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「クラリッサ、すまないが……私は、マリアとしか結婚したくない」
「待ってください、それは困ります!」
今すぐ私との婚約破棄しそうなヘンリックを、私は慌てて止めた。
「ヘンリック様のお気持ちはわかります。
私だって、あなたが幸せな結婚をできるなら、そうしてほしいと思いますわ。
でもね、マリーにも心があるのですよ。
私は、マリーが望まない相手と結婚させるつもりはありませんからね!」
マリアンネは私の大切な妹なのだ。
もしヘンリックが無理を強いるというなら、今からでも出奔するのは躊躇わない。
そう思っているのはエルヴィンも同じなはずだ。
「それに、考えてもみてください。
こんな直前で私との結婚を白紙にするなんて、どう考えてもなにか問題があったようにしか見えません。
その上でマリーとの結婚なんてしたら、マリーは私を排除してヘンリック様を略奪した悪女だと噂されることになるでしょう。
世の中は、そういうゴシップが大好きな人で溢れていますからね。
あることないこと言われて、マリーが苦労することなってもいいのですか?」
「……それは……よくない……」
私の言葉に、ヘンリックの頭も冷えてきたようだ。
元々賢い人なのだから、冷静さを取り戻せば無茶なことはしないはずだ。
「私と白い結婚を続けながら、マリーを口説いてみてはいかがですか?
三年以内に口説き落とせたら、私と離縁した後に正式に結婚すればいいのです。
それに、マリーは父に認知されていませんから平民です。
ヘンリック様の妻になるには、どこかの貴族家に養子にしてもらって身分を手に入れなくてはなりません。
その調整にも時間がかかるでしょう?」
「……そう、だね」
ヘンリックは苦い表情で頷いた。
「マリーとの平穏な結婚を望むなら、まずは私と予定通り結婚してください。
もし三年の間にマリーと深い中になっても、不貞なんていいません。
むしろ応援しますから」
マリアンネもヘンリックとの結婚を望むことが大前提というだけで、反対したいわけではない。
彼になら大切な妹を任せてもいいと思うくらい、彼はいい人なのだから。
私はヘンリックにもマリアンネにも幸せになってほしい。
それが同時に叶うなら、そんなに嬉しいことはないではないか。
「マリー、あなたはどう思う?」
「……私は、お姉様がそれでいいとおっしゃるなら」
「エルは?」
「俺も、お嬢に従う」
この二人の同意は得た。
では、残るはあと一人。
「……ずっと探してた。
もう見つからないんじゃないかと思ってた。
それが、こうして会えたんだ……
この幸運に、私は感謝しなくてはならない」
ヘンリックはぐっと拳を握りしめた。
「クラリッサ、私もきみの提案に従う。
私が一方的にマリアを思っていただけだということは、私だってよくわかっている。
これから時間をかけて、マリアの心を手に入れるよう努力することにするよ」
決意に満ちたエメラルドの瞳は、いつもの穏やかさを取り戻しつつある。
ヘンリックが理性的でよかった。
「……一つ、お願いがあります」
マリアンネが口を開いた。
「お姉様を不当に扱ったり、邪険にしたりしないと、それだけは約束してください」
マリアンネは、私の手をぎゅっと握りながら告げた。
「もちろんだ。そんなことはしないよ。
クラリッサのことは、これまでと同じように大切にするつもりだ。
その上で、マリア、私はきみと仲良くなりたいと思っている」
真摯に訴えるヘンリック。
「三年も猶予があるんだ。
焦るつもりはない。
とにかく、今は結婚式を無事に終えることに集中しよう。
その後で、またゆっくりと話をしようじゃないか」
私は頷いた。
「そうですね。そうすることにしましょう。
そうと決まったら、ヘンリック様は着替えてきてくださいな。
美味しい夕食を準備してありますから、期待していてくださいね」
ヘンリックがいない間に、新居の料理人にもキルステン伯爵家の料理人にしたのと同じように前世風の料理を伝授してある。
今夜は久しぶりに主人が帰宅するとのことで、今頃張り切って腕を振るっているはずだ。
ヘンリックが去ってから、私たちは三人で顔を見合わせた。
「とんでもないことになったわね」
「ごめんなさい、お姉様。
私、なにも覚えていなくて……」
「謝らないで。マリーのせいじゃないわ。
小さな頃のことなんて、忘れて当然だもの」
俯くマリアンネの華奢な肩を抱き寄せた。
彼女からしたら、とても複雑な気分だろう。
「マリー、あれは悪い男ではない。
おまえを探していたというのも本当だろう。
だが、おまえに無体を働くようなら、俺は容赦しない」
「その時は私も止めないわ。
ヘンリック様はそんなことしないと思うけど」
だからこそ、私の大切な妹を口説くことを許したのだ。
「あなたの心は、あなたのものよ。
ヘンリック様の手をとるかどうかは、あなたが自分で決めなさい。
私とエルは、あなたの意志を尊重するわ」
「わかりました、お姉様」
「大丈夫だ、マリー。
俺なら、お嬢とおまえを二人纏めて守るくらい余裕だ」
「ありがとう、お兄様。
そうね、お兄様とお姉様がいたら、私はなにも怖くないわ」
やっと可愛い笑顔が戻ったマリアンネに、私も胸を撫でおろした。
こうして、私たち四人の奇妙な生活は始まったのだった。
「待ってください、それは困ります!」
今すぐ私との婚約破棄しそうなヘンリックを、私は慌てて止めた。
「ヘンリック様のお気持ちはわかります。
私だって、あなたが幸せな結婚をできるなら、そうしてほしいと思いますわ。
でもね、マリーにも心があるのですよ。
私は、マリーが望まない相手と結婚させるつもりはありませんからね!」
マリアンネは私の大切な妹なのだ。
もしヘンリックが無理を強いるというなら、今からでも出奔するのは躊躇わない。
そう思っているのはエルヴィンも同じなはずだ。
「それに、考えてもみてください。
こんな直前で私との結婚を白紙にするなんて、どう考えてもなにか問題があったようにしか見えません。
その上でマリーとの結婚なんてしたら、マリーは私を排除してヘンリック様を略奪した悪女だと噂されることになるでしょう。
世の中は、そういうゴシップが大好きな人で溢れていますからね。
あることないこと言われて、マリーが苦労することなってもいいのですか?」
「……それは……よくない……」
私の言葉に、ヘンリックの頭も冷えてきたようだ。
元々賢い人なのだから、冷静さを取り戻せば無茶なことはしないはずだ。
「私と白い結婚を続けながら、マリーを口説いてみてはいかがですか?
