気づいたら腕の中

五十井 廻

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 放課後、僕は早速同室者変更手続きを出しに寮監のもとを訪れた。

 ここに来るまでに梅乃に時間を取られると思っていたが、僕の代わりに寮まで送ってあげるといったクラスメイトが結構いたのですぐに寮へ戻れたのだ。

 本来ならルームメイトは自分で選ぶことはできない。そのため最初に割り振られた相手と1年間過ごすことになる。

 だが、折り合いが悪い相手や相手に惚れられて身の危険を感じるなど、まぁいろいろと上手くいかずルームメイトを変えたほうがいい場合というのは存在する。

 今回の場合は折り合いが悪いというのもそうだが一番の理由は自主的に家事をしない可能性があるということだ。

 一方的に相手に不利益を生じる関係ということを訴えれば同室者変更は一応通る。相手が理事長の甥ということでそれを受理してくれるかは別問題なのだが。

「では、こちらの書類に必要事項をどうぞ」

 寮監が用意した紙に部屋番号や名前、梅乃が昨日とった行動を書いていく。

 ちょうど書き終わったころ、机の上に自分以外の影がかかる。書き終わったこともあって顔を上げると後ろに竜胆先輩が立っていた。いきなり後ろに立たれ驚いた僕は、思わず紙を胸に抱えて竜胆先輩から一歩遠ざかる。

「同室者変更届かな?」

「は、はい……そうです」

 何か言われるのだろうか……

「書き終わりましたか?」

「あ、はい」

 竜胆先輩がなにか言う前に寮監が僕に声をかけた。僕はそのまま持っていた紙を一度確認してから寮監に渡す。その紙を寮監はふむふむとうなずきながら読む。

「おそらく受理されると思いますが、実は問題がありまして……」

 そういって寮監が教えてくれたのは現在部屋に空きがない状態だということだった。

 なんでもいま二人部屋を一人で使っているのは壊滅的に掃除が苦手な生徒が多く、同室を使うことになっても大抵はすぐにまた変更届を出す羽目になるらしい。他には騒音(男を連れ込んでセックス)だったり、壊滅的な料理を作りそれをルームメイトに試食させて感想を言わせる相手など一緒に住むのはあまりおすすめできない相手しか残っていないのだそうだ。

 唯一いるとすると3年生だけらしいが、今の時期に新しいルームメイトを組ませるのは少しかわいそうだ。環境を変えて勉強の邪魔をしたくないらしい。

 本来なら1学期中にこういう問題はあらかた片付く。大抵は同室者変更届を出した者同士で組んでもらえばその先何事もなく済むのだから。

 だが、今回は10月という異例の時期の変更届。まさに相手がいないのだ。転入生である梅乃が僕の部屋に割り振られたことからもそれがわかる。他に相手がいたら僕がその人とすでに同室になっていたはずなのだから。

 妙に納得のいく説明をされたため、無理に変更してくれとは言えない。正直梅乃と同じ部屋だが貯金が底をつきそうで死活問題なのだが、3年生に無理にお願いするのはちょっと気が引ける。

 今回の場合、例え部屋が汚くなったとしても我慢して食費の節約をするべきなのだろうか?

「なら俺の部屋にくるか?ちょうど空いているし」

 いきなり声をかけられて思わずビクッと肩を上げる。

 竜胆先輩まだ居たんですね。そして話を全部聞いていたんですね。

「よろしいのでしょうか?」

「あぁ、こちらもありがたいしね」

 竜胆先輩の場合役職付きなので相手の同意があれば同室者を自由に決められる。なぜ今まで相手を選んでいなかったのだろうと不思議に思うが、申し出としてはありがたいことだ。

 おそらくだが家事全般は僕がやることになるだろう。どうせ今まで一人で二人部屋の掃除をしてきたので、あまり変わらない。

 それに役職付きの同室者にも役職の人たちのような特典があったりする。食堂の2階利用可だったりわざわざ麓に降りなくても食材を注文して届けてもらうことができたりするのだ。梅乃に無償で働かされるくらいなら役職付きの同室者として働いた方がマシだ。

 実は他にも役職付きの同室者の得点はあるのだが、これらの得点を得たい、役職付きの家と接点を持ちたい、という生徒が一定数いる。結構人気があるポジションだったりするのだ。自分はゲームできればそれでよかったので興味はなかったが。

 少し目立つことになるが梅乃のせいでクラスでも食堂でもすでに目立ってしまっている。この際役職付きの同室という少し目立つ立場も甘んじて受け入れて平和な日常を送る方が得策なような気がする。

「先輩、よろしくお願いします」

 話を聞いていた寮監はすぐさま手続きの書類を出してくれ手続きをしてくれる。あっという間に部屋の変更が終わってしまった。

「俺は今すぐでも来てもらってもいいんだけどどうする?」

「あの……週末からでもいいですか?」

 共有スペースにある食器や冷蔵庫の中にある食材をそのまま持っていくにしても片づけなければならない。食材は持っていくの大変だからこの際梅乃に食べさせてしまってでも消費してしまおう。

「構わないよ。それじゃあスマホ出して。引っ越しの時間とか連絡するのに連絡先知っておいた方がいいでしょ?」

 連絡先を交換した後、変更日を土曜日に設定して書類を提出する。

「んじゃ土曜日待っているね」

「はい、これからよろしくお願いします」

 細かいことはスマホで連絡するということでこの場は解散になった。同室になると返事をしてからなんだかトントン拍子にことが決まってしまった。

 それから週末まで僕は精神的な疲労が最小限で過ごすことができた。

 朝食や夕食は食料を消費するという名目があるため2人前作ったし、昼食は弁当を作るので食堂に行く必要がなくたかられない。

 共有スペースは梅乃のせいで相変わらず汚いが風呂場やキッチンは部屋に対して今までありがとうという気持ちを込めて冬や春でもないのに大掃除をしたのでとてもきれいだ。

 僕が竜胆先輩のところに引っ越すことを言うかどうかは考えた。だがさすがに言わないわけにもいかないので、金曜日に結局言った。

 そしたら梅乃は「同室じゃないのはいいけどご飯と掃除はしに来てくれるよね?」なんて言ってきた。

 どんな神経をしているんだ。

 とりあえず「自分でやることやらないと大変だよ?」とだけ返して部屋に戻った。ここで明確に拒否すると面倒なことになるのは分かるので話をはぐらかすことにして僕は逃げたのだ。言い問答して「いいよ」というまで拘束されるのは嫌だからね。

 そして土曜日。梅乃はなぜか出かけていた。なんでも副会長の天音先輩に学校と麓の街を案内してもらうのだとか。自慢げに話してきた。

 天音先輩たかられないかな?大丈夫だろうか……

 でも天音先輩のおかげで安心して引っ越し作業をすることができた。ゲームやノートパソコンといった大事なものが部屋の中にある。引っ越し中に部屋にカギをかけるのを忘れてあさられたら発狂ものだ。本当に良かったと思う。

 こうして僕に比較的穏やかな日常が訪れた。


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