は、そんなしがらみなんて何も考えず、走りたいから走っていた。体の奥から湧き上がる何かに背中を押されているようだった。このまま空に飛んでいけるのでは、なんてことまで思った。楽しかったのだ。ただ、楽しかったのだ。

  記録を出さなければならないという重圧を感じず、他人と競うこともなく、それどころか誰かと共に同じペースでただ走るという贅沢な幸せにひたる。

「……何、笑ってんだよ」

  そう言うお前だって笑ってるじゃないか。いつもクールぶってる面がすっげえ嬉しそうだぞ。コーイチの額の汗が街灯の光にきらめいていた。

  俺たちは、ただ走るのが好きだったあの頃に戻って薄闇の中をひたすら走り続けた。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



――とは言え、物事には限度というものがある。

「……もー無理。吐く」
「もうすぐ銭湯に着くからしっかり歩け」
「ママーおんぶしてー」
「重い!  暑い!」

  汗みずくの熱い肩に腕を回し、俺はコーイチに寄っ掛かりながら、途中で買ったスポーツドリンクを飲み干した。そらあね。一年以上ブランクがあるわけですからね。それに俺、短距離専門ですしね。長距離やる奴はきっとドパ中なんですわ。

「ドパ中って何だよ」
「ドーパミン中毒」
「ランナーズハイってかっこよく言え」

  うるせえドパ中。一人涼しい顔しやがってかっこいいじゃねえか。俺もこれからは真面目に走り直すかな。なんて考えていたら、ふと汗の匂いが鼻腔をくすぐった。コーイチだ。シャンプーと混ざってかすかに甘い。何かつい嗅いじゃう系の匂いだ。ふんふんと鼻を鳴らす。気だるさでぼんやりと霞がかった頭にコーイチの体臭と熱が篭る。

「何、してんだよ」
「え?」

  気がつくと俺はコーイチの耳の辺りに鼻先を突っ込んで、その匂いを嗅いでいた。至近距離から細い目で睨まれる。白眼の縁が街灯を反射して、妙に――色っぽい。汗ってフェロモンを含んでるっていうし、何か好きな匂いだし、むらむらを抑え込んでいたマイナスのところに刺さったのかもしれない。

「――コーイチからえっちな匂いする」

  俺はわざとコーイチの耳元で鼻を鳴らした後、笑って身体を離した。体力を消耗したせいか、色っぽいなとは思えど、今は妙に爽やかな気分だった。いや、友人相手にサカるわけにもいかんけど。汗が夜気に乾いていくとともにむらむらも気化してるのかもしれない。

「……バっカじゃねえの」

  しばらく俺を見ていたコーイチだったが、ぼそりと呟くと先を歩き出した。次の信号の先に名前だけはえらく古めかしい銭湯の看板が光り輝いていた。見覚えのあるそれはコーイチの家の近くで、気づかないうちにルートを上手く誘導されていたようだった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++




「やだ……コーイチおっきい……」
「うっせ」

  汗で湿ったTシャツを脱ぎ捨て、さっさと全裸になった俺は、すかさずタオルで隠されたコーイチの股間をそれを上回る速さでチェックしていた。

「……めくんなよ」
「見間違いじゃなかったわ……」

  平常時でそれってヤバない?  てか、腰に巻いたタオルの裾から先っちょがこんにちはしない?

「うるさいよもうお前は」
「お前だって俺の見たじゃんよ」
「あれはお前が勝手に見せつけてきたんだろ」

  きゃあきゃあ小突き合いながら洗い場に入るとほとんど人はいなかった。まあ、夏場はさっとシャワー浴びるだけで済ませたいよな。わかる。

  俺たちは、がらんとした洗い場で隣り合わせに座り、身体を洗い始めた。頭を洗い始めた頃には最後の親子連れも出て行ってしまい、だだっ広い銭湯が俺たちの貸し切り状態となっていた。

  熱めの湯に全身を浸し、俺は一気に弛緩した。たっぷりのお湯の中で手足を遠慮なく伸ばせるのは最高だ。疲れが湯に溶けていくようだった。

「はー極楽極楽」
「泳ぐなよ?」

  さすがに泳がんわ。疲れてるからな。折りたたんだタオルを頭上に避難させたまま、俺はちらりとコーイチを見る。ゆらゆらと揺れる湯の中、足を伸ばした姿勢で股間は無防備だ。俺はその耳元に口を寄せた。

「なあ、それって勃起したらどーなんの?」
「……どうって?」
「見して」

  朝いきなり掴まれた意趣返しだ。俺はコーイチのちんぽをすかさず握りこんだ。

「おい、よせ」

  肩を押されたが、文字通り急所を掴まれているせいか、身体を離すようなことはしなかった。調子に乗った俺はゆるゆるとしごき始める。握った感じ、まだ柔らかいのに既に俺の半勃ちぐらいと直径違わないのヤバない?

「こんだけでかいと走る時邪魔じゃね?」
「……やめろって」

  のぼせてきたのか頬を火照らせたコーイチが、イタズラをやめない俺を睨む。しごく手に湯船が揺れ、水面がきらきらと光る。手の中のちんぽが少し芯を持ち始めていた。だいたい俺がバカやってコーイチにやり込められるパターンが多い中、俺と同じぐらいメンタル中学生男子なくせにクール面してるこいつがちょっと焦り出したのが愉快で仕方がなかった。俺はにやにやと笑いながらその表情をじっくりと観察した。

  しかし、俺の肩を押したり叩いたりと抵抗していたコーイチがふと何かに気づいたようにニヤリと笑ったとき、高みの見物を決め込んでいた俺の背筋を嫌な予感が走り抜けた。

「ひんっ!」

  俺は激しい衝撃に思わず尻を浮かせ、ばしゃりと水音が広い洗い場にこだました。コーイチの手が俺のちんぽに触れたのだ。

「ちょっ、駄目だって、反則じゃん」
「何が反則だよ。だったら今すぐ手ェ離せ」
「お前が離せよ……あっ、ン」

  ヤバい。気持ちいい。俺の心の澱を洗い流した爽やかさなど、一気に頭をもたげた射精への渇望を前には、猫にロックオンされた障子紙も同然だった。座った場所の関係で利き手じゃないほうの手のせいか動きはぎこちないが、それが、また、何か……。

「……くそっ!」

  俺は悪態をつくとしぶきをあげて湯船から逃げ出した。無理無理、もう無理。戦略的撤退だこんなもん。完全に勃ち上がってしまった股間をタオルで隠し、脱衣所へと逃げ込む。服を脱いでいたおっさんが驚いた顔をしていたが、気にしている余裕はない。下腹がずんと重い。おざなりに身体を拭き、治らない勃起を無理やりパンツに押し込んだが、どう見たってただの勃起だし、変態だこれ。

「……コーイチのバーカ!  バーカ!」

  そんな俺とは対照的に涼しい顔で出てきたコーイチが無性に憎らしく、語彙力ゼロで罵ると、俺はリュックを両腕で抱え込んで、走って店を飛び出した。多分、こうすれば股間の辺りは影になって見えない……はず。

「あー……くっそ!」

  銭湯から近いのを幸いにコーイチのマンションまで走る。だが、足を動かす度に、パンツの中で擦れてヤバい。痛気持ちいい。ああ、イキたい。全てを吐き出してすっきりしてしまいたい。もう頭の中はぐちゃぐちゃで、身体はだるくて熱くて最低だった。駆けていた足はだんだんと速度を落とし始め、気がつくと背後から軽やかに走る足音が迫っていた。俺は諦めて足を止めた。マンションはもう目の前だった。

「……せっかく風呂入ったのに、また汗かいてちゃ意味ねえだろ」
「……うるせえ」

  結局、追いついたコーイチとともにエントランスをくぐり、二人とも無言でエレベーターに乗り込んだ。俺はもう射精のことしか考えられず、コーイチが玄関のドアを開けるなり、ダッシュで飛び込むと布団の上で土下座するような形でうずくまってしまった。もう本当に限界だった。頭がくらくらする。

「おい、大丈夫か?」
「……ただの疲れマラですのでお構いなく」

  だというのに、負けず嫌いな俺ときたらこうだよ。これはもう我慢とか、そういうレベルの話じゃない。これまで毎日出してきたものが出されず、その上そんなことは知ったこっちゃないと言わんばかりにじゃんじゃん生産されているのだ。我慢しろというほうが無理なのだ。それをちゃんと自分で管理してる俺は偉い。だから出したい。だってもうほんと玉が。オナ禁で玉が破裂するなんて話は聞いたことはないが、実際あり得るのでは?  それは言うなれば逆テクノブレイクってことになるの?  などと朦朧とした意識の中で哲学的思索がぐるぐると渦巻いていた。その時だった。
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