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 相手が相手なので追い返すわけにもいかず、私たちの家に場所を移してそこで話を聞くことになった。

 家の中には、私、アーレン、ジェラルド王子だけになった。
 身内だけで話をするということで、他の人たちは家の外で待機してもらっている。
 
 ジェラルド王子は狭く質素な室内を興味深そうに見渡し、アーレンは眉間に皺を寄せてそれを見ている。

「あの……お茶を、淹れましょうか」
「ありがたい。実は、喉が乾いていたんです」

 動こうとした私を視線で制し、アーレンがさっさとお茶を淹れてくれた。
 魔法を使い一瞬でお湯を沸かしたので、すぐにハーブのいい香りが室内に広がった。

 この家には椅子が二つしかないので、ダイニングテーブルを挟んで私とジェラルド殿下が向き合って座り、アーレンは私を庇うように私の横に立っている。

 真正面に王子様。

 非常に気まずい。どんな顔をしていいかわからない。
      
「美味しいお茶だね。アーレンは、こんなこともできるんだね」

 なんてことないハーブティーなんだけど、本当に美味しいと思っているのだろうか。
 それともアーレンが淹れたから美味しく感じるのだろうか。

「……いい加減、要件を話してください」

 地を這うようなバリトンに、ジェラルド王子はティーカップを置いて立ち上がった。

 ハラハラと成り行きを見つめる私の前で、ジェラルド王子がおもむろに跪いた。
 
「アーレン、ナディアさん。本当に、すまなかった。きみたち二人には、辛い思いをさせてしまった。謝って許されることではないが、謝らせてほしい」

 信じられないことに、王子様の金色の頭が私より下にある。
 隣のアーレンを見上げると、相変わらず眉間に皺をよせて厳しい顔をしている。

「もう俺たちには接触しないということだったはずです。そんなことを言うためだけにこんな田舎まで来たのですか」
「違うよ。きみたちを煩わせたくはなかったんだが、そうも言っていられなくなったんだ」
「言っておきますが、俺たちは王都には行くつもりはありません」
「わかっている。そんなことをお願いしに来たんじゃない」

 ジェラルド王子は跪いたまま顔を上げ、アーレンを真っすぐにみつめた。

「頼む、アーレン。手を貸してほしい。このままでは、オルランディアが焼野原になってしまう」

 私とアーレンは顔を見合わせた。
 焼野原とは、なんとも物騒な言葉だが、ジェラルド王子は真剣な眼差しで嘘をついているようには思えない。

「……話は聞きましょう。とりあえず、座ってください」

 それから語られたジェラルド王子の話は、全く予想外のものだった。
 


「アーレンが教えてくれた通り、モワデイルを調べてみた。呪いのことは僕なりに調べていたけど手詰まりになっていたんだ。それが、モワデイルに保管されていた古い文書で全てわかったよ。きみが言った通り、呪いではなく祝福だったんだね」

 オルランディアが建国された三百年前は、今よりずっと精霊や妖精と人とが密接に関わって生活していた。
 ナイジェル・オルランディアには双子の弟がいた。
 その存在すら歴史書に記されなかった弟は、現在のモワデイル近郊の森からの魔物の侵攻を防ぐため、その土地に住んでいた黒い大鷲の姿をした精霊と契約をした。
 精霊たちからしても、魔物が大量に現れ土地を穢すのは頭の痛い問題だったようだ。
 精霊はナイジェルの弟に力の一部を分け与え、弟は鷲に似た姿になって強大な魔力を操り魔物を駆逐し、最後に現れたドラゴンを斃して安寧を齎した。
 その後、後世でまた同じことが起こる可能性を見越して、ナイジェルは精霊と契約を交わし、その血筋の中に精霊の祝福を受け継ぐこととした。

「母上は数代に一人呪いを受けないといけないと言っていたけど、それは間違いだ。オルランディア王家直系なら、誰でも祝福を受けることができる。ただし、それも無制限というわけではなく、ある程度の資質を備えているものだけに限られる。器である身体が頑健でないと、祝福自体を受け入れることができないんだ。数代に一人というのは、それくらいの割合でしか祝福を受けられる子が生まれない、ということだったんだよ。このことがわかってから、僕も祝福を受けられないか試したけど……痛い思いをしただけに終わってしまった。そうなるだろうとは思ってたけど、がっかりしたよ」

 アーレンはこの祝福を受けた時、激痛に苛まれたと言っていた。
 これだけ強力な祝福を後天的に授けられるのだから、きっと体への負担も大きいのだろう。
 体が弱いというジェラルド王子では無理だったというのも理解できる。
 
「……兄上が、祝福を受けようと思ったのは……そうしなければいけない理由があった、ということですか」
「その通り。ここからが、僕が約束を破ってまできみたちに会いに来た理由だ」

 ジェラルド王子は、暗い顔で目を伏せた。

「さっきの話で、ドラゴンが出てきたのを覚えているね」
「まさか……!」

 モワデイルでも、古い壁画にドラゴンが描かれていた。
 あんなのが実在するなんて、考えたくもない。

「東の山脈で、また魔物が増えてきている。三百年前のモワデイルの記録と照らし合わせると、類似点が多いんだ。それで、詳しく調査をしてみたところ、山の奥で濃い瘴気が一塊になっているところがみつかった。
おそらく、あの中にドラゴンがいる。僕も実物は見ていないんだけど、黒い大きな卵のようだったそうだ」
「今のうちに破壊できないのですか?」
「卵といっても、霧の塊みたいなものだから、物理攻撃は全部素通りしてしまう。魔法攻撃は、もっと悪い。どうやら吸収されてしまうようなんだ」
「……」

 アーレンが無言で目を瞑って天を仰いだ。
 それくらい最悪な状況なのだろう。

「それで、そのドラゴンを、俺に討伐してほしいのですね」
「……本当に、申し訳ない……他に方法がないんだ」

 ジェラルド王子の顔に苦渋が滲む。
 一方、アーレンは冷淡な表情のままだ。
 私は、ただ青ざめてアーレンの手を握りしめることしかできない。

 モワデイルで観光案内をしてくれたおじさんも、『ドラゴンなんてぞっとする』と言っていた。
 私も今、同じ気持ちだ。
 あの壁画にあったドラゴンとアーレンが対峙するところを想像すると、体が震えてしまう。

「ドラゴンがいつ頃出てくるかわかりますか」
「今から五日後くらいだと予想されているが、前後する可能性もある。モワデイルの古い記録しか参考文献がないから、はっきりしたことはわからない。他にもなにか情報がないか調べているが、今のところなにも目ぼしいものは見つかっていない」
「軍は?どうなっています?」
「サミュエルが率いて向かっているところだよ。王都と近隣から急いで騎士をかき集めて、約五千人だ。その中で攻撃魔法が使えるのは百人くらいだ」

 それが多いのか少ないのか私にはよくわからないが、二人の顔色からすると多くはないのだろうということを察した。

「三百年前は、今よりも魔法を使える人が多かったはずだ。当時の戦士たちが弱かったはずがない。なのに、ナイジェルの弟しかドラゴンに対抗する術を持たなかったようだ。ドラゴンは……空を飛ぶから」
「なるほど……」

 二対の翼で空を自在に駆けるアーレン。
 アーレンなら、ドラゴンにも負けないの?

「おまえにこんなことを頼むのは、虫がいい話だとわかっている。けど、他にどうしようもないんだ。もしドラゴンが斃せなかったら、どれだけ被害が出るかわからない……どうか、協力してもらえないだろうか」
 
 数秒の沈黙の後、アーレンは苦い表情で溜息をついた。

「……しかたがありません。俺も東の山脈に向かいます」
「アーレン!」

 行かないで!と言いたくて縋りついた私を、アーレンは目で制した。

「ただし、条件があります」
「もちろん!なんだって言ってくれ。できる限りのことをするよ!」

 私とは対照的に顔色が良くなったジェラルド王子に腹が立った。

「まず、俺がここを離れている間、ナディアに護衛をつけてください」
「言われるまでもなく、そのつもりでいるよ。護衛騎士を二人つけよう」
「もしドラゴンを討伐できなかったら、ナディアを隣国に逃がしてください」
「わかった。そこから先も、安全に不自由なく生活できるように、僕が責任をもって取り計らうことにする」
「俺が側にいないからといって、ナディアを利用しようとはしないでください。ナディアの祝福のことは、引き続き秘密ということで」
「わかっているよ。僕にとってもナディアさんは義理の妹だ。全力で守るから、安心してほしい」
「もしこの約束が守られなかった場合、俺はアンデットになってでも地獄から蘇って、ドラゴンなど些末だと言えるほどの甚大な災厄をこの国に齎しますので、そのつもりでいてください」
「……肝に銘じておく」

 アーレンは、もうドラゴン討伐に行くことを決めている。
 そして、そこで命を落とす覚悟まで決めているのだ。

 嫌だ!そんなの嫌!

 冷静に話すアーレンにしがみついたままで、抑えきれない涙が頬をつたって流れ落ちていく。 

「明日か明後日には出発します。俺なら東の山脈まで、半日もあればたどり着けますから」
「なにか必要なものは?」
「特に何も。この身一つで十分です。今の俺には、剣も鎧も邪魔にしかならない」
「そうか……そういうものなんだな。よろしく、頼む」

 ジェラルド王子は深々と頭を下げた。
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