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精霊の力
しおりを挟む「うははっ! 速っ、はっえーなオイ! なんだコレ!? すっげーぞアゼル!」
「口を開くな。舌を噛むぞ」
のっけから異常な程興奮した様子ではしゃぐジュチと冷静に答えるアゼル。
二人は今同じ駿馬に跨り、《精霊の山》へと続く街道を一直線に駆けていく途中であった。もう一頭は最低限の荷だけ乗せた空駒のまま走らせている。
(まあ、気持ちは分からんでもない)
彼らが旅路の供とすることを許された乗騎は部族でも指折りの駿馬である。
当然その足は速く、何より頑強だ。その事実を騎馬の民である二人は良く知っている。
だが今二人が鞍に乗る乗騎は過去最高の速度を優に振り切って恐ろしい程の速度で軽々と街道を駆けている。
その駆け様はまるで空を飛んでいるかのように軽々としたものだった。さらに鞍に乗る二人へ伝わる衝撃が驚くほど少ない。
(まるで馬に翼が生えているようだ。巫術とはこれほどの加護を馬たちに与えられるのか)
ジュチがはしゃぐのも無理はない。駿馬はいつだって騎馬の民の心を擽る存在だ。それが巫術によって得た一時的なものであっても。
対し、アゼルは興奮しつつも冷静にこれが軍勢単位でまとまって行使できるなら恐ろしい脅威だなとその価値を測っていた。
『ンフフ、喜んでくれたみたいで良かったぁ』
駿馬に乗って大地を恐ろしい勢いで駆け抜ける二人の耳元へ囁くように声が届けられる。
楽し気な調子の声の主はもちろんフィーネである。彼女が風精に頼んでその声を二人の耳元へ届けたのだ。
「フィーネ! 巫術って凄いな、何と言うか本当に凄いな!」
と、知能指数が低下した称賛の声を上げるジュチ。
一方無邪気に凄い凄いと連呼されたフィーネも悪い気はしないらしく、なんとも楽し気に言葉を返した。
『エへへ、その子達がとっても頑張り屋さんだからってのもあるよ。精霊さん達にお願いしても結局頑張るのはお馬さんだからね。その子達もきっとジュチくん達を助けたいんだと思う』
「そっか…。ありがとな、もうちょっと頑張ってくれよな」
フィーネの言葉を受け、そっと躍動する馬の身体を撫でるジュチ。心なしか馬が駆ける速度も上がった気がした。
「これなら思っていたよりずっと早く着けるな」
『ふふーん、凄いでしょ?』
「ああ、本当に凄い。神様精霊様フィーネ様だな」
茶化した風だが本気で感心しているのは誰が見ても明らかだった。ますます機嫌を良くしたフィーネに、今度はアゼルが問いかける。
「ところでエウェルの様子は如何か?」
ジュチの相棒である山羊のエウェル。霊草採取にあたり障害となる断崖絶壁を踏破するために連れてきた特別な山羊だ。
スレンに乗せる訳にも、自力で駆けさせるわけにもいかないエウェルは特別な…というか無茶苦茶な手段で運ばれていた。そのためエウェルの様子に気を遣っての言葉だった。
『んー、見た感じだと大丈夫だと思います。エウェルくんはあんまり物事を気にしないのんびり屋さんみたいで』
空の旅を楽しんでいるみたいですよ、と続く言葉にアゼルは心配するだけ損だったかと溜息を吐いた。
「ほらなー。言ったろ、エウェルなら気にしないって」
「俺の杞憂だったことは認めよう。あれの能天気さは俺の予想を超えていたとな」
呆れたように言葉を返し、アゼルは視線をはるか上空へと向ける。
『メエエェ…』
そこにはどこかのんびりとした鳴き声を上げながら空を飛ぶエウェルの姿があった。見間違いや目の錯覚ではない、首にかけられた長縄でスレンと繋がれているものの文字通りの意味で山羊が空を飛んでいるのだ。
真っ当な人間なら目を疑いたくなるような非常識な光景だった。
(つくづくデタラメな…)
もちろんこのデタラメの種はエウェルではない。奴も度を越して図太い畜生ではあるが、空を飛ぶような神通力などあるはずがないのだ。
「にしてもすっごいよなー。山羊一頭とはいえ巫術で空に飛ばすなんて」
『土精に頼んでエウェルくんを軽くしてー、軽くなったエウェルくんを風精に運んでもらうの。簡単じゃないけど、難しくも無いって感じかなー』
絶対に嘘か間違いか勘違いだろう、と確信するアゼル。
彼もまた族長家に連なる男として比較的高度な教育を受けた身である。
巫術は使えないものの、それがどういう代物で 常識的な範疇での限界がどれくらいかくらいは知っていた。その知識を物差しにするとフィーネは常識の通用しない化け物の類である。
(味方で良かった。今はそれだけで十分だろう)
色々と桁外れの規格外だが、今は目的を同じとする仲間である。
フィーネに対し恐れがないとは言わないが、そうと割り切ったアゼルは空気の緩んだ二人へ注意の一言を飛ばす。
