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第三部
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「……何か滅茶苦茶疲れたんだけど……君のお母さんの家って何なんだ?」
「バルバラに聞いたら教えてくれるかもしれないけど……」
控えの間に戻ってから二人で大きな溜め息をついた。エルネストの後も面談をいくつかこなしてきたけれど、やはり疲労の最大の原因は彼だろう。
お茶を運んできたバルバラにエルネストの話をすると、そうでございましょうね、と頷かれた。
「ダルトワ侯爵家はシモーヌ様のことを非常に溺愛なさっていましたから。十三年前カミーユ様の赦免を訴えたのを却下されて、王宮の役職を全て放り出して領地に籠もってしまったほどです。エルネスト様もどうやらその薫陶を受けておいでだったようで」
アレクが眉を寄せて、嫌な薫陶だなあ、と呟いた。
カミーユは母が溺愛されていたとは知っていたけれど、自分のことは母を召し上げた王の子だから嫌っていると思っていた。赦免を願ってくれていたとは知らなかった。
「つまりあれはシモーヌお嬢様の忘れ形見が嫁いだ相手がどんな奴か確かめたかったから鑑定しようとしたということなのか……。記録媒体は晴れ姿を映して先代にでも見せたかったと……?」
「左様でございます。あの家の方々は良くも悪くも正直で密偵のような真似ができるとも思えません。陛下からは今までカミーユ様に接触を禁じられていたはずですから、今回の使者に選ばれたことで有頂天になってはしゃいでいたのでしょう」
アレクは口元に手をやって少し考え込む仕草をした。
「ということは、肉親を寄越したと見せかけて、祝いの品のほうに仕掛けがあるかな。一応隔離させてるよ。もし位置とかを示すものが仕掛けられていたら困るから」
確かに、部屋に持ち込んでカミーユの居室の場所が知れれば、何をされるかわからない。
けれど、それよりも気になったのは、母が欺されたという一言だった。
「ドミニク陛下が母を欺していたというのはどういう意味? 本当なの?」
バルバラはきゅっと口元を引き結ぶと首を縦に振った。
「ですが、今この場でそれを詳しくお話することはいたしかねます」
たしかに、晩餐会の時間も迫っている。アレクがバルバラに問いかけた。
「カミーユはドミニク三世の若い頃に似ていると言っていたけれど、それはどういう意味なのか訊いてもいいかな?」
バルバラは頷いた。
「ただし、ドミニク三世陛下とマルク陛下の父君であるレアンドル陛下に似ているとでも言い換えたほうがよろしいでしょう」
「え?」
レアンドル王はカミーユにとって祖父に当たる。たとえドミニク三世とマルクのどちらがカミーユの父親であろうと確実に繋がる人だ。
「誰が何と言おうとカミーユ様はマルク王の御子です」
バルバラはまっすぐにカミーユに目を向けてそう強く断言した。
晩餐会の後で新床の儀……つまり初夜があるわけだが、人払いをしてからカミーユとアレクはバルバラを寝室に引き入れた。
普段なら侍従やら護衛やらがどこかしらに控えているが、王太子夫妻が床を共にしているときは、隣室に記録係の侍従と侍女が控えているだけで、近くにはほとんど人がいない。
妃が疲れているので今宵はそのまま休む、と記録係も下がらせてある。
「……バルバラ。わたしが知らないことはまだ沢山あるのだろうか」
カミーユはアレクとの会話で自分の出自についてよくわからないことが多いとは理解していた。
バルバラはカミーユに知識や技能を叩き込むことには熱心だが、余計な事は口にしない。母に長く仕えていたのだから事情は一番よく知っているはずなのに。
「婆とて全てのことを存じているわけではないのです。ただ、世間に広がっているシモーヌ様とドミニク三世陛下の関係性はでっち上げられた架空の恋物語にすぎないのです」
バルバラはそう言ってから、静かに目を伏せた。
カミーユの母の実家は家系から二人の聖女を輩出していた。魔力持ちが多く、魔法使いも多いが、侯爵家とは名ばかりに華やかさとは縁遠く、王都から遠い所領に籠もってもっぱら魔法の研究をしている変わり者の一族だと言われていた。
そして、シモーヌは先代侯爵の長女として生まれた。病気がちであまり外に出なかったが、唯一の趣味が詩歌だった。気に入った詩の作者に手紙を書いたり、自分でも詩を書いたりしていた。
中でも「アジュール」という人物の詩が気に入っていたのだという。その筆名のアジュールとは紺青……王家の瞳と称される色のことだった。
たまたま父の共で王都に赴いたとき、詩作の友人に誘われて詩のサロンに出席することになった。そこで出会ったのが当時はまだ王弟だったドミニク王子。
「アジュール」の正体は明かされていなかった。けれど、彼の瞳の色から彼がそうではないかと噂されていたのだという。
そして、ドミニクの方から積極的にシモーヌに近づいてきたのだ。
「……彼はアジュールは自分だとほのめかすようなことを言っていたようです。共通の話題もある友人ができたことをシモーヌ様は喜んでいましたが、その頃から社交界ではドミニク王子とシモーヌ様が恋仲で婚約も間近だという噂が立ちました。しかも、否定しても否定してもどこかからあることないこと言われるように。これではシモーヌ様にまともな縁談は望めません。そんな頃にドミニク王子がシモーヌ様に求婚してきたのです」
バルバラはそう言ってから一通の手紙を差し出した。
『紺青はそれを持てなかった私の夢ゆえに、それを名とした』
お手本のようなきっちりした美しい文字。署名も何もないそれがその頃届いたのだという。
……王家の瞳の色を持つことができなかったから、それをかりそめの名前にした?
