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旅の終わりに①
しおりを挟む柔らかい日の光が顔に差し込み、優しく少年の覚醒を促した。
意識がはっきりすると少年は閉じていた瞼を開き、その眼に雲一つない蒼天を映し出した。
体を起こして周囲を見渡すと、そこは霊草の群生地からほど近い位置にある野原に作った簡易の営巣地のようだった。
乱雑ながら寝床となる厚手の布が敷かれ、殆ど燃え尽きた焚火に熾火が燻っている。少し離れた場所には相棒のエウェルがのんびりと草を食んでいる姿が在った。
「俺は…」
さて、どうして眠っていたのかと一人ごちる。
眠りに落ちる直前の記憶が自分の中に全く見当たらなかったからだった。
「起きたか、ジュチ」
「アゼル。俺は…」
「お前はあの後倒れたのだ。フィーネ殿曰く、半人前の巫術師があれほど強力な精霊獣を従えたのだから当然のことだと言っていたぞ」
心得たように経緯を話すアゼルにふんふんと頷く。
ホムラはガルダを一蹴するほどデタラメな『力』の持ち主だ。それを何の危険もなく扱えるはずもないということなのだろう。
と、ここであることに気付く。
「あ」
「どうした?」
「そのホムラ…精霊獣は?」
「……フ」
既に定位置となった自身の右肩にホムラの姿はない。無論飛竜に等しいその巨躯の姿も周囲には見当たらない。
それゆえの問いかけだったが、何故だか微笑とともに何とも生暖かい視線を向けられた。
「なんだよ…」
「なに。仲が良いなと、そう思っただけだ」
「どういう」
ことだと、続けて問いかけようとしたジュチの眼前にぶらりと尻尾が垂らされる。
もちろん犯人は言うまでもない話題のあいつだった。
「はっはっはっ、なるほど。そういうことか」
アゼルが生暖かい笑みを浮かべた意味を理解し、思わず乾いた笑いを上げる。
そしてごく自然な仕草で頭を振り、いつの間にか頭の上に乗っかったホムラを地面へ振り落とすのだった。
「キュー…」
地面に背中から落ち、寝っ転がったまま不満そうに鳴くホムラ。
その姿はあの青く蒼い炎で形作られた巨大な飛竜のものではなく、見慣れた幼竜のそれ。その姿もふてぶてしさも変わりがないようでいっそ安心してしまう。
「相変わらず図太いようで安心したぞこの野郎。いっそ変わっていて欲しかった気もするけどな!」
「キュケーッ!」
なんだ、文句があるのかと互いに険悪な視線で睨みあう。が、そこに悪意がないことだけは傍から見ているアゼルにも分かる。仲のいい兄弟喧嘩のような光景だった。
「はっ! いまのお前が凄もうと怖くないぜ! あのデカブツ姿に変身してから出直して来るんだな!」
「阿呆。軽率に相手を煽るな。ましてやガルダを苦も無く退けた精霊獣だぞ」
スパコーン、と軽快な音を鳴らしてジュチの軽い頭を叩くアゼル。その一幕をいい気味だとばかりに忍び笑いを漏らすホムラ。
さてはこいつら似た者同士だな、と思わず呆れた視線を向けるアゼルだった。
「フィーネ殿曰く、負担を抑えるためにその幼い姿となっているらしい。必要になればまたあの飛竜の姿へと変ずるだろうとのことだ」
「なるほどね。あ、そういえばアゼルもホムラも見えるようになったんだな」
「ホムラ? ああ、この精霊獣の名前か。いかなる由来なのだ。随分と耳慣れぬ響きだが」
「……あー、異国語で炎って意味。小火よりも強そうな名前だろ」
「ほう。それもモージからの受け売りか」
「まあ、そんなもんだ」
真顔で大嘘をつくのもそろそろ慣れてきた感があるジュチだった。帰ったらモージに口止めせねば、と改めて心の内で誓う。
「そう言えばフィーネは? スレンも見当たらないけど」
話を変える意味も込めて姿が見えないフィーネの所在を訪ねる。最後の記憶は、ガルダに襲われ九死に一生を拾った自分を案じるフィーネの姿だ。あの様子では自分の元を離れないのではないか、と勝手に思っていたのだが…。
「フィーネ殿は霊草を手に、既に王宮へ戻っている。彼女も病を得た妹分がいる身だ。お前を案じていたが、病とは時間との勝負だからな。病人を癒す手立ては早く講じるに越したことは無い」
「そっか…」
別れは告げられなかったか、と消沈するジュチ。割合義理堅い性分の少年は、ともに手を取り合って窮地を切り抜け、望む結果を掴んだ少女に別れを告げることも出来なかったことにへこんでいた。
「フィーネ殿も別れは告げなかったな。敢えて、かは知らんが」
「……そうだな。また会う機会もあるさ」
別れは告げなかった。ならまだ俺たちは別れていない。つまりまた会おうという意思表示なのだとジュチは解釈した。
「気持ちに整理は付けたか? ならば話を進めるぞ」
「ああ。頼む」
「俺たちは無事霊草を手に入れた。フィーネ殿へ譲った分を含めても不足は無い。あとは部族の元へと帰るだけだ」
「……ああ」
と、アゼルが荷袋から取り出したのは純白の花弁を持つ可憐な霊花。永遠の花、あるいは高貴の白と呼ばれる悪魔払いの特効薬だ。
一、二、三……十本。しっかりと要求数を満たしている。
それをしっかりと自分の目で確かめたジュチも気が緩み、安堵の溜息を吐いた。この霊草を手に入れるために死ぬような思いで旅路と困難を超えてきたのだ。安堵するのも自然なことだろう。
その姿を見てほんの僅かに笑みを浮かべたアゼルがぶっきらぼうながら真摯にジュチを労う。
「よくやった、ジュチ。これはお前の功績だ」
「馬鹿。俺達の任務なんだから、功績も俺達二人の物だろ。アゼル自身が言ったことだぜ?」
「こやつめ…」
口が減らない弟分にアゼルも苦笑を一つ返す。それを見たジュチも思わず笑う。純粋に明るく、楽し気な笑みだった。
笑みを交わし合う相手に確かな絆を感じ取る。ともに命を懸け、ともに困難を乗り越えた。その経験が生み出す絆だった。
「話を戻す。我らの騎馬はすぐそこに繋いである。荷物も纏めた。国境付近に置いてきた雌羊達はそのままだ。元々闇エルフ達への土産として連れてきた者達だからな。フィーネ殿には闇エルフの方で自由にしてもらうよう伝えてある。
何より帰り道は速度こそが肝要。足の遅いあれらを引き連れることに百害あって一利なしだ」
「分かった。俺もそれでいいと思う」
「うむ。ならばあとは朝餉を済ませ、出発するだけだ。とはいえあるのは干し肉とフィーネ殿から譲られた聖餅くらいだがな」
「聖餅か。あれ、結構好きだな。まああれと干し肉だけってのは、ちょっとキツイけどさ」
「御馳走は部族の元へ帰ってからの楽しみにしておけ」
気休めのつもりでかけた言葉だが、ボルジモル族の襲撃を退け、その財貨を思う存分略奪したカザル族の懐は十分暖かかった。故にアゼルとジュチの二人が揃った祝いの宴は中々豪勢なものとなるのだが、今は知り様のない未来の話である。
とはいえ今は革袋に入った水と聖餅をもそもそと頬張るだけだ。見かけは侘しい食事だったが、聖餅は闇エルフの智慧と秘儀を集めた特別な携行食糧。一枚きっちり食べ切ったジュチの心身には力が漲り、帰路に就く気力も湧いてくる。
「では、行くか」
「うん。行こう」
ジュチが覚醒してから会話に食事、出発までろくに時間をかけていない。
アゼルも大役をこなしたジュチをもう少し労わってやりたい気持ちもある。だが霊草を手に入れても病に苦しむ部族の元へ届かなければ意味が無い。時間との勝負であり、急げるところは急ぐべきだった。
ジュチもそれを分かっているから不満を言うことは無い。ただ頷き合い、互いを頼みに旅路へ向かうだけだ。
が…、
『ぉ――――ぃ――――っ』
はるか遠く、はるか上方から切れ切れに届く呼びかけに、その歩み出しは止められた。
『待って待ってぇー! まだ行かないでーっ!』
突如明瞭に声が届く。その声の主はもちろんフィーネだ。風精による遠隔の通話だった。
「フィーネか! いまどこにいるんだ!?」
『いまスレンを急がせているところ! もうジュチくん達のところに着くの!』
と、会話する間にも地平線から飛び出してきた巨大な《魔獣》の飛翔姿を視界にとらえる。飛竜のスレンと、背に乗ったフィーネの主従だった。相変わらず素晴らしい速度と威厳に満ちた飛翔だった。この分なら数分と経たずにジュチ達の元へ辿り着くだろう。
思わず顔を見合わせたジュチとアゼルは、もちろんフィーネ達の到着を待つこととしたのだった。
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