36 / 45
群生地
しおりを挟む一夜明け、地平線から太陽が顔を出す頃。
ジュチら一行は既に支度を済ませ、それぞれの乗騎に跨り、地を空を進んでいた。
昨日かなり酷使した駿馬達も一晩ゆっくりと休ませたお陰か、再び力強い疾走を見せていた。
空を翔ける飛竜が先導し、少し遅れて駿馬達が続く。
一行は残る道程を着々と消化していき…。
そして太陽が中天に届く少し前。
「ここが《精霊の山》の麓…。俺たちの目的地か」
「うん。そして高貴の白の群生地」
誰一人欠けることなく、力を落とすことなく、《精霊の山》へたどり着いた。
麓から仰ぎ見ればその威容はますます大きく、偉大に見えた。天を衝く山頂には雲がかかり、山体の全てを眺めることは叶わない。一定以上の高さより上は万年雪が積もり、白銀に輝いていた。
「こいつらはここまでだな」
「空から見れば如何な駿馬と言えど良い的だろうからな」
駿馬達は近くの木立に繋ぎ、大王鷲の目に留まらないよう隠す。どれほどご利益があるかは分からないが、何もしないよりもずっといいだろう。
優しく駿馬達に声をかけ、宥めながら隠し終えると一行は大王鷲を警戒してかなり離れた位置から件の霊草の群生地を眺めた。
「あれが噂の霊草か…。聞いてた通り、真っ白だな」
ジュチは山と草原の民が持つ飛び抜けた視力で、遠く離れた位置からでもそのはっきりとした純白を捉えていた。
視界を占めるのは大霊山、《精霊の山》の一角。霊草、永遠の花の群生地。
ほとんど垂直の角度で高くそびえ立つ断崖絶壁に彼らが目的とする純白の花弁を輝かせる霊草はあった。
人間には到底登り詰められそうにない暗い色合いをした断崖絶壁。そのそこかしこに健気に白い花弁が咲き誇っている。
狙い目は断崖絶壁から張り出した岩棚だろうか。多少面積が確保されている分、複数の花弁が集まっている割合が多いように見受けられる。
「さて、問題の大王鷲は…」
「もしかしてあれが巣かな?」
「どれだ?」
「あそこ。あの大きい岩棚のところ」
言葉を交わしながら岩壁の各所を視線でなぞる。
岩壁の一角、特に大きく張り出した岩棚の端から木枝や泥で出来たかなり大きな構造物の一部がせり出しているのが目に入った。
しばらくの間そこを注視するも、噂に聞く巨体の陰すら視界に入らない。
「大王鷲は出かけているのかな。姿が見えないけど…」
「多分そうだと思う。近くに精霊が大きく動く気配は無いから」
「なら」
「うん」
と、視線を交わし意見を一致するのを確認すると、阿吽の呼吸で頷き合う。
「今が好機だ。やっちまおう」
「賛成。アゼルさんもいいですよね」
これから挑むのは一つ間違えればあっさりと命を落とす大難事。だが少年と少女は迷うことなく決断した。一線を越えたこの二人は幼さに見合わぬ度胸の持ち主となっていた。
他方、同意を求める視線を向けられたアゼルは、応えるように頷きを返し。
「やろう。しかし段取りはどうする?」
「俺とエウェルが霊草採取。フィーネとスレンは…」
「私たちは巫術で身を隠しながら周囲を警戒する役で。ギリギリまで大王鷲に気付かれたくないから、出来るだけ刺激しないように隠れようと思うの」
「承知した。俺は出来るだけ近くで身を隠し、いざという時に大王鷲の気を引くとしよう。尤もただ人の身でどこまで叶うかは分からんが…」
アゼルは部族でも指折りの弓取りだ。弓矢が届く位置にある獲物を逃すことがほぼ無いとびきりの腕利きである。
それでも飛竜すら凌ぐという噂の大魔獣に対してどこまで効果があるかは怪しいところだった。そういう意味ではアゼルもまたその身にかかる危険度はジュチとそう大差はない。
「それじゃあ、二人とも頼む」
「承知した」
「うん、頑張ってね」
三人がそれぞれの顔を見合わせ、頷く。
一行が越えなければならない最大の試練がいま始まろうとしていた。
◇
ジュチとエウェルとともに歩を進めたアゼルは、断崖絶壁に最も近い大岩が幾つも並ぶ辺りで足を止めた。ここの大岩ならば十分に人間が身を隠せるだろう。いざという時の援護のため、身を潜めるには悪くない場所だ。
