遊牧少年、シャンバラを征く

土ノ子

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一方その頃①

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 過日、《天樹の国》にて。
 フィーネがジュチと別れ、《天樹の国》へと帰還し、少なくない日数が流れていた。

「暇なの…。何かしたいのに、出来ることが無いの…。贅沢だって分かってるけど。アウラのお見舞いとスレンの竜舎にはもう行ったし…」

 ダラーンと寝台に身を投げ出し、やり場のない感情を力のない言葉にこめて吐き出す。
 ここ数日、フィーネはそれくらいしか出来ることが無かった。
 フィーネは父であるガンダールヴ王から私室と一部の場所を除き自由に動くことは許さないと謹慎を受けていたのだ。
 無論その謹慎には理由がある。
 ある意味ではフィーネの自業自得であり、また必要なことでもあった。
 ポータラカ王宮へスレンとともに戻り、両親である国王夫妻へ帰還の挨拶を終えた後。フィーネは短い日数なりにその旅路の中で起きた様々な出来事を全て両親に語って聞かせた。
 霊草探索には成果が得られなかったことや自身の過失が引き起こした大きな過ち、そして過ちを償うために取った手段も含めて全てを。
 都合が悪いことを隠しておこうという考えをフィーネはそもそも思いつかなかった。フィーネは「良い子」であり、無暗に隠し事や嘘を言うのは悪いことだからだ。

「お父様もなんでか変に張り切ってたしなぁ…。ジュチくんを勝手に《血盟獣》にしたのは確かに良くないことだけど、でもそれは仕方がないことだったし…。それにそこに怒ってる感じでもなかったよね…。お母様は心配ないって仰っていたけれど」

 と、やることのないフィーネは暇つぶしも兼ねて、両親へ己のやらかしと旅路の顛末を報告した時のことを思い出し始めた。

 ◇

 スレンとともにポータラカ王宮へ帰還したフィーネは疲弊した身を王宮付きの女官達に丁寧に慰撫されながら、久しぶりに文明的な空間の中でゆっくりと休息を取った。
 両親である国王夫妻と直に顔を合わせたのは、王宮に帰還してから一昼夜が経った頃だった。
 国王夫妻は中々に多忙で一人娘と言えど即座に会話をするだけの時間が取れなかったと言うのがまず一つ。
 王宮に辿り着いたフィーネの疲労がかなり深かったのも大きい。正直なところ久しぶりに柔らかい寝台へ潜り込んだ瞬間に意識が落ちたくらいにはフィーネの疲労は蓄積していた。
 そうして休息と予定調整を兼ねた一昼夜が過ぎ、フィーネはようやく両親と顔を合わせて直に帰還の報告を届けられたのだった。
 当然、話題に上がったのはフィーネが向かったささやかな旅路についてである。
 実りは無くとも素敵な出会いがあったこの十数日について、フィーネは感情豊かに語った。
 あの時、ジュチを《血盟獣》として盟約を結んだこと、そして再会した時に互いを語り合い、になったことを伝えると…ガンダールヴ王はなんとも形容しがたい形相をしていた。
 その形相を見て、何か誤解を与えたのかもと焦ったフィーネはジュチについて信頼できる素敵な男の子なのだと力説した。

「あの! あのね、ジュチくんは凄く思いやりがあって素敵な男の子なの。不器用で口が悪いけどね、とっても優しくて、思いやりがあって、飛竜スレンに向き合えるくらい勇気もあって、あの、とにかくね…」
「良いのよ、フィーネ。ゆっくりと考えて言葉にしてみなさい」

 気ばかり焦って思いに任せて言葉を続けるフィーネを止めたのは、全てを包み込むような柔らかい語調で紡がれたリーヴァ王妃の言葉だった。
 いつも優しい笑みを浮かべている母だが、この時の笑みはいつもより更に優し気で微笑ましく思われているような気配があった。
 その柔らかい言葉に気を取り直し、自分なりに纏めた思いを言葉にして語るフィーネ。

「うん…。ジュチくんは私のお友達だから。お父様とお母様にもジュチくんのことを知って欲しいし、私のお友達として認めて欲しいな…って」
「あらあら、その子ととても仲良くなったのね、フィーネ」
「うん。私とジュチくんはすっごく仲良しさんなの!」

 頬を赤らめ、訥々と、だが精一杯の思いを込めて嬉しそうにについて語る、目に入れても痛くないほど可愛いがっている
 その姿を見たガンダールヴ王の胸中で如何なる感情が巻き起こったかは定かではない。
 不思議なことにフィーネが言葉を重ねるほどにガンダールヴ王の額に刻まれた皺は深まることはあっても、薄れることは無かったのだが。
 対照的に母親であるリーヴァ王妃は娘に訪れた順縁にご満悦な様子であった。
 並み外れて優れた天眼テンヌドの持ち主である彼女は恋愛至上主義…というよりも運命論者なのだった。
 男女が結ばれるために身分よりも大事なものがあると信じているのだ。それが『縁』であり、闇エルフは一目惚れによって自らの運命の訪れを感じているのだと彼女は主張している。

「あらあら。これは思った以上に私たちの可愛い娘がでいられる時間は短いかもしれませんね」
「何を馬鹿な…。たかだか一、二度言葉を交わしただけの関係だろう? いささか気が早すぎる話ではないか、リーヴァ」

 と、言いつつ口の端がヒクヒクと引き攣っているガンダールヴ王であった。
 無理もあるまい。
 男の陰すら無かった愛娘の傍に急に親し気な気配を感じる少年(それも余所者だ!)が現れたのだから。男親としてはついつい本能的な敵意を持ってもおかしくない状況である。
 その様子を見て可愛い人とリーヴァ王妃は吹き出すのを堪えながら、諭すように言葉を紡いだ。

「愛しい貴方、お忘れかしら? 闇エルフの女は、幾つであろうと『女』なのですよ。年齢よわいは関係ないのです」
「……ああ、とも。愛しい妻よ。おかげさまで、はっきりとな」

 と、苦笑を込めて応じるガンダールヴ王は妻への愛情と在りし日の諦観を思い返していた。
 当事者たちだけが知る秘事であったが、国王夫妻の馴れ初めは、幼いリーヴァがガンダールヴに闇エルフらしく一目惚れしたことから始まる。そしてリーヴァが数多の恋敵達を蹴散らし、捕食にも似た求愛行動を重ねた果てにガンダールヴの心を射止めたのだ。
 国王夫妻という高貴な身分の筆頭である彼と彼女の夫婦関係は、政略と利害ではなく純粋な恋愛関係から始まったもの。
 それ故か未だに夫婦の仲はお熱い。こう見えてフィーネの弟妹を狙って日夜夫婦で共同作業に励んでいるのだ。闇エルフである二人の見た目はまだまだ若いので、仲睦まじいお似合いの夫婦だった。
 特に恐妻家でもない国王が側室、愛人を持たないのは中々珍しい事例である。尤も歴代の国王の大半が恋愛結婚ではなく、政略結婚であるという事実も影響していたのかもしれないが。
 閑話休題。

「それはそれとして、フィーネは謹慎だ。件の少年を《血盟獣》にしたのは流石にこのままという訳にはいかん。いかんが、下手に公表するのも憚られる。ましてやフィーネの口から洩れるなどもっての外だ」
「まあ、やむを得ないかと? フィーネもそうした機微を理解出来ていますまい」

 娘を愛する国王夫婦であったが、同時に娘の快活でやや間の抜けた面も熟知していた。このまま口止めしなければ、何の気なしにうっかり口を滑らせかねない。口止めしても万が一がありうるかもしれない。
 そしてこの話が広まればまたひと騒動起きることは十分考えられる。良くも悪くもフィーネは《天樹の国》に深く関わる者ほど無視できない、大きな存在なのだ。
 フィーネを制御できぬ災いと見るか、はたまた父の後を継ぐ女王にして大巫術師と見るかの判断は賢人議会の中でもまだ割れている。
 様々な意味で油断は出来ない。
 であれば、今回の家出騒動を口実に一人娘を隔離するのが親として出来る娘への配慮だった。

「良いな、フィーネ」
「ええと、はい」

 ガンダールヴ王の言葉にそのまま頷いている様子のフィーネ。王はそこに若干の不満を感じつつもそれを飲み下した。
 当世一流の賢者達を当て、教育を施してきたのだが、どうにもフィーネには政治的感覚が欠けていた。両界の神子という特殊な生まれが関係しているのか、感性が浮世離れしているのだ。恐らくは文字通り境遇に由来するのだろう。

(娘としては可愛く、素直な良い子なのだがなぁ…。良い子のが珠に瑕だが。賢人議会の頑固爺どもめ、返す返すも王家の事情にくちばしを入れおって腹立たしいことこの上ないわ。フィーネに消えない瑕を刻んだのは生涯忘れんぞ!)

