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再会④
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「結局何のつもりだったんだかな、アレ」
「うーん。私もあんなことをするスレンは初めて見たの。だから分かんない」
再び瞼を閉じ、身体を折りたたんだ飛竜の傍らで首を捻る少年少女。もちろん悩みごとの中身は先ほどスレンがジュチに施した、祝福のような、あるいは剣の焼き入れのような息吹である。
「そうなのか?」
「うん。実際に火を吐いて獲物を焼き殺したところなら何度もあるんだけどね?」
「……二の舞にならなくて良かったよ」
何の気なしに物騒な逸話を挟みながらの会話であった。いかにも意味深長な飛竜の息吹はジュチに何も齎すことはなかった。少なくとも自覚できる限りにおいては。
一方で単なる気のせい、思い込みと断じるにはあまりにも異様な感覚であり、それを傍から一部始終を見続けた少女が持つ感性も尋常のものではなかった。
何かがあった、あるいは起こった。二人は何となく、しかしそう確信していた。
「まあ、分からないものは仕方がないか」
「そうだね。悪いことが起こった訳でも無さそうだし」
が、そのまま悩み続けることなく二人はあっさりと悩みを振り捨てた。何時までも飯の種にならない物事にこだわっているほど彼らは暇ではない。辺土に生きる子どもは逞しいのだ。
そのままどちらからでもなく視線を交わらせ、頃合いだろうとなんとなく別れの空気を悟る。
「それじゃあ、今日はここまでかな」
「次は何時になるんだ?」
「ごめんね。ちょっとしばらくの間はこっちに来るのが難しいかも」
闇エルフは人よりも長寿であるという。であれば少女の言うしばらくとは如何ほどの期間を指すのだろうか。そう考えながらもジュチに不満など無かった。
「そうか。達者でな」
「ありがとう。君もね」
フィーネの言葉に頷きながらも、少年はこの出会いにそこそこ満足していた。願いである飛竜にこそ乗れなかったものの、実際に触れあうほどに近づき、言葉を交わし、良く分からないが多分何か意味があるのだろう吐息も貰った。
草原に生きる一人の少年として一生の自慢話に出来る邂逅だ。これ以上を望むのは罰当たりだろう。例えこの先二度と会う機会がなくとも不満は無かった。
「今日はありがとう、ね」
「? 何の話だ」
「本当はね、君に会うのがとっても怖かったの。ジュチくんには本当に悪いことをしちゃったから…。謝らなくちゃっててそれだけは確かで、でも君に会ってどうしようもないことが分かったらどうしようって…アハハ、ごめんね、おかしなことを言っているね私」
「…………」
正直な話…。不注意から死にかけたと聞いて何も思わなかったと言えば嘘になるだろう。だが良くも悪くも単純な気質で切り替えの早い少年はもうそれほど気にしていなかった。
「あんまり気にするなよ。もう友達だろ」
「友達…」
「ああ。知ってるか、友達って大体のことは笑って許せるんだぜ?」
ジュチのからりとした笑み混じりの能天気な言葉に、妖精族の少女は信じられないという風に目を見開く。
「嗚呼、そうか。私たちは友達なんだ…」
そうして万感の思いを込めた一息を吐いたあと、本当に嬉しそうに少女は微笑った。
「また…」
「?」
「また、会おうね?」
「ああ。その時はきっとスレンに乗せてくれよな」
「フフッ、その時のスレンの機嫌次第かな。でもきっと大丈夫だよ!」
「それじゃ期待しないで待つことにするよ」
「なんで!?」
もちろんフィーネの言うきっと大丈夫はあまり当てにならないと悟りつつあるからだった。むー、と納得のいかなさそうな顔をするフィーネだったが、腑に落ちないと言いたげな顔はすぐに真剣なものに改まった。
「約束」
「?」
「また会うって約束しよう」
ひどく真剣な顔でそう言いだしたフィーネに戸惑いつつも、その意気に押され頷く。
「分かった。約束だ」
そう約するとうん、と少女は満足そうに頷いた。
「約束だから」
「?」
「これ、あげる」
大事にしてね、と差し出されたそれを反射的に受け取る。手中に収まるそれを見ると鍔がなく、刃渡りは手のひらほどの手の込んだ細工が施された懐剣であった。
懐剣の収まった鞘は艶のある黒い下地に金色の花弁と蔓草の意匠が施された見るも見事な逸品である。好奇心を抑えきれずに鞘から抜いた刀身には紋章めいた彫刻まで刻まれている。この紋章は所有者の身分を保証する意味もあるのだろう。
「おいおい、これは…」