「すまんが、俺はここまでだ。いざという時は出来る限り速く駆けつけるが、間に合わずとも恨むなよ」
「まさか。ここまで付き合わせて悪いと思ってるくらいさ」
「阿呆。お前の任ではなく、我らの任だ。俺もお前も等しく命を懸けることに何で遠慮が要るものか」
うっかり漏らした失言に軽く頭を小突かれ、なるほど確かにと思わず苦笑する。
ジュチの意図せぬ思い上がりを戒め、背負う責任を半分に分け、お前一人ではないと力づける。アゼルらしい、気遣いはあれど湿っぽくは無い、何とも気持ちのいい励ましだった。
この旅路の中、良い兄貴分を持てたことはジュチにとって素直に誇れる財産であった。
「ありがとな、アゼル。……行って来る」
「ああ、そして戻ってこい」
応、とジュチは手を挙げて答えた。そのままエウェルを急かし、早足で歩を進める。
最早ジュチの傍にいるのは相棒のエウェルだけ。頼りになりそうなフィーネとスレンは遠方で周囲を警戒しながら身を潜めている。
フィーネだけでなく、大王鷲ら《魔獣》もまた精霊の動きに敏感なため、少しでも刺激するのを避けるためだった。巣の近くに他の強力な《魔獣》がいるという状況は、大王鷲が荒れ狂うに十分な刺激だ。荒ぶる《魔獣》の怒りはその余波だけでジュチとエウェルを殺すに余りある。
「あれが霊草、永遠の花か…」
人間の足で断崖絶壁に近づけるギリギリの距離まで進み、上方を見上げる。首が痛くなりそうな高さの岩棚に、真っ白な美しい花弁が顔を覗かせていた。
断崖絶壁の険しさを角度で言えばどこも60度は超えている。厳密な垂直ではないが、視覚的には聳え立つ壁と言って差し支えあるまい。
そして比較的低い場所に生えている霊草でも、ジュチを軽く十人以上垂直に並べた以上の高さにありそうだ。
「さぁて、ここからはお前が頼りだぜ。相棒」
「メエエェ…」
鞍と手綱を付け、エウェルに声をかけるといつも通りののんびりとした鳴き声が返される。
いつもどおりの相棒の様子が少しだけ心強かった。
「落ちれば死ぬな。まあいつものことだけど」
実のところこの程度の岩壁ならエウェルの力があればさして問題ではない。山羊の蹄を引っかける出っ張りや隙間が無数にあるし、頑強な岩盤は体重をかけても小動ぎもしないだろう。
これがひっかける凹凸のない一枚岩だったら流石にお手上げだったろうが、断崖絶壁それそのものは慎重に挑めばエウェルとジュチであれば踏破可能な障害だ。
「問題は大王鷲…」
長引いて大王鷲が帰ってきたら恐らく死ぬ。
下手に急いで断崖絶壁から滑落しても死ぬ。
活路は大王鷲が戻って来る前に全てを恙なく終わらせるのみ。
「クソみたいな賭けだが、賭けられるだけ上等だな」
若者らしい調子のいい発言というより単なる事実としての言葉が漏れる。全く持って言葉通りの状況なのだ。
「力を貸してくれよ、エウェル。今回は本当にお前だけが頼りなんだ」
と、切実な願いを込めた相棒への呼びかけに。
「メー」
当の相棒は変わらない調子である。思わず苦笑が一つ、漏れる。
全く悲壮な決意を固める己がアホらしくなってくるようだった。だがきっとそれくらいがちょうどいい、とジュチは思った。
元より悲壮な決意を固め、肩肘を張って死線に挑むなど騎馬の民の流儀ではないのだ。どれほどの困難、向かい風だろうと恬淡と笑って挑むべし。破れたならば潔く受け入れ、輩に後を託せばいい。
乾いた死生観と勲を尊ぶ騎馬民族の気風はジュチの中にも根付いている。その気風に従い、ジュチは精々不敵に見えるように笑みを作り、エウェルに跨る。相棒に一声かけると心得たようにトン、と断崖絶壁に出来た小さな出っ張りに第一歩を乗せる。そのままエウェルは気負いなく少年を乗せたまま、絶壁を踏破する足を踏み出したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月15日付で、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。
ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる