32 / 45
指導者の資質
しおりを挟む「一緒に行ってくれるんだな、フィーネ」
「うん! ジュチくん達だけじゃ危なっかしいし……それに、アウラだって私が助けるんだから!」
改めての問いかけに力強く頷くフィーネ。
尤も胸の前で小さな両の拳を握りしめながらふんすと鼻息荒く力を籠める姿は頼もしいというよりも可愛らしい。
ジュチとしては見た目の問題もあって心情的にはフィーネよりも飛竜のスレンの方を頼りにしていた。
本人の自己申告に依れば、フィーネはスレンをも御しうる巫術の達人らしいのだが、やはり見た目から受ける印象は大きいのだ。
「むー…」
《血盟獣》の絆から何となくそのことを察したフィーネはプクーっと頬を膨らませると、ジュチをポカポカと叩く。
下手に本気を出すとジュチが塵に還ってしまうので、それが彼女の妥協点だったのだ。もちろん効果はなく、むしろ可愛らしいという印象を補強する助けとしかなっていない。
「なんだよ?」
「ふーんだっ!」
お姫様がご機嫌斜めなことを悟ったジュチは苦笑した。
一見すると似た者同士の幼い男女による微笑ましい光景である。実際のところ両者の認識や心情において相当な隔たりがあるのだが…。
「話はまとまったようだな」
と、そんな彼らにアゼルが声をかける。
いつも通りの無表情。その内心は読み取れない。果たしてジュチが挑もうとしている無謀をどう思っているのかも分からなかった。
もしかするとアゼルはジュチの愚行に反対しているかもしれないという可能性が脳裏を過ぎる。
「あー…っと、その、アゼル?」
どう話を切り出したものかと迷う、何とも中途半端な呼びかけに。
「責める気なぞ無い。が、せめて年長に相談の一つもすべきと思うのは俺の思い上がりか?」
アゼルは変わらず無表情のまま、だが心なしか少年へ向ける視線をジトリとしたものに変える。
妙な表現だが、なんとも味のある無表情であった。尤も向けられた当人であるジュチにそんなことを思い浮かべる余裕はない。
「うん、っとさ…。えーと、あれだ、あの時の俺ってちょっと頭おかしくなっててさ―――」
「……冗談だ。そう慌てるな」
何とか弁解しようとする少年を見遣り、フ…と微かに息を吐きながらその弁解を遮った。
冗談と口にする割には変わらず無表情である。
とはいえ心なしか青年が纏う雰囲気は緩んでいた。責める気がないというのは本心なのだろう。
「正直に言えば、俺は諦めるべきだと思った。相手は飛竜に匹敵する強大な《魔獣》。それもアテにしていた姫君と飛竜の助力は得られんのだからな」
加えて言えば王国の姫君を唆し、入山が禁じられている霊山へ立ち入るおまけつきだ。闇エルフ達からすればいっそ大王鷲に食われてしまえと思われてもおかしくない所業であった。
とはいえそれらの危険要素を勘案に入れてもアゼルが意見を変えることはない。部族の危機を救うことに比べれば遠い地の闇エルフの恨みを買う程度は呑み込むべき危険だった。
「いや、俺が言うのも何だけどさ。それが普通っていうか……逆だな、多分俺が凄い馬鹿なんだ」
「全く持ってその通りだ。お前は底抜けの愚か者だろう」
と、ジュチの自虐を力強く肯定するアゼル。妙に自信ありげな雰囲気で断言され、密かに傷つくジュチである。
いや、言われずとも自覚はしていたが何も力いっぱい言い切らなくても…と。
「だが、だからこそお前は彼女を説き伏せ、本来立ち行かぬ道を抉じ開けられたのかもしれん。馬鹿の一念は時に岩を徹す。賢しい輩は先が見えるからこそ、わざわざ愚行に挑むことはないからな」
それは俺には出来ないことだ、とアゼルは言う。
「お前は俺が出来ないことをしたのだ、ジュチ。これだけでお前が旅に付いてきた意味があった。お前の兄貴分として、俺はお前を誇りに思う」
と、ぶっきらぼうにジュチの頭を撫でる。
ガシガシと遠慮のない力強さで撫で回す手には、事態打開の糸口を切り開いた弟分への賞賛が籠っていた。
「だからこそ言っておく。これが無理無茶無謀な試みであることはもういい。俺も承知の上だ。ともに命を懸けることに異論などあるはずもない。
だが例の群生地へ向かい、成功の光明すら見えなければ引き返す。命を懸けることと命を捨てることは一見似ているようで別の話だ。良いな?」
そして撤退の判断はあくまで己が行うと言う。ジュチの無謀を肯定しながら、同時に一線を引くことも忘れない。
この辺りアゼルは家族を救うことに囚われ、視野が狭くなっていた幼い二人と違って冷静だった。
賭けるべき時は大胆に、そうでない時は慎重に。だが損切りの分岐点は常に考えるべし。
指導者、頭目としての心得をよく弁えていた。
幼い二人はもちろん、そこらの凡百な族長よりも視点が一段高い。本人の望みはさておき、アゼルならばソルカン・シラの後を継ぎ優秀な指導者になれるだろう。
「フィーネ殿もそれでよろしいか? うちのジュチの愚行に付き合わせておいて口にするのは憚られるが、頭目としてただ命を捨て去る真似を許すことは出来んのだ」
「ええ、どうぞご自由に。それに…心配は無用かと思いますよ?」
「と、言うと?」
フィーネにも水を向けるとにこやかに頷かれる。
ジュチに見せていた無邪気な少女らしさは薄れ、何とも大胆不敵に胸を張った。
「私がいるので」
スレンが、ではなく己がと言い切った少女に白い眼を向けるジュチ。
その身に秘める戦闘力を本人の申告ではなく外見から伺える範囲のものであろうと見積もっているからだった。この辺り、やはり直接的にその力を実感していないことと、精神的な距離感が近いことから実感が薄いのだ。
(だろうな…)
だがアゼルはそんな短慮な愚か者と違い、先ほどの舌戦でフィーネの怒りが嵐の先触れを呼び込むのを見ていた。ただの余波で天変地異を引き起こすけた外れの力。
間違ってもただ者ではない。人間はもちろん、闇エルフの基準においてさえ。そう確信できるほどの力。彼女のような存在が何人もいるのなら、《天樹の国》がこの地の覇者となっていない理由が説明できない。
「それは心強い。求めるものも、それを阻むものも互いに同じ。我らを苛む危機、ともに力を合わせて乗り越えよう。我らの未来に幸あらんことを」
「はい、みんなで一緒に頑張りましょう!」
そうと確信しているからこそ、アゼルもまたにこやかに笑いを返し(ジュチは驚愕の視線を向けた)、一種の合意を形成するのだった。
0
あなたにおすすめの小説
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月15日付で、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。
ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる