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第二部
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「残念なお知らせがいくつかあるんだけど、いいかな?」
北宮をぐるりと案内してもらってから、部屋に落ち着いたところで侍従がアレクに伝言を伝えてきた。
そして、戻ってくるとカミーユにそう告げたのだ。
「残念なお知らせ?」
しかも複数。何か仕事で面倒事がおきたのだろうか。
「一つは夕食の席に僕の両親が同席することになった」
「……え?」
つまりは国王夫妻? 同席するのはグラントリーだけと聞いていたのでもっと気楽なものだと想像していたカミーユは動揺した。
……国王陛下と同席とか……どうすればいいのか。失礼があったら、アレクにも恥をかかせてしまう……。
「あ、家族の食事ということで、非公式な場だから緊張しなくていいから」
カミーユが顔を強ばらせたのを見て、アレクは慌ててそう付け加える。
「わたしはまだ家族というわけではないし……そもそも、そんな大人数で食事をするのは……」
カミーユはカーネルの領館でもアレクとしか同席したことがない。家族の団らんというものには全く無縁だったのだ。
「だよねえ……だから先に断っておいたんだけど、聞いちゃないんだよ……」
アレクは溜め息をついた。どうやら大勢の人に囲まれるのがまだ慣れないカミーユに気を遣ってくれていたらしい。
「無理なら仮病使っていいよ?」
「いや。……いずれお会いするのだから避けているわけにはいかない。それに、まだ何かあるんだろう?」
「そうなんだ。王位継承者選定の儀の日程が正式に決まった。決闘は三日後からだ。すでに名乗り出ているのは予想通り異母弟二人、それから傍系の歳格好が近い者が二人」
「……四人も?」
「そう。……それからもう一つ。ドミニク三世が君を返せと言ってきたらしい。正確には嫁がせるための手続きが全て終わっていないから、一旦帰国させろ、という話だったけど」
「手続き?」
「まあ、口実だろうね。向こうはこっちがそこまで早く君を迎えに動くとは思ってなかったんだろうし。僕が魔法と鳥の姿を駆使したから使者より先に塔に着いただけなんだけど」
アレクはさらりと言っているけれど、その両方を持つ希有な存在だからこその話だ。
おそらくドミニクの使者はカミーユを検分するというより、王都に連れ帰るつもりだったのではないかと予想できた。一旦はダイモス側を刺激しないために結婚を許可する書類を作っていても、あとから長い幽閉で重い病気にかかっているなどど口実はいくらでも作れる。
「……帰国したほうがいいのかな」
「しなくていいよ。こっちが直接会って君を連れてきたんだから、書類の手続きなんて向こうから使者を寄越せば済む話だ。元々はシーニュでうちの大使が襲撃されたのが発端だから、向こうは大きく出られないんだし。ただ、陰で何か仕掛けてくるかもしれないから、そこは要注意だけど」
カミーユは頷いた。
「叔父上はわたしに何をさせるつもりなのか、それがよくわからない。わたしが実子だと気づいていれば本気で側妃にするとは思えないし、下手にマルク王の子を恩赦にすれば民や貴族たちの反感を呼ぶだろう。あの塔に置いておくのが一番得策じゃないかと思うのに」
バルバラの様子だとわたしが男だとは知らないはず。マルク王の男子ともなれば、さっさと処刑するしかないし、仮に叔父上がわたしの血縁上の父だったとしても、今は正妃との間に産まれた子の邪魔にしかならない。
カミーユとしてもあの塔にずっといたほうが安全だったのだ。
「でももう、叔父上を恐れていても仕方ない。わたしはもっと強くならなくては。叔父上といつか対峙するときのために」
