【完結】偽聖女として追放され婚約破棄された上に投獄された少女は、無慈悲な復讐者になる

銀杏鹿

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第3部

28 《贖罪》と《価値》

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「《オォォォォオオオ!!》」

 青白い雷が触手を焼き尽くし、私達を乗せた巨狼は大樹の回廊を駆ける。

「力を温存させておいた甲斐はあったの!」

「うしろからも、きているぞ!いそげ!」

 アトラの背に乗ったツァトが迫りくる触手を見て、獣さんを急かす。

「そんなものは百も承知だ!追いつかれる前に祭壇に到着すれば──」

 銀狼は高く跳び、大樹の頂上、壁のない円形の広間に辿り着き、さらに上空へ伸びる触手の階段が見えた。

「あそこを登れば──」

 しかし、次の瞬間には周りを全て壁のように触手が囲い、私達の空を覆った。

「獣さん!」

「《この身を食らう焦熱を見よ!》」

 迸る稲妻が駆け、触手達を焼き払う。

 しかし、それもほんの一瞬に過ぎず、私達が先へ進むことはできそうも無い。

「……あと少しなのに……!」

「あれは、けいぞくてきに、やらねば、とおれないな」

「……俺が残って焼き続ければ……」

「……いいや、その必要はないの」

「アトラさん?」

「爺さん、出番だ。準備はいいかの?」

「わたしをだれだとおもっている」

 するりとアトラの手から逃れると、毛玉は一人、揺らめく触手の壁に相対した。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「ツァト様!どうするつもりなんですか!」

「わたしが、ここで、くいとめ、おまえらのみちをつくる。それが、わたしの、"さいご"のやくめだ」

「最後!?何を言って……!いいんですかアトラさん!」

「……こいつを連れてきた理由は他に無い、獣に対抗する為の"神聖"の力は此奴にしか使えぬのだからな」

「……いけ、しょくざいのときはきた」

 触手の群れの前に立ち、毛玉はそう言う。

「しんぱい、するな、わたしは──後は死に方を選ぶだけなのだからな」

「ツァト様!」

「《──その者の手は拒む。その欲望はその身を殺す》」

 ツァトの姿は、けむくじゃらの獣ではなく、白の鎖帷子と、黄金の鎧兜を身に纏った長身の男性に変わっていた。

「随分長い夢を見ていたようだ」

 ツァトはその手に光り輝く剣を作り出す。

「起きよ、神の釘、神の槍よ」

 剣の輝きは増し、虹の極光を放つ。

「フンッ!」

 その一振りは熾烈な光の奔流を生み出し行手を塞いでいた触手の壁を吹き飛ばす。

「《進め!》」

 剣を正面に構えたまま叫ぶツァト。

 再生する触手のを残る虹色の光が押し留める。

「あぁ!」

 巨狼は駆け出し、ツァトとすれ違う。

「それが我の最後の言葉、我が与える最後の呪いだ!」

 その輝く鎧兜に悲哀はない。

「……わかりました!」

 切り開かれた隙間から飛び出す巨狼。

「料理は美味かったぞ、アドゥラ!それにクララ。ありがとう──さらばだ!」

 凄まじい光が、私達の影を作る。

 轟音が鳴り響いて、爆風が私達を押す。

 振り返りは、しない。

「……カッコつけおって」

「ありがとう、ございました……偉大なる先人よ」


◆◆◆◆◆◆◆◆


 もう、触手は追いかけて来なかった。

 激しい光が、今も階段の遥か下から瞬いていた。

「後は……アリアを止めるだけ……」

「ここまで、短いようで長かったの。全く。さて、最後の仕事を終わらせるとするかの」

「ええ、アトラさんの作戦のお陰で……何とか」

「当たり前よの、余が糸を引いて──クララ!」

 アトラが急に私を押して少し動かすと、彼女の腹から何かが突き出て、血が私の顔に降りかかった。

「えっ」

 ……触手が一気に追いついて来ていた。

 先程まで見えていた光の明滅はいつの間にか消えていた。

「獣!全速力で登れっ!くそっ!撃ち漏らしおった!」

 アトラは赤く染まる腹を押さえる。

「分かった!《焦熱よ!》」

 獣さんが電撃を放って追跡して来た触手を焼き払う。

「アトラさん!アトラっ!」

「……これは、困ったの……何でこうなってしまったのだろうな……はは……」

 私を庇ったアトラの腹には、穴が空いてしまっていた。

「す、すぐに……治させれば……!」

「……わかっておるだろう?"あらかじめ決まっているものを変えることは、できない"………余はここまでだ」

「アトラ……!アトラぁぁ!」

「おいおい、泣くなよ、困るぞ」

「私には、友達はいませんでした!貴女がはじめての友達だった!対等な同性は今までいなかったんです!居なくなって貰っては困ります!」

「友達……か。のう?クララよ?」

「……はい」

「《それは……お前にとって価値があるものか……?》」

「はい…財宝なんて比べ物にならないほどに」

「そうか……ならば、《それは……余のものだ……な》」

「自分で自分の友達にはなれませんよ……私のもの、私の友達です」

「……そうか?お前は……それを欲するのか……?」

「はい……私は……貴女に居なくならないで欲しい……!」

「そうかぁ、これは困ったの。──お前が物を欲したとき、この呪いは無くなると言ったのにな」

「え……?」

 アトラの体に現れた光る文様が、砕け散るように爆ぜて消えた。

「ふふ、ふはは、やった、やったぞ。余は……お主に……何かを得たいと思わせる事を成功した……そして、余は……お前にとっての価値あるものを……勝手に持って行ってしまうの……だ……どうだ……悔しかろ………まあ、一番…貴重なものは……とっくに貰ってしまったが……な」

 アトラは笑うだけ笑うと、力が抜けたように獣さんの背から滑り落ちた。

「あ、アトラぁぁぁ!!」

 迫りくる触手の波の前で、アトラは階段を転げ落ちて行った。

「……振り返るな!振り返るんじゃない!クララ!俺達はもう止まれない!」

「分かってます!そんなことは!でも!」

「犠牲を無駄には出来ないだろう!」

「分かってます……分かってます!分かってるのに……!私は……また何も……!」

「それは違うぞクララ!お前は最善を尽くした。あいつもまた最善を尽くした。幾つもの方法を考えつくあいつが!あいつは言っただろう!"あらかじめ決められたものは、変えることが出来ない"と!あいつは覚悟の上だったのだ!だからこそ!俺達にできるのはその意思のまま《進む》だけだ!」

「………っ!」

「あいつは最初から最後まで、全ての呪いを解く為に行動していた!クララと同じだ、だから"同盟者"なのだろう!」

「そう…ですね…アトラ……私の同盟者……ありがとう……ございました」

 背後の暗闇を振り返らず、返ってくる言葉もない。


◇◆◇◆◇◆◇◆

 
「……行ったか。全く、仕方のない奴らだ。大口を叩いて負けるわ、すぐに泣くわ……」

 上半身に穴が空いたまま、アトラは階段の上で起き上がる。

「全く、簡単に騙されおって」

 少女のような上半身を取り外し、捨てるアトラの前に迫る触手の群れ。

「◼︎◼︎──!!」

「クララやつは……ふ、ふふ……友達か。まあ、悪くないの。さて──」

 蜘蛛は赤い目で触手の群れを見る。

「適当に食い止めておくかの。直接戦うような柄ではないのだがなぁ《──その者は欺き、その富は虚栄を産む!》」

 アトラは一人、友の為に異形の群れに立ち向かう。
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