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1 余命
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「余命1年なんだって」
「え?」
幼馴染み——織本奈美の口から放たれたのは、俺——彦坂達也がまったく予想もしていない言葉だった。
玄関に座り込む彼女の暗いながらも真剣な表情を見て、「大事な話があるから」と彼女の家に呼び出された俺は靴も脱がずただ呆然と立ち尽くす。
「ちょっと待ってよ……それって……」
「私ね、余命1年なんだってさ」
なんだよ、それ……。
「私、肝臓がんなんだって。今日の病院で発覚したの」
一瞬で俺の頭は真っ白になった。何か返事をしようとしても言葉が出てこない。彼女は僅かに下を向いているが、口調ははっきりとしている。
「余命って言っても、だいたいこれくらいって話で、本当は不確定なんだけどね。私の場合、結構状態が悪くて手術はできないから抗がん剤で進行を遅らせる治療をしていこうって先生が」
「そんな……」
なんで……なんでそんな淡々と話せるんだ。頼むから嘘だと言ってくれ。そんな自然に話されても、俺なんて返せばいいか分かんないよ……。
「何で達也がそんな死にそうな顔するのよっ!」
「そりゃ……だって……」
だって、の先は言葉にならなかった。
あまりにも突然すぎて、気持ちに整理がつかない。
なんでお前なんだ。なんで奈美なんだ。ずっと一緒に育ってきたのに。幼稚園も小学校も中学も高校も一緒で、これからもずっと一緒だと思ってたのに……。
「別に明日私が死ぬ訳じゃないんだからさ、元気出してよ!」
「うん……」
奈美はそう言って立ち上がると、俺の肩をバシッと叩いた。
なんで俺が励まされているんだろう。逆なのに……本当は俺が励まさなきゃいけないのに……なのにどうしてもかける言葉が見つからない。
「来週から早速抗がん剤始めるの。入院はしなくて通院なんだけど、やっぱり副作用が結構出るっぽくてね。だから今まで通り一緒に登校したり出かけたりは出来なくなっちゃうかも……」
「……ちゃんと治る可能性もあるん……だよな?」
やっとの思いで絞り出した言葉がこれだった。
俺は駄目なやつだ。余命宣告をされている彼女に対して治る可能性を聞くなんて、無神経だ。でもそう分かっていても、「治してみせるよ!」と元気に答える奈美しか想像したくなかった。
「うーん。完治はしないかなぁ。さっきも言ったように抗がん剤で進行を遅らせて、どれだけ生き延びれるかの勝負になると思う。んで、その期間がだいたい1年くらいじゃないかなっていう話だった」
俺の淡く無責任な期待を完全に潰すように、奈美は容赦なく冷静に説明する。
「とりあえず闘病頑張ってみるよ!」
そう言って奈美は元気よく笑ってみせた。
余命宣告を受けたとは思えないほどに、いつも通りの奈美だ。でも彼女がいつも通りであればあるほど、彼女を失う恐怖が俺の胸を切り裂いていく。
「…………ああ……頑張れ。俺、ずっとずっと、奈美のこと応援してるから!」
「うん! ありがと」
俺は目をギュッと瞑って、今できる全力の強がりを言った。そうしないと、もう殆ど出かかっている涙が止まらなくなる思ったから。本当に泣きたいのは奈美の方なんだから、と必死に胸の奥から湧き出る感情を堪えた。
「じゃあ、俺帰るなっ」
もう俺にはこれ以上奈美の笑顔を見ていられない。素っ気ない挨拶を放って、そのまま俺は玄関を飛び出した。
彼女を失うという事実、彼女が無理をしているという事実、彼女にかける言葉がないという事実、俺にとって彼女が大切すぎるという事実。全て認めたくなかった。
「くそっ……なんで……なんでっ……こんなの……だって今日は……奈美の誕生日なのにっ」
7月3日。じめじめした重苦しい夏日。
いつも通りの住宅地を走り抜ける俺の目から、抑え込んでいたものが溢れ出した。
「え?」
幼馴染み——織本奈美の口から放たれたのは、俺——彦坂達也がまったく予想もしていない言葉だった。
玄関に座り込む彼女の暗いながらも真剣な表情を見て、「大事な話があるから」と彼女の家に呼び出された俺は靴も脱がずただ呆然と立ち尽くす。
「ちょっと待ってよ……それって……」
「私ね、余命1年なんだってさ」
なんだよ、それ……。
「私、肝臓がんなんだって。今日の病院で発覚したの」
一瞬で俺の頭は真っ白になった。何か返事をしようとしても言葉が出てこない。彼女は僅かに下を向いているが、口調ははっきりとしている。
「余命って言っても、だいたいこれくらいって話で、本当は不確定なんだけどね。私の場合、結構状態が悪くて手術はできないから抗がん剤で進行を遅らせる治療をしていこうって先生が」
「そんな……」
なんで……なんでそんな淡々と話せるんだ。頼むから嘘だと言ってくれ。そんな自然に話されても、俺なんて返せばいいか分かんないよ……。
「何で達也がそんな死にそうな顔するのよっ!」
「そりゃ……だって……」
だって、の先は言葉にならなかった。
あまりにも突然すぎて、気持ちに整理がつかない。
なんでお前なんだ。なんで奈美なんだ。ずっと一緒に育ってきたのに。幼稚園も小学校も中学も高校も一緒で、これからもずっと一緒だと思ってたのに……。
「別に明日私が死ぬ訳じゃないんだからさ、元気出してよ!」
「うん……」
奈美はそう言って立ち上がると、俺の肩をバシッと叩いた。
なんで俺が励まされているんだろう。逆なのに……本当は俺が励まさなきゃいけないのに……なのにどうしてもかける言葉が見つからない。
「来週から早速抗がん剤始めるの。入院はしなくて通院なんだけど、やっぱり副作用が結構出るっぽくてね。だから今まで通り一緒に登校したり出かけたりは出来なくなっちゃうかも……」
「……ちゃんと治る可能性もあるん……だよな?」
やっとの思いで絞り出した言葉がこれだった。
俺は駄目なやつだ。余命宣告をされている彼女に対して治る可能性を聞くなんて、無神経だ。でもそう分かっていても、「治してみせるよ!」と元気に答える奈美しか想像したくなかった。
「うーん。完治はしないかなぁ。さっきも言ったように抗がん剤で進行を遅らせて、どれだけ生き延びれるかの勝負になると思う。んで、その期間がだいたい1年くらいじゃないかなっていう話だった」
俺の淡く無責任な期待を完全に潰すように、奈美は容赦なく冷静に説明する。
「とりあえず闘病頑張ってみるよ!」
そう言って奈美は元気よく笑ってみせた。
余命宣告を受けたとは思えないほどに、いつも通りの奈美だ。でも彼女がいつも通りであればあるほど、彼女を失う恐怖が俺の胸を切り裂いていく。
「…………ああ……頑張れ。俺、ずっとずっと、奈美のこと応援してるから!」
「うん! ありがと」
俺は目をギュッと瞑って、今できる全力の強がりを言った。そうしないと、もう殆ど出かかっている涙が止まらなくなる思ったから。本当に泣きたいのは奈美の方なんだから、と必死に胸の奥から湧き出る感情を堪えた。
「じゃあ、俺帰るなっ」
もう俺にはこれ以上奈美の笑顔を見ていられない。素っ気ない挨拶を放って、そのまま俺は玄関を飛び出した。
彼女を失うという事実、彼女が無理をしているという事実、彼女にかける言葉がないという事実、俺にとって彼女が大切すぎるという事実。全て認めたくなかった。
「くそっ……なんで……なんでっ……こんなの……だって今日は……奈美の誕生日なのにっ」
7月3日。じめじめした重苦しい夏日。
いつも通りの住宅地を走り抜ける俺の目から、抑え込んでいたものが溢れ出した。
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