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4 タツナミソウ
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10年分くらい泣いたと思う。涙はもうすっかり枯れた。
母は、「今夜は奈美の大好きなシチューにしよう」と買い物に出かけてしまった。父もまだ仕事からは帰ってこない。
悲しさの次に私を襲ってきたのは、不安と恐怖だった。達也の前では無理して強がったけれど、本当は私も死ぬのが怖いんだ。明日死ぬ訳じゃないと分かっていても、どこか怯えている自分がいる。
「独りって嫌だな……」
もし今自分に何か起こったらどうなるのだろう?誰も知らないところで、誰にも看取られることなく息絶えてしまうのだろうか。そう考えると独りでいることが急に恐ろしく感じてきた。
一度意識してしまうと、死というものはなかなか頭から離れてくれない。どうしよう。怖い。独りでいることが怖い。
ついに不安に絶えかね、私は部屋を出て階段を駆け下りた。
どこでもいい。とにかく人目があるところに行きたい。誰でもいいから自分の存在を認識していてほしい。孤独でいると不安に押し潰されてしまう。
私は玄関を飛び出した——。
「えっ——」
「奈美っ!」
そこにいたのは達也だった。達也は、飛び出した勢いでよろける私を受け止める。
「なんで……達也がここに?」
「伝えにきたんだ。二度と自分の気持ちに嘘をつかないように」
私は状況が理解できないまま、達也の腕の中に無抵抗のうちに抱きしめられた。彼の体は熱く、心臓がドクドクと強く脈打っている。
「俺、奈美のことが好きだ! ずっと好きだった。昔も、今も、これからも俺にとっては奈美が一番大切なんだ」
達也からの告白。ずっとずっと聞きたかったのに、何年も何年も待っていたはずなのに、今日だけは聞きたくなかった言葉。今日だけは聞いてはいけなかった言葉。
「だめだよ……達也……だって私はあと何年生きられるか……」
「そんなの関係ないんだ! 俺たちはずっと一緒に育ってきた。これからもずっと一緒にいていいはずだ」
「でもっ、私に付き合わせて達也に苦しんで欲しくない!」
「奈美が傍にいてくれないのが一番苦しいんだ。だから奈美がどうなろうと俺は奈美の傍にいる。俺は確率なんて気にしない。幸せになれる可能性がある限り奈美を信じ続ける。だから奈美も俺を頼ってくれ」
彼の言葉を聞いて、温もりを感じて、枯れたはずのものがまた溢れ出した。嬉しいからなのか悲しいからなのか分からない。ただ涙がとめどなく流れ出る。
「奈美のことが大好きだ。奈美の気持ちも聞かせてくれ」
「私は……」
言わなくてはならない。大嫌いだと。そうして突き放さなければならない。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、全ての彼との思い出と共に、この想いを閉じ込めなくてはいけない。
言うんだ。嫌いって。さよならって。じゃないと、そうしないと——。
「私も……私も、大好きだよっ」
私の心は最後の最後で言うことを聞かなかった。
ゆっくりと達也の背中に腕を回す。彼は返事をする代わりに強く抱きしめ返してくれた。この時が永遠ではないと分かっていながら、それでも私は彼を選んだ。
「奈美、誕生日おめでとう。これプレゼントだ」
達也は右手に掴んでいた紙袋から、可愛らしい紫色の花束を取り出した。
「ありがとうっ。綺麗……これ、なんていう花?」
「タツナミソウって言うんだ。これ7月3日の誕生花だぞ?」
「えっそうなの! 全然知らなかったよっ」
「まったく……自分の誕生花ぐらい知っとけよっ」
二人は笑い合う。それは作られたものでも、強がりでもなく本物の笑顔。
いつまでこの幸せな時間が続くかは分からない。いつまで笑いあっていられるかも分からない。ただ、確かなこともある。
私の命が続く限り、私の命は彼のもの。
彼女の命が続く限り、俺の命は彼女のもの。
タツナミソウ。7月3日の誕生花。
花言葉は、『私の命を捧げます』
母は、「今夜は奈美の大好きなシチューにしよう」と買い物に出かけてしまった。父もまだ仕事からは帰ってこない。
悲しさの次に私を襲ってきたのは、不安と恐怖だった。達也の前では無理して強がったけれど、本当は私も死ぬのが怖いんだ。明日死ぬ訳じゃないと分かっていても、どこか怯えている自分がいる。
「独りって嫌だな……」
もし今自分に何か起こったらどうなるのだろう?誰も知らないところで、誰にも看取られることなく息絶えてしまうのだろうか。そう考えると独りでいることが急に恐ろしく感じてきた。
一度意識してしまうと、死というものはなかなか頭から離れてくれない。どうしよう。怖い。独りでいることが怖い。
ついに不安に絶えかね、私は部屋を出て階段を駆け下りた。
どこでもいい。とにかく人目があるところに行きたい。誰でもいいから自分の存在を認識していてほしい。孤独でいると不安に押し潰されてしまう。
私は玄関を飛び出した——。
「えっ——」
「奈美っ!」
そこにいたのは達也だった。達也は、飛び出した勢いでよろける私を受け止める。
「なんで……達也がここに?」
「伝えにきたんだ。二度と自分の気持ちに嘘をつかないように」
私は状況が理解できないまま、達也の腕の中に無抵抗のうちに抱きしめられた。彼の体は熱く、心臓がドクドクと強く脈打っている。
「俺、奈美のことが好きだ! ずっと好きだった。昔も、今も、これからも俺にとっては奈美が一番大切なんだ」
達也からの告白。ずっとずっと聞きたかったのに、何年も何年も待っていたはずなのに、今日だけは聞きたくなかった言葉。今日だけは聞いてはいけなかった言葉。
「だめだよ……達也……だって私はあと何年生きられるか……」
「そんなの関係ないんだ! 俺たちはずっと一緒に育ってきた。これからもずっと一緒にいていいはずだ」
「でもっ、私に付き合わせて達也に苦しんで欲しくない!」
「奈美が傍にいてくれないのが一番苦しいんだ。だから奈美がどうなろうと俺は奈美の傍にいる。俺は確率なんて気にしない。幸せになれる可能性がある限り奈美を信じ続ける。だから奈美も俺を頼ってくれ」
彼の言葉を聞いて、温もりを感じて、枯れたはずのものがまた溢れ出した。嬉しいからなのか悲しいからなのか分からない。ただ涙がとめどなく流れ出る。
「奈美のことが大好きだ。奈美の気持ちも聞かせてくれ」
「私は……」
言わなくてはならない。大嫌いだと。そうして突き放さなければならない。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、全ての彼との思い出と共に、この想いを閉じ込めなくてはいけない。
言うんだ。嫌いって。さよならって。じゃないと、そうしないと——。
「私も……私も、大好きだよっ」
私の心は最後の最後で言うことを聞かなかった。
ゆっくりと達也の背中に腕を回す。彼は返事をする代わりに強く抱きしめ返してくれた。この時が永遠ではないと分かっていながら、それでも私は彼を選んだ。
「奈美、誕生日おめでとう。これプレゼントだ」
達也は右手に掴んでいた紙袋から、可愛らしい紫色の花束を取り出した。
「ありがとうっ。綺麗……これ、なんていう花?」
「タツナミソウって言うんだ。これ7月3日の誕生花だぞ?」
「えっそうなの! 全然知らなかったよっ」
「まったく……自分の誕生花ぐらい知っとけよっ」
二人は笑い合う。それは作られたものでも、強がりでもなく本物の笑顔。
いつまでこの幸せな時間が続くかは分からない。いつまで笑いあっていられるかも分からない。ただ、確かなこともある。
私の命が続く限り、私の命は彼のもの。
彼女の命が続く限り、俺の命は彼女のもの。
タツナミソウ。7月3日の誕生花。
花言葉は、『私の命を捧げます』
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