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番外編 ユージィン

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 清潔な寝具に包まり、安らかな寝息をたてるカンナを僕は飽きることなく見つめていた。

 あれから僕はカンナを連れて近隣の中では一番大きな町に向かった。
 そこでカンナには服を買って、美味しいものを食べさせて、今は宿の部屋にいる。

 山奥の村から出たことがなかったカンナは、戸惑いつつも楽しそうで、新しい服はとても喜んでくれた。
 やっと笑顔を見せてくれたカンナはとても可愛くて、抱きしめてキスしたくなるのを堪えるのに苦労した。

 部屋に入ると、カンナはすぐに眠ってしまった。
 無理もない。カンナにとっては天地がひっくり返るほどの激動の一日だったのだから。

 それにしても、寝台が二つあるとはいえ同じ部屋に僕がいるというのに、全く警戒していないようだ。
 僕は男として見られていないのだろうか。
 カンナは十八歳だと言っていたけど、そういう知識はどれくらいあるのだろう。
 あれだけ花嫁って連呼したのに、全部はったりだと思われていたら、少し悲しいな……

 まぁ、今日のところはこれでいい。
 一緒にオルランディアに行くって言ってくれるくらいには僕のことを信じてくれているのは確かなんだから。
 これからじっくりと時間をかけて、僕のことを好きになってもらえるように頑張ろう。

『カンナ嬉しいと僕たち嬉しい』
『カンナ楽しいと僕たち楽しい』
『ユージィンありがとう』
『助けてくれてありがとう』

「礼を言うのは僕の方だよ。カンナと出会わせてくれてありがとう」

 妖精たちがあの時助けを求めなかったら、今頃カンナはあの大蛇の腹の中だ。
 本当に、助けられてよかった。

「カンナを連れて遠くに行くけど、きみたちはついて来てくれるんだね?」

『ついていく』
『カンナ友達』
『ユージィン友達』
『ずっと一緒にいる』

「ありがとう。カンナも喜ぶよ。これからもよろしくね」

 妖精は、基本的に棲んでいる場所からあまり離れることはない。
 この妖精たちは本当にカンナのことが大好きなようだ。
 もしかしたら、カンナを虐めた人がいるあの村に戻るのが嫌なのかもしれないな。
 
 これだけ妖精が一度にいなくなると、あの土地はしばらく痩せたままになるだろう。
 もちろん同情はしない。

 というか、しばらくはそれでも問題なく食べていけるはずだ。
 だって、大蛇の牙や鱗は、かなり高額で売れるはずなのだから。

 それに、あの大蛇の肉は食べらる。
 祠を造るように言い渡したのは、湖に残してきた大蛇の体部分を見つけさせるためだ。
 あれで鱗も肉も大量に手に入る。
 しばらく作物の実りが悪くても食いつなげるはずだ。

 こんなことをしたのは、単純に食べ物を無駄にするのが気が引けたのと、あんなでもカンナの故郷なので壊滅なんてされたら後味が悪くなると思ったからだ。

 神様だから食べられない!みたいなことになる可能性もあるが、そこまで僕が面倒をみる義理もない。
 それくらいの才覚はあると信じたいところだ。

 青白く痩せたカンナを見ると、美味しいものをたくさん食べさせて、甘やかして、笑顔にしてあげなくてはという使命感にかられる。
 そして、僕のことを好きになってほしい。
 僕に助けられたからとかそんな理由じゃなくて、心から僕の側にいたいと望むようになってほしい。
 母さんと出会った当時の父さんも、きっとこんな気持ちだったのだろう。
 仲のいい両親に憧れて、両親のような家庭を築きたくて旅に出たわけだが、ここまで両親と似た流れになってしまうとは思っていなかった。

 オルランディアは遠い。
 西に向かいながら、途中にある美しいものをカンナには全て見せてあげよう。
 急ぐ必要もない。
 ゆっくりと旅を楽しみながら帰ればいい。

 各地の妖精とも触れ合えば、この祝福がどれだけ得難いものであるのかがカンナにもよくわかるだろう。
 カンナ自身に価値がある、ということをしっかりと理解できるようにしてあげなくてはいけない。

 そして、これがある意味一番大事なことだが、いつかカンナから僕を求めてくれるまで、僕からは手を出さないと心に決めている。 
 今の状況で僕が迫ったら、カンナは拒める立場にはないのだから。

 父さんも、母さんと出会ってから半年くらいは我慢したと言っていた。
 もうカンナを好きになっている僕にとってはお預けは辛いけど、父さんにできたのだから僕にだってできるはずだ。

 できればオルランディアに着く前には相思相愛になって、両親には妻として紹介したい。
 両親もきっと喜んで歓迎してくれるだろう。
 
 とにかく、焦りは禁物だ。
 十年以上旅を続けて、やっと見つけた僕の大切な宝石だ。
 カンナが今ここにいてくれるだけで、それだけで心が震えるほど嬉しい。
 途中で諦めなくてよかった、と心から思う。

 まずは、しっかりとした信頼関係を築くところを目標としよう。
 僕のことをたくさん知ってもらおう。
 僕もカンナのことをたくさん知りたい。
 全てはそこからだ。

 大丈夫。時間はたっぷりあるのだから。

 僕はカンナを起こさないように注意しながら、そっと可愛い額にキスをした。

 やっぱり、少しキスするくらいはいいよね。
 僕を異性として意識してもらうためにも、これくらいは許されると思う。
 というか、もう既に目にキスするところまでは済ませたじゃないか。
 カンナは嫌がってなかった。むしろ、赤くなって恥ずかしがっていた。

 あの時のカンナの顔を思い出すと、愛しくて顔が緩むのを止められない。  

「カンナを幸せにしてあげようね」

『あげようね』
『カンナ幸せにしようね』
『ユージィン頑張ろうね』
『僕たち頑張るね』

 妖精たちと一緒に、明日からまた頑張ろう。
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