塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

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第一部

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「カミーユ様……」
 カミーユは侍女の自分を案じる声に、小さく頷いた。
 性別が知られて、命惜しさに国王を謀ったと辱められて殺されるくらいなら自分で終わらせよう。どうせわたしには何もないのだから。帰る場所も家族も何一つない。
 でも、この侍女には……。
「結局バルバラには何も報いられそうにない。本当にすまない」
 そう告げるとバルバラは首を横に振った。
「……いいえ。カミーユ様を立派な王女にお育てできたと自負しておりますゆえ、婆には何も悔いは」
「いや、王女にお育てしてくれなくても良かったんだけど?」
 満足げにそんなことを言われると、複雑な気分になった。性別がバレないためとはいえ、毎日の淑女教育はやり過ぎではないかと思えるほどだった。
「仕方ないではありませんか。このような立場では、帝王学の書物など頼んでも届けてくれはしないでしょうから。婆も苦労しているのです」
 バルバラはにやりと笑う。カミーユは頷いた。
「では使者がやってくるまで毎日バルバラに孝行することにするよ」
「嫌ですよ。そんな年寄り臭い。どうせなら一度くらい婆に剣術で勝って下さいまし」
「わかった」
 十日間。わたしに残されたのはそれだけらしい。
 ……でも、アレクには会って事情を伝えたい。できるだろうか。
 使者の到着までにアレクはわたしのところを訪ねてくれるだろうか。

 アレクが塔を訪ねてきたのはその三日後だった。窓から小鳥の姿で飛び込んできて、すぐに人の姿になると、焦った様子で詰め寄ってきた。
「カミーユに縁談が来てるって本当なの??」
「……何故それを……」
 今日もバルバラに剣術でボコボコにされたカミーユは裁縫の課題をさせられていた。老侍女はあいかわらず情け容赦がない。そして勝ててない。
「ちょっと国に顔出してきたら砦の兵士とかがそういう話をしてるんだ。町でも噂になってたし。もし塔から出るのならチラリとでもお姿を見られるかと」
「いつの間にそんなことに……」
 王都からの手紙を持って来た使いは、国境警備軍の方にも話を通したはずだ。その時に縁談のことも口にしたのかもしれない。
 娯楽の少ない国境地域にとっては格好の話題にされてしまったのか。
「本当なの?」
「本当だ。もうすぐ王都からわたしの現状を確認するための使者が来ることになっている」
 そこで王子とバレれば処刑されるだろうし、その場で誤魔化して、到底嫁ぐことはできないと思わせても、その次は恩赦で王都に連れ戻されて……王の側妃にされてしまう。
「アレクに会えて良かった。ちゃんと最後に顔を見られて」
 カミーユは裁縫道具を置いて立ちあがると、アレクに向き直った。
 アレクは眉を寄せた。
「最後? どういうこと?」
「……もうお別れだ。わたしは五歳で処刑されるはずだったんだから。充分長生きした」
 カミーユが胸のペンダントを握りしめてそう告げると、別れの意味を気づいたのかアレクは強い口調で答えた。
「ダメだ。今すぐここから逃げよう。侍女を置いて行けないというのなら一緒に……」
 アレクは隣国に戻っていたらしく、その時に宿を引き払ってしまったので、転送魔法を解除してしまったらしい。
 もう一度組み直すにはこの砦の魔法障壁を解除するために数日かかるけど、できなくはないのだと説明した。
 カミーユは首を横に振った。
「それはできない。国王陛下はわたしを憎んでいる。ここに死体がなければ追っ手を差し向けてでも探すだろう。下手をすればアレクまでお尋ね者にされてしまう。そんなのは望まない」
 アレクの緑色の瞳が揺らいだ。カミーユの腕を掴む。
「じゃあ、僕は君に何ができるんだ? ここで君を見殺しにしろと? そんなことをしたら僕は……」
 苦しげに言葉を詰まらせる。怒らせてしまっただろうか。カミーユは胸が痛くなった。じっとみつめていると、アレクはカミーユを抱きしめてきた。
「……鳥姫の恋、という話を知っている?」
「おとぎ話の……?」

 歌声が美しいことから鳥姫と呼ばれた姫が一族の選んだ男ではなく別の青年に恋をした。一族の長はその青年を欺して森に連れ出して殺し、男は姫を裏切って逃げたのだと嘘をついて諦めさせた。
 姫は男の死とその真相を別の男との婚礼の最中に知らされた。鈴のように凜とした声で愛しい男の名を三度呟くと、突然壊れた人形のように姫は倒れてしまう。二度と目覚めることはなく、そのまま亡くなってしまった。
 吟遊詩人の歌によく出てくる逸話だ。カミーユも書物で読んだことがある。

「あれは僕の母の一族、鳥の民の物語だ。鳥の民は想い合った相手を失えばもう生きていくことができない、と言われている」
 想い合ったって……わたしはアレクに何も答えていない。アレクはわたしを好きだと言ったけれど、受け入れたつもりはない。
 けれど、アレクはわたしの態度で察したのかもしれない。わたしがアレクに惹かれていることを。……つまりは互いに好意を抱いているのだと。だから諦めないと言ったのだろうか。
 でも……もし、それが本当なら、わたしが命を絶てばアレクを殺してしまうのか。
「……アレク……っ」
 突然激しく唇を重ねられて、息もできないくらいに深く押しつけられる。食らいつくそうとするような口づけに、立っていられなくなって相手に身を委ねてしまいそうになる。
「カミーユ。僕は君を愛しているんだ」
「だめだ。……こういうことは……」
 神の祭壇に誓い合った者がすることだ。そう言いかけて、カミーユは気づいた。
 ……わたしにはそんな日は来ない。
 ああ、滑稽だ。浅ましく生きるために王女だと偽り、望んでもいない似合わないドレスを着せられているわたしに、神の祭壇に立つ資格などない。
 なのにまだ貞淑であろうとするのか。滑稽すぎる。
 アレクの鮮やかな緑の瞳がカミーユを見据えた。
「神の教えだから? ……いい子でいても、神様は君を救ってくれないじゃないか」 
「……それもそうだ。わたしはすっかり忘れていたよ」
 どんなに毎日慎ましく勉強や稽古に励んでいても、わたしは神に選ばれない。
 カミーユは自嘲するようにそう呟くと、自分からアレクに口づけた。
 わたしを選んでくれたのは……。
「アレクの気持ちはとても嬉しい。わたしもアレクのことは好ましく思っている。けれど、わたしはアレクの唯一の相手にはなれないんだ。わかってほしい」
 アレクは信じられないことを聞いたかのように目を瞠る。
「ああ、やっと答えてくれたね」
 アレクは熱の籠もった瞳を向けてきて、蕩けそうな甘い声で告げる。
「……愛している。カミーユ。僕の伴侶になってほしい」
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