どう見てもあげるの一言で渡して良い代物ではない。名のある家門で代々受け継がれてきた家宝と言われても信じられる逸品だ。
「それは約束の証なの。これがあればきっとわたしたちはまた会える」
歌うように少女は言った。
「この懐剣は私が持つ佩刀と対になっててね。ちょっとした仕掛けがあるんだ」
と、腰元の帯に差した自らの佩刀を示す。
「ごめん、ちょっと血を貰うね」
「痛ッ…」
有無を言わせる暇を与えず、ジュチの手を取った少女はその指を佩刀の刃の上に置き、少しだけ滑らせる。すぐに佩刀を鞘をしまうとジワリと滲んだ血を指で拭い、ジュチに渡した懐剣の刃に刻まれた紋章へと塗り込んだ。
美しく彫刻された紋章が血の赤に汚れるが、何をすることもなくすぐに赤い汚れは消え去った。まるで刃が血を飲み込んだかのような光景に思わず自分の目を疑うジュチ。
「そして私も同じように…」
今度は自らの指を懐剣で裂き、同じように血を自らの佩刀に吸わせるフィーネ。やはり少女の血もまた刀身へ吸い込まれるように消え去った。
「うん。これでこの子たちは私たちの血の味を覚えた」
「血の味を、覚える?」
物騒な文句に疑問を投げかけるジュチ。
「見た方が早いかな。でもその前に…」
フィーネは少しだけ祈るように手を組むと、何事かを呟いた。するとその嫋やかな手指に刻まれた傷が溶けるように消え去っていた。思わず自身の指を見ると同様に治癒している。
「水を司る《精霊》にお願いしたの。私たちの傷を治してくださいって」
「そんなことも出来るのか…」
ジュチが知る限り、巫術はこれほど容易く為せる技ではないはずだ。もっと深い祈りを、祈りを捧げるための時間が要るはず…。これは闇エルフが特別なのか、はたまたこの少女が特別なのかは分からない。分からないが、気にしないことにした。余計な詮索は趣味ではないのだ。
「それより、ゆっくり懐剣を鞘から抜いてみて」
「ああ」
その言葉通りゆっくりと鞘から抜いた刃を見て瞠目する。わずかに反りの入った美しい刀身は自ずから微かな光を発していたのだ。太陽光の反射では絶対にありえない青白い光だった。
「私のも、ね?」
「同じ、だな」
同様に青白い光を放つフィーネの佩刀と見比べる。二つの刀身に宿る光は全く同じものだった。
「私の佩刀は貴方が、貴方の懐剣は私が近づけばこの青白い光で互いが近づいたことを教えてくれる。そして剣の持ち主は互いがどの方角にいるか何となく分かるの。対の魔剣は惹かれ合うように生み出されたから」
かつてマイグナスという銘の短剣が闇エルフ達のかつての故郷で鍛えられたという。神代に鍛えられたかの剣は恐ろしい敵が近づくと刀身を光らせて持ち主に危険を知らせる護り刀だった。この対の魔剣はマイグナスを鍛えた鍛冶師の流れを組む流派の門弟が鍛えたモノなのだ…。そう、妖精族の少女は魔剣の来歴を語った。
「こんな貴重なものを良いのか?」
「いいの。だって私たちは友達なんだから!」
何故か胸を張って友達と言う言葉を強調して力説され、思わずその勢いに押されて懐剣を受けとってしまう。やけに押しが強くグイグイと迫ってくる振る舞いに近くないか? といきなり縮まった距離感に困惑するジュチである。
しかし、と少年は思う。一度受け取ったものを突き返すのも失礼だろう。だが貰いっぱなしというのもどうなのか、とジュチの良心が訴えていた。お礼とそのお返しは人間関係の基本である。草原でもそれは例外ではない。
とはいえ当然のことながらこの懐剣に匹敵するような代物をジュチは持ち合わせていなかった。この懐剣は最早身に着ける財宝と言っていい貴重品である。カザル族の天幕をひっくり返しても比較できるほどの逸品はそうないだろう。
しばしお返しの中身について悩んでいたが、元々選択の余地はあまりなく、決心もすぐについた。
「ちょっと待っててくれ」
「?」
と、首を捻る少女をその場に置いて、急いで丘を駆け上りエウェルのところまで戻る。目的はエウェルではなく、エウェルに装着した鞍から下げた雑嚢の中身である。雑嚢の中を漁ると、すぐにお目当てのものは見つかった。汚れないようにしっかりと包んでいるのも確認済みだ。
雑嚢から取り出したのはバヤンの好意で間食代わりに渡された上等な燻製肉だった。
「じゃあ俺からも。お礼と言ったら本当になんだけど、これをやるよ」
「干し肉?」
「こんな物しかなくて悪いけどな。馬肉の一番良いところを使った燻製肉。ここら辺で採れる香草と一緒に燻してある。お隣の部族からも物々交換で求められるくらいには評判が良いんだぜ」
「大丈夫? 貴重品じゃないの?
ジュチの繕い跡や汚れが目立つ騎馬の民の装束へ気遣いの籠った視線が向けられながらの発言であった。そこまで貧しく見られてるのかね、と内心で苦笑を漏らしつつ気にするなと声を張った。
「馬鹿、間違ってもそっちの懐剣ほどじゃないさ。せめてこれくらいは貰ってくれ」
「うーん。でも悪いよ」
「気にするなって。このまま何も返せない方がよっぽど―――」
と、更に説得の言葉を重ねようとしたところで年若く食べ盛りのジュチのお腹がキュウ、と正直な音を鳴らす。あまりのみっともなさに今この時ばかりは黙っていて欲しかったと己の胃袋を恨みがましく思う。
「ほら、やっぱり!」
「いやいや。今のは気のせいだ、幻聴だ。良いから大人しく受け取るんだよ! 友達だろおらっ!」
「むむむ」
「何がむむむだ」
と、気まずさを誤魔化す意図もあってか勢いに任せた漫才のようなやり取り。これをさらに何度か繰り返しつつ、ようやく話はまとまるのだった。
「じゃあ、この燻製肉はありがたく頂くの。でも代わりに私の聖餅を分けてあげるね!」
「聖餅?」
「私たち妖精族だけが作れるとても日持ちのする薄焼き菓子だよ。私たちが育てる穀物とミル…が材料で…」
と、一瞬だけ極端に聞き取りづらく、また語尾も尻すぼみとなった。が、すぐに次の言葉が紡がれる。
「とにかくこれはお母様から貰った最後の一枚だけど、私と一緒に半分こしよう?」
そう言って少女は小さな腰袋から大きな葉っぱで包まれた件の聖餅を取り出す。見た目は淡いとび色に焼き固められた、薄く成形された焼き菓子のよう。葉っぱから取り出したそれをフィーネが割ると、中身は柔らかなクリーム色で、何らかの穀物粉を練って作られているようだが、ところどころに肉のような果実のような小さな粒が混ざっている。
「はい」
「…ああ、ありがとな」
「うん!」
貰い過ぎという実感から一瞬差し出されたレンバスを受け取るのを躊躇ったが、ニコニコと太陽のように嬉しそうに笑う少女の笑顔に屈した。一方フィーネの方はやけに上機嫌な様子だった。少女に礼を告げ、渡されたレンバスを口にする。
「おっ?」
「えへへ、凄いでしょ?」
「凄いと言うか…なんだこれ、本当に食べ物なのか?」
一口呑み込んだだけだと言うのに、身体の底から活力が湧いてくる感覚。先ほどまでの空きっ腹は消え失せ、しばらく走りっぱなしでも平気な気力体力が充填されていくような…。
美味な食事を摂ればそれだけ気力は充実する。だがそれだけでは説明がつかないような、不思議な力が湧いてくる感覚だった。
「私たち妖精族の門外不出、秘伝の製法で作られる特別な焼き菓子だもん。一枚食べればそれだけで一日たっぷり歩けるくらい元気がつくの。妖精族以外の人は滅多に食べる機会が無いんだよ」
えっへんと鼻高々に自慢する少女。しかし自慢するだけの効能を自身の身を持って体験中である。素直に感心し、大したものだと応じるのだった。
(残りはツェツェクへのお土産にするか)
貰った半分ほどを平らげると、残りは義妹のために取っておくことにする。珍しいもの好きで、食い気も中々なツェツェクならきっと喜んでくれるだろう。フィーネに頼んでレンバスを包んでいた大きな葉っぱを貰い受けると、小さくなったレンバスを再び包みこみ懐にしまった。
「良いモノをありがとうな。義妹にもお土産代わりに分けてやることにするよ」
「うん。ジュチくんの家族が喜んでくれると嬉しいな」
家族思い、という点において両者は共通している。何となくお互いにそのことを感じ取った少年と少女は互いを見、共感の笑みを交わし合った。
「それじゃああとは…。あとは…」
この出会いを名残惜しむように、引き伸ばすために何かが無いかと指折り数えて考えるフィーネだが、自然と語尾は尻すぼみになる。もう二人の間で殊更に交わさなければならない事柄は無いと分かったからだった。