カミーユがそうつぶやくと、アレクが複雑そうな顔をした。
「君、今以上に強くなるつもり?」
「わたしはまだまだ、バルバラにも及ばない。バルバラは半分熊の亜人の血を引いていると言っていたけれど、それでも勝てないんだから。この国にはもっと強い亜人が沢山いるんだ。わたし自身とアレクを守るためにはこれでは足りない」
「……あー……なるほど」
アレクは額に手を当てて何か考えているようだった。
「まあ、君がやりたいのなら僕は止めないよ。僕も強くなりたい気持ちはわかるから。あ、それともう一つあったんだった。夕食に国王夫妻が出席するなら、きちんとした身支度が必要だってバルバラが君を探してるらしい」
「それを一番に言ってほしかったな」
カミーユもそれに気づいて慌てて立ちあがる。女性の身支度は時間がかかるのだ。
ダイモス連合王国の国王エドガーはそびえ立つ壁のような大柄な男だった。栗色の髪とアレクと同じ緑色の瞳。そしてそのかたわらに寄り添う王妃グレンダはカミーユと同様全身を包むようなヴェールを被っている。けれど小柄で華奢な体格なのは見て取れる。
アレクの容姿は母親似なんだろうな。亜人というのは本当に多彩な特徴を持っているんだ。とても興味深い。
カミーユがアレクに続いて挨拶の口上を述べると、エドガー王は厳つい顔立ちをふわりと和らげた。
「祖国では苦労が多かったと聞いている。どうか愚息を末永く支えてやってほしい」
「微力ながら励ませていただきます」
バルバラに叩き込まれた淑女教育のおかげで、所作はなんとかなるけれど、受け答えが不安だった。カミーユは社交はおろか人前に出ない暮らしを続けていたので、自分の言葉遣いすら自信はなかった。
……末永く、か。この人はそれでもアレクを王太子に指名するしかない。そして王位を望む者との決闘に送り出すというのに。
言葉は柔らかいがその裏に何か別の意図を含ませているようで、カミーユは強い圧力を感じていた。
これが一国を預かる王というものなのだろうか。それとも強い亜人の特徴なのか。
「……やれやれ、早速囲い込むとは。麗しの姫と聞いて楽しみにしていたのだがな」
エドガーはそう言ってアレクに目を向ける。どうやらカミーユが視覚阻害の魔法を全身に纏っていることを皮肉っているらしい。ヴェールとネックレスの効果で、カミーユの姿は長身であることと纏っているドレスくらいしかはっきりと認識できないはずだ。
「そうですね。独占欲の強さは父上に似たのでしょうね」
アレクはしれっと答える。確かにエドガー自身も妃にヴェールを被らせているのだからお互い様だ。
ふと正面の席にいたグラントリーに目を向けると、何やらすこし得意げにしていた。カミーユの素顔を知っているのが嬉しかったのかもしれない。
しばらく家族の歓談が続いて、アレクがカーネル領で領地経営に励んでいた(冒険者家業はそういうことになっているらしい)間に起きた出来事が話題になっていた。
第二王妃の子たちは国軍の兵士たちに混じって訓練を受けているという話もあった。
おそらくは決闘のための特訓だろう。
この国に来てカミーユが聞いていたのは、力と逞しさが美の基準になっている熊の亜人の中でエドガー王は変わり者なのだとか。繊細な絵画を好み、自身でも絵を描くという。
そして鳥の一族のグレンダ妃を反対を押し切って迎えたのも有名な話らしい。
その妃にそっくりなアレクのことを嫌ってはいないだろうとは思うけれど、あの決闘の儀式に対して何も対策していないのは、アレクを王位にとは望んでいないということだろうか。
アレク自身も王位に対する執着はなさそうだが、辞退をすればグラントリーが決闘に巻き込まれる。アレクが決闘から逃げないのはそのせいだ。
国王陛下は一体何を望んでいるのだろう。下手をすればアレクが決闘で命を落とすかもしれないのに。
「ドミニク三世陛下はそなたのことを病弱だの幽閉生活が長いから作法も知らないだのと言っていたが、とんでもない大嘘だったのだな」
「わたしのいた塔は外と遮断されていましたから、陛下がわたしのことをよくご存じなくても無理はありません」
カミーユの暮らしぶりは砦の責任者が王宮に報告していたはずだ。出入り口を塞がれた塔の中を見ることはできなかったから、適当なことを報告していたのではないだろうか。
「なるほど。では陛下とは全く会っていなかったというわけか」
「はい。幽閉を命じられる前に一度お会いしたきりです」
何か納得のいかないような表情を見て、エドガーがカミーユの価値を測ろうとしているのではないかとカミーユは感じた。
ドミニクがカミーユに対して執着しているのは知っているだろう。けれど必要以上に目をかけているという情報はなかったのだろう。
あるわけがない。あの処刑場での対面以降何一つ接触はなかったし、カミーユはドミニクに恨まれていると思っていた。
他の王女たちとの扱いに差があったかどうかは知るよしもないが、それでもカミーユが幽囚だったことは間違いない。ことさら優遇されていたとは思わない。
……わたしに人質としても価値がないとわかったら、どうするのだろう。
「そうか。しかし、五歳から世間と隔絶されていたとは思えない。その様子ならすぐに社交の場でも務まるだろう」
「父上。カミーユは作法は身についていても大勢の人には慣れておりません。どうか時間をいただきたい」
カミーユが答える前にアレクがそう言ってくれてくれた。
「しかし、王家の者としての自覚は……いてっ」
急にエドガーが呻いた。
「やめてくれ、グレンダ。苛めているわけではないだろう」
どうやらグレンダ妃が何かしたらしい。
「苛めているではありませんか。いくらこの国でこの子の妃が見つからなかったとはいえ、隣国で幽囚の身であったこの方を強引にお連れしたのです。もう少し言い方というものがございますでしょう。いくら気丈に振る舞っていても、人前に出るのに慣れていないことくらい察すればわかることでしょう。そのような態度だから、この子も王都に居着かないのです」
「いやその……」
「それにこのような場でドミニク陛下の名前を出すのも、どうなのですか。この方にとっては父の仇ですよ? 配慮が足りないにもほどがあります。わたくしでしたらそんな配慮のない舅など金輪際一言も口をききませんわ。息子の嫁に無視されたいんですの?」
今まで一言も口を開かなかったグレンダ妃が息をもつかぬ勢いで夫にまくしたてた。
……あー。思ったよりお妃様の方が強そう。さすがに国王陛下を面倒な舅よばわりはさすがにわたしには無理だけど……ちょっと嫌だなって思っただけで。顔に出て……いや、顔は見えてないんだった。どうしてわかったんだろう。
カミーユはグレンダ王妃を見かけだけで儚く大人しい人、という想像をしていたけれど、さすがにこの亜人の国で育った人だからそれなりに逞しいのだと思い知った。
二回りくらい大きな男が、華奢な女性にお説教されて首をカメみたいに引っ込めている。
「母上、そのくらいにしておいてください。食事の場ですからね。グラントリーもびっくりしているじゃありませんか」
アレクがそう言って宥めたのでそこでお説教は何とか止めることができた。顔は見えないけれどグレンダ妃は「まだ言い足りないぞ」という空気を醸しだしていた。
おそらくエドガー王はカミーユにあれこれ探りを入れたかったのだろうけれど、初対面の親族との会食でそれは確かに無粋な言動だった。それがグレンダ妃には気に入らなかったのだ。
グレンダ王妃はこちらに向き直った。
「カミーユさん……とお呼びしていいかしら? うちの子はちゃんとあなたのお世話ができているかしら? 失礼なことをしたら存分に拳で思い知らせて構わなくてよ」
……拳?
グレンダ王妃はそう言いながらおそらくヴェールの下でパンチを繰り出しているんだろう、そんな感じでヴェールが動いている。
アレクがそれを見て慌てて口を開いた。
「やめてください。母上。僕はカミーユに殴られたら吹っ飛びますよ? か弱いんですからね」
「失礼ながら、王妃様は……拳で思い知らせることがあるのですか?」
カミーユが問いかけると、ヴェールが頷く様子で揺れる。
……多分あんな華奢な腕から飛び出す拳なんて当たっても痛くないだろうに、エドガー王は負けたふりをしてるんだろうか。それはなんとも可愛らしいかも。
カミーユが微笑ましく思っていると、とんでもない答えが返ってきた。
「拳以外にも思い知らせる方法はありますわ。ぜひ伝授させていただきたいわ。息子にお嫁さんが来たらこういうお話ができるのを楽しみにしていたのよ」
上品に笑いながらグレンダ妃が上機嫌になった様子なのに対して、彼女の夫とカミーユの夫はそれぞれちょっとげんなりした顔になっていた。
北宮をぐるりと案内してもらってから、部屋に落ち着いたところで侍従がアレクに伝言を伝えてきた。
そして、戻ってくるとカミーユにそう告げたのだ。
「残念なお知らせ?」
しかも複数。何か仕事で面倒事がおきたのだろうか。
「一つは夕食の席に僕の両親が同席することになった」
「……え?」
つまりは国王夫妻? 同席するのはグラントリーだけと聞いていたのでもっと気楽なものだと想像していたカミーユは動揺した。
……国王陛下と同席とか……どうすればいいのか。失礼があったら、アレクにも恥をかかせてしまう……。
「あ、家族の食事ということで、非公式な場だから緊張しなくていいから」
カミーユが顔を強ばらせたのを見て、アレクは慌ててそう付け加える。
「わたしはまだ家族というわけではないし……そもそも、そんな大人数で食事をするのは……」
カミーユはカーネルの領館でもアレクとしか同席したことがない。家族の団らんというものには全く無縁だったのだ。
「だよねえ……だから先に断っておいたんだけど、聞いちゃないんだよ……」
アレクは溜め息をついた。どうやら大勢の人に囲まれるのがまだ慣れないカミーユに気を遣ってくれていたらしい。
「無理なら仮病使っていいよ?」
「いや。……いずれお会いするのだから避けているわけにはいかない。それに、まだ何かあるんだろう?」
「そうなんだ。王位継承者選定の儀の日程が正式に決まった。決闘は三日後からだ。すでに名乗り出ているのは予想通り異母弟二人、それから傍系の歳格好が近い者が二人」
「……四人も?」
「そう。……それからもう一つ。ドミニク三世が君を返せと言ってきたらしい。正確には嫁がせるための手続きが全て終わっていないから、一旦帰国させろ、という話だったけど」
「手続き?」
「まあ、口実だろうね。向こうはこっちがそこまで早く君を迎えに動くとは思ってなかったんだろうし。僕が魔法と鳥の姿を駆使したから使者より先に塔に着いただけなんだけど」
アレクはさらりと言っているけれど、その両方を持つ希有な存在だからこその話だ。
おそらくドミニクの使者はカミーユを検分するというより、王都に連れ帰るつもりだったのではないかと予想できた。一旦はダイモス側を刺激しないために結婚を許可する書類を作っていても、あとから長い幽閉で重い病気にかかっているなどど口実はいくらでも作れる。
「……帰国したほうがいいのかな」
「しなくていいよ。こっちが直接会って君を連れてきたんだから、書類の手続きなんて向こうから使者を寄越せば済む話だ。元々はシーニュでうちの大使が襲撃されたのが発端だから、向こうは大きく出られないんだし。ただ、陰で何か仕掛けてくるかもしれないから、そこは要注意だけど」
カミーユは頷いた。
「叔父上はわたしに何をさせるつもりなのか、それがよくわからない。わたしが実子だと気づいていれば本気で側妃にするとは思えないし、下手にマルク王の子を恩赦にすれば民や貴族たちの反感を呼ぶだろう。あの塔に置いておくのが一番得策じゃないかと思うのに」
バルバラの様子だとわたしが男だとは知らないはず。マルク王の男子ともなれば、さっさと処刑するしかないし、仮に叔父上がわたしの血縁上の父だったとしても、今は正妃との間に産まれた子の邪魔にしかならない。
カミーユとしてもあの塔にずっといたほうが安全だったのだ。
