名探偵を丸裸! シャーロック・ホームズ大事典

髙橋朔也

文字の大きさ
32 / 49
ヴィクトリア朝イギリス

アヘン窟「金の棒」

しおりを挟む
 短編『唇の捩れた男』では、アヘンくつである『金の棒』が登場します。アヘン窟はアヘンの販売や喫煙きつえんなどをしていた場所です。さすがのホームズもアヘンには手を出していません。


【所在地】
 作中での描写だと、『金の棒』はロンドン橋の下手の北岸に並ぶ高い荷揚げ場の裏にある汚らしいアッパースワンダム小路にあるようです。
 ロンドン橋と交差するテムズ河の左岸に通じている下町にテムズ街、ロンドン橋の下手にロワーテムズ街、上手にアッパーテムズ街があります。しかし、橋の下流側河岸に大きな税関の建物があり、作中の描写と符合ふごうしません。
 上流側であるアッパーテムズ街には荷揚げ場がいくつもあり、街並みも作中の描写通りです。そのことからアッパースワンダムはアッパーテムズのことで、『金の棒』はロンドン橋の上流側にあったと考えるのが妥当だとうであるようでして、作中でロンドン橋の下流側だと記されていたのは本当の場所を隠すためのフェイントだと平賀三郎さんが言っています。
 現にワトスンは正典を書く際に架空の地名を使ったりしています。くわしくは『ヴィクトリア朝イギリス』の章の『地理学』の頁で後述します。
 齋藤長三さんによると、『金の棒』は作中で『ポール波止場のそば』という描写があることから、ロンドン橋の西側にあるトリッグ小路にあったと推測されるようです。


【金の棒】
 作中での記述によると、『金の棒』の経営者は悪辣あくらつなインド水夫です。ホームズは以前、この『金の棒』を捜査に利用したため経営者であるインド水夫を怒らせてしまい、命を狙われていました。そのため、ホームズは変装をして『金の棒』を訪れるしかありませんでした。
 ホームズは仇敵を捜しにアヘン窟『金の棒』にやって来ていました。『金の棒』の裏のポール荷揚げ場寄りに落し戸があり、ホームズの言うところの仇敵は、月のない夜にはそこからテムズ河に死体を運び出していました。
 この仇敵が誰であるかはわからすじまいで終わってしまい、この仇敵については正典で言及されていません。ただ、大体の人は『ホームズの仇敵=モリアーティ教授』だと連想するはずです。
 この仇敵がモリアーティ教授かはわかっていませんが、もしそうだったとしたら『金の棒』とモリアーティ教授の一味が繫がっていたことになります。『金の棒』の経営者もホームズを殺そうとちかっていますし、かなり物騒ぶっそうなアヘン窟です。
 ホームズも『金の棒』のことを『この界隈かいわいでもあの家ほどいまわしい、のろわれた場所はないのだよ。』と言っています。
 平賀三郎さんもテムズ河への死体を運ぶ方法について、『ロンドン塔の反逆者の門をヒントにしてモリアティ教授ならこんな死体処理システムを考えたかもしれない。』と言っていて、ワトスンが『金の棒』の正確な場所を記さなかったのは、このような物騒な側面があったからかもしれません。


【テムズ河】
 テムズ河のそばに『金の棒』がありました。『唇の捩れた男』を読んだ人は知っていると思いますが、乞食こじきに変装してものいをしてお金を稼いでいた人物が『金の棒』で変装を解いていたら窓しに妻に見つかってしまい、変装前の服を隠すためにポケットにありったけの小銭を詰めて重り代わりにして窓からテムズ河に落とします。
 それから妻が来ても、夫の方は乞食に変装しているのでまったく気付かれません。しかしテムズ河に落とした服など見つかってしまい、乞食ヒュー・ブーンは自分ネビル・セントクレア殺害の容疑で捕まってしまうという面白い真相です。
 乞食の変装が妻にバレなかったことについて平賀さんは、当時はコンタクトレンズはなく眼鏡も文字を読むときだけ使ったり、貴婦人が柄の付いた虫眼鏡のようなレンズを片手に持って細かいものを見たり、照明も暗かった時代なのでバレなかったのではないかとしています。しかしそれでも、『変装は成立したということにしておこう。』と言っています。
 ブーンはテムズ河に服のポケットに重りを入れて投げますが、潮の満ち引きで衣類が発見されます。正典にも『干潮かんちょう時には水が引くが、潮がみちるとすくなくとも四フィート半は水がくるらしい。』と書かれています。
 どういうことかと言うと、テムズ河は高低差が少なく、ロンドンは河口から七十キロメートル離れていても潮の干満かんまんの影響を受けました。河なのに干潮と満潮まんちょうがある、ということです。

 このテムズ河ですが、正典で重要な役割をかなり果たしています。長編『四つの署名』では、ホームズとワトスンは警察のランチていに乗ってテムズ河上で犯人達を追跡ついせきする場面があります。ワトスンがメアリー・モースタンに告白したのも、テムズ河上です。
 短編『オレンジの種五つ』では、テムズ河にて依頼人の死体が発見されました。犯人達に依頼人を殺されたのです。結局は犯人達も死亡し、ちょっと後味の悪い結末となります。
 アヘン窟『金の棒』は『唇の捩れた男』で一回しか登場していないにも関わらず、様々な謎を持っています。こういうことがたくさんあるから、ホームズの研究はまだまだ続いているのです。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...