箱入り娘とのキワドイ生活——生活力ゼロの家出お嬢様が転がり込んできた

雨巣

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02 いきなり遊園地

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 ——次は、桜木町、桜木町

立花たちばな、そろそろ着くぞ」

 車内アナウンスが流れている間に純香すみかを揺り起こす。
 時刻は午後4時半。電車内はまだそれほど混んでおらず、純香は翔太しょうたの肩に寄りかかって気持ちよさそうに眠っていた。
 さすがに出会って一日目で、ここまで気を許されるとは思わなかった。

「立花、ほら、起きな。 観覧車が見えてきたぞ」

「ん……ここどこ」

「桜木町だよ。 遊園地はあそこ」

 翔太が指差した方向を見て、純香が目を輝かせる。
 本当に純粋なやつだ。

「段差気をつけろよー」

 電車を降りて、改札を出る。
 駅から遊園地までは徒歩で5分ほどだ。
 学校でも電車でも眠っていたおかげか、純香は線の細い、か弱そうな体のわりに足取りが元気だった。

「翔太、遊園地はよく来るの?」

「ここは家から3駅だから昔よくきてたなぁ。でも高校生になってからはまったく。 だからおれも久しぶりだよ」

「そう……わたし初めてだから、なんだかドキドキするわ」

 純香は胸に手を当てて小さく呟いた。

「初めてでも緊張する必要はないとおもうぞ、ここそんなスリリングな乗り物ないし」

「そうじゃなくて、わたし男の子と2人で出かけるの初めて」

「えっ!?」

 驚きのあまり大きな声がでてしまう。
 純香は容姿が完璧なので、勝手にそういう経験はあるものだと思っていた。

「……おかしい?」

「おかしくはないよ。そういえば立花は『彼女』の意味も知らなかったもんな」

「それはさっきちゃんと覚えた」

 親に遊園地を禁止されるような子が、男子と遊んだ経験などあるわけないか、と勝手に納得する。

 あまり気にしていなかったが、というより気にしないようにしていたが、この状況はデートじゃないか?
 2人に恋愛感情はなくとも、今の状況を客観視すると、デート以外に良い表現が思い浮かばない。とすると、これは純香にとって初デートということになるのか。急に責任重大に感じてきた。

「女子の友達とはよく遊んだりするのか? 前の学校の友達とかは?」

 気まずさを払い除けようと話題を振る。

「仲良い子は何人かいるわ、でも遊びに行ったりはしない」

「禁止……されてるのか?」

「父か執事が一緒じゃないと、学校以外は行けないの」

 なるほど。やはり典型的な過保護だ。
 今どき、こんな箱入り娘を拝む機会もそうないだろう。

「まてよ……だとしたら今の状況って……」

「ルール違反ね」

「そういう重要なことは、もっと早く言え!」

「うっかりしていたわ」

 純香がけろりとした顔で言う。

「うっかりで済むことなのか……」

「2人だけの秘密よ」

「色っぽく言えばいいってもんじゃないぞ」

「2人だけの密会よ」

「週刊誌みたいな言い方やめてくれます?」

 下手したら、立花家のご令嬢をそそのかした男としてほんとに週刊誌に載るかもしれない。
 
 そうこう考えているうちに遊園地の入り口に到着した。
 ここまで来たからにはもう仕方ない。帰れと言ってもこのお嬢様は聞かないだろう。今の翔太に出来ることは、何事もなく純香を満足させることだ。

「あれ乗りたい」
 
 純香が指差していたのは、ボート型の乗り物にのって、急流を下るアトラクションだった。初っ端からなかなかの大物だ。

「よし、じゃあまず券売機で乗り物券を買おう」

「けんばいき……?」

「お金を入れると自動でチケットが出てくる機械のことだよ」

「へぇ……」

 純香は、まるで珍しい動物を見つけたかのように券売機をくまなく観察していた。

「券売機も災難だな」

「翔太」

「どうした?」

「カードはどうやって使うの」

 純香が首を傾ける。

「カード?」

「わたし今、ICカードとクレジットカードしか持ってない」

「な……現金は?」

「図書カードもある、小学校の時もらった」

 まったく使った痕跡のない図書カードを、何故か自慢げに見せつけてきた。

「そんなものは今これっぽっちも役に立たない……」

「残念ね」

 何かを期待するような目で純香が見つめてくる。

「立花、その目はどういう意味だ?」

「残念だわ」

「おれに金を払えと?」

「べつに……ただあれに乗りたいだけよ」

 こんどはさっき指差したアトラクションを期待と不安が入り混じった表情でじーっと見つめ始めた。
 その純香の様子はあざといというより、ただ純粋に楽しみたいだけのように見える。
 少なくとも悪気がないことは伝わってきた。