「……アジュールというのは……マルク王の筆名だったのか」
アレクが呟いた。
「バルバラに聞いたら教えてくれるかもしれないけど……」
控えの間に戻ってから二人で大きな溜め息をついた。エルネストの後も面談をいくつかこなしてきたけれど、やはり疲労の最大の原因は彼だろう。
お茶を運んできたバルバラにエルネストの話をすると、そうでございましょうね、と頷かれた。
「ダルトワ侯爵家はシモーヌ様のことを非常に溺愛なさっていましたから。十三年前カミーユ様の赦免を訴えたのを却下されて、王宮の役職を全て放り出して領地に籠もってしまったほどです。エルネスト様もどうやらその薫陶を受けておいでだったようで」
アレクが眉を寄せて、嫌な薫陶だなあ、と呟いた。
カミーユは母が溺愛されていたとは知っていたけれど、自分のことは母を召し上げた王の子だから嫌っていると思っていた。赦免を願ってくれていたとは知らなかった。
「つまりあれはシモーヌお嬢様の忘れ形見が嫁いだ相手がどんな奴か確かめたかったから鑑定しようとしたということなのか……。記録媒体は晴れ姿を映して先代にでも見せたかったと……?」
「左様でございます。あの家の方々は良くも悪くも正直で密偵のような真似ができるとも思えません。陛下からは今までカミーユ様に接触を禁じられていたはずですから、今回の使者に選ばれたことで有頂天になってはしゃいでいたのでしょう」
アレクは口元に手をやって少し考え込む仕草をした。
「ということは、肉親を寄越したと見せかけて、祝いの品のほうに仕掛けがあるかな。一応隔離させてるよ。もし位置とかを示すものが仕掛けられていたら困るから」
確かに、部屋に持ち込んでカミーユの居室の場所が知れれば、何をされるかわからない。
けれど、それよりも気になったのは、母が欺されたという一言だった。
「ドミニク陛下が母を欺していたというのはどういう意味? 本当なの?」
バルバラはきゅっと口元を引き結ぶと首を縦に振った。
「ですが、今この場でそれを詳しくお話することはいたしかねます」
たしかに、晩餐会の時間も迫っている。アレクがバルバラに問いかけた。
「カミーユはドミニク三世の若い頃に似ていると言っていたけれど、それはどういう意味なのか訊いてもいいかな?」
バルバラは頷いた。
「ただし、ドミニク三世陛下とマルク陛下の父君であるレアンドル陛下に似ているとでも言い換えたほうがよろしいでしょう」
「え?」
レアンドル王はカミーユにとって祖父に当たる。たとえドミニク三世とマルクのどちらがカミーユの父親であろうと確実に繋がる人だ。
「誰が何と言おうとカミーユ様はマルク王の御子です」
バルバラはまっすぐにカミーユに目を向けてそう強く断言した。
晩餐会の後で新床の儀……つまり初夜があるわけだが、人払いをしてからカミーユとアレクはバルバラを寝室に引き入れた。
普段なら侍従やら護衛やらがどこかしらに控えているが、王太子夫妻が床を共にしているときは、隣室に記録係の侍従と侍女が控えているだけで、近くにはほとんど人がいない。
妃が疲れているので今宵はそのまま休む、と記録係も下がらせてある。
「……バルバラ。わたしが知らないことはまだ沢山あるのだろうか」
カミーユはアレクとの会話で自分の出自についてよくわからないことが多いとは理解していた。
バルバラはカミーユに知識や技能を叩き込むことには熱心だが、余計な事は口にしない。母に長く仕えていたのだから事情は一番よく知っているはずなのに。
「婆とて全てのことを存じているわけではないのです。ただ、世間に広がっているシモーヌ様とドミニク三世陛下の関係性はでっち上げられた架空の恋物語にすぎないのです」
バルバラはそう言ってから、静かに目を伏せた。
カミーユの母の実家は家系から二人の聖女を輩出していた。魔力持ちが多く、魔法使いも多いが、侯爵家とは名ばかりに華やかさとは縁遠く、王都から遠い所領に籠もってもっぱら魔法の研究をしている変わり者の一族だと言われていた。
そして、シモーヌは先代侯爵の長女として生まれた。病気がちであまり外に出なかったが、唯一の趣味が詩歌だった。気に入った詩の作者に手紙を書いたり、自分でも詩を書いたりしていた。
中でも「アジュール」という人物の詩が気に入っていたのだという。その筆名のアジュールとは紺青……王家の瞳と称される色のことだった。
たまたま父の共で王都に赴いたとき、詩作の友人に誘われて詩のサロンに出席することになった。そこで出会ったのが当時はまだ王弟だったドミニク王子。
「アジュール」の正体は明かされていなかった。けれど、彼の瞳の色から彼がそうではないかと噂されていたのだという。
そして、ドミニクの方から積極的にシモーヌに近づいてきたのだ。
「……彼はアジュールは自分だとほのめかすようなことを言っていたようです。共通の話題もある友人ができたことをシモーヌ様は喜んでいましたが、その頃から社交界ではドミニク王子とシモーヌ様が恋仲で婚約も間近だという噂が立ちました。しかも、否定しても否定してもどこかからあることないこと言われるように。これではシモーヌ様にまともな縁談は望めません。そんな頃にドミニク王子がシモーヌ様に求婚してきたのです」
バルバラはそう言ってから一通の手紙を差し出した。
『紺青はそれを持てなかった私の夢ゆえに、それを名とした』
お手本のようなきっちりした美しい文字。署名も何もないそれがその頃届いたのだという。
……王家の瞳の色を持つことができなかったから、それをかりそめの名前にした?
「……アジュールというのは……マルク王の筆名だったのか」
アレクが呟いた。
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