三年以内に口説き落とせたら、私と離縁した後に正式に結婚すればいいのです。
それに、マリーは父に認知されていませんから平民です。
ヘンリック様の妻になるには、どこかの貴族家に養子にしてもらって身分を手に入れなくてはなりません。
その調整にも時間がかかるでしょう?」
「……そう、だね」
ヘンリックは苦い表情で頷いた。
「マリーとの平穏な結婚を望むなら、まずは私と予定通り結婚してください。
もし三年の間にマリーと深い中になっても、不貞なんていいません。
むしろ応援しますから」
マリアンネもヘンリックとの結婚を望むことが大前提というだけで、反対したいわけではない。
彼になら大切な妹を任せてもいいと思うくらい、彼はいい人なのだから。
私はヘンリックにもマリアンネにも幸せになってほしい。
それが同時に叶うなら、そんなに嬉しいことはないではないか。
「マリー、あなたはどう思う?」
「……私は、お姉様がそれでいいとおっしゃるなら」
「エルは?」
「俺も、お嬢に従う」
この二人の同意は得た。
では、残るはあと一人。
「……ずっと探してた。
もう見つからないんじゃないかと思ってた。
それが、こうして会えたんだ……
この幸運に、私は感謝しなくてはならない」
ヘンリックはぐっと拳を握りしめた。
「クラリッサ、私もきみの提案に従う。
私が一方的にマリアを思っていただけだということは、私だってよくわかっている。
これから時間をかけて、マリアの心を手に入れるよう努力することにするよ」
決意に満ちたエメラルドの瞳は、いつもの穏やかさを取り戻しつつある。
ヘンリックが理性的でよかった。
「……一つ、お願いがあります」
マリアンネが口を開いた。
「お姉様を不当に扱ったり、邪険にしたりしないと、それだけは約束してください」
マリアンネは、私の手をぎゅっと握りながら告げた。
「もちろんだ。そんなことはしないよ。
クラリッサのことは、これまでと同じように大切にするつもりだ。
その上で、マリア、私はきみと仲良くなりたいと思っている」
真摯に訴えるヘンリック。
「三年も猶予があるんだ。
焦るつもりはない。
とにかく、今は結婚式を無事に終えることに集中しよう。
その後で、またゆっくりと話をしようじゃないか」
私は頷いた。
「そうですね。そうすることにしましょう。
そうと決まったら、ヘンリック様は着替えてきてくださいな。
美味しい夕食を準備してありますから、期待していてくださいね」
ヘンリックがいない間に、新居の料理人にもキルステン伯爵家の料理人にしたのと同じように前世風の料理を伝授してある。
今夜は久しぶりに主人が帰宅するとのことで、今頃張り切って腕を振るっているはずだ。
ヘンリックが去ってから、私たちは三人で顔を見合わせた。
「とんでもないことになったわね」
「ごめんなさい、お姉様。
私、なにも覚えていなくて……」
「謝らないで。マリーのせいじゃないわ。
小さな頃のことなんて、忘れて当然だもの」
俯くマリアンネの華奢な肩を抱き寄せた。
彼女からしたら、とても複雑な気分だろう。
「マリー、あれは悪い男ではない。
おまえを探していたというのも本当だろう。
だが、おまえに無体を働くようなら、俺は容赦しない」
「その時は私も止めないわ。
ヘンリック様はそんなことしないと思うけど」
だからこそ、私の大切な妹を口説くことを許したのだ。
「あなたの心は、あなたのものよ。
ヘンリック様の手をとるかどうかは、あなたが自分で決めなさい。
私とエルは、あなたの意志を尊重するわ」
「わかりました、お姉様」
「大丈夫だ、マリー。
俺なら、お嬢とおまえを二人纏めて守るくらい余裕だ」
「ありがとう、お兄様。
そうね、お兄様とお姉様がいたら、私はなにも怖くないわ」
やっと可愛い笑顔が戻ったマリアンネに、私も胸を撫でおろした。
こうして、私たち四人の奇妙な生活は始まったのだった。
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