「無駄話はそこまでだ。両手は振り落とされないために使え、そして舌を噛まぬように口は閉じておけ。フィーネ殿もこれ以上無用な会話は無しだ。よろしいか?」
「はーい…」
『怒られちゃったね』
「怒ったつもりはないのだがな…」
年長者らしいアゼルの言葉に大人しく従う年少者二人。
実際全力疾走中の駿馬から振り落とされないように体勢を維持するのは中々の難事である。いつもより驚くほど体にかかる衝撃が少ないとはいえ、気を抜けば馬上から転げ落ちたり舌を噛んでもおかしくなかった。
「日が沈むまでに距離を稼いでおきたい。ここからはさらに調子を上げていく。飛竜には無用な心配かと思うが、我らと離れずに飛んで欲しい」
『はい、大丈夫です。今よりもっと速く駆けさせてもスレンは着いていけますよ。その子達が無理をしていないかだけ気を付けてくださいね』
「それこそ心配ご無用。敢えて二人乗りにし、片方の駒には休ませながら駆けさせているのだ。調子が落ちれば大人しく片割れに乗り換えるさ」
騎馬の民は騎乗が得意である。歩き出すより先に馬に乗ることを覚えるという。
そして彼らは時に馬上で睡眠をとりながら何日も休みなしに馬を駆けさせ続ける超人技すら可能とする。
とはいえ馬上で休める人と違い、馬は一日中駆け続けることは出来ない。そのため騎馬の民一人につき何頭も予備の馬を引き連れ、馬が疲労したらその都度乗り換えながら走り続けるのだ。今のアゼル達も同じ要領で二頭の馬を交互に乗り換えながら休みなく駆け続けていた。
「では行くぞ、兄弟」
そう跨る駿馬に声をかけ、鞭を入れる。急げとの意を汲み取った駿馬は猛る意気に合わせてグングンと駆け足の速度を上げていく。
(いい速度だ。俺自身昂るものがある)
際限なく上がっていく速度と駿馬の躍動にアゼルの血潮も熱くなるのを止めることが出来ない。
結果から言えば、この日の夕暮れまでにアゼル達は普通なら急いでも一日と半ばかかると言われた道行きの半分以上を踏破したのだった。
◇
そして夜半。
日が暮れるギリギリまで距離を稼いだ一行は、街道の片隅に即席の野営地を拵え、スレンに手伝ってもらい起こした焚火を囲んでいた。
向かい風で冷えた体を焚火で温め、手には干し肉と乾酪にフィーネが提供した聖餅と侘しいながらもしっかり腹を満たせる食事が握られていた。
「今日はかなり進んだな」
「ああ、フィーネ殿のお陰だ」
「フフッ、みんなで頑張ったからです。私がしたのはあの子達へのささやかな手助けだけ。この距離を奔り切ったのも、ジュチくんとアゼルさんが彼らを乗りこなしたのもみんながいたから出来たことだから」
話題は当然今日こなした強行軍のこと。
常識で考えれば驚くほどの距離を稼いだ疾走であり、順調に進んでいることからその雰囲気は和やかなものである。
「では我らの功績には胸を張らせてもらうとしよう。だがやはりフィーネ殿の功績こそ大だろう。そこを認めてもらわねば我らも素直に受け取れないのでな」
「だよなー。やっぱり巫術ってすげーよ。俺、生まれてこの方馬に乗って走った距離とか覚えてないけどこんなに速く走れた覚えとかないぞ」
アゼルの言葉にジュチが乗っかり、フィーネを褒め称える。ここまで明け透けに称賛された経験の少ないフィーネは思わずはにかんだ。
「そ、そうかなー。そうだったら嬉しいな」
「ああ。本当に助かった。この調子で進めば明日には《精霊の山》に着くんだよな?」
「うん。幸い群生地は《精霊の山》の比較的浅い位置にあるから」
「なら、勝負は明日だ」
「……頑張ろうね、ジュチくん。一緒に、霊草を」
「そうだな。一緒に永遠の花を持ち帰ろう」
身分は天地ほど違えど、家族を救わんとする二人の心は同じである。
互いに視線を送り、頷き合う。それだけで意は通じ合い、ともに決意を固めた。
「あ、そういえば」
いままさに思い出したと不意にジュチが言葉を発した。
「前に会った時からフィーネに聞きたいことがあったんだ」
「私に? どうかしたの、ジュチくん」
不思議そうな顔をするフィーネに実は、と返し。
「あのさ、フィーネならこいつが見えるか?」
「キュクルルルゥ…」
と、自身の右肩を定位置とする火蜥蜴を無造作につまみ上げ、よく見えるようにとフィーネに向けて差し出した。
今までジュチ以外の誰の目にも映らない良く分からないナマモノ。
視えないアゼルは当然訝し気な視線を向け、フィーネは……ひどく真剣な目つきでジュチが差し出す手中を見つめていた。
スレンに襲われた日から常にジュチの傍らにいた正体不明の珍獣について、少年はようやく謎の鍵を握るだろう少女へ問いかける機会を得たのだった。
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