孤独なお針子が拾ったのは最強のペットでした

鈴木かなえ

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番外編 サミュエル

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 トバイアス子爵は、他家の貴族に対する傷害罪と誘拐罪で投獄された。
 また、バーナードたちの捜査により、闇オークションに関する新たな書類が見つかり、トバイアス子爵家は取り潰しとなった。

 子爵はリアムを付き合いのある高位貴族の子息の遊び相手として差し出すつもりだったのだそうだ。
 三男のせいで地に落ちた評判を、それにより少しでも回復しようとしたらしいが、完全に裏目に出て自滅した。
 それ以前に、バーナードに睨まれていた時点で、既に時間の問題でもあっただろう。

 新たな逮捕者も続々と出てきて、そのドタバタで忙しく、俺がやっと帰宅できたのはリアムを救出した三日後のことだった。

「お帰りなさいませ、旦那様」

 出迎えた家令は、満面の笑みを浮かべていた。
 その理由は、よくわかっている。

「……ただいま」

 私室でいつものように着替えて、それから恐る恐る隣の寝室を覗いてみた。

 以前は一つだけしか置かれていなかった枕が、案の定二つに増えている。

 俺は頭を抱えた。

「旦那様?どうなさいました?」

「いや……サリナはどうしている」

「サロンにおられますよ。会いにいかれては?」

「……」

「旦那様。サリナとしっかり話をしてください。
 先延ばしにしても、なにもいいことはありませんよ」

 その通りだ。
 もう婚姻は成立しているのだ。

 お互いのためにも、リアムのためにも、きちんと話をしなくては。

「……わかった。サロンに向かう」

 重い足取りでサロンに向かうと、そこでメイドのお仕着せではなく、シンプルだが上品なドレスを着たサリナが刺繍をしていた。

 その姿に、改めてどきりとしてしまった。
 瞳の色以外なに一つ似ていないのに、つい懐かしい面影を重ねてしまった。

「旦那様。帰っておられたのですか」

「ああ、ついさっき」

 この”旦那様”は、どっちの意味で言っているのだろう。
 使用人としての旦那様か、配偶者としての旦那様か。

「すまんな、いろいろと忙しくて、なかなか帰れなかったのだ」

「わかっております。大変でしたでしょう。お茶をお淹れしましょうか?」

「ああ、頼む」

 サリナが慣れた手つきで茶を淹れ始め、俺は迷った末にサリナの向かい側に座った。

 話さないといけないことがたくさんあることはわかるのに、どう言葉を切り出していいものかわからない。
 考えてみれば、俺が女性と真摯に向き合ったのは、ナディアが最初で最後だったのではないだろうか。
 ブリジット王女とは結婚までしたが、一度も心が通った気がしなかった。
 
 もういい歳だというのに、自分が情けなくなってきた。

「旦那様。リアムを助けてくださって、本当にありがとうございました」

 結局、サリナから先に切り出させてしまった。
 サリナの方が俺よりよほどしっかりしている。

「リアムは、どうしている」

「助け出された日の夜は夜泣きをしましたけど、今は落ち着いています。
 この邸の皆さまに可愛がっていただいたおかげです」

「そうか……」

 とりあえず、リアムが無事でいるらしいので一安心だ。

「旦那様……離縁は、いつでも受け入れますので、ご安心ください」

 サリナは菫色の瞳を悲し気に伏せて、俺から視線を逸らした。

「リアムのために、わたくしなどと結婚までしてくださって、大変感謝しております。
 ですが、旦那様が望んだ結婚ではない、ということはよくわかっております。
 なので……」

「ま、待ってくれ。俺は……」

 今度こそ、俺の心に従うのだ。
 俺の心は、俺が一番よくわかっている。

「俺は、離縁することは考えていない」

 サリナが目を瞠った。

「俺たちは、まだ知り合って日が浅い。
 お互いのことを、ほとんど知らない。
 もっとお互いのことを知って、それでダメだと思ったらその時は離縁でもなんでもすればいい。
 まずは……話をするところから始めてみないか。
 なにも今すぐ離縁する必要はない」

「旦那様は……それでよろしいのですか」

「俺は、今まで縁談を数えきれないほど持ちかけられたが、どれも断ってきた。
 俺が誰かと夫婦となって、上手くやっていける気がしなかったからだ。
 きみと結婚したのは、ある意味勢いだったわけだが、時間が経って冷静になって……きみとなら、なんとかなるんじゃないかと思えたんだ。
 きみはいつも穏やかで、淹れてくれる茶が美味しくて……きみが側にいるのは、嫌ではないと気がついた。
 だから、俺は、離縁したいとは思っていない」

「ですが、わたくしは……」

「初婚ではない、というのなら、俺も同じだ。
 もう随分と昔の話ではあるが、俺も一度結婚したことがある」

 公式には死別ということになっているが、本当は離縁だった。
 当時はかなり騒がれたから、サリナも覚えているだろう。

 菫色の瞳から、先日とは違う涙がぽろりと零れた。

「わたくしも……離縁したくございません。
 もっと、旦那様と、お話をさせていただきたいです。
 旦那様のことを、たくさん知りたいのです」

「そうか。なら……できるだけ、食事を一緒にすることにしよう。
 早速、今日の夕食から」

「はい……そういたしましょう。よろしくお願いします、旦那様」

 この時の”旦那様”は、どちらかといえば配偶者の旦那様に近かったと思う。
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