 と、内面は闇エルフらしい情愛と執念深さがとぐろを巻くガンダールヴ王である。
 国王である彼も無視できないのが賢人議会、《天樹の国》を統べる賢人たちの集いだった。
 《天樹の国》は妖精王フレイ・イン・フロージを盟主とする緩やかな紐帯で纏まった共同体だ。その内面は決して一枚岩ではない。

(全てはフィーネを国の災いとなさせんがため…。理解はしている。でなければ娘を傷つける決定をむざむざと認めるものか! だがあの娘の父としてこれ以上の狼藉は許さん、絶対にだ)

 共同体への帰属意識が強く、国家という枠組みに反してまで自身の利益追求に走る輩が少ないのが救いだろう。だが内部での主導権争いは当然のようにあった。
 《天樹の国》の政務に置いて大きな影響力を発揮する賢人議会などはその縮図だろう。貴族階級にあたる邦長クニオサ達や政治・交易・工芸・医療・軍事等々その道に通じた識者らが集う賢人議会は《天樹の国》の実質的な意思決定機関だった。
 基本的に《天樹の国》の王家とは国家を纏める象徴であり、権力の担い手ではないのだ。普通は賢人議会が下した決定を追認する権威の象徴でしかない。当代随一の呪術師であるガンダールヴ王やリーヴァ王妃はその卓越した個人の実力から賢人議会の議員を含む民草から広く慕われ、政治力を得ている稀な例外なのだった。
 さておき、賢人議会にこの爆弾じみた報告をそのまま上げれば蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは確実だろう。件の少年の処遇についても揉めるはずだ。
 であれば可愛い一粒種のためにもガンダールヴ王は意を通じた賢人たちに根回ししたりと、彼なりに娘のために動くつもりだった。

「父に任せよ。その少年の処遇も決して悪いようにはせぬ。しかしお前が軽々に動けば、父の邪魔となることもある。故に自室にて謹慎せよ、名目としては此度の出奔について反省のためとする。が、アウラとスレンに会うことまでは禁じまい。無論無暗に自室の外で長居することは許せんがな?」

 と、片目を瞑って娘に「分かるだろう?」と目配せをする。
 その茶目っ気のある仕草からかけられた言葉に自身への気遣いを感じ取り、フィーネは破顔した。
 国王として威厳を以て執務をこなし、厳しくも優しい父をフィーネは心から愛し、尊敬していた。
 ガンダールヴ王の言葉に嘘は無い。ただし件の少年の扱いについて、フィーネが望んでいるようにコトを運ぶとも明言はしなかった。

「分かりました。その……ありがとう、お父様」

 はにかむように笑い、父の気遣いに頭を下げる。
 するとガンダールヴ王は非常に機嫌を良くしながら愛娘の頭を撫でた。

「何を言う。父が娘を思い、助けるのは自然なこと。だがお前の気持ちは嬉しいぞ。フィーネ、我が愛しき娘よ」
「エへへ、私もお父様が大好きです」
「そうか! ハハハ、これはやる気が湧いてきたな。待っていろ、賢人議会の頑固者どもめをやっつけてきてやるとしよう」

 そんな微笑ましいようなそうでないような一幕を見て。
 リーヴァ王妃はクスクスと様々な思いを込めた笑いを零しながら、己はどうすべきかとリーヴァ王妃は吟味する。

「さて、さて…」

 常識的に考えるならば夫の奮闘と娘の謹慎を大人しく座して見守るのが正しいのだろう。
 だがどうにも天眼テンヌドが、己が霊的感性が疼くのだ。
 この先何か一波乱おこるだろう、と。
 そしてその時娘が思うようにさせた方が面白い…もとい、娘にとって良い方へ働くと。
 その結果、夫の奮闘は思い切り明後日の方向へ向かってしまうかもしれないが…なに、我が夫と娘ならば、と。
 家族への信頼と若干の悪戯心をもってリーヴァ王妃は事態の推移を見守ることとしたのだった。
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