孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

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番外編 ユージィン

①番外編 ユージィン

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 二十年に一度、夏至の日に、私の生まれた村はオロチと呼ばれる神様に花嫁として生娘を捧げる。
 要するに、生贄だ。
 そして、今年の花嫁は私。
 私はオロチの花嫁にするために育てられた。

 オロチというのは、村の水源になっている山奥の湖に棲む大蛇の姿をした神様だ。

 白い衣装を着た私を、村の男たちが湖の畔にある岩に縛りつけた。
 男たちの中には私の父も含まれていたが、誰も一言も発することなく、私と目を合わせることもない。
 淡々と作業を終えると、私を残して足早に去って行った。

 せめて最後くらいは言葉をかけてくれるのではないかと期待していた私が馬鹿だった。

 わかっていたけど、虚しくて涙が零れた。
 自分がもうすぐ死ぬことよりも、一つとして認めてもらえなかったことが悲しい。

『泣かないで。大丈夫だよ』
『助けを呼んだよ。友達の友達の友達だよ』
『優しい子だよ。仲良くなれるよ』
『黒くて強い子だよ』

 私の周りを、背中にトンボみたいな羽がついた小人が飛び回り、しきりに声をかけてくる。
 私にしか見えない、小さな友達だ。

 この小さな友達のおかげで、誰にも目をかけてもらえなくても生きることができた。
 この小さな友達のせいで、余計に気味悪がられて疎まれることとなった。

 こんな山奥に誰が来るというのか。
 私を助けてくれる人なんているわけがない。
 そんな気休めいらないから、せめて静かに逝かせてほしい……

 しんと静まり返った湖の水面に、大きな波紋が広がった。
 そして、湖のちょうど中心あたりにから、なにか大きな白いものがにゅっと突き出した。

 それは、真っ白な大蛇の頭だった。

 オロチだ。ついに現れた。
 
 真珠のような光沢の真っ白な鱗。瞳孔もなにもない真っ赤な目が三つ。牛を二頭同時に丸呑みにできそうなくらい大きな口。そこから覗く鋭い牙と、先が二つに分かれた舌。
 話に聞いていた通りの、美しくも恐ろしい姿。

 オロチはゆっくりと私に近づいてくる。
 恐怖で体が震え、歯がガチガチと鳴る。

 ほら、やっぱり助けなんか来ないじゃない。
 私はここでオロチに喰われて死ぬ。
 もう、それでいい。
 ずっと前から、こうなることはわかっていたんだから。

 私が改めて死を覚悟して目を閉た時、小さな友達は嬉しそうに叫んだ。

『来た!』
『来たよ!』

 思わず目を開くと、湖から岸に上がりかけていたオロチになにかが降り注いだ。

 それはオロチの白い鱗を砕きながら次々と突き刺さっていく。

 あれは……氷だ。

 私の身長くらいの長さの、先が尖った氷柱のような形の氷だ。

 オロチが、湖の神様が、瞬く間に針山のような状態になってしまった。 

 その次にオロチに降ってきたのは、氷ではなかった。

 黒くて、大きな翼がついた……あれはなに?

 その黒いものは、オロチの頭を上から押さえつけるように地面に叩きつけた。

 ドスンという鈍い音が響き、その凄まじい衝撃が地面を伝って私のところにまで届いた。

 オロチは湖の中に沈んでいる長大な体をくねらせて反撃しようとしたようだが、すぐにその動は止まり、横たわったまま動かなくなった。

 小さな友達が『来た!』と言い出してからほんの数秒の間の出来事だった。

 あまりの出来事に私は瞬きをすることすら忘れて、呆然することしかできなかった。

『来てくれた!間に合った!』
『助かったよ!もう大丈夫!』
『優しい子だよ。もう友達だよ』
『黒くて強い友達だよ』

 小さな友達によると、優しくて黒くて強い友達なのだそうだが……

 黒いものはひらりとオロチの頭から飛び降りて、私に顔を向けた。

 そう。顔だ。人の顔だ。

 黒髪に金色の瞳の、美しい青年の顔。

 なのに、四枚の黒い翼、同じ色の羽で覆われた体、猛禽のような足……それから大きな、布袋?

「怖かったね。もう大丈夫だからね」

 そう言いながら、頑丈な縄を切って私の縛めを解いてくれた。

「あなたは……神様、ですか?」

 もしかしたら、オロチの次にこの地を支配する神様なのかもしれないと思ったのだが、

「神様?違うよ、僕はそんなんじゃない」 

 あっさりと否定されてしまった。

「今はこんな姿だけど、人だよ。きみと同じだよ」

 人?私と同じ?本当に?

「……そんなにきれいな翼があるのに?」

 思わず漏れた本心に、その人は一瞬驚いたように目を瞠った後に破顔した。

「僕はユージィン。きみの名前は?」

 信じられないと思いつつも、屈託のない笑顔と優しい光を湛える金色の瞳に誘われるように、私は差し出された手を握った。

「カンナ」
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