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第2話 綺麗な幼馴染

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「初めまして、レナン様。明日のパーティ楽しみにしてまいりましたわ。今日からよろしくお願いします」
 レナンは見惚れた、何と美しい女性だろう。

「は、初めまして。おいでくださり、ありがとうございます。わたくしも楽しみにしていましたわ」
 思わず声を失い、しばし間が開いてからの挨拶となってしまった。

 紹介された女性はエリックの幼馴染だそうだ。

 明日のパーティーの為に泊まりに来たのだが、いつも王城を借りるらしい。

 白い髪は絹糸のようにさらりとしていて綺麗に揃えられており、羽も一枚一枚が大きく優美だ。

 同じ白い羽と言ってもレナンとは色合いが異なり、とても滑らかで澄んでいるのがわかる。

 途端に自分の羽が恥ずかしくなった。

 レナンの羽は小振りで色も白とは言え、そこまで綺麗な色ではない。
 ややクリーム色の、見方によってはくすんでも見える白だ。

 対して彼女の羽は純白で清らかで、天上人のよう。

 思わず体を竦めて萎縮するレナンを気遣い、エリックがそっと肩を抱いて微笑む。

「エーデル王女、久しぶりだな。お祝いまでありがとう」

「お久しぶりです、エリック様。体調が優れず結婚式に出られなかったもので、その節は失礼いたしました。遅くなりましたけれど、本日はお祝いをお持ちしましたの」
 お酒や肉、そして毛皮などが持ち込まれる。

「エーデル嬢の国、シスネは寒いところなんだ。そこではこのような豊かな毛皮を持つ獣が多く、それらを狩って服などにしているんだ」
 見るからに暖かそうなそれを見てレナンは目を輝かせる。

「このようなものがあれば冬の寒さも安心ですね」
 パロマでこのような毛皮を持つのは一部のものだけだ。

 そして王女とはいえ末席であるレナンはこのような立派なものは持っていない。

「あら、レナン様は毛皮のコートなどはお持ちではないのですか? パロマの王女様だとお聞きしていたので、てっきり見慣れたものかと思っていたのですが」
 その言葉に何だか恥ずかしくなる。

 そもそも毛皮どころかドレスすらまともに持っておらず、こちらに来てから買ってもらったものばかりだ。

 ラタとの交流が出来たので、そのお礼と称してエリックは毎月いくつもの贈り物をしてくれているが、本当に自分のものとしていいのか、いつも迷ってしまう。

 与えられてるばかりで与えることも出来ず、恐縮してしまうのだ。

「パロマはここより寒くないから特に必要なかったのだろう。だが、これからは必要になるな。よし、俺がレナンに相応しい毛皮を獲ってこよう」

「そんな、申し訳ないです!」
 思わず心配して大声を上げてしまう。

「俺の力は知ってるだろ、大丈夫だ」
 確かに森で魔獣に襲われたとき、エリックは危なげもなく退治した。

 それでもやはり不安だ。

「でも、お怪我などされたらと思うと、恐ろしいのです」
 自分の為にそのような危険な事をしなくていいと首を横に振る。

「可愛いなレナンは。だから俺も張り切りたくなる」
 高価な毛皮よりも、エリックの心配をしてくれるという当たり前の事が嬉しい。

「レナン様。エリック様は魔獣にやられるようなヤワではありませんし、そこまで心配なさることはありませんわ」
 エーデルは口元に手を当て、眉を顰めている。

「まぁエリック様自らが行く必要はないと思います。必要であれば我が白鳥の国の騎士団が、望む毛皮を取ってきますけど」

「そうではない。俺自身が獲ってきたものをレナンに贈りたいのだ。最愛の妻だからな」
 そう言って寄り添われ、レナンは赤くなってしまう。

 まだ出会って数ヶ月なのもあるし、人前だ。

 それもエリックの幼馴染という綺麗な王女様の見ている前なので、萎縮しないわけがない。

「随分とレナン様に入れ込んでおられるのですね」

「あぁ。心から愛している」
 おおよそエリックに相応しくない言葉に場が固まる。

 だが、言われ続けていたレナンは感覚が麻痺していた。

「またそのような冗談を」
 人前でもそのような軽口を叩くエリックに、照れながらも反論する。

「本当だがな。いつになったら受け止めてもらえるやら」
 困ったように眉尻を下げつつも口元には笑みを浮かべている。

 そんな時は決まって後でからかわれると知っていたので、レナンはこっそりとため息をついた。

「驚きましたわ。こんなにもエリック様が表情豊かにされるなんて。幼い頃から一緒ですけれど珍しい事ですわ」
 エリーゼは二人を見ながら昔話を始める。

「昔からエリック様はとてもかっこよくてクールでしたの。ですが時折見せる笑顔で、多くの令嬢方を虜にしていましたわ」

「そうなのですね」
 カッコいいだろうということは、容易に想像はつく。

 ただ女性に囲まれる彼は想像したくない。

「いつも皆の手本になるようにと勉学にも励まれ、武芸にも力を注いでおりました。剣をもって鍛錬する姿は女性どころか男性も虜にしていたのです。シスネとファルケで行われた剣術大会でも、彼は目ざましい成果を上げましたの」

「それは、見てみたかったですね」
 その頃のエリックを知らないレナンからしたら羨ましい話だ。

「そんなエリック様だから、どのような令嬢が射止めるかと誰もが期待をしていたのですが」
 エリーゼと目が合う。

「まさかパロマの王女とは思いませんでしたわ。交流も薄いし、ましてや末席の王女となんて、ファルケに失礼では?……と皆が悪しく言っていたのですけれど、失礼な話ですわよね。こんなにも想いあった二人なのに」
 レナンの為に憤っているようにも思えるが、その言葉にはエリーゼの気持ちも含まれるようにレナンには感じられた。

「そんな事を言うものがまだいるのか」
 エリックはため息をつき、不満そうだ。

「私はそう思わないけれど、そういう噂があるようですわ。嘆かわしいですよね」
 エリックに寄り添うように言っているが、レナンは違和感を覚える。

 嫉妬心からかもしれないが、直感でエリーゼは信じられないと思った。

 確たる証拠もないし、本当に勘でしかないけれど。

「でも、こうして幸せそうなエリック様が見られて私は嬉しいですわ」
 今度は満面の笑みでレナンの手を握ってきた。

 その仕草もわざとらしく、レナンは身体を固くしてしまう。

「今度は二人でお話ししましょう、幼馴染としてエリック様の色々な話を聞かせてあげますわ」

「は、はい」
 気圧され、動揺するも何とか返事をした。

 確かにまだお互いの子供の頃の話などはした事がない。
 好意で言ってくれるのならば受けた方がいいとわかる。

 でも気持ちが受け付けない。

(この人、エリック様の事が好きなんだわ)
 確信はないし、幼馴染という紹介なのだから、婚約とかそういう関係にはならなかったとはわかる。

 けれどレナンよりもエリックの事を知っているのだぞと、言葉の端々からマウントを取りに来てるとしか思えない雰囲気を感じる。

 でも周囲の者は何も言わないし、幼馴染だからか城の者もエリーゼに優しく、他の招待客に比べて城に慣れている様子もあって誰も悪くいう人はいない。

 寧ろ自分以上にこの城や皆と馴染んでいるように見える。

 それを見ると自分がいかに歪んだ認識でエリーゼを見ているのかと、反省するばかりだ。

(マウントなんて、そんな事こんなに美しく気立てが良い人がするわけないじゃない。なのにわたくしったら悪く思うなんて……あぁ恥ずかしい)
 羞恥と後悔に塗れたが、それは間違いであった。

 女性の勘は当たる。だが、レナンは自分の勘を信じられていなかった。







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