39 / 45
死地の訪れ
しおりを挟む二頭の巨獣が暴風を手繰り、自身の眼前に球状へ収束させる。
大きさはフィーネが抱え込める程度の代物、しかし収束された風が解放されれば人間数十人をまとめて吹き飛ばせる兇悪な威力を秘める。
最強格の《魔獣》にのみ許された剥き出しの暴力の塊を、二頭は躊躇いなく解放し、射出する。
轟、と。
ほとんど衝撃波と化した爆風が荒れ狂う。ぶつかり合う風弾は弾け合い、衝突点を爆心地として例外なく大地とそこにしがみつく矮小な生命を揺さぶった。
その危険度はさながら風の爆弾。
付近の大岩の陰に伏せた、最も影響の少ないはずのアゼルが身構え、大岩を掴んで身体を支えたと言えばどれほどデタラメな規模か分かるだろうか。
ジュチとエウェルも例外ではなく、何とか断崖絶壁から引きはがされないように必死でしがみついて凌いでいた。ただの余波でこの有様、流石は竜骨山脈の覇者とそれに比肩する大魔獣の力比べだった。
『―――――――――――』
互いを油断なく睨みつける両者、健在にして無傷。
先ほどぶつけ合った小手先のそれではない、渾身の力を込めたぶつかり合い。
飛竜と大王鷲、ともに風精に親しむ《魔獣》なればその力比べの結果はそのまま互いの格付けとなる。
結果は見ての通り。即ち、互角。
飛竜と大王鷲は同格の《魔獣》とされる評が事実と証明された形である。
「でも、こっちには私がいる。ね、スレン?」
『グラァ!』
が、自分達こそが有利だとスレンの背でフィーネが誇った。
応じるスレンも確かな実感を持って力強く吼えた。
スレンこそ両界の神子たるフィーネの力を身をもって知る第一の眷属。肯定を意味する咆哮にも信頼があった。
(でも、やっぱり強い。流石はガルダ。お父様が私を引き留めるだけのことはある…)
フィーネに油断はない。
彼女は両界の神子という慮外の力を持つ超越者。単騎で天地を揺らし、国を亡ぼし得る怪物。だが彼女は戦士ではなく、その力を十全に扱う術を仕込まれていない。
彼女がその『力』を最大限発揮することを畏れた賢人議会の意向でもあり、これまでのフィーネの人生でその過剰なまでの力が必要とされなかったからだった。
そしてそのことはフィーネも自覚している。だからこそ、少女は一片も気を抜かず全力でガルダを迎え撃つ!
(油断は、しない…。一筋の傷もジュチくんに付けさせない。全力でガルダを抑え込む…!)
敢えてフィーネは無暗にその身に秘める暴力を振るわない。慣れない真似をしても却って隙をさらし、ジュチを危険に晒すことを恐れるからこその判断だ。
ガルダへ万に一つの勝ち目すら与えないために、戦闘そのものはスレンへ一任する。そしてフィーネ自身は敵手への妨害とスレンへの支援にその力の大半を割り振る。
それがフィーネとスレンが立てたこの魔獣争いにおける戦術だった。
(いける…! やっぱり私がいる分スレンの方が圧倒的に有利!)
そしてその戦術は当たった。
暴風の爆裂をぶつけ合ったあと、熾烈な空中戦へ移行した両者。その形勢はあっという間にスレンの側へと傾いていく。
スレンが操るのは風精だけでく、火精も含まれる。そして風精と火精は互いの働きを強め合う、相性が良い組み合わせだ。
それを証明するようにスレンが繰り出す大火炎を風精が踊るように巻き込み、爆発的に火勢を増していく。蛇の如く自在にのたくる幾つもの火柱となって、縦横無尽にガルダへと襲い掛かる。
『KYREIEEEE―――!!』
離れた位置にいるジュチにすら届く強烈な熱波。まして直接その身を劫火の蛇に炙られているガルダの苦しみは言うまでもあるまい。
甲高く鳴くガルダの方向も劣勢を示すかのように苦し気だ。援けを求めるような咆哮が《精霊の山》に響き渡る。
「よぉし、このまま―――!」
優勢を確信して一気呵成に押し切ってしまえ、と意気を高めるフィーネ。ガルダすら一蹴する強烈な巫術、フィーネの助力を受け、大幅な強化を得たからだった。それでもフィーネにはまだまだ余裕がある。
勝機である水精を抑え込まれ、スレン以上に強力なフィーネが控えている。ガルダに最早勝ち目は無かった。
そう、
ガルダが一頭だけならば。
ガルダの鳴き声が聞こえる。
『――――――――ィィィ――――――――』
途切れ途切れに、弱々しく…。弱々しく?
否―――!
『KYREIEEEE―――!!』
熾烈な空中戦を繰り広げるスレンとガルダの更に遥か上から、猛々しく戦意に満ちたもう一つの咆哮が急速に降ってきたのだ。
『「―――!?」』
咄嗟に言葉を出すことも出来ず驚愕するフィーネとスレンの主従。
勢いのままその巨体による体当たりを敢行する二頭目のガルダ。なりふり構わない捨て身の突撃をスレンは空中でなんとか身を捩り、躱すことに成功した。
剛風を身に纏い、目と鼻の先ほどの距離を隔ててすれ違うガルダの姿に背筋が粟立つ。
ガルダほどの巨体が落下の勢いを利用したそれが当たっていれば、飛竜のスレンですら地上に叩きつける激烈な威力となったろう。
そして殆ど完璧な不意打ちには両界の神子たるフィーネも気付いてから迎撃するための時間が全く足りなかった。
いま自分は死線の上で踊っていた事実を思い知り、ゾクリとフィーネの背筋に震えが走る。
(ガルダが、二頭―――!?)
新たに現れたガルダは地上に激突する寸前でひらりと身を返し、恐ろしく滑らかな飛翔でスレンと対峙するもう一頭の下へと合流した。
スレンと同格の魔獣が更にもう一頭。
その合算される戦力はフィーネであっても決して楽観視できるほどではない。
「そいつらはつがいだっ!」
遠く離れた位置から事態を見続けていたアゼルの叫びが端的に事態を言い当てていた。
この断崖絶壁に巣を構えた大王鷲は一頭だけではなかった。互いを伴侶と定めるつがいだったのだ。
考えてみれば自然なこと。猛禽が巣を構える目的として子作りは想定して然るべきだった。そして子作りにはつがいが必要となる。
先ほどの苦境を示す叫びも助けを求めるような、ではない。そのまま自らつがいに向けて助力を求める叫びだったのだ。
(マズイ…っ!)
それでもなお戦力差の優劣で語るならばフィーネが優勢である。
だが、至近距離にはフィーネ達の最大の弱み。一身上の都合により全力で守らなければならないジュチがいる。彼は断崖にしがみ付き、降りるどころか《魔獣》争いの余波から落下を免れるために必死だ。
そして対峙する敵手はスレンと同格の魔獣、大王鷲が二頭。縄張りを荒らされ、つがいを追い詰められた彼らはフィーネ達へ並々ならぬ敵意を向けている。彼らが繰り出す巫術の余波で脆弱な人間であるジュチは容易く死の淵を渡るだろう。
彼を守りながら、二頭のガルダを撃退しなければならない。それは常人が手中の脆い卵を守りながら、何人もの暴漢を打ち倒すが如き難事である。
これだけの悪条件が揃えば、両界の神子たるフィーネですら楽観視は出来なかった。
短い生の中で初めて直面する苦境、死線にフィーネの顔が苦渋に歪んだ。
0
あなたにおすすめの小説
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月15日付で、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。
ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる