秘密

無理解

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今朝から忙しなかった心臓は、最後の授業のチャイムが鳴る五分前には生命の危機を感じるほど拍動していた。そして、先生がホームルームの終わりを告げるころには目眩まで感じるほどまでに。ただし、あくまで俺は健康体であって、この症状は気の持ちように起因しているのだからタチが悪い。
「今日部活ないんだよね?」と話しかけてきたクラスメイトがそれ以上を紡ぐ前に、「他の人と約束してて」と返す。何か誘おうとしてくれていたのだろう彼女が「そっか…」と落胆する姿をいつもなら心苦しく思うはずだが、今はそれどころではなかった。
「じゃあ、明日は?」
「明日は……あっ」
部活の予定を思い浮かべていると、いつのまにか約束をしていた人物の姿が消えていることに気がつく。彼の席からは荷物がすっかりなくなっていた。
「ごめん、急いでるからまた」
慌てて教室を飛び出る時、先程のクラスメイトに引き止められたような気がしたが、足を止めることはなかった。
周囲に彼の姿を探しながら廊下を抜け、階段を下り、あっという間に下駄箱に辿り着く。いない。緊張でばくばくしていたはずの心臓が、今度は焦燥と不安で塗りつぶされていく。
昨日、確かに『明日の帰り』と誘った。昨日の明日とは、今日で間違いない。何度も何度も確認した。彼の返事を曲解していないか、紙に会話のやり取りを書き出したり辞書で引いてみたりもした。返事は了承で間違いないはずだった。
忘れて帰ってしまったのだろうか。それとも今日の俺が気に障ることをしてしまったのか。
「渡」
どこからか聞こえた俺を呼ぶ声に、はっとしてあたりを見回す。声の主は出入口付近からこちらを見ていて、俺が気づくと踵を返して外へ出ていってしまった。急いで靴を履き替えて追いかけると、屋根の影から出ないほどの位置で立ち止まっていた彼は、「遅くね」と不満を零す。
「柳谷が早いんだよ…」
「お前の身支度が遅いんだ。誘ったくせして待たせるな」
責める言葉に「ごめんな」と返すと、柳谷はわずかに目をすがめた。

柳谷流斗は、俺の想い人である。
見た目について何か言及するなら、背は高いが猫背がち。目つきは悪く、口も悪い。髪は綺麗にセットしている日もあれば寝癖がついたままな日もあって、本人曰く、登下校はタイムアタックをしているから身支度がまちまちなのだという。
交友関係はあまり多くない。なぜ断言できるかといえば、柳谷とは入学以来同じクラスで、この高校で最も仲が良いのは俺だという自負があるから。
そして最も仲が良いはずの俺ですら、柳谷とプライベートで遊んだことは一度もなく、SNSのやり取りも最大で2往復しかしたことがなかった。

「で、なんで急に一緒に帰ろうとか言い出したんだ」
柳谷の言葉が、俺に現状を思い出させる。少し遠ざかっていた緊張が体に蘇り、ばくんと心臓の音が一度だけ大きくなった。そして、とっとっと、とスピードを上げる心音。
片手で数えられるほどだが、流れで一緒に帰ったことはある。だけど、わざわざ事前に誘うなんてことは初めてだった。
「学校から離れたら……ちゃんと言うから」
「あそ。まっすぐ帰っていいんだよな?」
「うん……」
どうしよう。目的を思い出したらどきどきしすぎて吐き気がしてきた。すぐ隣にいる柳谷の声すら上手く聞き取れなくて、何度も聞き返したら「体調悪いの?」と心配されてしまった。柳谷はいつも口も態度も悪いが、本当は優しい男なのである。
「マジ何?……俺、あっちだけど」
「えっ……もう分かれ道?」
体感10秒で終わってしまった共通の帰路に驚いていると、柳谷がいよいよ本気で俺の心配しはじめて「本当に具合悪いとか?」と顔を覗き込んできた。黒々とした瞳が俺を映し、眉が怪訝そうにゆがむ。
「お前、汗かいてね。暑い?」と問いかけてきた柳谷の手が俺の汗を拭おうとしていることに気づいて、反射的にぱしっと掴んだ。

「すきだ」

口から出たのはそれだけだった。この瞬間まで幾度となくシミュレートした言葉たちはどこか遠くで溶けて消え、想い人を前に残ったのはたったの三文字。
それでも、言ってしまった。緊張で体が熱くなっていたはずなのに、汗がひんやり冷たく感じて寒気がした。柳谷がどんな反応をするか、本当は知りたくない。だけど俺は伝えると決めたのだから、どんな返事も受け入れる。
「……だから?」
「え?」
「だから、何。ありがとうって言えばいい?」
冷たい柳谷の言葉に、う、と詰まる。そこは汲み取ってくれよと思ってしまうが、確かにその通りだ。
「俺と付き合ってほしい」
さっきまであんなに緊張していたのに、一瞬で気が抜けたのか言葉がするりと出てきた。
「俺は男だけど?」
「けど、柳谷が好きだ。お前が無理だと思うなら振ってくれ。覚悟はしてきたんだ」
「無理って?セックスできるかってこと?」
「セッ……」
考えてもみなかった言葉にオウム返しすらできず固まってしまい、柳谷が「あ、そ」と何かを察したような目を向けてくる。
できる、と答えなければならない。わかっているのに、喉が詰まったように声が出なかった。
「するなら、お前が抱かれる方だよ。賢い優等生の王子様なら知ってるだろ、やり方くらい」
こく、と小さく喉が鳴る。歴史を学べば男色の知識を得るし、テレビやSNSでは恋愛の多様化が取り沙汰されている。
確かに、知っていた。それを自分と想い人に当てはめようとは到底思わなかっただけで。
「どう?」
黙りこくった俺を見る柳谷の目が、少し冷たい。いつもはあまり変わらない表情の奥底にも温かさがあるのに、それがないのだ。
「なあ、俺とセックスできんの?」
追い打ちをかける柳谷の声は、さあできないだろうと俺を嗤っていた。
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