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第6話 ヴォワール侯爵家
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「何だか信じられない事ばかり起きるわね」
精霊が見えたのもだけれど、求婚まで受けるなんて、夢現のような感覚だ。ふわふわとした気持ちで温室を出ると、もう夕方で更に驚く。
朝タウンハウスを出てこちらについてすぐに温室へと来たが、その時は昼過ぎであった。そこからそんなに経っていたとは気づかなかった。
「お帰りなさいフラウラーゼ様、もうすぐお夕食でございますよ。侯爵様方がお待ちです」
屋敷に入るとそう声を掛けられ、あまり待たせてはといけないと自室に戻ることなくフラウラーゼは祖父母のいる食堂に向かう。
食堂に近付くと夕食のいい匂いがしてきて、お腹がくぅと鳴った。
(そう言えばお茶の時間も忘れていたわ)
いつもは時間になると祖母が誘ってくれるのだが、今日は何も声を掛けられなかったと不思議に思う。
祖父母と一緒にとる食事はとても美味しくて温かい雰囲気に心も体も満たされた。
食事を終えて、二人は優しくフラウラーゼに声を掛ける。
「私達はフラウラーゼの味方だから、何でも相談するんだよ」
気遣いの眼差しにフラウラーゼは思い至る。
(わたくしが傷ついていると思ってそっとして置いてくれたのね)
もしかしたら大声で泣いたのが聞こえていたのかもしれない。
それを思うと恥ずかしいが、デイズファイとの会話も聞かれたかもとハッとする。
(でも、精霊と話していたと知っていたら、もっと動揺してるわよね)
精霊が見えるという者は希少で、知られれば大騒ぎになるだろう。
しかも妻として精霊界に連れて行きたいとのプロポーズも受けている、そんな話を聞いて冷静でいられるだろうか。祖父母の様子を見る限りはそこまでの話は聞いていないと思われる。
フラウラーゼは二人に先程の話をするか迷った。
前回ブローチを貰った時に言えば良かったかもしれないが、あの時も今回もそもそもフラウラーゼ自身に実感がない。こんな荒唐無稽な話をどう話していいのかも分からないし、信じてもらえるかどうかも怖い。
(わたくしだってまだ夢のようだと思っているのに)
フラウラーゼは悩みつつも、ひとまず相談だけはして置こうと口を開く。
その時にノックの音が聞こえた、入室してきたのは慌てた家老だ。
「シャリエール伯爵家から使いの者が来ております。フラウラーゼ様をすぐにシャリエール伯爵家へと帰還させるようにと命令を受けたとの事です」
◇◇◇
使者の元へと出向き、詳細を聞いたヴォワール侯爵は不機嫌だ。
「何が詳細と責任を問う為に帰還しろ、だ。話を聞きたいのならば自ら来ればいい」
突っぱねるように言う侯爵に、使者はおどおどしている。
「お祖父様、この者は悪くありませんわ。悪いのは全て父です」
このまま帰してはこの者が罰を受けるかもしれないし、シャリエール伯爵が本当に乗り込んできたら恐らく大喧嘩になる。優しい祖父母の生活を壊すのは本意ではない。
「わたくしきちんとお父様と話をつけてきますわ。しっかりと話して縁を切ろうと思います」
フラウラーゼは決意をする。
「ですからお祖父様にお願いがあります。わたくしをお祖父様の養女にしてくださいませんか?」
「もちろんそれは構わない。寧ろフィオーレが亡くなった時にそうしておけばよかった、今後あいつとは他人だ」
その言葉にフラウラーゼはほっとした。父との縁を切るのはいいが身元の保証がないのは心もとない。
なんだかんだでフラウラーゼも貴族として周囲の手を借りて生きてきたわけで、一人では生きてはいけない。
こんな時に家族が支えてくれるのは有難い。
「必ずこの恩に報います」
頭を下げ、感謝を伝える。
「孫娘の願いを叶えるくらい容易いものだ。どっちみちここはフラウラーゼに継がせようと思っていたからな」
子ども達にはそれぞれ爵位を譲っていて、それぞれで生活を送っている。
ここは元からフィオーレに譲る予定であった。フィオーレはここの温室を気に入っていたし、要らなければその子が継げばいいと思っていた。フラウラーゼもここの温室を気に入っているから丁度いい。
「シャリエール伯爵家はコンラッドとかいう小僧が継ぐのだろう。丁度いいではないか」
(そうね、コンラッドがいるのだから)
義弟ではあるけれどそこまで接点がなく、顔見知り程度の関係だ。
挨拶くらいは交わすので他の家族よりも近しいのだろうが、深い話はした事はない。
人当たりも評判も悪くない、特段悪い人でもなさそうだったし、フラウラーゼが縁を切っても何も言わないだろう。
「そうですね。跡取りはいるし、わたくしは縁談もなくなりましたのでお払い箱でしょう」
あちらのせいとは言え、婚約破棄は外聞が悪い。瑕疵のついたフラウラーゼにはもう価値はないのだから、すんなりと縁を切ってくれるはずだ。
「では急いで書類を作成する。おい、誰か。そこの者を客室に連れて行け。明るくなったら、先触れの手紙を持たせてシャリエール伯爵家へと返す。それまでは休ませてやれ」
ヴォワール侯爵は使用人にそう命じた。
暗い中帰して事故に遭う事を危惧したのだ。シャリエール伯爵は嫌いだがこの使者が悪いのではないときちんと理解をしている。
急いで馬で駆けてきた使者の男は感謝の言葉を述べ、使用人と共に部屋を出て行った。
「フラウラーゼ、明日は俺も共に行くぞ。必ず書類にサインをさせるからな」
シャリエール伯爵家との縁を切る書類。成人しているとはいえ、家長の許可を得なくてはならない。
その後にヴォワール侯爵家の養女となる手続きをするから早急に貰う必要があるのだ。
「婚約破棄についてはフラウラーゼに責任はないと抗議しよう。そもそもバリーの言っている事には矛盾しかない。王都に居ないフラウラーゼがどうやって男漁りしているというんだか」
バリーはフラウラーゼがシャリエール伯爵家のタウンハウスに住んでいると思ったようだが、そもそもシャリエール伯爵領地にすらいない。
殆どの時間をここで過ごしているからだ。
「シャリエール伯爵め、娘を不幸にし、剰え孫娘も蔑ろにするとは。目にもの見せてやる」
もうすぐ六十歳に差し掛かるヴォワール侯爵だが、年齢を感じさせないギラギラとした目をしていた。
精霊が見えたのもだけれど、求婚まで受けるなんて、夢現のような感覚だ。ふわふわとした気持ちで温室を出ると、もう夕方で更に驚く。
朝タウンハウスを出てこちらについてすぐに温室へと来たが、その時は昼過ぎであった。そこからそんなに経っていたとは気づかなかった。
「お帰りなさいフラウラーゼ様、もうすぐお夕食でございますよ。侯爵様方がお待ちです」
屋敷に入るとそう声を掛けられ、あまり待たせてはといけないと自室に戻ることなくフラウラーゼは祖父母のいる食堂に向かう。
食堂に近付くと夕食のいい匂いがしてきて、お腹がくぅと鳴った。
(そう言えばお茶の時間も忘れていたわ)
いつもは時間になると祖母が誘ってくれるのだが、今日は何も声を掛けられなかったと不思議に思う。
祖父母と一緒にとる食事はとても美味しくて温かい雰囲気に心も体も満たされた。
食事を終えて、二人は優しくフラウラーゼに声を掛ける。
「私達はフラウラーゼの味方だから、何でも相談するんだよ」
気遣いの眼差しにフラウラーゼは思い至る。
(わたくしが傷ついていると思ってそっとして置いてくれたのね)
もしかしたら大声で泣いたのが聞こえていたのかもしれない。
それを思うと恥ずかしいが、デイズファイとの会話も聞かれたかもとハッとする。
(でも、精霊と話していたと知っていたら、もっと動揺してるわよね)
精霊が見えるという者は希少で、知られれば大騒ぎになるだろう。
しかも妻として精霊界に連れて行きたいとのプロポーズも受けている、そんな話を聞いて冷静でいられるだろうか。祖父母の様子を見る限りはそこまでの話は聞いていないと思われる。
フラウラーゼは二人に先程の話をするか迷った。
前回ブローチを貰った時に言えば良かったかもしれないが、あの時も今回もそもそもフラウラーゼ自身に実感がない。こんな荒唐無稽な話をどう話していいのかも分からないし、信じてもらえるかどうかも怖い。
(わたくしだってまだ夢のようだと思っているのに)
フラウラーゼは悩みつつも、ひとまず相談だけはして置こうと口を開く。
その時にノックの音が聞こえた、入室してきたのは慌てた家老だ。
「シャリエール伯爵家から使いの者が来ております。フラウラーゼ様をすぐにシャリエール伯爵家へと帰還させるようにと命令を受けたとの事です」
◇◇◇
使者の元へと出向き、詳細を聞いたヴォワール侯爵は不機嫌だ。
「何が詳細と責任を問う為に帰還しろ、だ。話を聞きたいのならば自ら来ればいい」
突っぱねるように言う侯爵に、使者はおどおどしている。
「お祖父様、この者は悪くありませんわ。悪いのは全て父です」
このまま帰してはこの者が罰を受けるかもしれないし、シャリエール伯爵が本当に乗り込んできたら恐らく大喧嘩になる。優しい祖父母の生活を壊すのは本意ではない。
「わたくしきちんとお父様と話をつけてきますわ。しっかりと話して縁を切ろうと思います」
フラウラーゼは決意をする。
「ですからお祖父様にお願いがあります。わたくしをお祖父様の養女にしてくださいませんか?」
「もちろんそれは構わない。寧ろフィオーレが亡くなった時にそうしておけばよかった、今後あいつとは他人だ」
その言葉にフラウラーゼはほっとした。父との縁を切るのはいいが身元の保証がないのは心もとない。
なんだかんだでフラウラーゼも貴族として周囲の手を借りて生きてきたわけで、一人では生きてはいけない。
こんな時に家族が支えてくれるのは有難い。
「必ずこの恩に報います」
頭を下げ、感謝を伝える。
「孫娘の願いを叶えるくらい容易いものだ。どっちみちここはフラウラーゼに継がせようと思っていたからな」
子ども達にはそれぞれ爵位を譲っていて、それぞれで生活を送っている。
ここは元からフィオーレに譲る予定であった。フィオーレはここの温室を気に入っていたし、要らなければその子が継げばいいと思っていた。フラウラーゼもここの温室を気に入っているから丁度いい。
「シャリエール伯爵家はコンラッドとかいう小僧が継ぐのだろう。丁度いいではないか」
(そうね、コンラッドがいるのだから)
義弟ではあるけれどそこまで接点がなく、顔見知り程度の関係だ。
挨拶くらいは交わすので他の家族よりも近しいのだろうが、深い話はした事はない。
人当たりも評判も悪くない、特段悪い人でもなさそうだったし、フラウラーゼが縁を切っても何も言わないだろう。
「そうですね。跡取りはいるし、わたくしは縁談もなくなりましたのでお払い箱でしょう」
あちらのせいとは言え、婚約破棄は外聞が悪い。瑕疵のついたフラウラーゼにはもう価値はないのだから、すんなりと縁を切ってくれるはずだ。
「では急いで書類を作成する。おい、誰か。そこの者を客室に連れて行け。明るくなったら、先触れの手紙を持たせてシャリエール伯爵家へと返す。それまでは休ませてやれ」
ヴォワール侯爵は使用人にそう命じた。
暗い中帰して事故に遭う事を危惧したのだ。シャリエール伯爵は嫌いだがこの使者が悪いのではないときちんと理解をしている。
急いで馬で駆けてきた使者の男は感謝の言葉を述べ、使用人と共に部屋を出て行った。
「フラウラーゼ、明日は俺も共に行くぞ。必ず書類にサインをさせるからな」
シャリエール伯爵家との縁を切る書類。成人しているとはいえ、家長の許可を得なくてはならない。
その後にヴォワール侯爵家の養女となる手続きをするから早急に貰う必要があるのだ。
「婚約破棄についてはフラウラーゼに責任はないと抗議しよう。そもそもバリーの言っている事には矛盾しかない。王都に居ないフラウラーゼがどうやって男漁りしているというんだか」
バリーはフラウラーゼがシャリエール伯爵家のタウンハウスに住んでいると思ったようだが、そもそもシャリエール伯爵領地にすらいない。
殆どの時間をここで過ごしているからだ。
「シャリエール伯爵め、娘を不幸にし、剰え孫娘も蔑ろにするとは。目にもの見せてやる」
もうすぐ六十歳に差し掛かるヴォワール侯爵だが、年齢を感じさせないギラギラとした目をしていた。
応援ありがとうございます!
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