【完結】偽聖女として追放され婚約破棄された上に投獄された少女は、無慈悲な復讐者になる

銀杏鹿

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第2部

11 狼皮

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「ぉぉぉ!!」

 足のない私を背負った獣は、泥濘の中を駆け、異形を斬りふせる。

「私を一度置きなさい!じゃなければどちらも助からない!」

「身動きも取れないお前を置くわけには行かない!」

 獣は服を使って私を背に括り付け、戦い続けていた。

「どうせ私は死なないのですから!」

「それは聞けぬ命令だ!」

 体を修理し終わり、薪になるものを探していた時、天井が砕け、その瓦礫の下に私の足は下敷きになってしまった。

 その音を聞きつけたのか、異形達が押し寄せ、彼らが呼び寄せたのか、泥が地面から吹き出して、あたりは一面泥の海となった。

「こんなことならもっと軽くて丈夫な……」

 牢にいた虫達を拘って残さずに、別の素材で作り直しておくべきだった。

「大丈夫だ!お前の重さなど俺にとってはあっても無くても変わらん!」

 ……そんな話はしてない、というか。

「あら、筋力自慢かしら!私が重くても俺様の筋肉なら余裕っていいたいのでしょうね!」

「憎まれ口を叩こうとっ!」

 再び異形を真っ二つに両断する。

 獣の振るう剣はどれほど振るおうと、乱れる事はなかった。

 私の剣、怒りや勢いに任せて叩き潰す剣とはまるで違うものだった。

「どうして言うことを聞いてくれないんですか!」

「失う訳にはいかないのだっ!」

 しかし、いくら剣が優れていても数の上での不利は覆しようもない。

「ちゃんと捕まっていろよ」

「……どうするのですか?」

「忌々しいが、俺の本来の力を出すためにはこうせねばならない。剣を持っていろ。《──その者、光を見ず。その祈りは憎悪に満ちる》」

 瞬間、獣の身体は巨大化していき、竜のような鱗と甲殻を纏った蒼銀の狼へと変貌する。

「《ォォォォオオオオオ!!》」

 暗闇に咆哮が響き渡り、青白い雷を纏う。

「我は《狼の皮を被る者ウルヴヘジン》」

 狼の招来した電光が異形達を焼く。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「こ、これは……!」

「これが憤怒の呪い……、俺を縛り付けている底のない怒りの姿形。主人よ、こうなると俺の目は見えなくなる。俺に敵の様子を教えてくれ!」

「わ、わかりました!まずは前方に20程!距離は──」

「あとは匂いと音で掴んだ!」

 狼は青白く輝き、その閃光は洞窟の闇を駆ける。

「《ォォォォオオオオオ!!》」

 洞穴を照らす青い光。しがみつくので必死な私の視界に夥しい数の異形が迫り来る。

「まだ来てますよ!左から──その次は後ろ!」

「《この身を食らう焦熱を見よ!塵芥どもよ!》」

 狼がその腕を振れば異形達は切り裂かれ、噛み付けば容易く砕かれる。

 落ちる青雷に焼かれた泥が青い焔を上げる。

 その獅子奮迅の戦いは、形容するまでもなく獣の戦い。

──しかし、それは。戦いと呼ぶにはあまりにも一方的過ぎた。

 あまりにも容易に命が消えていった。

 自身が乗り、駒とした"モノ"が一体何者であるのかを、その蹂躙は教えた。

 あまりにも激しく、雄々しく、そして──美しいものだった。

 青い閃光と舞い、暗闇を駆ける。

 瞬くその中、私の指示通りに敵を蹂躙する狼との一体感が私を高揚させていた。

 生まれて今まで味わった事のない感覚。

 これをなんと呼ぶのかは知らない。

 風よりも疾く駆け、力を示すことの爽快感を。

 戦士達や騎士は馬に乗って、こんなものを味わっていたのだと私は初めて知った。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「あの……獣さん……ウルヴへジンさん?」

「……それはただの称号だ。獣のままで構わない」

 私を背に乗せ、泥濘を歩む巨大な狼は落ち着いた声で訂正する。

「……獣さん?呪いって《契約》だけじゃなかったのですか?」

「始祖の力を借りる技を、呪いへ歪められたのだ、奴らの言う神に祈りを捧げなければ、使えないようにな」

 一歩一歩、進むたびに、ズシリと重い足音が鳴る。

 異形達は獣の姿に怯えているのか近づいても来ない。

「……話をしよう、昔話だ」

 獣は語り始めた。

「俺はとある国の王であった」

「王様……らしくないですね」

「……妹にもよく言われたものだ。戦士の方がよほど向いていると。俺達は兄妹で国を起こし、国を治めていた。だが、ある時問題は起きた。疫病だ。それは別の神を戴く者共がよく言う、終末。"千年の終わり"の時だった」

「別の神……?」

「帝国と教会が掲げている信仰だ。主人の話を聞く限り、今はすっかり我々の信仰と混ざって、或いは上書きされているようだが……本来、戦って神の国に行く我々の信仰と、教会が掲げている信仰は、別の神を崇めるものだった」

「……そうだったのですね」

 とすると、私の知る教義─清貧を尊ぶ考えと、人々の信じている略奪と戦いの考えへの違和感にも、納得がいく。

「俺の国の国民は殆どが疫病によって獣となり、帝国は我々を異端だとか言って戦争を仕掛けてきた。そして俺たちは敗北し、俺は獣としてここに入れられた」

 じゃあ獣も二百年以上閉じ込められて……え?それじゃ……

「あ、貴方をここに閉じ止めたのは聖女と言いましたよね!?」

「ああ、そうだ。国を滅ぼされ、侵略してきた帝国に俺は捕まり、この《混沌の奈落》に封じ込められたのだ……」

 獣を封印したのはアリアじゃない……?

「聖女の名は何と……」

「──ロドグネ、俺にはそう名乗った。お前には別の名で名乗っているようだがな」

「……!」

 ……先代の聖女。祖母の名前だった。

 つまり、この牢獄、冥界のようなものは、他でも無い祖母の手によって作り出されたという事になる。

「因果なものだ。二百年後に敵の子孫に仕える事になるとはな」

「……私が憎くは無いのですか?」

「主人には関係がない。お前をこのような目に合わせたのも、聖女なのだろう?ならば俺の目的と変わらない。子孫まで憎んでいては永遠に憎しみは連鎖するだろうしな。それこそお前らの信仰するように、"汝の敵を愛せよ"というやつではないのか?」

 ……何か違和感がある。まるで私が祖母に幽閉されていると思われているような……もしかして、私の経緯がちゃんと伝わってない?

 まあ、泣いてたし、冷静じゃなかったから普通に話せていたかどうかわからないし。

 ……私は真実を言った方が良いのだろうか。

 このまま復讐の駒として獣を使う為に、嘘をついた方がいいのだろうか。

「どうかしたのか?」

 獣の伺う瞳に、私は。
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