「でももう、叔父上を恐れていても仕方ない。わたしはもっと強くならなくては。叔父上といつか対峙するときのために」
カミーユがそうつぶやくと、アレクが複雑そうな顔をした。
「君、今以上に強くなるつもり?」
「わたしはまだまだ、バルバラにも及ばない。バルバラは半分熊の亜人の血を引いていると言っていたけれど、それでも勝てないんだから。この国にはもっと強い亜人が沢山いるんだ。わたし自身とアレクを守るためにはこれでは足りない」
「……あー……なるほど」
アレクは額に手を当てて何か考えているようだった。
「まあ、君がやりたいのなら僕は止めないよ。僕も強くなりたい気持ちはわかるから。あ、それともう一つあったんだった。夕食に国王夫妻が出席するなら、きちんとした身支度が必要だってバルバラが君を探してるらしい」
「それを一番に言ってほしかったな」
カミーユもそれに気づいて慌てて立ちあがる。女性の身支度は時間がかかるのだ。
ダイモス連合王国の国王エドガーはそびえ立つ壁のような大柄な男だった。栗色の髪とアレクと同じ緑色の瞳。そしてそのかたわらに寄り添う王妃グレンダはカミーユと同様全身を包むようなヴェールを被っている。けれど小柄で華奢な体格なのは見て取れる。
アレクの容姿は母親似なんだろうな。亜人というのは本当に多彩な特徴を持っているんだ。とても興味深い。
カミーユがアレクに続いて挨拶の口上を述べると、エドガー王は厳つい顔立ちをふわりと和らげた。
「祖国では苦労が多かったと聞いている。どうか愚息を末永く支えてやってほしい」
「微力ながら励ませていただきます」
バルバラに叩き込まれた淑女教育のおかげで、所作はなんとかなるけれど、受け答えが不安だった。カミーユは社交はおろか人前に出ない暮らしを続けていたので、自分の言葉遣いすら自信はなかった。
……末永く、か。この人はそれでもアレクを王太子に指名するしかない。そして王位を望む者との決闘に送り出すというのに。
言葉は柔らかいがその裏に何か別の意図を含ませているようで、カミーユは強い圧力を感じていた。
これが一国を預かる王というものなのだろうか。それとも強い亜人の特徴なのか。
「……やれやれ、早速囲い込むとは。麗しの姫と聞いて楽しみにしていたのだがな」
エドガーはそう言ってアレクに目を向ける。どうやらカミーユが視覚阻害の魔法を全身に纏っていることを皮肉っているらしい。ヴェールとネックレスの効果で、カミーユの姿は長身であることと纏っているドレスくらいしかはっきりと認識できないはずだ。
「そうですね。独占欲の強さは父上に似たのでしょうね」
アレクはしれっと答える。確かにエドガー自身も妃にヴェールを被らせているのだからお互い様だ。
ふと正面の席にいたグラントリーに目を向けると、何やらすこし得意げにしていた。カミーユの素顔を知っているのが嬉しかったのかもしれない。
しばらく家族の歓談が続いて、アレクがカーネル領で領地経営に励んでいた(冒険者家業はそういうことになっているらしい)間に起きた出来事が話題になっていた。
第二王妃の子たちは国軍の兵士たちに混じって訓練を受けているという話もあった。
おそらくは決闘のための特訓だろう。
この国に来てカミーユが聞いていたのは、力と逞しさが美の基準になっている熊の亜人の中でエドガー王は変わり者なのだとか。繊細な絵画を好み、自身でも絵を描くという。
そして鳥の一族のグレンダ妃を反対を押し切って迎えたのも有名な話らしい。
その妃にそっくりなアレクのことを嫌ってはいないだろうとは思うけれど、あの決闘の儀式に対して何も対策していないのは、アレクを王位にとは望んでいないということだろうか。
アレク自身も王位に対する執着はなさそうだが、辞退をすればグラントリーが決闘に巻き込まれる。アレクが決闘から逃げないのはそのせいだ。
国王陛下は一体何を望んでいるのだろう。下手をすればアレクが決闘で命を落とすかもしれないのに。
「ドミニク三世陛下はそなたのことを病弱だの幽閉生活が長いから作法も知らないだのと言っていたが、とんでもない大嘘だったのだな」
「わたしのいた塔は外と遮断されていましたから、陛下がわたしのことをよくご存じなくても無理はありません」
カミーユの暮らしぶりは砦の責任者が王宮に報告していたはずだ。出入り口を塞がれた塔の中を見ることはできなかったから、適当なことを報告していたのではないだろうか。
「なるほど。では陛下とは全く会っていなかったというわけか」
「はい。幽閉を命じられる前に一度お会いしたきりです」
何か納得のいかないような表情を見て、エドガーがカミーユの価値を測ろうとしているのではないかとカミーユは感じた。
ドミニクがカミーユに対して執着しているのは知っているだろう。けれど必要以上に目をかけているという情報はなかったのだろう。
あるわけがない。あの処刑場での対面以降何一つ接触はなかったし、カミーユはドミニクに恨まれていると思っていた。
他の王女たちとの扱いに差があったかどうかは知るよしもないが、それでもカミーユが幽囚だったことは間違いない。ことさら優遇されていたとは思わない。
……わたしに人質としても価値がないとわかったら、どうするのだろう。
「そうか。しかし、五歳から世間と隔絶されていたとは思えない。その様子ならすぐに社交の場でも務まるだろう」
「父上。カミーユは作法は身についていても大勢の人には慣れておりません。どうか時間をいただきたい」
カミーユが答える前にアレクがそう言ってくれてくれた。
「しかし、王家の者としての自覚は……いてっ」
急にエドガーが呻いた。
「やめてくれ、グレンダ。苛めているわけではないだろう」
どうやらグレンダ妃が何かしたらしい。
「苛めているではありませんか。いくらこの国でこの子の妃が見つからなかったとはいえ、隣国で幽囚の身であったこの方を強引にお連れしたのです。もう少し言い方というものがございますでしょう。いくら気丈に振る舞っていても、人前に出るのに慣れていないことくらい察すればわかることでしょう。そのような態度だから、この子も王都に居着かないのです」
「いやその……」
「それにこのような場でドミニク陛下の名前を出すのも、どうなのですか。この方にとっては父の仇ですよ? 配慮が足りないにもほどがあります。わたくしでしたらそんな配慮のない舅など金輪際一言も口をききませんわ。息子の嫁に無視されたいんですの?」
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……あー。思ったよりお妃様の方が強そう。さすがに国王陛下を面倒な舅よばわりはさすがにわたしには無理だけど……ちょっと嫌だなって思っただけで。顔に出て……いや、顔は見えてないんだった。どうしてわかったんだろう。
カミーユはグレンダ王妃を見かけだけで儚く大人しい人、という想像をしていたけれど、さすがにこの亜人の国で育った人だからそれなりに逞しいのだと思い知った。
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「母上、そのくらいにしておいてください。食事の場ですからね。グラントリーもびっくりしているじゃありませんか」
アレクがそう言って宥めたのでそこでお説教は何とか止めることができた。顔は見えないけれどグレンダ妃は「まだ言い足りないぞ」という空気を醸しだしていた。
おそらくエドガー王はカミーユにあれこれ探りを入れたかったのだろうけれど、初対面の親族との会食でそれは確かに無粋な言動だった。それがグレンダ妃には気に入らなかったのだ。
グレンダ王妃はこちらに向き直った。
「カミーユさん……とお呼びしていいかしら? うちの子はちゃんとあなたのお世話ができているかしら? 失礼なことをしたら存分に拳で思い知らせて構わなくてよ」
……拳?
グレンダ王妃はそう言いながらおそらくヴェールの下でパンチを繰り出しているんだろう、そんな感じでヴェールが動いている。
アレクがそれを見て慌てて口を開いた。
「やめてください。母上。僕はカミーユに殴られたら吹っ飛びますよ? か弱いんですからね」
「失礼ながら、王妃様は……拳で思い知らせることがあるのですか?」
カミーユが問いかけると、ヴェールが頷く様子で揺れる。
……多分あんな華奢な腕から飛び出す拳なんて当たっても痛くないだろうに、エドガー王は負けたふりをしてるんだろうか。それはなんとも可愛らしいかも。
カミーユが微笑ましく思っていると、とんでもない答えが返ってきた。
「拳以外にも思い知らせる方法はありますわ。ぜひ伝授させていただきたいわ。息子にお嫁さんが来たらこういうお話ができるのを楽しみにしていたのよ」
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