名蔵小学校の七不思議

ナメクジ

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神隠し

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 ふだん動かないものが動くとそれだけでこわい話になるよね。さて、五つめです。七不思ぎもそろそろおわりに近づいてきたね。次は生とがとつ然消えちゃったお話。

 赤崎良吾、職業、小学校の教師。その日、私はいつも通り黒板に文字やら数字を書き、授業を行っていた。生徒たちは私の板書に合わせて必死にノートに書き込む。なんの変哲もない、微笑ましい、日常の光景だった。

 四時間目の授業が終わった時だった。授業終了のチャイムが鳴り、それに合わせて日直が号令をかける。
「きりーつ、れい。」
その言葉に合わせて、皆席を立ち、小さな頭を下げながら、
「「ありがとうございました。」」
と、息を合わせて言い、再び生徒たちが頭を上げようとした瞬間だった。

 無音。呼吸も、服が肌と擦れ合う音も、足音も、甲高い声も、椅子の脚が床を引き摺る音も、教室という空間で発生する筈のありとあらゆる音が、まるで最初から存在しなかったかのように消滅した。生徒が消えたのだ。突然、なんの前触れもなく、全員、跡形もなく、煙のように、机と椅子だけを残して。当然、我が目を疑った。ここは教室であり、放課後になるまでは生徒がいるのは当たり前の空間。それなのに、一人としてその姿はない。私は夢でも見ているのだろうか、今までの日常の光景は全て、幻だったのだろうか。しばらく、私は呆然としていたが、今目の前にある光景が現実であるということを、時間が経つにつれ嫌でも頭が勝手に理解し始めた。それと共に、焦燥感も湧いてきた。次第に脳が働き始め、色々と思考を巡らせた結果、生徒を探さなければ、という思考に至った。人間として普通の思考回路を持っていれば、当然そうなる。

 取り敢えず、このままこの空間に居続けるのは、精神衛生上よろしくないと考え、ここを出た。廊下も、いつもならば沢山の足音が忙しなく耳に入ってきたものだが、今はまるで聞こえない。私の頭を、最悪の考えがよぎった。
(もしや、この学校にいた者全員が消えたのではないか)
もしそうだとしたら、いや、考えるのはよそう。今は、誰か一人でも見つけるのが先決だ。

 端から端まで順番に同じ階の教室を探索したが、全て人の影も形もなかった。ここは三階、屋上を除けばこの階が最上階だ。この階での探索を諦め、最後の教室を出て、二階へ降りようと廊下を見据えた時。こちらとは真反対の廊下の端に、人影が見えた。私は歓喜した。いた、消えていない者が私以外にも。遠目から見て、その人影の身長は低く、廊下の壁の半分くらいだったため、教師ではなく生徒だろう。
「おーい、君ー、大丈夫かー?」
私は、生徒を安心させるために声を掛けた。まだ年端もいかない生徒のことだ、大人の私でも戸惑いを感じたこの状況に、大きな不安を感じているだろう。
「…………」
しかし、生徒からはなんの応答もない。聞こえなかったのだろうか、と思いもう一度声を掛けるが、やはり応答はない。体調でも悪いのか、それとも私のことを不審者かなにかだと思っているのだろうか。なんにせよ、生徒が一人でもいることが分かり安堵した私は、早足でその生徒のところへ向かった。

 静寂に包まれた廊下に、私の軽い足音が響き渡る。生徒と距離が近くなればなるほど、その姿が明確になってくる。赤と白の半袖Tシャツに、黒無地の短パンを着用しているようだ。今日は夏日であるので特におかしくはないだろう。露出した腕や脚には所々に青痣ができている。やんちゃな子なのかな。そして、生徒の全貌が確認できる距離に至り、その子の首から上を見た時、私はまた我が目を疑った。

 頭には数本の髪の毛が散り散りにあるだけ、両目はしっかりと、眼球が飛び出るくらいに見開き、赤々とした血管が張り巡らされた白目、その中にある瞳孔が開ききった黒目が上を剥き、微動だにせずにこちらを見つめている。鼻からは鼻水が出続けており、下の間抜けに開き切った口の中に入っていく。喉元には複数の深い切り傷があり、まばらに気管を露出させていて、コヒュー、コヒュー、という音が漏れていた。そこから流れ出た赤黒い血液が服の胸部を染めていた。

 この世のものとは思えないその姿に、凍るような恐怖が頭から爪先まで駆け巡った。私は火がついたように走り出し、急いで近くにあった階段を降り、二階へと向かった。

 二階に着いた。やはり物音一つない廊下に、私の息切れの音だけが響く。後ろからもなにも聞こえないため、恐らくあの化け物は私を追ってきてはいないだろう。もしかしたら、あれは、この状況に極限までストレスを感じていた精神と、誰か人がいて欲しいと願う強い気持ちが混ざり合って、パニックになった脳が見せた幻覚だったのかも知れない。そう自分に言い聞かせながら気持ちを落ち着けた私は、再び二階の教室を端から端まで、順番に探索した。

 案の定、誰もいなかった。一体、なにが起きているんだ。どうして、私だけがこの学校に取り残されたのか。色々と疑問が湧き上がるが、現状では、解消することができないので、考えることをやめ、私は最後の教室から廊下へ出る。その瞬間、私の目の前の空間が歪み出した。壁は縦横無尽に伸縮を繰り返し、青、黄、緑、と色が変わっていく。本来真っ直ぐに伸びている床は、ぐねぐねと蛇行しながら踊っている。私は思わず後退り、尻餅をついた。

 はは、とうとう、私の精神は限界を迎えてしまったようだ。学校から全ての人が消え、私一人が取り残された。これが白昼夢であれば、どれだけ気が楽になるだろう。だが、これは現実、現実なのだ。もしかしたら、この学校だけではなく、この町、いや、全世界から人が消えているのだろうか。私はそれを確かめるべく、立ち上がり、尻の痛みに耐えながら、蛇行した廊下をおぼつかない足取りで、よろめきながらも進み、階段を降り、一階の玄関へと向かった。

 扉を開け、外へ出ると、太陽が容赦なく私を照りつける。校門に続くまでの道には陽炎が怪しく揺れている。夏だというのに、蝉の鳴き声が一切聞こえてこない。普段は喧しいものだが、いざ聞こえなくなると、それはそれで空虚に感じ、気持ち悪いものだ。私は校門を出て、左右に伸びる道を交互に見た。車の通る音が、近くからも、遠くからも聞こえてこない。人っ子一人歩いていない。周りの住宅にも人がいる様子がない。やはり、私以外の人類は消え去ってしまったのだろうか。何故、誰がこんな事を。

 神だ、神に違いない。そうだ、これが神隠しというやつだ。突飛で、純然たるカルトな結論がさも当然かのように脳内に浮かび上がる。しかし、これ以外に考えられないのだ。常識的で、現実的で、論理的な結論が。だって、そうだろう。総人口何十億の人類が、私以外影も形もなく消えてしまったのだから。これが、神以外の誰の仕業だと言うのか。これは人類を標的にした壮大な神隠しだ。間違いない。

 では、何故神は、私一人をこの世界に残したのか。私がこの世界に必要な存在だからか。いや、もしかしたら私に次の神になれということなのかもしれない。だからこそ、一旦、私以外の知的生命体を全て消し去った。そして、この世界に新たな知的生命体を作り出すことが次の神である私に託された使命なのだ。
「はっはっはっはっはっはっ!」
私は神だ!私が新たな世界を創造する。私は全能、全てが私の思い通り。私は神!神!神!神!
「はーはっはっはっはっ!」
豪快な笑い声だけが虚空に響きわたる。おしまい

「赤崎先生が、消えた。」
皆が、呆然とし、静寂が教室を支配する中、誰かがそう呟いた。四時間目の授業が終わり、いつも通り挨拶をした時だった。礼をし、顔を上げると、先ほどまで教壇に立っていた赤崎先生が、いなくなっていた。
「な、なんで、さっきまでそこにいたよね!」
「こわいよぅ」
「先生机の下に隠れてるんじゃ…」
困惑する者、恐怖する者、悪戯を疑う者、様々な反応を見せる生徒たち。遂には泣き出してしまう者もおり、教室内は騒然となった。騒ぎを聞きつけた隣のクラスの担任が駆け付け、比較的冷静だった生徒から事情を聞くと、急いでどこかへ走っていった。

 その日は、もう授業どころではないため、赤崎先生が消えたクラスの生徒は、速やかに下校ということになった。一体、赤崎先生はどこへ行ってしまったのだろうか。その後、警察が介入し、捜索が行われるも、毛一本見つかることはなかったという。                 終
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