「はぁ……わかった、おれの負けだよ。お金貸すからこれで券買いな」

「うん、よかった」

「反応うす! もっと感動しなさい」

「よかった、うん」

「逆にしただけだね!」

 正直なところ出費は痛すぎるが、金持ちにお金を貸すのは貴重な体験なので良しとしよう。


***


 翔太はベンチに崩れるように座り込んだ。その隣にちょこんと純香も腰掛ける。純香は屋台で購入してやったチュロスを、砂糖をボロボロこぼしながら咥えている。
 
 時刻は6時半。すでにほとんど日は落ちて、みなとみらいの夜景が美しく輝き始めていた。
 
 アトラクションには既に3つ乗った。もちろん翔太のお金で。
 初っ端の急流下りで、前席に座った翔太は思いっきり水を被り、つづくジェットコースターで非常に寒々しい思いをし、お化け屋敷に入る頃には素直に怖がる体力すら残っていなかった。
 一方の純香はというと、初めての体験ばかりにもかかわらず、まったく疲れている様子はない。
 今も瞳を輝かせながら、チュロスの味を堪能している。
 栄養価を欠いた、いわゆるジャンクフードやスナック系の食べ物は、普段は禁止されているらしく、どうしても食べてみたいとせがんできた。
 他人のお財布事情をもうちょっと気にかけてほしいところだが、彼女が満足そうな顔をしてくれるのは、素直に嬉しかった。

「翔太、最後に観覧車乗りたい」

 純香がチュロスを掴んでいない方の手で指差す。

「お前はほんとに遠慮しないなぁ」

「だめ?」

 翔太の瞳を、期待感を込めて真っ直ぐ覗き込んでくる。

「だめじゃないよ、ちょうど今乗れば夜景も綺麗だろうし。ただ、もう時間遅いから本当にこれがラストかな」

「うん」

 なんとか疲労感を振り払って、乗り場まで移動する。
 散々振り回されているのに、疲れているのに、不思議と嫌な気はしない。べつに翔太がMだから、とかではなく。
 こうなったらとことん楽しんで欲しい。純粋に今までできなかったことを楽しんでいる純香が、翔太にはとても美しく思えたのだ。

「口の周りに砂糖ついてるぞー」

「そう? わたしからは見えない」

「あたりまえだろ。ほら、拭いてやるからこっち向け」

 純香の小さな口から砂糖を丁寧に拭き取ってやる。まるで親子か兄弟だ。
 
 半日一緒に過ごしたことで、純香の生活能力が皆無に等しいことも判明した。なんとなくそんな気はしていたが……。
 「トイレについてきて」とか「飲み物はどうやって買うの?」とか、高校生とは思えない発言に驚かされっぱなしだった。
 純香いわく、自分の身の回りのこともほぼ全て使用人たちに任せているらしい。
 
「ラッキーだな、すぐ乗れそうだぞ」

 平日ということもあり、観覧車の乗り場はすいている。
 
「2名様ですね、こちらへどうぞー」

 従業員の案内でゴンドラが指定された。
 赤色のゴンドラだ。

「どうやって乗るの?」

 不思議そうに純香が質問する。
 
「タイミングよく飛び乗るだけだよ。ほら、もうそろそろだぞ」

 従業員がゴンドラの扉を開けてくれた。
 赤いゴンドラがゆっくりと2人の立つ方へ近づいてくる。
 ちょうどゴンドラが真前に来たところで、先に翔太が乗り込んだ。

「それ、いまだ」

「うん」

 中から手を差し出す。
 純香は翔太の手を取り、ゴンドラにちょこんと飛び乗った。
 
 
 
 
 

 
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