28 / 45
使節
しおりを挟む《天樹の国》の国境にて。
騎馬の民の少年ジュチと闇エルフの少女フィーネは再会を果たした。
「久しぶりだな、フィーネ。会えて嬉しいよ。こんなに早く会えるとは思って無かったけどな」
「エへへ、実は結構前から対の魔剣がこっちに近づいて来ているのは分かってたんだ。でも国境を越えて会いに行くのは許されてなかったから…。でもでも、ようやくジュチくんと会えて私も嬉しいの!」
国境を越えて大した時間も経っていないというのに早すぎる再会。
そこに疑問を覚えたジュチの挨拶にフィーネはさらりと嘘ではないが全てを語っているわけでもない答えを返す。
風精との同調による覗き行為のことなどおくびにも出さず、さも対の魔剣による恩恵だと思わせる口ぶり。
無意識の言動であるが、そこは狡猾な闇エルフの本能と言うべきか、実に自然な話しぶりであった。
現にジュチは流石は巫術に長けた闇エルフ、そういうことも出来るのかと感心するばかり。
アゼルはフィーネの口ぶりに若干の違和感を覚えたようだが、疑惑にまでは至らない。
ただなんとなくだが、見た目通りの無邪気な少女ではないと直感した。
(ジュチからは単に友達と聞いていたが…)
ジュチの一挙一動に視線を奪われているフィーネの様子を見ていると、それだけには見えない。
アゼル自身は色恋沙汰に疎く、そういう方面には鈍いのだが……何かフィーネの輝かしい程の笑顔の裏に何かどろりとしたものが混ざっているように感じられるのだ。
その感覚を裏付けるようにジュチの姿が少女の視界に入ってからは傍らのアゼルに意識が一片たりとも裂かれていない。
さながら路傍の石と同じであるかのように扱っている。
だがその根源は傲慢さからと言うより、単に意識の全てがある一点に注がれているからのように見受けられた。
(モージが言っていたことはこういうことか…)
闇エルフは情が深い、と。
あくまで万が一の話だがとの前置きをした上で闇エルフの生態について色々と聞いていたが、どうやらモージの懸念が当たっていたらしい。
ただしこれが吉と出るか凶と出るかはこれから話がどう転がるかによるだろう。
「ところでこの国境っていつも人を置いていないのか? ここに小さいけど関所があって入国の取次があるって聞いていたんだけど…」
「あ、ううん。いつもならそんなに多くは無いけど国境にも巡士はいるんだけどね。今はちょっと危険だから、もう少し奥の方に引っ込んでいるんだ」
「危険…?」
「後で話すよ。それよりもジュチくんは―――」
少年との何でもないやり取りでも嬉しそうに楽しそうに会話を交わす見目麗しい少女。
だが不思議と少年のことが羨ましくないのは少女が幼いからだけではないだろう。
少年の未来に幸あれとアゼルは天神に静かに祈った。そしてそれ以上のことをする気はあまりなかった。少女の執着がこの旅路に影響を及ぼすようならまた話は別だが…。
「ジュチよ、再会を喜んでいるところに水を差すのは心苦しいが、お前の友を俺にも紹介してもらいたい。無骨な俺とて挨拶の一つも交せん無粋な輩にはなりたくないのだ」
少年と少女がひとしきり互いに再会を喜び合い、言葉を交わし合ったと判断すると横からそっと声をかける。
その穏やかな声にフィーネとの再会を喜んでいたジュチが我に返る。
「そうだった。ごめん、アゼル」
と、素直に謝罪し。
「フィーネ、こっちはアゼル。同じ部族の男衆で、俺の兄貴分だ」
「初めまして、私はフィーネ。ジュチくんのお友達です」
アゼルへ笑顔で如才なく声をかけるフィーネ。
対し、アゼルはフィーネに向けて静かに一礼をすると、耳慣れぬ調子の挨拶の言葉を述べた、
「我らが出会う時、双つ星が輝く」
それを聞いたフィーネはおや、という表情を浮かべた。
闇エルフの古い流儀に則った正式な挨拶である。
それも一介の旅人が使うようなことはほぼない、《天樹の国》と古くから交流のある隊商の頭目や部族・国家の使節が述べるような正式なものだ。
とはいえその仕草は洗練されたものとは言い難い。
「我らを相照らす星の導きに感謝を」
闇エルフの少女は若干困惑を浮かべるも、曲がりなりにも一流の教育を受けた王女である。
美しい所作とともに礼儀正しく形式に沿って挨拶を返した。
アゼルも不慣れなりに淡々と返答を続ける。
「我らは流浪の民の末裔、名はアゼルと申す。高く貴き峰に住まう山と星の娘にご挨拶申し上げる」
ついで部族の名を耳にしたフィーネが今度は腑に落ちたと僅かに頷く。
流浪の民。
その名は《天樹の国》にとっても決して無関係な名ではないのだ。
とはいえその関係性もとうの昔に薄れ、今となっては仔細を知る者は一部の教養ある者くらいだった。