(何でだろうな…)
その姿を見て、己のどこがこんなにも少女の琴線に触れたのか見当もつかない。だがこの危なっかしいが同じくらい魅力のある少女に好意を持たれているのはなんとも嬉しいような、くすぐったいような不思議な感覚だった。
「それじゃあまた、な」
「!? うん、また、ね!」
別れを切り出すため、そして次の機会があることを確かめ合うために最後にもう一度再会を約する。すると少女はパッと笑顔を見せ、元気よく最後の言葉を告げた。
「ありがとう! ジュチくんに会えて良かった!」
それを合図にフィーネは飛竜に着けた騎乗帯に駆け乗ると、鋭く口笛を吹いた。
むくり、と身を起こしたスレンが畳んだ翼を天に広げ、飛び立つ前準備として全身に力を溜めた。轟々と風が唸りを上げてスレンへ殺到して上昇気流となり、飛竜の巨躯を天へと飛ばす手助けとなる。この風は恐らくは《精霊》の仕業だ。飛竜は火を操るだけではなく、飛翔の時にも風の《精霊》の力を借りる魔獣なのだろう。
『―――』
景気づけのように一声、鳴いた。グッと溜めた力を解放し、天へと飛び上がるスレン。そのまま力強く両の翼で天へ羽撃き、更なる飛翔への力と為す。
「おお…!」
飛翔に伴う突風がジュチの髪をぐしゃぐしゃにかき回すが、それも気にならないほどその雄偉な飛翔に見入っていた。なんという力強さ、なんという美しい姿だろう!
そのまま天高く上昇し、やがて北の方角へ飛んでいく一人と一騎の姿が消えるまで、ジュチはジッと見つめ続けた。彼らが視界から飛び去った後も、しばらくの間はそのまま北へ視線を向け続けるほどに。
「きゅるる…」
と、ジッと飛び去った飛竜を見送るジュチの耳元へ聞きなれた鳴き声が届く。
「うわ、お前いたのか」
鳴き声のした方へ視線を向けると、お馴染みとなった火蜥蜴がジュチの肩を自らの定位置と主張するように収まっていた。少なくともフィーネと話していた間にはいなかった、はずだ。相変わらず正体がつかめない神出鬼没っぷりだった。
「そういえばお前のことを聞き忘れたな…」
「きゅー」
しまった、と若干の後悔を滲む口調で呟く。この火蜥蜴が現れたきっかけも飛竜の襲撃だったから、もしかしたら何か関係があったのかもしれない。何か知っているか問い質す良い機会だったのだが、衝撃的な出来事が多すぎてすっかり頭からまから抜けていた。
「……お前、大きくなってないか? というか、それ翼か?」
「きゅう?」
疑念に満ちた視線を向けられてもつぶらな瞳で首を傾げる火蜥蜴は中々可愛らしかったが、そんなあざとい仕草に騙されはしない。手のひらに乗る程度の大きさだったチビの蜥蜴が、二倍か三倍近く大きくなっている。そして背には小さく未熟だが、一対の翼のような器官まで…。聞こえてくる鳴き声も心なしか天幕一枚隔てたような音の遠さが薄れたように感じられる。
「……飛竜?」
思わずそう呟く程度には、奇妙な成長(?)を果たした火蜥蜴の姿は飛竜に似ていた。まさか、という推測が頭の中で組み立てられるも、それを裏付ける根拠はない。
「まあ、いいか」
行き過ぎそうになる推測と連想を打ち切り、一言だけ呟く。
全ては次にフィーネたちと出会ったときに確かめればいい。彼女がこの珍獣にまつわる何かを知っている可能性はそれなりにありそうだし、よしんば知らずともそれはそれで話の種くらいにはなりそうだ。
尤もジュチの思う次は近い未来、幾つかの災厄と波乱に巻き込まれた末に果たされることになるのだが、それを知らない少年は奇妙な宿縁を結んだ少女を思いながらその日を楽しみに待つのだった。
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