「シャンバラに座す実り豊かな大君の臣下、フィーネと申します。騎馬を駆る猛き一族の裔よ、この出会いに祝福があらんことを」
尤もいまはそんな事情は関係は無い。
フィーネは王女として叩き込まれた礼儀作法に則り、舞踊的な美しさすら伴った所作で優雅に挨拶を返した。
「祝福があらんことを」
とアゼルも応じ、形式に沿った挨拶は完了した。
傍らには突然始まった儀礼的なやり取りに目を丸くしたジュチ。
少年の困惑を見て取ったアゼルが苦笑とともに今のやり取りについて説明する。
「闇エルフの流儀に則った口上だ。正式な使節として彼らの国へ赴く者は皆、こうして挨拶を交わしたという。
とはいえフィーネ殿、我らの交流も絶えて久しい。ご無礼あるかもしれぬがどうかご容赦願いたい」
と、実直に謝意を示すアゼル。
《天樹の国》に関する知見と旅慣れた技能を見出だされたとはいえ、元来口が達者な方ではない。
弱みを見せる、などと考えず素直に口に出す方がまだ良かろうとの考えからだった。
「正直に申し上げて、とても驚きました。しかしそれ以上に喜ばしい出会いです。古き同胞に連なるお方」
「こちらこそ闇エルフの貴人に出会えて光栄だ。かの国で飛竜乗りと言えば例外なく当世一流の才人と聞く。機会あらばフィーネ殿と語らってみたいものだ…。無論、ジュチとともに」
「ええ、是非とも!」
無骨ながら微笑を浮かべるアゼルと、満面の笑みを咲かせたフィーネ。
二人の友好的だがどこか堅苦しいやり取りにジュチは分かりやすく疑問の意を示した。
「……なあなあ、何で二人ともそんなに持って回った話し方なんだ?」
一応は気を遣ったのだろう、声を潜めた問いかけをアゼルに向ける。
だがあまりにも直截な問いに気持ちは分かるが静かにしていろと身振りで示そうとする。
「フフッ」
闇エルフの鋭い聴覚でそれを聞き取ったフィーネはジュチくんらしいなぁと、春風のようにふわりと笑みをこぼした。
元よりこの肩が凝りそうなやり取り、フィーネとしても全く好みではない。
出来ることとやりたいことは別の話だ。
ましてやお友達であるジュチとの会話にそんなものを差し挟むのは無粋という他は無い。
「アゼル殿、実は私は今日飛竜との遠翔けでここに来ました。公人ではなく私人として。それに遠方より来られた友を歓待するのは闇妖精の一族にとってもこれ以上ない喜び。
無論、容易ならざる事情をお持ちであることは察しております。必要ならば我らの王宮へご案内し、然るべき者へと取り次ぎましょう。
しかしこの場においては私人、ジュチくんのお友達としてご助力差し上げたいと思うのですが、如何でしょう?」
「……ジュチとの友誼を利するようで正直なところ心苦しい。しかし我らには時間が無く、伝手も乏しい。フィーネ殿、貴方の申し出は願っても無いことだ。どうか我らにご助力願いたい」
と、アゼルがさっと頭を下げ、フィーネが鷹揚に頷くとある種の合意が形成された空気が漂った。
そこに再び空気も読まずに疑問の意を表明するジュチ。
「結局どういうことなの…?」
「この場にいる者の間では、多少の無礼は見逃してくれるということだ。もう自由に話して良いが、人目がある時は黙っていろよ。良いか、フリではないぞ? 必要になれば俺がお前を黙らせる。そこをよく覚えておけ」
若干最後の辺りにドスを利かせた調子で少年を窘めつつ、その手綱を緩める許しを与えた。
分かったような分からないような、隠し切れない困惑を浮かべた少年。
前世においても本音と建前を使い分けるような会話術を用いる機会がほとんど無かったのだ。
だが少年らしい切り替えの早さで、すぐに疑問を棚上げすることにした。
「分かった! つまり普通に喋っていいってことだな」
その能天気な言葉に分かっていないなこれは、と眉を顰めるアゼルだが。
「そうだよー。だって私たちはお友達だもん! 変なところで堅苦しくする必要なんて無い無い!」
と、当のフィーネがニコニコと笑顔でジュチの言葉を肯定した。
《天樹の国》の貴人に連なる姫の意向に、吹けば飛ぶような弱小部族の一使節が逆らえるはずもない。
ましてやこれから頼みごとをする立場であるならば猶更に。
となればアゼルが言えるのはもう人目がある時は黙っておけとジュチに後でキツく言いつけるくらいのものだった。
0
あなたにおすすめの小説
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月15日付で、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。
ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる